鈴木慶一とフィールドレコーディング。録音や音効に興味を持った少年時代。音の原風景を振り返る

東かほり監督の映画『ほとぼりメルトサウンズ』が公開された。祖母の家だった空き家を訪れた女性、コトと、その家の庭にダンボールハウスをつくって住んでいる不思議な老人、タケ。タケは街の音を録音しては、それを土に埋めて「音のお墓」をつくっている。いろいろな理由で一軒家に集まった人々の奇妙な日常を描いた物語だ。

タケを演じるのは、近年、映画音楽の世界でも活躍し、俳優としての出演も相次ぐ鈴木慶一。音収集のためにマイクを持って町をさまようタケの姿は、さまざまな音楽に耳を傾けて斬新な音づくりに挑んできた鈴木とどこか重なるようでもある。

東監督は「この映画は生活の音を集めるシーンが出てきます。音を通じて家族との思い出や、これからの人生を少しでも想像していただけたら嬉しいです」とコメントしているが、鈴木はこれまでの50年以上におよぶ音楽人生において、どんな風に「音」と関わってきたのだろう。録音に夢中になった少年時代を振り返りながら、話を訊いた。

1985年にムーンライダーズが制作した曲が、2022年に偶然にも映画として立ち上がった

ー音に執着する謎の老人、タケは慶一さんにぴったりの役どころでしたが、『ほとぼりメルトサウンズ』の脚本を最初に読んだときはどんな感想を持たれましたか?

鈴木:びっくりしたね。なにに驚いたかというと、かつてつくった自分の歌詞とストーリーが非常に似ていたからです。

ームーンライダーズの“夢が見れる機械が欲しい”ですね。テープレコーダーに自分の声を録音して土の中に埋める、という描写が出てきます。

鈴木:監督かスタッフが曲を聴いていたんじゃないかと思ったんだ。それで監督に初めてお会いしたときに、「じつはこういう歌がありまして」と話をしたら、誰も聴いたことがなかった。

ーすごい偶然ですね! 慶一さんはどうして「テープレコーダーを土の中に埋める」という歌詞を書いたのでしょう。

ムーンライダーズ“夢が見れる機械が欲しい”を聴く(Apple Musicはこちら

鈴木:あれを書いたときは、ちょっと精神を病んでいた(笑)。『ANIMAL INDEX』(1985年)というアルバムをつくったとき、メンバーがそれぞれ2曲書くということにしていて、作曲者が自分の曲をプロデュースしたんだよ。

その際に、レコーディングを全曲通して見ている人がいた方がいいだろうってことになって、私が相談役としてすべての現場に立ち会った。でも、こっちはなにもすることがないわけ。「こうしたら?」というアドバイスも必要ないんだよ。いいものができているんで。ただそこにいるだけっていのは辛いよ(笑)。

ーたしかに、それは厳しい。

鈴木:そんなことを続けていて、だんだん精神的に苦痛になってくる。それでスタジオの外へ出てぼんやりしていたら、フッと思いついて、まず詩ではなく物語をつくったんだよ。「私」は自分の声をカセットテープに録音して、それを土のなかに埋める、そして、どこかに行く。高層アパートがいっぱい見えてくる、というようなことをメモしておいた。

その後、岡田くん(ムーンライダーズの岡田徹)がつくった曲に、この物語があうな、と思ってメロディーにあわせて歌詞にしていった。

ー深い孤独から生まれた曲だったんですね。タケはある目的のためにさまざまな音を録音して「音のお墓」をつくります。そんなタケの行為をどう思われました?

鈴木:意味を感じる、偏執狂的な行為だよね。ロマンティックだという人もいるかもしれないけど、どこか狂っている。とてつもない話だと思ったよ。撮影に入る前に監督から資料をもらったけど、タケにはモデルになった人がいたらしい。その方はxiangyu(シャンユー / ヒロインのコト役)ちゃんが寿町で炊き出しの手伝いをしているときに出会ったおじさん。

ーモデルがいたんですか。

鈴木:その方が音を集めていたかどうかは知らないけどね。

ー東監督とはタケの人物像について話をされました?

鈴木:本読みを数日やって、そのときに監督と話をしたね。資料を読んで、モデルになった人の写真を見て、あとは台本から伝わってくることを頼りに演じた。謎のセリフを吐いたり、奇異な行動をとったりするから、どうやって取り組もうかと悩んだけど、監督は「自然に、過剰でなく」と考えてたと思う。強く言葉を発したりすると、「ぼそぼそっとでいいですよ」とかね。

共演がきっかけでムーンライダーズの新譜にも参加したxiangyu

ー映画では、xiangyuさんとの掛けあいもよかったです。お互い違うテンポで演技しているのに不思議と噛みあっている。お二人ともミュージシャンなので、どこかセッションしているような感じもありました。

鈴木:xiangyuちゃんは摩訶不思議なテンポだったね。私のテンポも変だけど。共演するときは彼女にタイミングを任せました。

ーアドリブも入れているんですか?

鈴木:入れたところはあるね。でも、過剰なものはダメだった。みんなで人生ゲームをやるシーンで「ここは植木等で笑ってみようかな」と高笑いしたら、監督に「もう少し抑えてください」と言われたりね。

ーアドリブで植木等(笑)。

鈴木:あと、口笛を吹くシーンがあるんだけど、あれもアドリブ。最初は“夢が見れる機械がほしい”に近いメロディーを吹いていたんだけど、それじゃまずいんで少し変えたりして。撮影が終わったとき、xiangyuちゃんが「あの口笛を使って曲(映画主題歌の“LIFE!”)を考えます」って言ってくれて、曲に口笛が入ってるんだよ。

xiangyu“LIFE!”を聴く(Apple Musicで聴く

ーxiangyuさんはムーンライダーズの新作『It's the moooonriders』に参加していますが、この映画の縁で?

鈴木:そう。彼女はキャラクターだけじゃなく、曲もおもしろいからね。

ムーンライダーズ『It's the moooonriders』を聴く(Apple Musicで聴く

ーコトとタケの関係って不思議ですよね。おじいちゃんと孫のようでもあり、遊び仲間のようでもあり。

鈴木:コトは私が小屋で寝ているのを見つけてびっくりするけど、すぐに興味をもって馴染んでくるんだよね。「なにこのおじさん、マイク持ってなにしているんだろう?」って。あの家に集まってくる人たちの関係も可変的で不思議だよね。

ーそうですね。監督は彼らが一緒に過ごす時間を描くことを大切にしている気がしました。今回の撮影では慶一さんは共演者に慕われて、慶一さんの撮影の最後の日には共演者のみなさんが別れを惜しんで涙したとか。

鈴木:そうなんです。みなさんお泣きになってね。でも、涙の別れの後、一か所セリフの録音が残っていたことがわかってロケバスがすぐ折り返したんだけどね。「すみません。戻って来ました」って(笑)。

—涙の後に笑いが(笑)。この映画にふさわしいエピソードですね。

鈴木:この映画に出てくる人物たちは、深い関係でもなく、浅い関係でもない。いつの間にか集まって、そして、いなくなってしまう。サーカスが街にやってきて、どこかへ行っちゃうみたいにね。束の間、彼らは一緒の時間を過ごす。彼らがそれまでどんな生活をしていたのか、その後どうなるのかは紹介されない。監督は時間の切り取り方がうまいんだ。

―監督は音にこだわっていましたね。音の録り方、出し方にも、細かい演出を感じました。

鈴木:監督は現場で音をよく聴いていたね。料理の音にもこだわっていた。餃子を焼く音とか。

テープレコーダーでの宅録に目覚めた高校時代。将来の夢は音効さんだった

ーそういう監督だから、「音を集める老人」というキャラクターを思いついたのかもしれませんね。慶一さんがマイクとテープレコーダーを持って歩く姿も馴染んでいました。もしかして自前の機材ですか?

鈴木:あれは全部借りもの。ほとんどガジェットみたいな安物だった。でも、ヘッドフォンだけは高級品なんだよ。メーカーにヘッドフォンを借りにいったら「ぜひこれを使ってください」って一番高いやつを貸してくれたみたいで。タケがあんないいヘッドフォンを使うのは身分不相応で珍妙だけど、それもおもしろいってことで。子どもの頃、音効さんになるのが夢だったから楽しかったよ。

—ミュージシャンではなく、音響効果の仕事に憧れていたんですか?

鈴木:私は1951年に生まれたんだけど、中学に入る頃にビートルズを浴びるわけだよ。そして、エレキブームがきてエレキギターを弾き出す。1967年くらいになるとサイケデリックムーブメントが起こって、録音技術に凝った曲が出てくる。ビートルズの“ストロベリー・フィールズ・フォーエバー”みたいにね。そういう曲を聴いて、「この音、どうやっているんだろう?」って興味が湧いてくるんだよ。

—曲よりサウンドが気になってきた?

鈴木:そう。当時、家にテープレコーダーが1台あってね。マイクをつないだら録音ができるんだけど、録音用のレバーをガチャッとやるとハウリングを起こすことがある。ということはギターアンプになるんじゃないかと思って、エレキギターを繋いでみたらギターが鳴ったんだよ。それで、ちょうどいいレバーの位置を探して、ずれないように輪ゴムで止めて、ギターアンプとして使っていたんだよね。茂ちゃん(ギタリストの鈴木茂)も同じことをしていたらしい。

—機材や情報がないなかで、いろいろと工夫していたんですね。

鈴木:高校生の頃はテープレコーダーばかりいじっていた。1台だと足りないから、親戚や友達から借りてきて3〜4台使っていろんな実験をしていたんだ。同じ曲が録音されたテープを2台同時に再生して疑似ステレオにしてみたり。テープ速度を変えてみたりするうちに偶然フランジングができたり。

—宅録少年だったんですね。その頃から野外録音はしていたんですか?

鈴木:その頃は、まだテープレコーダーが大きかったし、高価だったから、なかなか外には持ち出せなかった。

いま思い出したんだけど、高2の修学旅行のときに、みんなで8ミリ映画をつくろうということになって、カセットレコーダーを旅行に持っていったことがあった。旅館に泊まったときとか、いろんな音を録ったね。

ー旅の思い出を音で記録した。かなり音効さんっぽくなってきましたね。

鈴木:音楽もやりたいと思っていたけど、当時はどうやったらミュージシャンになれるのかわからなかった。作曲した曲を譜面に書いて送ったら、採点してくれるという音楽雑誌があったんだけど、かしぶち(ムーンライダーズのかしぶち哲郎)が応募したら、いちばんいい評価の「A」だったらしい。私は「D」(笑)。

そんなわけで、ミュージシャンになるなんて考えもしなかったけど、役者をやっていた親父が劇団にいたので、将来は劇団で音効さんをやるのがいいんじゃないかと思っていたんだ。ところが高校を出たとき、あがた(森魚)くんと出会って音楽の道に進むことになる。一人で身につけた録音技術は、あがたくんが自主制作でつくった1stアルバム『蓄音盤』(1970年)に参加したとき、非常に役に立ったよ。

工場地帯で生まれ育った鈴木慶一にとっての音の原風景、環境音楽とは

ー音づくりのこだわりは、その後、ムーンライダーズや慶一さんが関わった作品でも活かされることになります。楽器以外の音や環境音を曲に混ぜて使う、という手法も早い時期からやられていましたね。

鈴木:機材が進化するにつれて音はよくなり、機材も軽くなってフィールドレコーディングがしやすくなった。いまはつねにハンディレコーダーを持ち歩いているよ。1991年にソロアルバム『SUZUKI白書』をつくったときは、台湾まで行って山岳民族の歌声をフィールドレコーディングしたんだ。白井(ムーンライダーズの白井良明)が小さな音でギターを弾いて、それにあわせて歌ってもらった。

ーエキゾチックだけど懐かしい不思議な歌声でしたね。

鈴木:中国映画のサントラをやったときは、いちばん高級なハンディレコーダーを持ってロケ地の雲南省に行った。聴いたことがない音だらけだったからいろんな音を録ったよ。飴売りが鐘を叩きながら近づいてくる音なんかもおもしろかったね。

あと、朝に巨大なスピーカーからマーチみたいな音楽が流れてくるんだ。中国共産党の音楽なのかな、と思っていたら、それが突然『ラ・マルセイエーズ』(フランス国歌)になる(笑)。そういう不思議な音を片っ端から録音した。その音源をNo Lie-Sense(鈴木慶一とKERAとのユニット)で使ったりしたね。ヴェネチア国際映画祭に行ったときは、空港で雑踏の音とかアナウンスを録りまくった。

—フィールドレコーディングした音って、楽器とは違う不思議な魅力がありますね。情報量が多いですし。

鈴木:フィールドレコーディングした音には、その場の空気も記録されているからね。密閉されたスタジオで録音した音源にフィールドレコーディングした音源を混ぜることで、どこで録った音なのかわからなくなる。空間も時代もわからない不思議なサウンドになるんだよ。

—音が時代性や空間を生み出す、というのもおもしろいですね。慶一さんの記憶に深く結びついている音はなにかありますか?

鈴木:子どもの頃、タンスの上にあった大きなラジオかな。子どもの手が届かない高い場所にあって、チャンネル権は大人たちが握っていた。その後、家具調ステレオが登場して短波に設定するとなんだかわからない音が入ってくるんだよ。ほとんどガーガーいってるだけのノイズなんだけど、それを聴きながら「どこから来ている電波なんだろう」ってロマンティックな気持ちになったりしていたね。

—ノイズの向こうに異国を妄想していた。

鈴木:そう。それに、私は大田区の工場地帯に住んでいたから、24時間、工場の音が聞こえてくる。鉄を電磁石で吸い上げて落とすとか、鉄を運んで溶かすとか、そういう音が聞こえてきて、それが家でかけているレコードの音より大きいんだ。さらに家の真上を飛行機が爆音で飛ぶ。そういう環境で育ったから、武蔵野にある親戚の家に遊びに行くと静かすぎて眠れなかった(笑)。

—映画のなかで、タケがこれまで録音したなかで一番好きな音をコトに聞かるシーンがありました。音と記憶と繋がっていることを伝える印象的なシーンでしたが、ラジオや工場のノイズが慶一さんの音の原風景なんですね。

鈴木:子どもの頃から聞いている工場の音は、自分にとって一番心地いい音だね。私はノイズで育ったインダストリアルマンなんだよ(笑)。

作品情報
『ほとぼりメルトサウンズ』

7月16日(土)より新宿 Kʼs cinema ほか全国順次公開

出演:xiangyu、鈴⽊慶⼀、平井亜⾨、宇乃うめの、⼩川節⼦ / 坂⽥聡 ほか
監督:東かほり
脚本:永妻優⼀、東かほり
プロフィール
鈴木慶一 (すずき けいいち)

1951年、東京生まれ。1970年頃より音楽活動を開始し、あがた森魚、はっぴいえんど等のサポート、また数多くの録音セッションを経験する。1972年に、はちみつぱいを結成。日本語によるロックの先駆的な活動を展開しアルバム『センチメンタル通り』をリリース。はちみつぱい解散後に、ムーンライダーズを結成し1976年アルバム『火の玉ボーイ』でデビュー。バンド活動の傍ら膨大な数のCM音楽、アイドルから演歌まで幅広い楽曲提供とプロデュース、『MOTHER』『MOTHER2』などのゲーム音楽に関わり、人々に大きな影響を与えてきた。映画音楽では北野武監督の『座頭市』、『アウトレイジ 最終章』で日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。北野武監督の『座頭市』でシッチェス国際映画祭最優秀音楽賞を受賞した。2020年に音楽家生活50周年を迎え、Billboard LIVE 東京にて自身の代表作でもあるゲーム『MOTHER』サウンドトラックのカバーライブを開催した。俳優としての顔も持ち、映画やドラマへの出演も多数。



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