水木しげると妖怪

水木しげるの「なまけ者になりなさい」の本意。壮絶な仕事人人生の裏に、戦傷した腕から「赤ん坊の匂い」

水木しげるが残した「なまけ者になりなさい」といった名言の数々は、忙しく働く現代人に向けた警鐘のように思えるが、じつは水木自身は70歳の当時でもなお、相当なワーカホリックだったことが知られている。こういった言葉の本意はどこにあるのか? 水木の仕事人としての生涯を、小鉄昇一郎が綴る。

(メイン画像:©️水木プロ)

「なまけ者になりなさい」的人生論とは真逆の、ワーカホリックだった水木しげる

水木しげるがこの世を去って7年が経過した。その死後も『ゲゲゲの鬼太郎』のアニメ化、原画展をはじめとしたさまざまなイベントや新刊・復刻・雑誌での特集など、つねにメディアや書店を賑わせている。コロナ禍においては「アマビエ」のムーブメントでもその妖怪画が注目され、また、今年に入ってからはロシアのウクライナ侵攻の影響を受けてか、NHKにて『鬼太郎が見た玉砕~水木しげるの戦争~』が再放送されるなど、その不思議な時代性・普遍性は没後なお健在だ。

とりわけ、ネットニュースやSNSなどでも定期的に話題になるのは、『水木サンの幸福論』(初版:日経BPマーケティング / 2004年)などに登場する水木しげるが主張する「幸福の七ケ条」に記された「なまけ者になりなさい」だろう。巷間に知られる水木しげるのトボけたキャラクター「朝は寝床でグーグーグー」のイメージを体現したようなこの寸言は、平成・令和と時代を問わず、働き詰めの日本人の心を「ほっこり」と打ち続けている。

しかし、では水木しげる本人が言葉の額面通りに「なまけ者」であったかと言えば、まったくそんなことはなく……むしろその真逆の「仕事人」ぶりであった。水木しげると師弟関係のような立場であった作家・京極夏彦は先述の言葉を「怠けても食えるくらいの人間になれ」と解釈していると語っているが、その京極氏が監修を務めた『水木しげる漫画大全集』(講談社 / 2013〜2019年)全103巻から成るこのシリーズの総ページ数は5万7千ページにも及ぶ。この物量だけでもその「仕事」の多さは歴然だろう。

漫画家としてもっとも多忙だった時期の水木には「原稿からほんの数秒顔を上げて、窓の外に見える木を数秒眺めることだけが息抜きだった」という壮絶なエピソードもある。

作家・足立倫行による評伝『妖怪と歩く──ドキュメント・水木しげる』(初版:今井印刷 / 2010年)は「水木しげる」ではなく、大正生まれの漫画家、プロダクション社長、戦争体験者としての「武良茂」(水木の本名)という一人の人間の側面をフラットに描いた名著だが、その実際の仕事ぶりも細かく描かれている。

有名な「面談三十分厳守!!」の張り紙の貼られた水木プロの応接室にて、水木と著者が初対面する場面から始まるこの本のなかで、水木が作中やインタビューで掲げる「あくせく働く生活はバカバカしい」「猫のように、生活のための労働をいっさいしないのが理想」あるいはニューギニア島の住人たちのように「一日二時間ほど働いてあとは遊んで暮らしたい」と言った「なまけ者になりなさい」的人生論と、実際の水木の多忙な生活はこのように比較される。

ところが、実際の水木の日常はとなると、これがもう絵に描いたような仕事中毒(ワーカホリック)なのだ。アシスタントは日曜日と隔週土曜が休日だが水木は土曜も日曜も仕事をする。原則として完全な休日というのはない。年に何度か行く海外旅行も、たとえそれが水木プロの慰安旅行であっても、必ずどこかに仕事が絡んでいる。

しかも一日中「メシを食ってる時もクソをしてる時もストーリーを考えて」おり、毎日夕食と入浴のあとは書斎へ直行して仕事、「寝てる時にいいアイデアを思いつくことがある」ので布団の枕許にペンとメモ用紙を欠かさない。いずれにせよ、現実の暮らしぶりが、持論である猫的生活礼賛論と裏腹の関係にあることは否めない。

(足立倫行『妖怪と歩く──ドキュメント・水木しげる』文春文庫・文藝春秋 Kindle版より)

働き盛りの30~40代ではなく、当時70歳になった水木の生活がこうなのだから、「ゲゲゲの女房」こと布枝夫人に「どうせあの人は死ぬまで仕事仕事ですよ」と呆れられるのも無理はない。

そのバイタリティはどこから? 左腕を負傷しつつも、一命を取り留めた戦争体験

水木のこの旺盛なバイタリティ、仕事に対する情熱はどこから来たのか? それは戦時下において「死」と隣合わせの日々を過ごし、終戦後も食うや食わずの生活を長年続けたが故の、仕事がない、食えない、即ち餓死──という、「死」から逆算しての「生への執着」という過酷なリアリズムに裏づけされたものだろう。

しかし、水木しげるが戦地において目の当たりにしたものは「死」だけではない。水木はその逆の「生」そのものも体感したことを漫画のなかで語っている。

『コミック昭和史』(初版:講談社 / 1988〜1989年)は、水木しげるがその半生を生きた「昭和」という時代を、歴史のダイナミズムと数奇な個人史の相克として描いた名作だ。なかでも、第二次世界大戦~自身の戦争体験については紙幅を割いて克明に描かれている。

戦地ラバウルにて、若き日の兵士・水木は重いマラリアを患い寝込んでいる所で空襲に巻き込まれ、左腕を負傷する。バケツ一杯ほども出血し、軍医は麻酔なしでナイフによる手術を執り行い、なんとか一命を取り留める。

切り落とされた断面に蛆が湧き、腕が頭の大きさほどにも腫れ上がるなど壮絶な日々を過ごしていたが、近日中に援軍によって負傷者から優先して内地に帰還できるという知らせを聞きつける。「内地に生きて帰れるかもしれない」と半死半生の水木は希望を抱く。

そして日が経つに連れ、傷口が徐々に塞がり始める。その回復しつつある傷口から水木は「赤ん坊の匂い」がした──と語る。

「ある日切った腕からかすかに赤ん坊の匂いがする……なんだか生命が底の方からわき上がってくる匂いだった……」

「たしかに赤ん坊の匂いだ 生命が守勢から攻勢に転じたのかな…… / 何者かが内側からたすけているかんじ…… / ひょっとしたら内地に生きてかえれるかもしれないナ……! / (中略)ぼくはなんとなく”希望”がわいた すなわち生きられるかも知れないという安心感だった」

(水木しげる『コミック昭和史──終戦から朝鮮戦争』第6巻 講談社文庫より)

病気やケガをしたときに初めて、その内臓や器官が健康に存在していたことを意識する……という話は巷間よく言われるが、死線を彷徨ったが故に「生」を感じ、しかもそれを「赤ん坊の匂い」という実感を伴って体験した、という人物は極めて稀だろう。

ろくな治療も受けていないのに傷口が回復することを不思議がる水木は、軍医に「自然良能(自己治癒能力)」という説明を受け、これを「知らないまにカミサマが手助けするわけか…」と解釈し、生きて内地に帰れる喜びを噛みしめるのであった。

水木しげるの、その後の漫画家としての活躍、それを支えた強力な生命力は、この「赤ん坊の匂い」が起点だったのではないだろうか。不条理な「死」に抗うなかで、自らの「生」をサポートしてくれる「カミサマ」──目に見えざるなにかが「確実に」自分のなかで存在している……そのことを「匂い」という実感的な体験によって理解したときから、戦後から晩年に至るまでのエネルギッシュな活動、そのバイタリティがムクムクと湧き上がってきたのではないかと私は考えている。

「私ね、片腕でも人の二倍から三倍の仕事をしてると思いますが、もし両腕があったら、五倍か六倍はできたと思うんですよ」(『妖怪と歩く』より)という水木の言葉は、あたかもラッパーのセルフボースト(自画自賛)のようだが、虚勢ではなく水木にとっては強い実感があったのではないだろうか。

坂本慎太郎『できれば愛を』から窺える、水木しげるのエピソード

余談だが、ゆらゆら帝国時代から熱狂的な水木しげるファンとして知られるミュージシャンの坂本慎太郎は、2016年リリースの3枚目のソロアルバム『できれば愛を』について、当時インタビューにて、「恋愛とかLOVE & PEACEとかではなく、自分が寝ている間にもキズが治癒されたり、汚染された土地をバクテリアが浄化したり」することを(表題の)「愛」と自分は捉えている……という旨の発言をしていた。坂本氏のこの視点も、『昭和史』の傷の自己治癒~「赤ん坊の匂い」のエピソードが念頭にあったのでは? ……と筆者は予想するが、いかがだろうか?

坂本慎太郎『できれば愛を』を聴く(Apple Musicで聴く

さて、水木の「仕事人」ぶりの話に戻ろう。テレビ東京系『たけしの誰でもピカソ』の2004年の水木しげる特集の回を、当時中学生の筆者はリアルタイムで見た。仕事中の水木(そのときは、完成された線画の原稿に色を塗る作業中だった)に「仕事は楽しいですか?」というスタッフからの質問に「多少は。それに人が金くれるでしょう。好きなことをして金が貰えるんだから、おかしくてしょうがない」と語り、スタジオのたけしらの爆笑を誘い、筆者もテレビの前で大いに笑った。

しかし、それから二十年近く経て、気付けば私自身──水木しげるほどの覚悟もバイタリティもないまま、なんとなくの流れで──音楽制作やら執筆やらで日銭を稼ぐ身となったいまでは、笑うだけでは済まない、畏敬の念を感じてしまう。この原稿も雑務に追われながら汗かき書いているいま、水木しげるのそのバイタリティと比例する膨大な仕事量、未だ色褪せない作品と言葉が持つたっぷりとした貫禄、そしてそれを重く感じさせないトボけたキャラクター、存在感にただただ圧倒されるばかりである……。

プロフィール
小鉄昇一郎 (こてつ しょういちろう)

ミュージシャン・著述家。Marutenn Booksより『MAVDISC』(2017年)HIHATTより『Ge’ Down E.P.』(2020年)などをリリース。ラッパーや企業CM、ゲーム音楽などにもトラックを提供。またライター活動としてミュージック・マガジン、Quick Japan、ユリイカなどに寄稿、PVのアニメーション製作など活動の幅を広げている。ディスコ・バンド「ピクニックディスコ」自主レーベル&スタジオ「STUDIO MAV」主催。



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