100年後には、桜の咲かない春がくる? 身近な「花」から考える地球環境の問題

春の訪れとともに芽吹きはじめる草花は、新しい季節の予感を抱かせ、私たちの日々の暮らしに彩りを添える。翻って、地球が気候変動にさらされるなか、植物もまたその影響を免れ得ない存在であることも忘れてはならない。

例えば春の花の代表ともいえる、桜。その開花が年々早まっていることは、体感的にも感じないだろうか。

このように私たちの身近に存在する植物から、地球環境にまつわる課題を見つめ、一人ひとりにできるアクションについて考えるイベント『THINK FUTURE NATURE』が、去る3月26日に渋谷パルコで開催された。

JAXA第一宇宙技術部門地球観測研究センター(EORC)所属、主任研究開発員の秋津朋子さんと、フローリスト「migiwa FLOWER」主宰の秋貞美際さんとともに、JAXAの地球観測衛星で得られる情報から見えてくる環境課題について考えた。

JAXA研究員×フラワーデザイナーとともに地球環境を考える

人工衛星から得た地球規模の気候変動や温暖化に関するデータを持つJAXAと、生活者に向け、サステナブルなライフスタイルの提案を試みるPARCOは、2021年から、SDGsにかかわる情報発信において連携・協力を行なっている。

こうした両者の取り組みから生まれた今回のイベントに出演したのは、JAXAで気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C)を用いて、植物の環境応答に関する研究をしている秋津朋子さん。

そして、規格や流通上の問題から廃棄されてしまう「ロスフラワー」に興味を持ち、規格外のダリアを染料にしたワンピースをつくるプロジェクトを立ち上げるなど、花を通じて環境課題へ関心を寄せるフラワーデザイナーの秋貞美際さん。

イベント当日の会場の装花も秋貞さんが手がけたもの。普段は基本的に旬の草花を使うように意識しているとのことだが、今回はあえて季節から外れた植物も使用したのだそう。

将来的に地球の温暖化が進み、草花の発育に影響が起きれば、本来同じ季節に育つことのない植物同士が共存する世界が来るかもしれない。そんな状況を想像して空間を飾ったのだという。

では、秋貞さんが表現した装花のような未来が、実現してしまうことはあり得るのだろうか。温暖化が植物に与える影響について考えるため、まず設定されたトークテーマは「桜の咲かない春?」。

100年後、桜は何月に咲いているのか

イベントが開催された当日は、3月下旬にしてちょうど桜が見頃を迎えていた。

春の暖かさの到来とともに咲くイメージの強い桜だが、そもそも桜が咲くためには「寒さ」が大切な役割を果たしているのだそう。この「休眠打破」と呼ばれるメカニズムについて、秋津さんが解説する。

秋津:桜の花の芽は、花が咲く前年の夏にすでにつくられているんです。桜のような落葉樹は秋に葉を落として活動を低下させ、花芽も眠りにつきます。その後、咲くタイミングの決め手のひとつになるのが「寒さ」なんです。冬のあいだ、一定期間低温にさらされると、桜の花芽は「冬が来た(だから、もうすぐ春が来る)」と判断して、目を覚まします。それを「休眠打破」と呼びます。

寒さによって眠りから目覚めた桜は、春にかけて気温が上昇するに従い、花の芽を成⻑させ、やがて開花に至る。春にうまく花を咲かせるためには、暖かさだけではなく冬の厳しい寒さが欠かせない。

植物の開花には、このように気温の変動が大きく影響している。毎年桜の季節が近くなると、各所で開花予想が発表されるが、予測方法のひとつに「600度の法則」と呼ばれるものがあるのだそう。

秋貞:桜の開花予想を出す方法は何通りかありますが、そのなかに「600度の法則」という予想方法があります。2月1日から毎日の最高気温を足していき、それが600度に達すると桜が開花するというものです。

花屋の仕事をしていると、季節外れの時期に、「開花している桜」をご注文いただくことがあるのですが、そうしたリクエストがあった場合は、周りでストーブを焚いて温めることで人工的に桜を咲かせることもあります。

北のほうの生産者さんの桜であれば、咲くタイミングが少し遅くなりますが、特定の生産者さんの桜を仕入れようとすると、その分お値段も上がっちゃいますからね。旬なものは旬なときに楽しむのが一番だと思います。

一定の寒さと暖かさが鍵となる桜の開花。それを踏まえたうえで、秋津さんは「桜の咲かない春」が将来的にやってくる可能性について言及した。

秋津:「桜の咲かない春」というのは、植物学的にはあり得る話です。私が子どもの頃は、桜というと入学式のイメージがありましたが、いまは卒業式の時期に咲いていたりしますよね。

実際に、気象庁のデータによると、1956年から1985年の平年値に基づく4月1日時点での桜の開花ラインは、日本列島のかなり南側です。関東では4月1日にはまだ咲いていない地域も多くありました。ところが、今年の東京の開花日は3月14日なんです。これは2年前の2021年に並ぶ、史上最速タイ記録になります。気象庁では全国で桜の開花時期を記録していますが、4月1日の開花ラインはどんどん北上してきているんです。

秋貞:市場に出回っている桜にもあまり蕾がなくて、体感的にも桜の状態が年々変わっていると思っていましたが、データを見ると実際に変化していることがわかって、あらためて驚きました。

温暖化の影響によって桜の開花が早まりつつあるなか、一説には、2100年には2月に桜が咲くかもしれないという予測もされているのだという。

秋津:日本周辺の気温が、1982年から2000年の平均気温から2、3度高くなる気象庁の将来予測シナリオを使用したシミュレーション結果によると、100年後には東北地方での平均開花予想日が2、3週間早まると予測されています。

一方で、温暖化の影響によって冬の気温が上がると、休眠打破のタイミングが遅くなってしまいます。ですから同じシミュレーションによると、九州の一部地域など温暖な場所では、逆に現在よりも1、2週間開花が遅くなると予測されているんです。 (出典:ウェザーニュース。九州大学名誉教授、元福岡市科学館館長 伊藤久徳氏による)

これから先、温暖化の影響によって休眠打破ができずに、うまく開花できないことが起こり得ます。桜が咲かなくなったり、一斉に開花せずにだらだらと咲いて満開が見られなくなったりするようなこともあり得ると思います。

他方で、温暖化自体は、植物の側から見ると必ずしも悪いことばかりではないという視点を秋津さんは提示する。

秋津:暖かくなると植物はぐんぐん育ちますよね。ということは、温暖化によって、いままで植物が育たなかった北の地域や高度の高い場所でも育つことができるようになってきます。

だから、植物全体にとっては温暖化が一義的に悪だというわけではありません。温暖化対策を行なうのは、あくまで人間のためだというのが私の考えです。

地球温暖化が進んだ先にある植物をとりまく環境を知り、日々花と触れ合う立場である秋貞さんは、切実な思いを吐露した。

秋貞:お花の楽しみ方って生活のなかの習慣にもなっていると思うんです。いまの私たちが四季折々のお花を楽しんでいるように、この先100年後の人たちにも同じように楽しんでもらいたい。そのために、少しでもシミュレーションで予測されたような変化が起こりづらくなる行動をしていきたいとあらためて感じました。

温暖化による、花と虫との「フェノロジーミスマッチ」

当日は秋貞さんによる、春の花を使ったフラワーアレンジメントワークショップも開催された。

桜を中心に、「春の花に多い柔らかな桜色を、記憶の片隅に思い出として留めてもらえたら」という秋貞さんの思いから、ラナンキュラスや、スイートピー、ユーカリ、こでまりなどがセレクトされ、参加者は思い思いのアレンジメントを楽しんでいた。

会場内では、「花と植物と地球観測衛星」をテーマにしたパネル展も実施。

パネル内で紹介されていたキーワードのひとつである「フェノロジーミスマッチ」について、秋津さんから説明が行なわれた。

秋津:季節の移り変わりによって植物は葉を出したり、落葉したりしますよね。このように生物が刻む季節「生物季節」のことを「フェノロジー」といいます。

花と昆虫は長い年月をかけて相互に関係性を築いてきましたが、温暖化によって、花と昆虫のフェノロジーがずれてきています。このような状況を「フェノロジーミスマッチ」と呼ぶんです。

フェノロジーミスマッチによって、双方が絶滅してしまうということも起こり得ます。例えば、温暖化によって花の咲く時期が早まると、花は受粉のため、花粉を運ぶ昆虫が必要なのに、昆虫のほうはまだ準備ができていないというケースが出てくるんです。逆に花が咲くよりも早く昆虫が活動しはじめてしまうと、食物がないため昆虫が死んでしまいます。

互いの生存に欠かせない動植物の活動周期が、温暖化の影響によってずれてしまうことによって、さまざまな生物が生存できなくなってしまう。こうした状況は、実際にいま現在の日本でも起こりつつあるという。

秋津:温暖化によって早く雪が溶けると、雪解けと共に咲く花も早く咲いてしまい、フェノロジーミスマッチが起こります。このような植物は北のほうや山の上に多いため、北方植物や高山植物などがいま絶滅の危機にさらされています。高山植物については、温暖化による森林限界の上昇もあいまって特に深刻な状況です。

みなさんにぜひお願いしたいのですが、山や高原に行った際にきれいなお花があっても摘みとらないでください。これは温暖化に対する直接的な対策ではないのですが、温暖化の影響による絶滅を少しでも遅らせることができます。

人間のなにげない一歩が、植物の未来を変える

最後に2人からイベントを通じた感想を語ってもらった。

秋貞:温暖化や地球保全やSDGsについては、情報がたくさんありすぎて、興味はあっても自分がどこからどうやって一歩踏み出したらいいのか、なかなかわからないところもあったんです。でも、このイベントのなかで、身近なのに知らなかったことをひとつずつ丁寧に秋津さんが教えてくださったので、大きなアクションをしなければと身構えなくてもいいんだと気が楽になりました。

秋津:私たちJAXAで打ち上げている地球観測衛星は、宇宙から地球の様子を観察しています。衛星は、地球環境が変化しているという情報を確実にとらえています。JAXAでは、この地球からのメッセージを、これからもみなさんにわかりやすく伝えていきたいと考えています。

自分一人が地球温暖化を防ぐ行動をとっても、やらない人もいるからやっても無駄とか、モチベーションが上がらないと思う方もいるでしょう。けれども、例えば私が森のなかを歩いたら、踏み出した一歩は小さくとも確かに環境の変化を生みます。地面がへこんでそこに影ができたり水が溜まったり……それによって命をつないでいく生き物や、逆に私の一歩によって、踏まれて死んでしまう生き物もいるかもしれません。何度も歩いているうちにそこが踏み固められて獣道になったり、しばらく行かないとまた元に戻っていたり。

一歩というのは小さいように思えても、変化を生みます。ですから、例えば夏場にエアコンの温度設定を1度上げるような小さなことでもいいんです。一歩が積み重なると大きな力になるので、みなさんにできることをひとつずつやっていっていただけたらと思います。

桜などの植物という身近な存在から、気候変動をはじめとした環境問題というスケールの大きなテーマについて考えを巡らせる機会となった本イベント。

日々生活者として生きるなかで、花を愛でることひとつとっても、一人ひとりがどのような姿勢を持ってそれに向き合うかによって、地球の環境や社会は変わってゆく。身近な日常への誠実さは、一見果てしなく遠く感じられるような物事にも必ず及んでいくはずだ。今回は植物がテーマではあったが、そのきっかけや方法は一人ひとりのそばにきっとある。

プロフィール
秋貞美際 (あきさだ みぎわ)

フラワーデザイナー。IT業界から転身し2013年渡仏。パリ6区「ROSE BUD」にて修行し、2014年の帰国を機に独立。2018年、花屋「migiwa FLOWER」をオープンし現在は麻布十番のアトリエにて活動。テレビや雑誌などメディアで活躍する一方、アトリエレッスンを主宰。都内有名レストランや企業の空間装飾も手掛ける。

秋津朋子 (あきつ ともこ)

JAXA 第一宇宙技術部門 地球観測研究センター(EORC)所属、主任研究開発員、博士(環境学)。筑波大学研究員から助教を経て、現職。光合成有効放射の研究、人工衛星から得られる陸域生態系プロダクトの地上検証データの取得、植物の葉の分光特性と環境応答・環境適応等の研究に従事。



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