現代人に必要な「減速」の演劇体験。俳優・佐藤玲がプロデュースした現代演劇の精髄『海と日傘』を語る

『架空OK日記』や『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』に出演し、俳優として幅広く活躍する佐藤玲さん。じつは数年前から演劇のプロデューサーとしても活動しており、プロデュース4作目となる舞台『海と日傘』が、この夏にすみだパークシアター倉で上演される。

『海と日傘』はある夫婦の「最後の時間」を淡々と描いた作品だ。その静かな魅力について佐藤さんは、「本作の世界の中に流れている時間はとても穏やかなものなので、劇場の外の『いつもの世界』とはまるで違う時間の流れを体験することになるはず」「倍速で情報を得ることが普通になった、いまの時代にこそ見てほしい」と語る。

どうしていま、この作品を上演しようと思ったのか、そしてコンテンツが溢れる時代においての演劇の魅力は何なのか。演劇に自身の演技のベースがあるという佐藤さんに、『海と日傘』へこめた思いと演劇の力について語っていただいた。

海外でも上演できるような作品を。プロデューサーとしての思い

ー『海と日傘』は1994年に松田正隆さんが発表した作品ですが、なぜいまこの作品を上演しようと思ったのでしょうか?

佐藤玲(以下、佐藤):私が日本大学芸術学部の演劇学科にいた頃に、実習作品として『月の岬』という松田さんの作品を上演しました。すごく大好きな作品です。それから松田さんの戯曲をいろいろと読んでいくうちに『海と日傘』に出会いました。今回の公演ではまず、どんな作品を上演するのかを演出家としてお声がけしていた桐山知也さんと話し合いました。そこで、ゆくゆくは日本だけでなく、海外でも上演できるような作品にしようということになったんです。

佐藤:そうして案として出たのが『海と日傘』でした。いったいどんな作品だったら海外の観客の方々に楽しんでもらえるだろうかと考えたときに、やっぱり日本特有の香りというか、この独特の空気感が伝わる作品がいいなと思いました。

私たちがイメージしていたのは、小津安二郎監督の映画のような演劇作品です。着物や、日本家屋などのビジュアル面で押し出すのもいいけれど、引き算の美学が感じられるような。『海と日傘』ならこれを表現できると、私も桐山さんも考えたんです。ちなみに学生時代に『月の岬』を上演した際に演出を担当されたのも、私たちの学科のOBである桐山さんでした。

ー海外展開も視野に入れてスタートした企画なんですね。

佐藤:もちろん、実際に海外に作品を持っていけるかどうかはこれから先の話です。でも、『海と日傘』はその可能性を秘めている。どの作品を上演しようか決めあぐねてしまうくらい、松田さんの作品はどれも魅力的で面白いんですけどね。

戯曲に収められた空気感こそが最大の魅力

ー佐藤さんが感じている『海と日傘』の魅力的なポイントはどこでしょうか?

佐藤:これを上演作品として選んだ最大の決め手は、たとえ物語の舞台を特定の地域に定めなかったとしても、世界中の人々が何か同じものを受け取ることができるのではないか、というところです。

長崎出身の松田さんは、長崎の町を舞台にした作品を数多く執筆されています。そしてどの物語も根底には、それぞれの土地に根を張って生きる人々の姿が描かれています。80年前の8月9日、長崎。あのときに人々が負った傷は、いまもなお癒えてはいませんよね。それでも、あの土地の歴史や文化の中に根を張って、人々は日々を営んでいる。そのことが感じられるところでしょうか。

ー物語が淡々と紡がれていて、決してわかりやすい作品ではありませんよね。

佐藤:そうですね。セリフや描写で語るというよりも、「感じさせる」というのに近いかもしれません。それに私の肌感としては、日本のお客さん以上に海外の観客は、演劇作品にわかりやすさを求めていない印象があります。これは海外の新作戯曲を読んでいても感じることですね。あくまでも私の肌感の話ではあるのですが。

ー『海と日傘』には会話の妙がありますが、重要なのはそこではない印象を持ちました。

佐藤:そうなんです。一概には言えないのですが、多くの日本の戯曲は会話劇の軽快さに面白さを感じます。会話の妙さえあれば、それは作品に対する親しみやすさになりますし、ある種のわかりやすさにもつながる。『海と日傘』にも美しい会話の妙がある一方で、どう行間を読むのかが重要な作品だと私は思っています。つまり、セリフではないところ。この戯曲に収められた空気感こそが最大の魅力ですね。

ーその空気感を、同じ場所に集まった人々と共有し合うと。

佐藤:劇場というある種の特別な空間で、この空気感を観客のみなさんと共有したいですね。演劇の面白いところは、演者と観客のみなさんの間でエネルギーの交換が生まれるところです。『海と日傘』は純粋な読み物としても素晴らしいのですが、上演する際には、その場にいる全員(制作者も観客も)で同じ時間と空間を共有することになります。

本作の世界の中に流れている時間はとても穏やかなものなので、劇場の外の「いつもの世界」とはまるで違う時間の流れを体験することになるはず。登場人物たちと一緒に、「生と死」や「命」というものにじっくりと向き合う時間を提供できたらと思っています。倍速で情報を得ることが普通になった、いまの時代にこそ。

キャスティングのオファーは熱意で勝負する

ー「生と死」、それから「命」という言葉が出ましたが、それは佐藤さんご自身がすでにつかんでいるテーマのようなものでしょうか?

佐藤:そうですね。この戯曲の冒頭と最後には、短い詩のような言葉が記されています。それは「生と死」や男女の「何か」に関するものなのですが、セリフではないので、劇場にいらっしゃるみなさんが目にしたり耳にしたりするものではないはずなんですよね。でも作り手である私たちはこの言葉に触れているわけですから、これをどうお客さんに届けるか。

このインタビュー時点ではまだ稽古はスタートしていないので、これから稽古を重ねていく中で、キャストやスタッフのみなさんと理解を深めていきたいですね。

ー肉体と声を持った俳優が演じてみなければ見えてこないものがあるはずですよね。本作のキャスティングについても教えていただけますか?

佐藤:とてもシンプルですよ。それぞれの魅力的な登場人物を誰が演じたら素敵なものになるか、私の頭にパッと浮かんだ方々です。つまり、この作品を上演するうえで、私自身が観たい人々。私がプロデューサーなので、そこは好きにやっていいでしょうと(笑)。

ーもちろんですよ(笑)。ただ、佐藤さんにとって思い入れのある戯曲ですから、よほどの信頼というか、リスペクトがないとお願いできないだろうと思いました。

佐藤:それはそうですね。でもこれまでと同様に、今回も私が尊敬する方々にお受けしていただくことが叶いました。このキャスティングでいったいどんな化学反応が起こるのか、いまから非常に楽しみです。

ーキャスティングのポイントについてもお聞きしたいです。

佐藤:これまでは化学反応に期待して、職業俳優ではない方に出演していただくこともありました。けれども今回は扱うことになるテーマ的にも、やはり職業俳優の方々にお願いすべき。そう考えました。主人公の小説家・佐伯洋次を演じる大野拓朗さんも、その妻・直子を演じる南沢奈央さんも、私がデビューをする前から観てきた方たちです。大野さんは情熱的な役どころを多く担ってきた印象があるのですが、どこか陰のある役柄も的確に体現できる方だろうなと、過去にご一緒したときから思っていました。洋次役は大野さんで間違いありません。

佐藤:南沢さんは数々の映画やドラマでの活躍を拝見してきました。そして近年はとくに、舞台でも多く活躍されていますよね。大野さんと同じで、ずっと大きな劇場でお芝居をされている方なので、どのようにオファーすべきか悩みました。でも結果として、正面突破で私の「好き」の気持ちをお伝えしたんです。熱意で勝負しました(笑)。

直子は余命わずかの存在ですが、彼女は彼女なりにそのことを受け入れ、理解し、淡々と日々を過ごしています。この役を、芯があるのが感じられ、そしてどことなく親しみやすさのある南沢さんが演じたら、きっと素敵なものになる。そう思ったんです。

テーマへの理解を深めていける、頼もしい座組

ーそんな大野さんと南沢さんを中心に、頼もしい座組になっていますね。

佐藤:佐伯家の隣人で、大家の瀬戸山剛史を演じてくださるのは斉藤淳さん。桐山さんが演出を務めた『彼らもまた、わが息子』という作品で共演した過去があります。経験豊富な方で、いつも穏やか。この作品にいてくださったら心強いだろうなと思いました。

瀬戸山の妻・しげを演じる阿南敦子さんは、共演シーンのない作品が2作も続き、23年にやっとご一緒しました。初めて作品で拝見してから私にとってずっと俳優のお手本のような存在で、とってもチャーミングな方なんですよね。そしてもう、とにかく上手い。しげは近所のお節介なおばちゃんみたいな役どころなのですが、阿南さんが演じたら愛らしい存在になるだろうなと。

佐藤:洋二の担当編集である吉岡良一を演じる小川ゲンさんは、10年くらい前にご一緒したことがあります。豊かなキャリアを築いてきた方で、純粋に私の好きな俳優さんです。吉岡の前任の編集者・多田久子役の松田佳央理さんと、医者の柳本滋郎役の片山幸人さんはオーディションを経て出演が決まりました。松田さんは20代の頃に同じ役を演じた経験があるとのことで、年齢を重ねたいまどんな多田役になるのか、とても楽しみです。片山さんはこの座組において最年少。今回の座組においては、柳本役には片山さんの透明感あふれるエネルギーが必要だと感じています。

ーこうしてお話を聞いていると、座組に対しても佐藤さんの強い思い入れがあるのを感じます。

佐藤:もう本当に最高のメンバーなんですよ。キャストだけでなく、スタッフの方々もです。でもこれだけの方々に集まっていただけたのは、やはり演目が『海と日傘』であること、そして演出を手がけるのが桐山さんであることだと感じていますね。キャスティングの口説き文句には必ず、桐山さんのお名前を出していました(笑)。でもそれだけ私が尊敬し、信頼している方なんです。

プロデュースと俳優、二足の草鞋で挑む初の作品

ーそして今回は「RPC」の4作品目にして、ついに佐藤さんも出演されますね。

佐藤:4回目のプロデュース作品で、余裕が出てきたから出演するというわけでは決してありませんよ(笑)。私にとってすごく大切な作品なので、私も俳優として『海と日傘』の世界を生きてみたいという純粋な気持ちがありました。

私が演じる看護師の南田幸子は出番こそ多くはないものの、それぞれの登場人物ごとに大切な役割があることを改めて実感しています。プロデューサーとしてだけでなく、俳優としても自分の仕事をまっとうしたいです。

ー映画だと俳優とプロデューサーを兼ねるケースは多々ありますが、演劇だと珍しいのではないですか?

佐藤:たしかにそうかもしれませんね。プロデューサー業に関してはまだまだおっかなびっくりなところがあるのですが、俳優業に関してはそれなりに場数を踏んできた自覚があります。なのでそこは自信を持って取り組みたいですね。

どちらも不安な状態だと、いずれ心持ち的にも厳しくなってくると思うんです。だからお芝居に関しては、「真っ直ぐに取り組めば、きっと大丈夫」と自分自身に言い聞かせています。私がこれまでに俳優として参加してきた作品たちとはまた違う、私自身の新しい視点でお芝居ができるのではないかと思っています。

演劇で、これまでの人生やこれからの生き方に思いを巡らせる体験を

ー『海と日傘』はこれからも続いていく佐藤さんのキャリアにおいて、とても重要な作品になるのだろうなと思います。この作品が人々にどのように届いていくことを願っていますか?

佐藤:すべての人に届けられるわけではありませんが、それでも、多くの方に観ていただきたいと思っています。演劇が大好きな私自身にとって、このうえない座組で松田さんの名作をお届けする機会ですから。さまざまなコンテンツに気軽にアクセスできるようになったこの時代において、演劇を観るために劇場まで足を運ぶのは、ハードルの高い行為かもしれません。でもそこには、ストリーミングサービスなどでは決して得られない時間と体験が待っています。「観てほしいな」ではなく、「絶対に観に来てください」という気持ちでいます。

ーエネルギーの交換の場が生まれることに期待ですね。

佐藤:『海と日傘』の上演の場には、そういった環境が静かに生まれると思います。それにエネルギーの交換だけでなく、『海と日傘』という作品をとおして、みなさんと一緒にいろんなことについて考えたいですね。「生と死」や「命」というものについてはもちろん、いま暮らしている日本というこの国をどう捉え、そこでどう生きていくのかについて。ひとつの作品から受け取る情報やメッセージは、お客さんの一人ひとりが違うはず。これまでの人生や、これからの生き方、そして他者との関わり方であったり、そういったことに思いを巡らせる体験をご提供します。

プロフィール
佐藤玲 (さとう・りょう)

1992年生まれ。2008年に演劇集団アクト青山に入所。2011年に日本大学芸術学部演劇学科に入学。大学に通いながら、2012年に蜷川幸雄率いるさいたまネクストシアターに入所。 2012年にテアトル・ド・ポッシュ所属。2023年に退所後、演劇プロデュースや演技の学校を運営する株式会社R Plays Companyを設立。俳優、プロデューサーとして活動している。主な出演作に映画『Silence – 沈黙 – 』(2017)、『死刑にいたる病』(2022)、『チェリまほ THE MOVIE』(2022)など。ドラマに『架空OL日記』(2017)、『30までにとうるさくて』(2022)など。主な舞台に『日の浦姫物語』(2012)、『彼らもまた、わが息子』(2020)など主演作品多数。その他、写真集の出版やCMの出演など幅広く活動している。



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