朝井リョウ×山中瑶子の創作論。必要なのは「時代を読む力」ではない

現代社会を鋭く捉える作品を生み出す作家やクリエイターは、どんなことを考えながら創作をしているのだろう? 本人たちに聞いてみると、必ずしも「時代を読むこと」を意識しているわけではないという。

小説家の朝井リョウ、映画監督の山中瑶子が審査員を務めた『CINRA Inspiring Awards Edition 2026』。受賞作の発表にあわせて、世代もフィールドも異なる二人の対談を実施した。

両者ともに20歳前後で鮮烈なデビューを飾り、朝井は最新作『イン・ザ・メガチャーチ』で『2026年本屋大賞』を受賞、山中が手がけた映画『ナミビアの砂漠』は『第77回カンヌ国際映画祭』で国際映画批評家連盟賞を受賞した。ともに、2023年ごろに制作された作品だ。

最近交流がはじまったという二人に、それぞれの作品への印象やキャリア初期の葛藤、創作を続けるうえで必要なスタンス、そして良い作品をつくる上で必要なお金とチームの話など……たっぷりと語り合ってもらった。

初対面とお互いの印象 「近いものを感じました」

―まず、お二人はこれまでに交流されたことはあったんでしょうか?

朝井

去年の年末に金原ひとみさんが『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』で毎日出版文化賞を受賞されて、お祝いの会があったんですが、そこで初めてお会いしました。山中さんって、作品を観ただけだと気軽に話しかけていい人なのかどうか、正直わからないじゃないですか。緊張したんですけど、行っちゃえ〜と話しかけてみたらたくさん話してくださって、嬉しかったです。

山中

いやいや、こちらこそです。出版の世界で知らない人もいっぱいいたので、ありがたかったです。

朝井

そのあと、山中さんが『早稲田映画まつり』で吉田大八監督と審査員をしていて、私は吉田監督とは映画『桐島、部活やめるってよ』から交流させてもらっているので、皆でご飯に行こうという話になって。吉田監督に、「ご飯に連れていってもらえると聞きました」と脅迫のような連絡をしたら、日程調整もお店の予約もお支払いも全部吉田監督がしてくれました。吉田大八監督、大感謝!

―それを経て、今回の対談なんですね。

山中

そうなんです。対談前に企画書を見ていたら、朝井さんは20歳でデビューしていて、『あみこ』もその頃に発表した作品で。

―そうですよね。『イン・ザ・メガチャーチ』は2023年に連載された作品で、『ナミビアの砂漠』は2024年公開なので、近い時期に話題作を発表されたお二人だなと……。

山中

だいたい同じ時期に『ナミビアの砂漠』を撮っていたので、何か近いものを感じました。『イン・ザ・メガチャーチ』には『ナミビアの砂漠』の主人公とは全然違うタイプの大学生のキャラクターが出てくるけれど、発露の仕方が違うだけで、いまの情報量の多い社会に生きていながらも内面で何も積み重なっていかない感じとか、世界に対しての不能感、つかめなさがある感じは、すごく通ずるものがあると思いながら読んでいました。

―『イン・ザ・メガチャーチ』を読んでみて、いかがでしたか?

山中

それこそ澄香ちゃん(※)が置かれている状況とか、コミュニティが入れ替わっていく変遷が他人事ではなかったというか。私はたまたま映画と出会えたからこうやって偉そうに喋れていますけど、もし私に映画がなかったら、どんなふうに日々を過ごしているかまったくわからないなと思うんです。すごく身近に感じる話だったので、ドキドキしながら読んでいました。

朝井

ありがとうございます。嬉しいです。

(※)『イン・ザ・メガチャーチ』の中心人物の一人。環境や国際問題、人権問題に関心があり、それゆえ視界に入るあらゆる情報に心を痛めているが、ある日、とあるアイドルグループのメンバーに出会い、自分を重ねるようになっていく。

『ナミビアの砂漠』はかつてない映画体験だった

―朝井さんは『ナミビアの砂漠』を観ていたとのことですが、どんな印象を持っていたんですか?

朝井

かつてない映画体験で、とにかくびっくりしました。たとえば割と冒頭に、何のエクスキューズもなく主人公がホストに行くシーンがあるんですけど、それが別に重大なことでもなく、ただ日常のなかにあるひとつの出来事として描かれている。主人公の出自やカウンセリングに通い始めることとか、これまで私が触れてきたフィクションでは主題として扱われそうな物事が、とにかくすべて日常の断片として積み重ねられていく。その感覚が、私にとって本当に新鮮だったんです。主人公の言動をまったく美しく描こうとしていないところも含めて、こういう作品見たことない、似ているものを知らない、とびっくりして。

なんというか、遡ることが出来なかったんですよね。どのキャラクターの何から始まったのか、この映画のアイディアの源みたいなものが全然読めなくて、その読めなさが刺激的で面白かったんです。……という話を初めてお会いしたときにしたら、開口一番山中さんが「それはいい意味ですか?」っておっしゃって(笑)。

『ナミビアの砂漠』予告編

山中

(笑)。嫌なことをいっぱい言われてきたので、どっちの反応か一瞬わからなくて。

朝井

嫌なことをいっぱい言われてきた人の反応だ! と思いました。

私はもちろん、いい意味で言っていたんです。知らない仕組みの物語にいきなり連れ込まれた感じがして、ものすごく集中した劇場体験だったんです。あれだけ話題になって、いろんな人が謎を解きたがっていたんだけど解けなくて、でもそれでいい、というところも好きです。

で、私もきっと多くの皆さんと同じように、次作を楽しみにしていたわけですよ。そうしたら、時系列的には『セフレと恋人の境界線』(※Prime Videoで2025年に配信)という配信番組内の短編映画という形で次作が発表になって。てっきり山中さんの次作は映画館に観に行くものだと思い込んでいたので、この番組のプロデューサーはどうやって山中さんに交渉したんだろうとか勝手に勘ぐっちゃって、そのあたりも含めてベラベラ話しちゃいました。

『セフレと恋人の境界線』 映画版予告 みどころ紹介編

―たしかにその振り幅の広さには、映画ファンもびっくりしたかもしれません。

山中

その時期に読んだ占いで、「何でも受けろ」って書いてあって(笑)。

朝井

そう言われてまたびっくりしちゃって。自分だったら『ナミビアの砂漠』でカンヌ、さてさて次どうするかってかなり考えちゃうと思うんです。全然そういう構え方をしてないのも新感覚で。

山中

それこそ、20代前半のころは、好きな映画監督が世界中にたくさんいるので、その人たちの去就とか、かっこいいフィルモグラフィーとかを意識して「やりたくないことは絶対にやらない!」というスタンスがすごく強かったんですよ。以前は結構そういう感じで。

実際に「なんでこんな誰でも良さそうな企画を私に送ってくるんだろう」と思うこともたくさんあったんですけど、でも、頑なになりすぎて、自分の価値を高めすぎて、3年くらい何も撮れなくなってしまったんですよね。それでやっと出来たのが『ナミビアの砂漠』だったんですけど、『ナミビアの砂漠』の制作を通して自分のセラピーになったというか。

―その3年間と『ナミビアの砂漠』が一つの転換点になったんですね。

山中

本当に自由気ままに風通しよくやらせてもらえたことで、そんなにガチガチにならなくていいなと。「もうほかの人からどう見えても何でもいいや」というフェーズにいますね。

朝井

30代になるくらいで、もっと開いて大丈夫になるというか、これまでより他者を信頼できるのかも、と思えるの、とてもいいですよね。

―山中さんも朝井さんも、デビューや作品がセンセーショナルなので、その分ネガティブなものも含めていろんな感想や意見が降り注いだのでは、と思います。いまはそういった状況は変わってきていますか?

朝井

私は、ここ数年で変わってきた感じがあります。でもそれって、作品の内容どうこうということではなく、一番は世代が変わったからというか、「ポッと出の、なんか軽そうな若手」みたいなイメージが時間とともに勝手に薄まってくれただけかな、とも思います。いちおうデビューして15年は書き続けられたということで、許してもらえたというか、何か抜ける瞬間があったのかなと。

昔はすごく先回りして自分を守ろうと思っていたし、かなり自分を卑下していたとも思います。いまはその意識はどんどん薄れていて、当時のささくれ立っていたときのエネルギーを別のことに割くという、ポジティブな変化をしていると思います。

山中

本当に、なんで朝井さんはこんなに人が良いんだと思います。

朝井

別に人は良くないんですよ(笑)。山中さんはカンヌの報道も多かったし、私の比じゃないくらい色んな言葉を浴びてきたと思う。

山中

たしかに、嫌なことを引きずっていた時期もあったんですけど、そのときは仕事が忙しくなかったこともあって。この2年で投げかけられた言葉はほとんど残ってないんですが、それは忙しくなれたおかげかもしれないです。

朝井リョウ・山中瑶子が考える、創作を続けるために必要なこと

―朝井さんの「続けていると抜ける瞬間がある」という話に納得感があったのですが、朝井さんは続けるために意識していることなどはありますか?

朝井

生存者バイアスが大いにかかっている話ですが、最近特に思うのは、「遅い時計をつける勇気を持つこと」です。

自分以外の書き手に対しては5年のブランクなんてそんなに気にならないのに、自分に対しては「とにかく短期間でたくさん作品を発表して人の記憶から消えないようにしないと」と思っていました。でもやっぱり大切なのは、しっかりエネルギーを費やして小説を書くこと。そういう作品なら、たとえば3年ぶりとかでも、意外とその3年間をぎゅっと埋めてくれるんです。この感覚を大切にしたほうが続くんじゃないかと、最近そんなふうに思うようになりました。

山中

私は『ナミビアの砂漠』を作るまでの丸々3年はコロナ禍と重なっているので、それを言い訳にもできたんですけど、本当に何もやっていなかったんです。でもその3年間は全然長くなかったんですよね。精神的な浮き沈みもありつつ、作品のために走り続けているときには感じられなかったことや、見えていなかったことにたくさん気づくことができました。これも結果論かもしれませんが、いまは次の作品までまた時間がかかっても何とも思わないな、とは思っています。

必要なのは「時代を読む」ことではない

―作り続けることにプレッシャーを持たないようにするということが大事なんですね。

山中

ただ、そのあいだに「もっと違うことをしたい」とか思い始めるかもしれなくて、そのほうが怖いですね……。

朝井

違うこと、したくなりますよね。

山中

したいですし、映画って、そもそも遅いじゃないですか。いまは現実の世界とフィクションが追い越し追い越されるみたいな状況で、何を作ったらいいのか、先を見越すのはさらに難しくなっていると思います。企画が立ち上がったときから公開まで2、3年くらいのブランクが生まれてしまうし、それはあらかじめ確定している時差だから、どうしようもない。

朝井

最近、たとえば陰謀論を題材にした映画が何本か公開されましたけど、企画は数年前から始まっていたはずですが、いま公開となると「遅い」と言われてしまったり。

山中

わかります。だから、続けるために必要なことは「時代を読む」とかじゃないですよね。

朝井

そう思います。それこそ人付き合いでもそうで、業界の構造や力関係を読んだうえで結んだ人との関係性って、その瞬間は何か良いことがあるかもしれないけど、長期的に見るとどうなのかって思うことも多い。

私にも野心はあるので、「いまはこの人と組むべきだよ」みたいな話を聞いてぐらっとする瞬間はあるんです。でも、「この人と組んだら当たる」とか、得をする / 損をするではなく、どんな時代でもこれは自分がやらないといけないという執着みたいなものを持って、そのうえで「この人と同じ景色を見たい自分がいるんだ」みたいな関係性を一つずつ丁寧に重ねていくしかない。そうすることでしか、じつは進んでいけない世界になっている気がします。

山中

すごく共感します。それさえあればほかのことは頑張れるみたいな。毎日倫理も善悪も反転していくような世界ですが、「世界がどうなったとしてもこれはおかしいだろう」と思い続けている自分がいることが、すごく大事だと思います。

「登りたい山があるかどうか」が大事

―大事なのは「時代を読むこと」ではなくても、結果としてお二人とも時代の空気を反映するような作品を生み出しているのがすごいなと思っています。お二人は、先行きがわからないこの状況を物語の作り手としてどう考えて、どんな作品を作っていきたいと思っていますか?

朝井

まさに冒頭でお話しした金原ひとみさんの『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』だったと思うんですけど、「結局作家はいろんな作品を書いているように見せかけて、その人が抱えるたった一つのテーマを手を変え品を変え書き直しているんだと思う」みたいな文章が出てきて。私はそれにすごく納得したんですね。

自分がここ数年で発表した『正欲』や『生殖記』、『イン・ザ・メガチャーチ』といった作品に関して、私は「一つの山をいろんなルートでどうにか登ろうとしている」という感覚でいるんですね。「また同じことを書いてるな」とも思いながら、でも、「この切り口なら前作では書けなかったことを書けるかもしれない」と、同じ山を違うルートから登っている感じがあります。

最新の小説の舞台はファンダム経済なので、そういう部分で時代性を取り入れることはできると思いますが、それはそこまで重要なことではないんです。とにかく、時代や価値観が変わっても、先行きがわからない中でも、何かを作るとなったときに執着してしまうものがあるかどうか。登りたい山があるかどうかが、大前提なのかなと感じます。

山中

たしかに。書く前はその山を登ろうと意識していないけれど、書き始めたら結局また同じ山を登っている、みたいなことは往々にしてありますね。それこそ『ナミビアの砂漠』はたまたま同時代性がすごく高い作品にはなりましたけど、でも、その理由はただただ予算の問題で。

作品づくりを左右するお金とチームの話

―どういうことでしょうか?

山中

お金がないから移動費がかからない東京でしか撮れないとか、時代設定は現代にするしかないとか。もしもっと予算があれば時代設定を過去にしたいし、やってみたい題材もあるんですが、できないんですよね。予算の問題でいまの時代を描くしかなくて、自然とそうなってしまったところもあります。本当はなるべくいまの時代のことを考えたくないけど、たぶん、どうせ考えざるを得ないことになるので……お金さえあればとよく思います(笑)。

そして、過去の話をつくったとしても、どうしても結局はいまを生きている自分の身体感覚が作品に入ってくるので、それがどういうものになるのかは見てみたいですね。

朝井

お金が作品に直結していて、できることが左右されるというのは映画ならではで、やっぱり小説とは全く別の創作物なんだと思います。だからメディアミックスって本当に難しい。あと、映画はチームを作ることも大事じゃないですか? どういうチームで撮るかで、作品が大きく変わりそう。

山中

本当にそうで、スタッフ一人ひとりの存在が本当に大きくて、チームの一人が入れ替わるだけでまったく違う空気になるんですよね。

極端な例えですけど、学校の教室を思い浮かべたときに、いじめっ子がたまたま休みだった日にクラスに平穏がもたらされる感じ。そういうことは自分でコントロールができそうで、できない。だから本当に「気のいい人」を感じとる力を高めたいと思っています(笑)。

朝井

『ナミビアの砂漠』を観たとき、この作品のこの“感じ”を、大人数で共有しながら制作するのって可能なんだ、とも思ったんです。これから作りたいもののビジョンを他者に説明するって、私にとっては本当に難しいことで。でも映画ってきっとそれが必須ですよね? それができる人々が集まったという感覚だったんですか?

山中

私も事前に説明や説得させることはできないし、そもそもそれは私の仕事ではないと思っているところもあって。だからポエムみたいな、散文詩みたいなものを用意しました。

プロデューサーが本当に優秀で、そのポエムを面白がってくれる人たちに声をかけて集めて構成してくれて。私はまだ経験値もないし、誰が気がいい人なのかもわからなかったけど、私の性質を見抜いてプロデューサーが集めてくれた人たちがみんなそのポエムを楽しんでくれる人ばかりで、すごくいいチームだったんですよね。

朝井

やっぱりこういう話を聞くと、大切なのは「時代を読むこと」ではないんだなとつくづく感じますね。

―二人の「次なる山」の登り方も、一読者・観客として楽しみにしています。本日はありがとうございました。

二人が「2025年ベスト」に選んだ作品とは?

二人が審査員を務めた『CINRA Inspiring Awards Edition 2026』は、次世代の表現者が新たな一歩を踏み出すきっかけをつくり、業界全体の活性化につなげることを目指すアワード。

朝井は大学在学中に小説家デビューを果たした上村裕香による3作品、『救われてんじゃねえよ』『ほくほくおいも党』『ぼくには笑いがわからない』を選出。

山中はSoundCloudやストリーミングサービスなどで楽曲の発表をする有田咲花による2025年のアルバム『鯨』をピックアップした。

『CINRA Inspiring Awards Edition 2026』の情報もぜひチェックしてほしい。

CINRA Inspiring Awards Edition 2026 | CINRA
作品情報


記事一覧をみる
フィードバック 2

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Life&Society
  • 朝井リョウ×山中瑶子の創作論。必要なのは「時代を読む力」ではない
CINRA Inspiring Awards Edition 2026

Special Feature

CINRA Inspiring Awards Edition 2026

これからの時代を形づくる作品の創造性や芸術性を讃えるCINRA Inspiring Awards。審査員6名(朝井リョウ、おかざき真里、大島依提亜、三宅香帆、吉田恵里香、山中遥子)に、意欲あふれる作品を選出していただいた。

詳しくみる

CINRA JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて