ジェーン・スー新刊インタビュー【後編】正解は一つじゃないし、オリジナリティがなくてもいい

ジェーン・スーさんの新刊『ねえ、ろうそく多すぎて誕生日ケーキ燃えてるんだけど』が発売された。本書は雑誌『美ST』での連載をまとめたもので、前作『きれいになりたい気がしてきた』に続く第2弾だ。

年を重ねること、見た目が変わること、美しくなりたいと思うこと。多くの人が少なからず抱く欲望や戸惑いに寄り添いながら、「大丈夫だよ」と語りかけてくれるような1冊だ。

今回、約1時間のインタビューを実施。新刊の内容はもちろん、美を楽しむこと、自己受容のあり方など、たっぷりと語っていただいた。

前編では新刊について、そして違和感と向き合うことの大切さについてうかがった。後編では社会の価値観との付き合い方、考えを固定しないことの大切さ、価値観の奥にある社会を見ることについてお話しいただいた。

※前編はこちらから

「『私は私』などというオリジナリティ溢れるものがあるわけではない」

ーSNSと美容の関係についてのお考えもうかがいたいです。私の場合ですが「自分のために美容を楽しんでいる」と思っていてもSNSなどで流れてくる情報や美の価値観に振り回されているんじゃないか……と、ふと思ってしまうこともあったりして。ジェーン・スーさんは美容を楽しむことと、SNSなどで流布される価値観とのバランスをどうとっていますか?

ジェーン・スー:そう考えることのベースには、「人や世間に惑わされたくない」とか「私は私」というのがあるんじゃないかと思うんですよ。私も同じように思っていたのですが、最近は「私は私」などというオリジナリティ溢れるものがあるわけではないって考えるようになりました。

人は誰でも、自分が育ってきた環境や囲まれてきた友人、付き合ってきたパートナーとかに影響されているわけで。SNSもしかりですよね。その組み合わせとかパーセンテージは違えど、要素としてオリジナリティがあるものはたぶんないしそれでいい――そう思ってるんです。

だから、「誰かの価値観に流されているんじゃないか」ということを深刻に受けとめすぎる必要はないと思います。「これは誰かに影響されているね」っていうことを前提としてわかってればいいことであり。

ー影響を受けていることを自覚してる限りにおいては、そこまでネガティブにとらえる必要もないと。

ジェーン・スー:そうですね。でも、この記事を読む人の年齢にもよると思います。30代まではやっぱり自分自身の輪郭をつかむのがものすごく難しいと思うので、「影響されている」と自覚すること自体ができなかったりしますしね。

だからこそ時代との価値観のズレや、つじつまの合わなさでもがいたりもすると思うんですけど、それも意味のある自分の声を聞くためのエクササイズなので、やり切ったほうがいいと思います。

やり方は友人と話す、紙に書き出すでも、何でもいいんです。考え続けること、そして「悩まない」っていう状態を希求するのをやめることですね。それはないですから。

ージェーン・スーさんも、まだ悩まれることはありますか?

ジェーン・スー:あります、あります。ただ、以前よりは悩みとの距離があるかな。前は自分の体のなかにあったり、かぶさって侵食してくるようなものだったけど、いまは横断歩道で隣を歩いてるぐらいの感じ。距離が取れるようになりました。

ー早くそこに行きたいって思っちゃいます。

ジェーン・スー:思っちゃうんですけどね。トレーニングするしかないんです。「明日、腹筋割るにはどうしたらいいですか」って聞かれたら、「筋トレ続けるしかないよ」って話と一緒ですね。

自分が持つかどうかは自分で決める

ー本書では、ボディポジティブの広まりやルッキズムに対する否定的な姿勢など、社会の変化も、自分の見た目を受け入れることにつながったと書かれていました。そういった社会の変化を感じたトピックや出来事はありますか?

ジェーン・スー:ひとつはビッグサイズの服が登場したことでしょうか。やっぱり服のサイズがちゃんとあるってすごく大事なんですよ。服って社会性だから。私は子ども時代、めちゃくちゃ太っているわけじゃなかったけれどそれでもサイズがなかった。洋服の選択肢が少ないと自尊感情が保てなくなるんですよね。

『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』で「ニッセンスマイルランド」(L〜10Lサイズを展開するニッセンのアパレルライン)について書いてるんですけど、スタートは2001年かららしいですね。国内のボディポジティブの風潮はその頃から少しずつできてきていたと思います。

海外だと、多様なサイズ展開をするリアーナの下着ブランド「Savage × Fenty」がでてきた一方で、「Victoria's Secret」が古い価値観から抜け出せず一時的に衰退しましたよね。このふたつはやっぱりセットなんです。「こっちのほうが素敵じゃん」っていうものが登場しないと。道徳観・倫理観を説くだけでは社会は変わらないと思います。

今年の「Victoria's Secret」のランウェイは、カーヴィーモデルが出演していて最高でした。

ー年齢も体型も幅広くなっていていいですよね。

ジェーン・スー:自信を持っていいかどうかを他者が決めるシステムだったのが、自分で決めるシステムに移行してきていると感じますよね。

すごくスタイルが良くて顔も可愛くて、100人いたら100人が「綺麗」っていうような子しか自信を持っちゃ駄目みたいなことではもうない。小さかろうが大きかろうが、自信を持っている人が一番素敵っていうことですね。映画とかドラマもそういう価値観に変化しています。

正解が一つしかない圧力があるときつい

ー『AND JUST LIKE THAT…』(『SEX AND THE CITY』の続編)を取り上げたエッセイ「起死回生のアップデート前夜」でも、同様に価値観の変化について綴られていましたよね。私はこのドラマはシーズン1で離脱してしまいました……。

ジェーン・スー:シーズン1が面白くなかったんですよ。シーズン2は良かったので頑張って見続けてみてほしいです。

でもシーズン1こそが、じつはすごく時代を表してると思いました。「過去の私たちは間違っていて、新しい私たちは全てを肯定し受容します。正しいのはこれなんです」っていうのをバーンと打ち出していたんですけど、「時代の話」でしかなくて、登場人物それぞれのパーソナルな物語になってなかったんですよ。

SNSで、「これが正しい」と発信されている方が特に若年層に多いなぁと思って見ているんですけど。その危うさを、一回り長く生きている私としては感じるんですよね。

正しいことや綺麗事を言っていくっていうのは、すごくすごく大事なんです。でも、そうじゃないものに対する許容のなさが、ちょっと苛烈になりすぎているかなとも思っていて。

例えば、「自分の体が好きじゃない」っていう人がいたときに、いまの価値観においてどういうことが起こるかというと「それを認められない自分が悪いんじゃないか」と返ってくる圧力が強いじゃないですか。自己受容できない人にとっては新しい地獄っていうか。

結局、正解が一つしかないみたいな圧力があると、何にせよきついんですよね。「正しいこと」は目指すべき目的地くらいにとらえて、そうじゃないときの自分も半笑いで受けとめる。それくらい軽やかでいられる世の中でありたいなぁって思いますね。

SNSの罪は、テンプレの蔓延

ーたしかに……例えばですが、Instagramで流れてくる「シンデレラ体重」やBMIを重視する体型に対する考え方を否定的に見ていたのですが、ただ批判するだけでいいのだろうかと思いはじめました。

ジェーン・スー:「体重が軽ければ軽いほど価値がある」という考えに対して、怒ったり批判したりするのは自由だと思います。でも「男が悪い」「資本家が悪い」「マーケティングのせいだ」といったテンプレート的な批判で終わらせるのではなく、なぜこの価値観が存在するのか、なぜ私たちはそれに引っ張られるのか、そういったことを自分たちの問題として考えてみる。そうすることで、自分自身の輪郭を確かめることができるのではないかと思います。

ー否定する前に、そう思う背景を考えるということですね。

ジェーン・スー:そうですね。「自分は1回もそんなこと思ったことないのか」と立ち止まって考えることです。

翻って考えてみると、SNSの大きな罪の一つは、多くの人がもっともなことをテンプレで話すようになったことだと思います。インフルエンサーや論客が「なるほど」っていうことを言うと、みんなそれのコピーバージョンを話し出す。全然自分の頭で考えてないでしょ。そのテンプレが蔓延してるのが、ちょっと気持ち悪いですね。

自分の言葉とか行動に対して、何でそうしたのかを追求していくのが楽しいんじゃないかな。そういう筋力を鍛えられるといいですよね。

いまの価値観を拒絶せず、その裏にある社会を考えること

ジェーン・スー:本のノイズになるからと思って、この本に収録しているエッセイに事細かには書いていないんですけど、美容とかのいわゆる「女が好きそうなこと」「女がかまけていること」「女が気にしていること」と、さも女が自発的に気にしているとされるあれこれって、本質的には世間の価値観と密接に結びついているんですよね。

雑誌に掲載されている価値観やハウツーを否定したり、「非常に資本主義的だ」とバッサリ切るだけで終わらせず、そこにあるものを楽しみながらも、その裏にある家父長制だったり男尊女卑だったり、女性に割り当てられている役割だったりを考えて照らし合わせていく。それが私なりのフェミニズムなんです。

このエッセイでは一貫してそういうことをやりたいと思って書いています。

―エッセイを読みながらそれはすごく感じました。価値観に流される自分を否定しすぎず、でも考えることもやめない重要さもすごく感じて。

ジェーン・スー:嬉しいです。それに「流される」ことと「採用すること」は違いますしね。

同世代の人に「わかる」って言ってもらいたいたいのもありますし、20代や30代、アラフォーの人の考えるきっかけになったり、安心してもらえたりしたら、それもすごく嬉しいですね。

ーでは最後に読者や本書が気になっている方々に向けてメッセージをお願いします。

ジェーン・スー:私自身、30代40代とめちゃくちゃ悩んだり七転八倒したりしてたけど、そのおかげで筋力がついて、いまは生きやすくなったっていう実感があります。

「なんで私はこれを見てイラッとするのか」「なんで私はこれが好きなのか」――そういう問答が、最終的に「こういう状態だと私は居心地よくいられるんだ」という発見につながると思うので、考えるときは逃げないでちょっと踏ん張るっていうことを続けてみてほしいです。この本が、その支えやきっかけになったら嬉しいですね。

※前編はこちらから

作品情報
『ねえ、ろうそく多すぎて誕生日ケーキ燃えてるんだけど』
著者:ジェーン・スー
価格:1,760円(税込)
発行:光文社


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