ジェーン・スーさんの新刊『ねえ、ろうそく多すぎて誕生日ケーキ燃えてるんだけど』(光文社)が発売された。本書は雑誌『美ST』での連載をまとめたもので、前作『きれいになりたい気がしてきた』に続く第2弾だ。前作と比べ、より軽やかに美容を楽しむマインドが綴られている。
年を重ねること、見た目が変わること、美しくなりたいと思うこと。多くの人が少なからず抱く欲望や戸惑いに寄り添いながら、「大丈夫だよ」と優しく語りかけてくれるような1冊だ。
今回、約1時間のインタビューを実施。新刊の内容はもちろん、美を楽しむこと、自己受容のあり方、自分の心の声と向き合う方法についてたっぷりと語っていただいた。内容が濃かったため、前後編に分けてお届けする。前編では新刊について、そして違和感と向き合うことの大切さについてうかがった。
※後編はこちらから
「誕生日ケーキ燃えてるんだけど」――タイトルに込めた軽やかさ
―まず、このタイトルについて教えてください。『ねえ、ろうそく多すぎて誕生日ケーキ燃えてるんだけど』という印象的なタイトルですが、どういった経緯で決めたのですか?
ジェーン・スー:イギリス在住の友人から送られてきたバースデーカードに「YOUR BIRTHDAY CAKE IS NOW A FIRE HAZARD(あなたの誕生日ケーキは、もはや発火のおそれがある)」という言葉が印刷されていて、大笑いしたんですよね。すごくうまいこと言うなぁと思って調べたら、結構いろんなバリエーションがあるんです。
この感覚って世界共通だなと思ったのと、まさにいまの私の心境だと思って日本語訳してタイトルにしたんです。
ジェーン・スー『ねえ、ろうそく多すぎて誕生日ケーキ燃えてるんだけど』(光文社)
ジェーン・スー:誕生日ケーキに挿したろうそくが多くなりすぎて燃えるなんていうことは、20歳のときでも想像できなかった。まさか52本も立てる日がくるとは思ってなかった。もうケーキなのか、ろうそくなのかわからないじゃないですか(笑)。やっぱり予想もつかないことが起こるのが人生で、それをどう楽しんでいくかがその人の才能だと思うんですよ。
―軽やかな考え方がタイトルにも表れていて素敵です。「けど」という日本語訳の語尾もすごくいいですね。
ジェーン・スー:友達と冗談のつもりで言ってお互いに大笑いするような、そんな絵が頭に浮かんだんです。なので友達と話してる言葉をそのまま使いたいなと。
7年間の連載で変わった、美容への向き合い方
―連載は2018年からですよね。どういった経緯でスタートしたのでしょうか。
ジェーン・スー:連載の話はありがたいことにいくつもいただくんですけど、なかなか数はそんなにできないんですね。『美ST』は雑誌が創刊したときに、自分のなかで愛憎まみえる気持ちがあったので、これは何かのご縁だなと思ってお受けしたのが7年前です。まだそのときは40代半ばで、いまとはちょっと違うフェーズでしたね。
―同連載の2018年〜2022年をまとめた前作『きれいになりたい気がしてきた』では、『美ST』が対象読者としている「美魔女」に対しての嫉妬と憧れを書かれていましたが、今作は以前に増して美容や美に対して前向きな言葉が並んでいる印象を受けました。
ジェーン・スー:そうですね。より素直になってるんだと思います。年を重ねた女性が美容や見た目のために何かすることに対して感じる嫌悪感だったり、嘲り笑うような気持ちって、やっぱり抑圧とセットなんですよね。自分が抑圧されてることを無邪気に楽しんでる人がいるから腹が立つ。それがこの7年ぐらいでわかってきて。
「人のことなんて気にしなくていいでしょ」っていう気持ちがようやく育ってきたんでしょうね。そうなればなるほど自分のことも好きになれるようになりました。いまの自分もそんなに悪くないなって。
自分の中にあった社会の物差しみたいなものが、結局自分の可能性とかやりたいこととか、素直な気持ちを阻害してたということがよくわかったんで。そこに対する不必要で過剰な安全装置みたいなものがはずれた結果だと思います。
ジェーン・スー。1973年、東京生まれ。コラムニスト、ラジオパーソナリティ。TBSラジオ『ジェーン・スー生活は踊る』、ポッドキャスト番組『ジェーン・スーと堀井美香の『OVER THE SUN』』のMCを務める。著書に『生きるとか死ぬとか父親とか』『へこたれてなんかいられない』など
違和感を無視しないことが、素直になるための第一歩
―そういうふうに考えられるようになった一番の要因は何だと思いますか?
ジェーン・スー:違和感をなかったことにしない、ということですね。考えることは脳に負荷がかかり心も疲れます。特に30代は人によって状況が変わる時期なので、「人と比べる」ことがより苛烈になる。
学校を卒業してラベルがなくなったと思ったら、30代になると子どもの有無、結婚、仕事の状況とか、違いが如実に表れるんですよ。そのとき多少ザワザワすることもありますよね。心を軽くしてくれる言葉やプロダクトに飛びつきたくなる。でも、足の裏が濡れてるとか床に落ちてる髪の毛みたいな生理的嫌悪感を感じる違和感には、きちんと向き合わないと。
50歳ぐらいになると毎日が答え合わせで、いろんなことを考える機会が多いんですけど、気持ちをなかったことにしたり定型文で処理してきた人は、違和感がものすごく大きくなって自分の中でつじつまが合わなくなっている感じがしますね。
―ジェーン・スーさんが、違和感に向き合ったのはどういったときか知りたいと思いました。
ジェーン・スー:そうですね。例えば、この連載をはじめてから7年の間に、美容医療に手を出したのも、違和感に向き合った結果かもしれないです。
やっぱりある一定の年齢から上の世代は、自分の顔や容姿に医療行為を加えるのって「チート」みたいな感覚があったと思うんです。ズルだから人に言えない……みたいな。あと「私なんかそんなことやっても意味ない」みたいな卑下した気持ちもうっすら残ってたんだと思いますね。
ジェーン・スー:私の場合は、顎関節症がひどくてボトックスを打ったのが美容医療デビューだったんですけど、本当に快適なんです。そこから他の美容医療にもチャレンジしています。劇的に変わることってほとんどないんですけど、若い頃に比べたら変化を感じられる。それがすごい楽しいんですよね。
「チート」とか「自分なんか」と考えるよりも、「楽しい」に素直に従っていくことが大事だなと。でもそれって、私が30代・40代のときに、「嫌なことは嫌」って断るとか、変わることを恐れすぎないとか、世の中やその場の空気を読みすぎないとか――自分の声にちゃんと従う訓練をしてきたご褒美だと思っています。
連載当初の40歳から40歳半ばぐらいのときは、まだ七転八倒していたんですよ。アラフィフになってからは、もう少し自分の欲望とか楽しいことを追求したいという思いを認めたっていいじゃない? という気持ちになってますね。
年を重ねることを「悟りきらなくていい」
―美容医療にチャレンジされたのも、自分と向き合った結果なんですね。本書では美容の楽むことだけでなく、「やりすぎてしまうこと」についても書かれていらっしゃいました。美容は程度が難しいとも感じるのですが、ジェーン・スーさんはどのようにバランスを取っていらっしゃいますか?
ジェーン・スー:意識的にやっているというより、自分の面倒くさがりな性分に助けられてるだけですね。私も全然リミッターがはずれたらガーッてやるかもしれないし、わかんない。なので、これからどうなるか楽しみです。自分の見た目がすごい変わっちゃったりして、周りの人が反応に困ったりしていたら、それはそれでちょっと面白いなと思うんですよね(笑)。
ーなるほど(笑)。
ジェーン・スー:ちょっと前までの正解って、「しわもその人の生きてきた証」「加齢したことなんて気にしなくていい」みたいな感じだったと思うんですけど、いやいや家に帰って鏡見て落ち込むことあるでしょ? って思うんですよ。
精神がアッパーのときは「このしわもかわいいよね」と思うけど、ダウナーのときは「これどうにかなんないかな」と思ったりする。どっちかに振り切らなくたっていいじゃないと思っているんです。
最近は年を重ねたときの正解が「悟りきってる感じ」なのがちょっと窮屈なんですよね。いや、絶対みんなもっとぐちゃぐちゃしてるじゃん! っていうのを自分が大人になったときによくわかったので、それを見せていくのも仕事かなと思っていますし、この本でもそういったことを書いています。
「30代の頃は無理だった」。自己受容への道のり
―30代前半の自分からすると、揺れる自分も受け入れながら美容を楽しんでいる感じがものすごく理想的なのですが、どうやってそのマインドになれたのですか?
ジェーン・スー:30代の頃は無理でしたね、全然。自分自身を直視できないけど、あんまり好きじゃない。なりたい自分があるのに、視界の端のほうでチラチラ「理想と違う現実」が目に入ってきてうざいなって思っていました。
向き合わざるを得なくなったのは、表に出る仕事をはじめて、それこそ写真を撮られたり、自分の喋ってることを文章で読んだり、あとラジオで流れている声を聞いたり、客体化した自分と向き合わなきゃいけないことが多すぎたんだと思います。
―特殊なケースだとも思うのですが、そうじゃない場合はどうすればよいと思いますか?
ジェーン・スー:以前、スタイリストの大草直子さんに「おしゃれになる方法は何ですか」って聞いたら「いっぱい自分の写真撮ること」って返ってきたんですよ。後からも横からもいっぱい自分を撮る。
―現実を受けとめることからはじめるっていう……。
ジェーン・スー:「現実を受けとめる」と言うとヘビーなんですよ。だけど、自分の思っている自分と、他者が見ている自分に違いがあることを認識したうえで、自分が思ったよりずっとイケてる可能性だってあるわけで。自分の目が一番厳しかったり、逆に自分の目が一番甘かったり、いろいろあるんですよね。その辺の微調整をすること。そのために自分を自分から切り離す作業が必要ということですね。
で、1回自分を切り離したあと、自分で自分をもう1回手繰り寄せるってことが重要なんだと思います。客体化したあと、「こんな自分どうしよう」ってなることもあると思うんですけど、それを矯正するんじゃなくて、でも「これを好き」っていう人もいるし、私はこれが好きだしっていうふうに、もう1回自分を受け入れる。
それが人生の後半を楽しく過ごすことにつながると思います。
※後編に続く
- 作品情報
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『ねえ、ろうそく多すぎて誕生日ケーキ燃えてるんだけど』
著者:ジェーン・スー
価格:1,760円(税込)
発行:光文社
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