「人間を ふたつに分けたとして 必ず どちらかが少しだけ取り分が多い と 私は感じている」
『先生の白い嘘』(講談社)は、そんな言葉から始まる物語。高校教師である美鈴を主人公に、さまざまな登場人物の「性」に対する価値観を、繊細に描き出した漫画作品だ。そして作中では、美鈴は早藤という男性から性暴力を受け続けている人物でもある。
今回は、物語を通して性暴力を考える連載「物語と沈黙のまわりで」として、著者の鳥飼茜にインタビュー。「女として生きてきたことによって、たくさんの疑問が生まれた」ことが、本作を描くきっかけのひとつであったと鳥飼は語る。
性被害・加害をめぐる問題を考えるうえでも、「女性性」「男性性」にまつわる社会的な構造や価値観は、切っても切り離せないものではないだろうか。本作が完結したのは2017年、いまからほぼ10年前。いまだからこそ思うことは? 性にまつわる「呪い」があるとして、それは性被害・加害にどう影響しているんだろう? そして、いま私たちができることとは——。
『先生の白い嘘』という物語と、そこで生きた人々を通して、鳥飼が語ってくれた言葉から考えていきたい。
『先生の白い嘘』8巻 ⓒ鳥飼茜/講談社
あらすじ:原美鈴は24歳の高校教師。生徒を教師の高みから観察する平穏な毎日は、友人・美奈子の婚約者、早藤の登場により揺らぎ始める。二人の間に、いったい何があったのか?
「女」として生きていくなかで生まれた疑問——『先生の白い嘘』の出発点とは
—『先生の白い嘘』完結から約10年が経ちます。そもそもこの作品を描こうと思ったきっかけや背景を教えてください。
鳥飼茜(以下、鳥飼):子どものころからずっと、「女」として生きていることによって、たくさんの疑問を感じていて。
まずは例えば、親戚が集まると女性ばかりが立ち働いていたり、「あんたは女の子だから動きや」と言われたり。また、幼い頃から知らない成人男性に体を触られたり、聞き取れない言葉をニヤニヤしながら言われたり——聞き取れるようになると、それが放送禁止用語だったとわかるんですが——ものごごろつく前から、そういうものの嵐のなかにいた。私は特に「なぜ」という気持ちが残っていて。
鳥飼茜(とりかい あかね)
1981年、大阪府出身。2004年「別冊少女フレンドDX Juliet」(講談社)でデビュー。月刊「モーニング・ツー」連載『おはようおかえり』(全5巻)で青年誌初連載。「BE・LOVE」連載『おんなのいえ』(全8巻)で宝島社「このマンガがすごい!2014」オンナ編第9位を獲得。月刊「モーニング・ツー」連載『先生の白い噓』(全8巻)は2024年に実写映画化。そのほかの作品に『地獄のガールフレンド』(祥伝社 / 全3巻)、『ロマンス暴風域』(扶桑社 / 全2巻)、『前略、前進の君』(小学館)、『サターンリターン』(小学館 / 全10巻)などがある。現在「モーニング」で『バッドベイビーは泣かない』連載中。
鳥飼:そして、父親が女性の「性」に対してひどく貪欲だったんですね。女性というものを性的な価値でしかジャッジできないような人だった。幼かった私は、自分がまだ「女」という意識のないまま受け取っていたから、途中まではそれに同調していたところもあって。次第に自分が「女」であると気付いていったことや、母が父のその態度を嫌がっていたことで、分裂するような、居心地の悪い感覚が残りました。
さらに年を経て、体が大きくなっていくにつれ、実際にセックスをしたり、性的に見られたり、逆に「性的価値なし」と言われたり——いろいろなものを見聞きして「女の人って、どうしてこんな立ち位置なんだろう」という疑問が大きくなっていった。また同時に、自分のなかにも女性差別への嫌悪と、女性の性的消費を楽しむこころの両方があって、その矛盾をずっと抱えていたんですよね。
内面化した「男性の眼差し」を引き剥がすのはすごく大変で、その過程のなかで、ひとりの人間のなかにはそれぞれ「性」への価値観があって、そのなかには矛盾もあるし、グラデーションがあるから、まったく一筋縄ではいかない話だと気付いて。ずっとそういうことを描きたいとは思っていたんですよね。
—はじめは、テーマとして性暴力があったわけではなかったんでしょうか。
鳥飼:そのときは、レイプのことを描こうと思っていたわけではなかった。けれど成人してから、身近な女性が性暴力に巻き込まれたことがあって。相談した別の友人からも「私にもそういうことがあった。そのときは告発しなかったけど、いまとなっては後悔している」という話を聞いて。
また、性暴力に関する本も読みました。すると、レイプとは見ず知らずの人からの「襲い掛かり」だと思っていた節があったけど、60%以上が知っている人からの加害だという統計も知って。つまり、自分の——すべての人の生活と地続きのものだった。自分の経験のなかにも、愛想笑いでごまかしてあげて事なきを得たような怖かった瞬間が、いくつも思い当たったんです。そして、さっき言ったような、私がずっと気になっていた「性」をめぐる問題も、同時にはらんでいるものだった。
その一切合切を、自分の漫画として描いてみようと思ったのが『先生と白い嘘』の出発点でした。
美鈴先生をどう描きたかったか。「清廉潔白な被害者」というイメージへの抵抗
—『先生の白い嘘』に登場するキャラクターは、それぞれ「性」に対する向き合い方に個性があります。どんなふうに登場人物をつくりあげていったんでしょうか?
鳥飼:「こういう人物をつくろう」と設計したというよりは、まずノートに言葉で、性に対するさまざまな価値観を書き分けたんです。
例えば「女性であり、かつ女性の性をアピールすることを特に悪いとは思っていない人」——そんな単純な言葉では表せないけど——ほかにも「セックスに興味はあるけれど性器が怖い人」というふうに、いろいろなパターンをつくって、それが混在している状態を描こうとしていました。
そして、まず主人公であり、性被害を受ける美鈴先生がいて、そうして加害者、というかたちで考えていきました。
—主人公の美鈴先生は、長く早藤からの性暴力を受け続けていて、物語の中盤ごろまでは抵抗する力すらも残っていませんでした。自分の身体が奪われてしまったような感情の描写がリアルで生々しいものに感じましたが、どのようにつくりあげたのでしょうか?
中央に描かれているのが美鈴。『先生の白い嘘』2巻 ⓒ鳥飼茜/講談社
鳥飼:まずは想像です。それと、私は人生において、男の人から恫喝や説教をされることがよくあったんですよ。朝まで寝かせてもらえないだとか、言いなりになるしかこの場を収められないとか——そんなときって、自尊心というものを消さないと、その場にいられないんですよね。なにか、そのときに近いかもしれないと思ったんです。
広く暴力の場ってそうだと思うけど、それが性暴力だったとき、まずはものすごい勢いで自尊心が壊されるのではないか、と。人間って、自尊心が壊されたらその場にいられない。だから、まず自分自身が頭のなかで、自尊心をなくす方向へ動くんだと思うんです。
さらに、被害を受けた人の本や文章をたくさん読みました。すると異口同音、「その場に自分がいないかのようにするしかなかった」「声を出せる状況ではなかった」と話していた。なかには「何事もなかったふうに帰ってしまった」とも。私はそれを「すごく納得がいく」と思った。
声を上げられなかったことに対して、「なぜ叫んで抵抗しなかったのか」と責める人がいますが、声なんかあげられるわけないんだよ。ようやく命だけは助かった状況で、それができるほど人間は強くできていないと思うんです。
—美鈴先生には、どんな思いを託したのでしょうか。
鳥飼:友人が被害を受けたとき、私は「告発した方がいい」と言いました。でも友人は表沙汰にしたくないという結論を出した。私は「私だったら」と考えたけれど、そう考えること自体が暴力的だったと、あとから思ったんです。
さらに、堂々と「犯罪だ」と言わない彼女の話を聞けば聞くほど、「ここからがレイプ」という境界線を見極めることはすごく難しいことに気づくんです。だって、例えば2人で食事をしていたとして、相手の思いがどれほどわかるかって、人それぞれだし。そもそも文化や礼儀として「下心を感じたら失礼」という感覚はあるし……。
要するに、被害者にとって「自分が引き起こした事件だった」という意識が消せないんだなって思ったんです。相手に好意を見せたり、よく思われようという仕草をしたり、それは誰だってすること。だからといってセックスしていいわけではないのに、それを同意のサインに受け取られたとしたら「自分にも責任があるのでは」と思ってしまう——。
『先生の白い嘘』10話より ⓒ鳥飼茜/講談社
鳥飼:だから、美鈴先生をどう描きたかったか、ということのひとつとして、いわゆる「完全なる被害者」というイメージをつくらなかった……つくれなかった。絶叫して抵抗して、自分も死ぬ勢いで反抗したんだけど、結局被害にあってしまった——それがレイプだ、と思っている人がごまんといる。伝えたかったのは、そういうつくられたイメージではなくて、抵抗も何もできなくて、もはや命しか残っていない状況って、こんなにも哀れなことはなくて……。そして、そのむごたらしさというのは、普通には伝わらないことで。
だから美鈴先生のなかに、加害者である早藤に対して、被害を受ける前に少し媚びたような態度を取るとか、被害を受けたあとでも加害者を無碍にできなかったり、なんなら、早藤の婚約者に対してある種の優越感すら感じてしまったり——わざと少し、矛盾を感じるかもしれない行動も描きました。「清廉潔白でないと被害は告発できない」という空気がすごく嫌で、それに対する抵抗でもありました。
人間は「女型」「男型」の乗り物に乗っているだけ?早藤という人物をつくったとき
—対して、美鈴先生にとって加害者である早藤も、物語のなかでは重要なキャラクターですね。彼は脅迫も交えて美鈴先生へ性加害を続けただけでなく、別の女性にも加害している人です。早藤という人間は、どうやってつくられたんでしょうか。
鳥飼:早藤くんはすごくつくりやすかったんです。自分も持っている「女性嫌悪」を、極限まで引き出したらこうなる、という感じで。
というのは、私はこの漫画を描いてひとつ、わかったことがあって。人間はそれぞれ自分の乗り物に乗っていて、それが社会という道路から「男型」「女型」に見えていて、それぞれのルールがあてがわれる。社会から見えている自分がどっちに属しているかをふまえたうえで、内面もどちらを出すのか選んでいるだけで、ひとりの人間のなかには「男」も「女」も混在していると思っていて。
私は幼い頃、戦隊ものが好きだったけど、周りの女の子はプリンセスが好きだった。なぜかそれがすごく恥ずかしかったんです。それって「女の子」「男の子」は周りが決めることで、意識というものはジェンダーから自由なところから始まるんじゃないかって思って。
ただし個人差は当然あって、与えられた性と社会からの扱いに「そういうものか」と擦り合わせて慣れていく人が多いなか、どうしても社会のなかで自分の性に違和感を感じて受け入れられない場合もあると思うし、それはかなり苦しいことだと思います。
中央に描かれているのが早藤。『先生の白い嘘』4巻 ⓒ鳥飼茜/講談社
—例えば「女性だからこう思う」「男性だからこう思う」というのには少し違和感がある、と?
鳥飼:「思わされる」「思わざるを得ない」はあると思う。それは男性も同じで。それは性格じゃなくて、社会の眼差しが入っている。
そういう意味では、私のなかには男性嫌悪もあるし、女性嫌悪もある。
だから早藤をつくるとき簡単だったのは、「女性嫌悪」というものが、社会のなかでどういうふうに共感され、支持されているかというのも、想像すればわかるから。もちろん反発はあるんだけども。
—ただ、早藤の行動には、幼い頃にお母さんがお父さんから家庭内暴力を受けていて、それを見ていたことがひとつ、根源としてあるような描写もありましたよね。
鳥飼:あのタイミングで彼の不幸を描くというのは、彼に共感させようとしていると捉えられることもありましたが、私は全然そんなふうには思わなくて……至極当然の流れで描いた感覚なんです。
私のなかに女性嫌悪があるとして、それがどうやって生まれるのか考えると、結局「女が弱い」ということを目の当たりにしたときなんですよね。弱いゆえに戦わないとか、強いものに逆らわないとか……それはその人が弱いわけではなくて、根本には、さっき言った社会で生きていくなかであてがわれた「乗り物」が弱いということ。そのルールを突破できないからこそ生まれる「弱さ」である気がしていて。
だから(早藤の母が)本当は戦うべきところなのに「自分が悪いのよ」と言ってしまう姿を見せると——その場合「お母さんを守りたい」という気持ちになる人も当然いると思うんだけど——「この人は守らなくていい人なんだ」「踏みつけてもいいものなんだ」と捉えてしまいかねない。どうしたら早藤のような人間になるかと考えたとき、ひとつの例として、単純にありえそうなことを描いたんです。
『先生の白い嘘』39話より ⓒ鳥飼茜/講談社
鳥飼:これはフィクションとしての仮定だけど、母親が暴力を受けていて、なぜ戦う側にならず、自分も支配する側に回るのかというと——その全部の答えは知らないけど——私が考えるなかのひとつには、男の人の「ルール」として、自分が支配する側に回らないと支配されてしまうという恐怖が大きいんじゃないかと思っていて。それは同じ男同士でも発生するし、いじめと一緒で、自分もいじめる側に回らないと自分がいじめられると思うように、人間の弱い部分がすごく現れていると思う。その切迫感は女の人の「ルール」よりも、謎に強いな、と感じるんですよね。
—たしかに早藤くんから「支配に対する執着」も感じていました。
鳥飼:私がこの漫画のなかで描きたかったことのひとつに、セックスをめぐる問題は、性欲のみによって起こるものではないのでは、ということで。「性欲が強いから男ってこうなるんだよね」という話を持ち出されても、全然しっくりこない。
もちろん性欲が走った結果のセックスもあるとは思うんだけど、問題のあるセックスには、支配 / 被支配の権力構造が根本にあると思う。個人ではなく構造として男の人をレイプする側に置いたとき、「女性とは支配するものである」という前提があり、そしてなぜ支配をしていいものだと思うに至ったかというと、ひとつミソジニーみたいな感覚があって……それって全部つながっていると思うんです。
—支配に執着し、女性を尊重する必要がない存在だと捉えている早藤のような人は、現実世界にもたしかに存在するのではないでしょうか。では逆に、どうしたらそんな価値観を拭えるのでしょう?
鳥飼:性犯罪の事件は一つ一つ違うんですけど、総じて言えるのは——もし男性が加害者だった場合の話ですが——男性加害者というのは、女性被害者のことを人間として尊重していないんだな、ということをまず思うんです。それって別にレイプ犯だけじゃなくて、身近にもたくさんいる。そもそも、レイプに至るまでにもさまざまな性被害や性差別が起きているわけで、そのなかで根本的な問題として気になるのが、一部の男性のなかに、女性という存在に対して、同じ人間であるという尊重が欠落しているんだと思っていて。そこをなんとかするのが一番の近道じゃないかと。
新妻くんの存在が表すものとは——男性の性被害の見えづらさと、大人と子どもの関係と
—新妻くんというキャラクターには、男性の性被害が見えづらいというところもひとつ、落とし込まれたところかと思うのですが、いかがでしょうか?
鳥飼:要素として作中に入ったことは良かったと思っていて。結局、何十年もかけて蓋を開けてみたら、男性が受けた被害というのは山ほどありましたよね。しかもいまだに、その被害をオープンにしづらいような空気は、女性よりももっと強い。この数年のあいだに、多くの人が実感したことではないでしょうか。
一方でいま思えば、男性の性被害の実態について、もっと勉強すれば良かったとも思っています。男性が被害者になることを見聞きもしていたので描いたけれど、『先生の白い嘘』では女性の被害にフォーカスしていたし、彼の心情などを想像しきったかというと、あまり自信がない。さらに、男性社会では、被害者という立場を取りづらいということが根本的な欠点だと思うから、それをもっと描いても良かったなと思っていますね。
中央に描かれているのが新妻。『先生の白い嘘』3巻 ⓒ鳥飼茜/講談社
—男性読者からも、新妻くんに共感したという声を聞きました。新妻くんというキャラクターによって描かれた「男だから⚪︎⚪︎でなければならない」というような強迫観念や呪いの部分は、性暴力をめぐる物語において、意外と語られてこなかったことなのではないでしょうか。
鳥飼:「男らしさ」というものから圧迫されていることは説明できるんですけど、それ以外のことって、やっぱり子どもだから可塑性(※)があるし、積み上がってこんな人間ができたというよりは、まだどうにも転ぶ余地があるふうには描きました。
ほかの男子も女子も、生徒に関しては、どっちに転ぶかわからないという状態で。「この子は悪いほうにいってるね」「この子はここを変えれば生きやすくなるのにね」みたいな感じで「つくった」という感じはしていないかな。
※人格の可塑性とは、子どものようにまだ人生経験が浅い人については、どのようにも人格が変わる可能性があるということを表す言葉。
—そういう人格が形成されていく時期を選んだのにも理由があったんですか?
鳥飼:いや、もともとは主人公も30代の、大人社会を描こうと思っていたんですが、当時の編集部の人に「主人公が20代じゃないと読者は読まない」って言われて。もう10年以上前の話で、私もそんなもんなのかなと思っちゃって。
結構問題発言だと思うけど、だからその人にずっと腹が立っているとかはないし、というより、当時はみんなでそういう価値観をつくっていた感じがする。「女が主人公なら20代」とか、もっと言うと「制服が画に入ってるほうがシズル感がある」みたいな。
—たしかに時代の価値観とは、みんなでつくられるものですよね。そんな背景もあって、思春期の、これから性を知っていく人々が登場する作品になったんですね。
鳥飼:でも、閉じられた舞台装置を用意するのは良かったんですよね。だけどいま思えば、美鈴さんというのは被害者でもあるんだけど、高校の先生という権力者でもあって。彼女はそれを自覚していて、新妻くんを信頼させたんですよね。
飼い慣らし(グルーミング)とまで言えるかはわからないけど、大人が子どもを信頼させるのなんかめっちゃ簡単で、そのうえで成り立っている関係だから、これはいまだったら描けるのかな、果たしてどうなのかとは、いまは思いますね。
いま私たちに何ができる?「文化の責任は大きい」——子どもたちが触れるという目線
—『先生の白い嘘』が完結してからほぼ10年です。そのあいだにもたくさんの性暴力のニュースがあり、私たちには何ができるんだろうとも思います。性暴力事件において、先ほど鳥飼さんが言った「男女の乗り物とルール」も構造的に関係していると思うのですが、それぞれ搭載してしまっている「呪い」をとくこともひとつ、いまできることなのかなとも思いました。
鳥飼:そうですね。もし自分の仮説と違って、生まれ持ったどうしようもない性欲というものに基づいてレイプが行われているんだとしたら、効果があるのかわからないけど。
でも性欲自体が、おおいに文化に影響されるものだから——例えば「女性のおっぱいがエロい」というのは、江戸時代の人にはなかったとも言うじゃないですか。あと、例えば日本の「乳首が浮いていると恥ずかしい」という感覚は欧米にはないらしいから、現代でも国によって違う。
だから、文化の責任はとても大きい。子どものころに何を見て、中高生のときに何が流行っていて、そこで男女がどう描かれていたかが、価値観に大きく影響する。数ある作品を同じものにする必要はないけど、少なくとも大人は、子どもが触れるものであるという自覚を持たないといけないし、そのうえで「じゃあ、どうするの」という目線で考えなくてはならないと思います。
鳥飼:ひとつ、忘れがたいことがあって。私、韓国ドラマが好きすぎて『先生の白い嘘』を韓国の人に読んでもらいたくなって、出版社に「売り込んでほしい」とお願いしたことがあるんですね(笑)。でも、そもそも韓国では制服を着た子のセックス描写が全部アウトだった。唯一ありえるとしたら、ネット上のかなりニッチなエロ漫画出版社だけ、って言われて。「あ、これはもっともなNOを突きつけられた」と。「学校だとシズル感がある」という背景の弱点をドカンと突きつけられた。
たしかに私は10代の性には興味があるし、『先生の白い嘘』で描いたけれど、それはエロい目線ではない。それでも、外から少しでもエロい目で搾取される可能性を、はなから全部摘むということは——ひとそれぞれ意見があるとは思うけど——私はひとつの「解」だと思ったんですよね。
- 作品情報
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『先生の白い嘘』
著者:鳥飼茜
発行:講談社
- 作品情報
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『今世紀最大の理不尽 それでも、結婚がしたかった』
著者:鳥飼茜
発行:文藝春秋
- プロフィール
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- 鳥飼茜 (とりかい あかね)
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1981年、大阪府出身。2004年「別冊少女フレンドDX Juliet」(講談社)でデビュー。月刊「モーニング・ツー」連載『おはようおかえり』(全5巻)で青年誌初連載。「BE・LOVE」連載『おんなのいえ』(全8巻)で宝島社「このマンガがすごい!2014」オンナ編第9位を獲得。月刊「モーニング・ツー」連載『先生の白い噓』(全8巻)は2024年に実写映画化。そのほかの作品に『地獄のガールフレンド』(祥伝社 / 全3巻)、『ロマンス暴風域』(扶桑社 / 全2巻)、『前略、前進の君』(小学館)、『サターンリターン』(小学館 / 全10巻)などがある。現在「モーニング」で『バッドベイビーは泣かない』連載中。
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