私には、イスラエル人の友人がいる。能面やお茶など日本文化が好きで、日本語を勉強している明るい性格の女性だ。
彼女と知り合ったときはすでに、国連の調査委員会がイスラエルがガザにしていることは「ジェノサイド=大量虐殺」だと認定していたし、イスラエルとイランの関係も緊迫していた。
彼女は、イスラエルによるガザ侵攻やイランの攻撃を「仕方のないもの」だと言っていた。イスラエルでは日常で防空壕に避難することが珍しくなく、ガザで起こっていることも「心苦しい」と認識しているというものの、それでも自国の行動が正当に感じられる理由は何なのか。その言葉を聞いたとき、私は何を言うべきだったのか。
戦争が、明日の生活も脅かすほど緊迫した状況のいま、異なる立場の人とはどんなコミュニケーションを取ることができるのか、考えてみたい。
「自分たちの国が脅かされている」というイスラエルの友人の意識
「私は音楽フェスティバルで亡くなった仲間のことを忘れない」
日本に遊びに来たとき、彼女はこう言った。音楽フェスティバルとは、2023年10月7日にイスラエル南部で開催されたイベントのこと。ガザ地区から侵攻した武装勢力・ハマスを含む民兵が同イベントで1200人を殺害した事件だ(*1)。
この事件の20日後、イスラエルはガザ地区への侵攻をはじめた。これまで、爆撃、果樹園や井戸を破壊するといった行動、入植者への暴力などをおこない、パレスチナに住む人々に避難を余儀なくさせている。とくにヨルダン川西岸の軍事作戦では、1年で3万2,000人が避難を余儀なくさせられた。(*2)
国連の人権理事会調査委員会は2025年9月、イスラエルがガザ地区に住むパレスチナ人に対してジェノサイド(大量虐殺)をおこなったと認定する報告書を発表している。(イスラエル外務省は、報告書は「歪曲(わいきょく)された虚偽の文書」だと批判している。)(*3)
イスラエルによるガザ地区を含むパレスチナ地域での軍事行動は、今回がはじめてではない。そもそもイスラエルは、1948年、アラブ人が住んでいたパレスチナの地に建国された国だ。それにより多くのパレスチナ難民が生まれ、アラブ人の間ではこれがナクバ(大災害)と呼ばれる歴史的な被害と認識されている。パレスチナの地にユダヤ人国家を作る運動(シオニズム)は、ガザ地区をはじめとする多くの地域でアラブ人社会との間に緊張や衝突を生み、その過程で対立が激化していった。
それでも音楽イベントの出来事のみをトラウマ的に記憶に刻み、「自分たちの国はアラブの国に囲まれて孤立している」と主張する彼女を見ていると、国際社会から非難されればされるほど、「犠牲者」意識を増幅させる方向にしか動いていないのではないかと難しさを感じた。
思うようにいかない対話、「犠牲者」意識が見えなくさせていること
そうした彼女の考えの根源にある「イスラエル=犠牲者」という意識はどう作られたのだろう?
多くの新聞や学者が、イスラエルにおけるホロコーストの教育を挙げている。『パレスチナ/イスラエルの〈いま〉を知るための24章』(2024年)第6章「イスラームと政治――その規範的観点と歴史的文脈」でも、東京ジャーミイ文書館 理事・研究員のハディ・ハーニが同様の点を言及している。
イスラエルでは、1970年代に「修正シオニズム主義」を源流にもつ政党のリクード(*4)(現首相・ネタニヤフも所属)が政権を握ると、高校の公教育でホロコースト史が必修となった。(*5)
修正主義シオニズムについては、森まり子著『シオニズムとアラブ ジャボティンスキーとイスラエル右派 一八八〇〜二〇〇五年』(2008年)を参照したい。ウラジミール・ゼエヴ・ジャボティンスキーが提唱した思想で、彼は1923年に発表した論文『鉄の壁』で、パレスチナへの入植について「土地をもつ民族がそれを割譲することを望まないなら、(……)それは強制されねばならない。神聖な事実は、その実現に力の行使が必要だからという理由で神聖な真実でなくなるわけではない」(*6)という言葉を残した。つまり、彼はパレスチナへの入植を「力」によって遂行しようとしたと森は解説する。
その思想の流れをくむ政党リクードのもと実施されたホロコースト教育と、その成果について、ハーニは以下のように指摘する。
「ホロコーストの経験ゆえに、自分自身が加害者になる局面に意識を向けるユダヤ人もいないわけではない。だが、多数派は犠牲者意識を前面に掲げがちであり、二度とホロコーストを起こさせないという戦闘モードに入ってしまう」-
ドイツのホロコースト研究が向き合いきれていないこと
ホロコーストの記憶がガザでの状況を見えなくしているという意味では、ホロコーストを起こした側のドイツでも同じ状況だという。
京都大学人文科学研究所准教授の藤原辰史は、ホロコースト研究家のA・ディーク・モーゼスが提起したドイツの「カテキズム(思考の硬直化)」を挙げている。モーゼスの指摘するカテキズムは以下のような信念(一部抜粋)からなる。藤原はこの考えによってホロコーストと向き合いきれず、パレスチナ問題が軽視される状態につながっているのではないかと指摘する。
(1)ホロコーストが唯一無二であるのは、それが「ユダヤ人絶滅のためにユダヤ人たちを無制限に殺戮すること」を目標としたからであり、それは、そのほかのジェノサイドが、プラグマティックで限られた目標のために遂行されたのとは異なる。-
(2)ホロコーストは、人間相互の連帯を破壊したので、文明の破断としてのホロコーストを追憶することは(……)ヨーロッパ文明の道徳的基盤さえ形成する。-
(3)ドイツは、ドイツのユダヤ人に特別な責任を負っており、イスラエルには特別な忠誠が義務づけられている。(*7)-
実際に、ガザ侵攻が始まった直後、当時のドイツのショルツ首相は「我々はイスラエルの側に立つ。イスラエルの安全を守ることはドイツの国是だ」と主張した。2025年5月に新政権が発足し首相に着任したメルツ氏は、イスラエルがガザでしていることを批判する発言をしている。しかし、同年8月にフランスやカナダなどの8か国がパレスチナを国家承認するなか、ドイツはその動きに加わらない姿勢を示した。
もちろん、ナチスがユダヤ人を迫害した事実は何年経っても許されるべきことではないし、その記憶は風化させるべきではない。
けれども、友人が言った「アラブの国に囲まれて……」「自分たちは嫌われている。国際社会はガザのことしか見てくれない」という犠牲者意識は、ハーニが述べたように、「自分の国が大規模な虐殺を行う加害者」になる可能性を見えなくさせていると強く感じた。
戦争は嫌で、ガザで起こっていることには同情する。それなのに反戦につながらないという違和感
イスラエルでは、いつ爆撃が起こるか分からず、職場の上司が爆撃を受けたという話や、自身の街でもアラートが鳴って防空壕に避難することもあるそうだ。そんな状況に置かれて彼女は、「こんな苦しいこと、経験しなくていいならしないほうがいい」とも呟いていた。ガザのことについても「心苦しい」と言っていた。
それに、イスラエルでも意見が対立しているという。彼女いわく、友人間で意見がまったく異なる場合もあるそうだ。それでも異なる意見を持つ人を否定することなく、きちんと目の前の意見と向き合っている姿勢は、とても素晴らしいと思った。
だからこそ、戦争のつらさやガザで起きる状況の深刻さ、異なる意見を目の当たりにしてもイスラエルがおこなっている加害の一面が視界に入らない彼女に、何も言えなかった。
私はずっと、「知ったら考えが変わる」「相手への想像力が足りないからわからないんだ」と思っていた。でも、私には矛盾にも見える彼女の考えを聞いて、そう単純なものではないのだと気づいた。イスラエルの人々もガザの惨状を知っているし、心を痛めないわけでもない。同じ景色を見ていたとしても、これまで見てきたもの、聞いてきたこと、体験してきたことがまったく違うならば、その解釈は簡単に変わってしまう。
いまは責任にすら感じる、勇気を出して違和感を伝えること
では、私は彼女にどう声をかければ良かったのだろう? たぶん、どんな言葉をかけても、何も変わらなかった。
経験してきたこと、背負っているもの、受けてきた教育、出会ってきた人、すべて異なる私たち。なにを背負っているのか知らないまま、たった1〜2時間の会話で人が変わるわけはない。
では、自分と立場も意見も異なる相手に、「自分の意見を押し付けるのはいけない」と諦めるのが正しいのだろうか? 「違う世界の人間だから」と距離をとることが正しいのだろうか? 同じ地球に住む誰かが大量殺戮をしているいまの時代に生きて、それに反対しないことは消極的にその虐殺に加担していることにはならないだろうか?
私がすべきだったのは、彼女の言動に感じる矛盾や違和を自分の心のなかだけにしまわずに伝えることだったのだと思う。そして、相手の意見を聞くときも、対立している部分のみでジャッジせず、相手の事情をわかった気にならず、でも臆せず聞く姿勢も必要だった。
イスラエルがガザにしていることを国際社会が非難しても「犠牲者」意識を高めるばかりであった彼女と私には、大きな「当たり前」の違いがあったけれど、理解を放棄したら対立と分断は深まるばかりだ。自分とは違う人間だと思い込んだり、距離を取ろうとしたりしても、同じ世界に住んでいる人間。相手を「悪魔」のように見立てず、なぜこのような違いが生まれるのか深く理解し、違う「当たり前」をもつものとして意見を伝えることから始めなければいけないと思った。
そのためには、私には学ばなければならないことがたくさんある。しかも途方もない時間がかかる。けれども、それが責任のようにも感じる。ユダヤ人迫害の歴史が今回の悲しい出来事の根の一つと考えられるように、いま変えようとしなければ、同じことが繰り返されてしまうかもしれないから。
*1 ハマスのイスラエル襲撃から2年……各地で集会、ガザでは攻撃続く エジプトで交渉2日目 - BBCニュース
*2 イスラエルの狙いはパレスチナ自治区の「恒久的な人口構造の変化」 国連、民族浄化を懸念 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
*3 国連の独立調査委、イスラエルがガザで「ジェノサイド」行ったと認定 - BBCニュース
*4 森まり子(2008)『シオニズムとアラブ ジャボティンスキーとイスラエル右派 一八八〇〜二〇〇五年』講談社
*5 ハディ・ハーニ(2024)「イスラームと政治――その規範的観点と歴史的文脈」鈴木啓之・児玉恵美(編著)『パレスチナ/イスラエルの〈いま〉を知るための24章』明石書店
*6 Jabotinsky, ‘An Iron Wall (We and the Arabs)’ in Kaplan ed., op.cit, Grony, op.cit
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