今さら人に聞けない、写真再入門 Vol.4 音楽家・井手健介とめぐる、写真が好きになるおすすめのアートスポット5選

この連載ではこれまで、写真集コレクターや写真研究者、また写真家本人たちを案内役に、写真の魅力を探ってきました。今回は、都市のなかで写真との出会いを楽しめるアートスポットを訪ねつつ、その舞台裏を支える人々の存在も探ってみたいと、ゲストにミュージシャンの井手健介さんを迎え、東京で魅力的な写真体験ができる場所を巡ってみました。あの名物映画館・吉祥寺バウスシアターで働いていたこともある井手さんは、音楽・映画は得意分野ながら、写真については取材スタッフ同様「再入門」志望者寄りとのこと。勝手に親近感を抱きつつ、その繊細な感受性にあやかれたらとご登場願いました。

案内役は、井手さんと同世代で彼のファンでもある、東京都写真美術館の若手学芸員・伊藤貴弘さん。2016年秋の同館リニューアルオープンに向け、現代写真の領域から新しい展覧会の準備を進めています。そんな伊藤さんが井手さんを誘い、現在進行形の写真シーンにふれる小さな旅へ漕ぎ出しました。

世界中のビジュアルブックを扱う専門店「POST」

ツアーのスタート地点は恵比寿の名物ブックショップ・POSTです。ここは「扱う本が定期的に入れ代わる」新感覚のビジュアルブック専門店。約2か月半の周期で、世界中の注目作を「出版社」という切り口から特集・紹介しています。

POST外観
POST外観

左から:伊藤貴弘(東京都写真美術館学芸員)、井手健介
左から:伊藤貴弘(東京都写真美術館学芸員)、井手健介

伊藤:ここは洋書を軸に、写真、アート、デザインなど、他では見られない品揃えが特徴です。東京都写真美術館とは同じ恵比寿で場所も近いので、よく仕事帰りに立ち寄って偶然の1冊と出会ったり、調べものに関わる本を探しにきたりと活用しているんです。

ドアをくぐるとすぐ目を引くのは、大きなウッドシェルフに1冊ずつ表紙を見せて並ぶ個性的な本の数々。毎回、注目すべき出版社1つに特化した編集視点から、ビジュアルブックを展示販売するスペースです。

井手:音楽でもレーベルごと、映画なら配給会社ごとで世界観に個性があり、ファンもそうした切り口から個々の作品を選び、楽しむことってありますよね。僕の場合、音楽との出会いはまずジャンルで掘り下げていくうちに、新しいミュージシャンを知ったり、彼らの人脈が見えてきたりします。ここは、そういう感覚でも楽しめますね。

POST店内
POST店内

伊藤:それ、すごくよくわかります。僕も写真集を探すとき、内容はもちろんですが、最終ページの奥付(アートディレクターやデザイナーらの名前を記した部分)をついじっくり見てしまう(笑)。あ、この人が参加しているなら見逃せないな、といった感覚は結構有効ですよね。なおこのお店は、映画『世界一美しい本を作る男~シュタイデルとの旅~』でも紹介されたドイツの出版社、シュタイデル社の公式ショップでもあるんです。作家目線でいうと、シュタイデルは「ここから写真集を出したい」と熱望する写真家も多く、そこも今の話に通じそうです。

この日は、ロンドン拠点のAMC Booksから精選45冊が並んでいました。井手さんが興味を持ったのは、スティーブン・ギルの作品集群。たとえば『Hackney Flowers』には、写真家が住み慣れた街の草花や種を撮影してプリント後、その土地の地中に埋めてから掘り出すというプロセスで生まれた作品が並びます。

井手健介

そのほか、スペイン出身のクリスティーナ・デ・ミデルが、中国での撮影旅行を「毛沢東語録」を模してアレンジした形にまとめた、手帖サイズの作品集なども。いずれも、写真によるイメージ作りの創造的なアプローチが伝わってきます。

井手:それぞれ判型もデザインも個性が強い一方で、全体的に作りがすごくしっかりしていたり、気品みたいなものが感じられたり……。やっぱり同じ出版社なんだな、という共通点が見えるのも楽しいですね。

伊藤:よく知っている出版社でも、見逃していた写真集や、カタログでしか見たことのなかった希少本があったりと、心躍る出会いが多いからこの企画が大好きなんです。なかなか手がでない高価なものもありますが、それらも直接手に取って見ることができるのが嬉しい。お店の奥にはギャラリースペースもあり、これまでホンマタカシさんやミヤギフトシさんらの作品展が開かれています。

このお店は、代表の中島佑介さんが古書店「limArt」を前身に立ち上げました。「POST」として新刊メインの書店になった現在も、ビジュアルブックをこよなく愛する想いは変わらず。美術館での鑑賞などとも違う、出版社という切り口から出会う写真、という新体験を提供し続けてくれています。

写真と、食と、人が出会う場所「写真集食堂めぐたま」

続いて、恵比寿の街を散歩しながら向かったのは「写真集食堂めぐたま」。写真集食堂とは聞き慣れない言葉ですが、百聞は一見にしかず。木を活かした内装の店内に一歩入れば、その名にたがわぬ世界が広がっていました。温かで美味しそうな香り漂う中、壁一面に所狭しと並ぶのは、古今東西の写真集5千冊!

写真集食堂めぐたま(外観)
写真集食堂めぐたま(外観)

写真集食堂めぐたま

伊藤:ここは、写真評論家・飯沢耕太郎さんの蔵書を自由に手にとって見られる食堂。日本の「おうちごはん」の魅力を提唱する、おかどめぐみこさんのお料理と、貴重な写真集の両方を楽しめます。さらにアーティストのときたまさんが写真関連も含めたイベントも企画する、ユニークな場所です。

写真集は人に見てもらってこそ価値がある、という飯沢さんの信条から実現。時代別、国内外別など緩やかに構成された書棚から、来店者は思い思いに1冊ずつ取り出して閲覧できます。そこで二人も、それぞれ気になる1冊を選んでみました。井手さんのセレクトは、故・牛腸茂雄の『Self and Others』。昭和の写真史に残る名作とされる1冊ですが、井手さんは今日初めて手に取ったようです。

牛腸茂雄『Self and Others』(未来社)
牛腸茂雄『Self and Others』(未来社)

牛腸茂雄『Self and Others』

井手:同名のドキュメンタリー映画を観たことがあって、開いてみました。家族や親しい人を撮ったようにも見えるけど、写っている人々が何だか消えていってしまいそうで、少し恐いのと同時に強く惹かれます。特に、写真集の表紙にもなっている最後の写真、子どもたちが霧の中に走っていくような1枚がすごく気になりますね。

伊藤さんが選んだのは、写真を軸に多様な表現を行うアーティスト・花代さんの私家版写真集。なんと彼女が高校を卒業したてのころ、個人的に飯沢さんに贈った世界で1冊の貴重なものです。

花代「私家版写真集」
花代「私家版写真集」

花代「私家版写真集」

伊藤:花代さんご本人からこの写真集の存在を聞いていて、ぜひ見てみたいと思っていたものです。本当に置いてあって、正直驚きました(笑)。美術館に勤める身からすると「こんなに貴重なものを、これほど何気なくオープンにしていいの?」と心配してしまいますが、ここを訪れるお客さんたちはどの本もきちんと大切に見ているので、素晴らしいなと思います。

1人で訪れて写真集をじっくり眺めるのも、こうして数人で話しながら見るのも楽しいですね。その後は伊藤さんの誘いで、お住まいが近い花代さんご本人もしばし合流。気持ちのよいテラス席でグラスを交わし、懐かしの作品集と共に写真談義に花が咲きました。花代さんとは初対面の井手さんも、じつは音楽を通じた共通の知人がいるとわかり盛り上がる一幕も。ひとつ屋根の下で写真と食と人が出会う、そんなひとときとなりました。

左から:伊藤貴弘、花代、井手健介
中央:花代

複合型アート施設と、コンテンポラリーフォトの最前線「G/P gallery」

美味しい飲み物と素敵な写真集を味わった後は、恵比寿のアート複合施設「NADiff A/P/A/R/T」へ。1階のアートショップ「NADiff a/p/a/r/t」(NADiff本店)は、アートだけでなく、音楽や映画、サブカルチャーなど、幅広い芸術関連書に加え、アーティストグッズやサウンドアート系のCDなど、独自の品揃えが魅力です。

NADiff A/P/A/R/T(外観)
NADiff A/P/A/R/T(外観)

入口で、井手さんも大好きだという大竹伸朗作品のフィギュア・ガシャポンを発見。少年に戻ったようにさっそく挑戦する二人……。なお、多様な手法で表現を続ける大竹さんもまた、写真を撮っています。店内にはそれらを収めた作品集『UK77』もありました。

大竹伸朗作品のフィギュア・ガシャポン
大竹伸朗作品のフィギュア・ガシャポン

NADiff a/p/a/r/t店内
NADiff a/p/a/r/t店内

2階に上り、写真専門ギャラリー「G/P galley」へ。編集者の後藤繁雄さんが設立したスペースで、日本の若手写真作家を世界へ紹介し、同時に国内での紹介が不十分な海外の重要作家について伝えるべく活動中です。

G/P galley
G/P galley

伊藤:若手を対象にした写真賞などは多くありますが、後藤さんはそうしたかたち以外でも若い才能を支援していく重要性を考えているのだと思います。これまでパリやオランダの写真フェアなどでも、積極的に日本の若手を紹介し続けています。

この日はオランダのベテラン写真家、ポール・コイカーの個展『Nude Animal Cigar』が開催中。欧州各地で開催されてきた同展が、日本に初上陸です。井手さんもギャラリーの方の解説を聞きながら、そのミステリアスな世界に見入っていました。

井手:個展タイトル通り、女性のヌードと、ウサギなどの動物、そして何故か葉巻……。脈絡がないようで、それぞれのイメージを辿っていくと連続しているようにも見えてくるし、すごく奇妙で面白い世界観ですね。

左から:伊藤貴弘、井手健介

G/P galleryはこうした作家たちとの、展覧会を超えた協働にも意欲的です。海外作家の来日中に制作の機会を提案したり、日本の写真家たちとの交流を促したりもしているとか。そうした取り組みがまた、若い才能にとってよい試練・経験にもなっているのかもしれません。

井手:僕も音楽活動を始めてから、周囲に色々課題を与えてもらっている感じはします。たとえばレコーディングに参加してくれた実力派のミュージシャンに、目指すものについて質問されて深く考え込むことがありました。多くの場合、その場で答えが出る類いのものではないけれど、考えて考えて……その積み重ねで今年、初のアルバムを完成させることができました。写真家さんたちの中にもきっと、そうした体験を経て何かをつかんでいく人はいるのでしょうね。

後藤さんはギャラリー外での展示企画や、写真にまつわる記事や著作の執筆、また海外の注目すべき写真エッセイの翻訳出版なども精力的に行っています。編集者として、写真と写真作家たちに注ぐその熱量は、同時代のシーンを刺激・牽引し続けています。

世界屈指の企業コレクションに見る写真の時間軸「原美術館」

最後に向かったのは、品川の原美術館。恵比寿エリアからは少し離れますが、今回の写真スポットめぐりを締め括るのにふさわしい展覧会が開催中とのことで、訪れることにしました。『そこにある、時間-ドイツ銀行コレクションの現代写真』展です。

原美術館
原美術館

ドイツ銀行の現代アートコレクションは1979年に始まり、社内でアートにふれる機会を作ろうという社員教育的な意図が原点。今では世界各国のアーティストによる6万点以上(!)もの作品を持ち、各国オフィス内のみならず、一般公開にも積極的です。この展覧会もその一環で、約5千点の収蔵写真作品から、選りすぐりの60点で構成されており、シンガポール、ムンバイを巡回しています。展示テーマはそのタイトルが示す通り「時間」。写真にとって重要なこのキーワードをめぐる豊かな世界が、井手さんたちを迎え入れます。

原美術館

伊藤:地元ドイツだけでなく、欧州各地のアーティストや、日本では見る機会の少ない中東やアジアの表現も刺激的ですね。井手さんはどんな作品が気になりましたか?

井手:杉本博司さんがドライブインシアターを撮影した、「劇場」シリーズの1枚が印象的でした。スクリーン部分が真っ白なのは、映画1本を上映するあいだずっと、固定カメラで長時間露光をした結果だと聞いて。ある意味その映画すべてを写した1枚ということかな。写真って一瞬を撮るものだと思っていたので「時間」を意識したことはなかったけど、とても興味深いですね。

また井手さんは、美術館で写真作品を観ることが、写真集ともまた違う体験をもたらすことを、あらためて実感したといいます。

井手:額装されて、その内側の世界を覗くような体験もあれば、額なしの巨大プリントを前に、その時間の中へ自分もフワっと入り込んでしまう感覚になることもある。これは写真集などにはない、展示空間を自分の足で歩きながら観るからこその体験なのでしょうね。

井手健介

伊藤:今回のように収集期間に一定以上の幅があるコレクションでは、各作家がやりたかったことに加え、時代の写し鏡のような部分も見えてきます。歴史の流れの中で個々の評価は変わり得ますが、その変化もまた後世においては1つの参照点になります。公共に資するコレクションはそうした変化も十分に考慮しながら、長期的な視点で形成されていくことが一般的ですね。

それもまた、写真をめぐる時間の1つ。そういえば井手さんの1stアルバム『井手健介と母船』のジャケット写真は、「10年後の人が見ても古びて感じないような」フラットな衣装やシチュエーションを意識したという一方で、大御所シンガーソングライター、ジェームス・テイラーが井手さんの生まれる前に発表した名盤『One Man Dog』を連想させもします。1枚の写真が、別の場所や時代の写真と並ぶことでまた豊かな意味や想像をもたらす。そこにも「時間」が流れていそうです。

井手:写真を撮る人と、それを集める人。それぞれの想いや、集められた全体から見えてくるものもあるのでしょうね。作り手が生み出したときに完結するのではなく、色々な立場からの「表現」があるのだなと思いました。集まることで、また新しい文脈が生まれる……。そんな視点で写真にふれるのも面白いですね。さらに、いろんな目線が混在するとストーリーも変わっていく。自分がバンドでやっている音楽に引き付けて考えると、また興味が湧いてきます。

左から:伊藤貴弘、井手健介

ちなみに原美術館も荒木経惟、坂田栄一郎、杉本博司らの写真作品を含む貴重な美術品コレクションを持ち、収集を続けながら定期的に公開しています。こうした活動が年月をつなぎながら、写真表現の価値体系作りに大きく貢献していくのでしょう。

半日をかけた、写真にまつわるアートスポットツアーもこうして終了。帰り道の雑談で井手さんが自らのバンド名「井手健介と母船」の由来を語ってくれた言葉は、なぜかこの日に感じたこととシンクロするようでもありました。

井手:「母船」としたのは、限られた数人でずっと事を進めるというより、いろんなミュージシャンや表現者、またそこに関わる人々が流動的に乗り合う中で、音楽が生まれる場所にしたい――そんな理想を込めて選んだところもあります。

写真の魅力を伝え、共有すること。その創造と感受の現場を、さまざまなかたちで支えること。世界各地で新たなイメージを紡ぐ写真家たちだけでなく、彼らとそれぞれの形で交わりながら、今日も写真表現の豊かさを耕し続ける人々がいる――。訪れた先々で井手さんたちと共に写真の魅力を教わりつつ、そんな感想も抱いた今回の取材でした。

イベント情報
東京都写真美術館(2016年秋リニューアルオープン予定)
リリース情報
井手健介と母船
『井手健介と母船』(CD)

2015年8月19日(水)発売
価格:2,592円(税込)
PCD-24415

1. 青い山賊
2. 帽子をさらった風
3. 幽霊の集会
4. 雨ばかりの街
5. ロシアの兵隊さん
6. 誰でもよかった
7. あの日に帰るよう
8. ふたりの海
9. 魔法がとけたら

イベント情報
『井手健介と母船 1stアルバム発売記念ツアー《木霊》東京編』

2015年11月10日(火)OPEN 18:30 / START 19:30
会場:東京都 吉祥寺 STAR PINE'S CAFE
料金:予約2,800円 当日3,300円

店舗情報
POST

東京都渋谷区恵比寿南2-10-3
電話:03-3713-8670
定休日:月曜

NADiff A/P/A/R/T

東京都渋谷区恵比寿1-18-4
電話:03-3446-4977
定休日:月曜(祝日の場合は翌日休)

G/P gallery

東京都渋谷区恵比寿1-18-4 NADiff A/P/A/R/T 2F
電話:03-5422-9331
定休日:月曜

原美術館

東京都品川区北品川4-7-25
電話:03-3445-0651
定休日:月曜(祝日の場合は翌日休)、年末年始(12月28日~1月4日)休館

プロフィール
井手健介 (いで けんすけ)

東京を拠点に、バンド「井手健介と母船」として活動。現在のレギュラーライブメンバーは、井手健介(ヴォーカル&ガットギター / エレキギター)、墓場戯太郎(ベース)、清岡秀哉(ラップスチールギター / エレキギター)、山本達久(ドラムス)、ジュネーヴの4時(コーラス&キーボード)。ほか、幅広いミュージシャンの参加を得ながら活動中。2013年に『2月のデモ(長い犬と黒い馬)』(井手健介ソロ)、2014年に『島流し』と2枚のCDRをライブ会場限定で発表。1stアルバム『井手健介と母船』を2015年8月にP-VINE RECORDSよりリリースした。

伊藤貴弘(いとう たかひろ)

東京都写真美術館学芸員。武蔵野美術大学美術館・図書館の学芸員を経て、2013年より現職。専門は現代写真。これまでに携わった展覧会に『ムサビのデザインIII デザインが語る企業理念:オリベッティとブラウン』(2013年)、『須田一政 凪の片』(2013年)など。



フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Article
  • 今さら人に聞けない、写真再入門 Vol.4 音楽家・井手健介とめぐる、写真が好きになるおすすめのアートスポット5選

Special Feature

Habitable World──これからの「文化的な生活」

気候変動や環境破壊の進行によって、人間の暮らしや生態系が脅威に晒されているなか、これからの「文化的な生活」のあり方とはどういうものなのだろうか?
すでに行動している人々に学びながら、これからの暮らしを考える。

記事一覧へ

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて