沖縄に生きる女性たちの肖像 第2回:古波蔵徳子

沖縄には60、70歳を過ぎてもなお、仕事にやり甲斐を持ち、オシャレも忘れない、今が青春と言わんばかりにイキイキと生きる女性がたくさんいます。

会うたびにパワーをくれる、太陽のような沖縄女性の生き様を紹介する本連載。2回目にご登場いただくのは、琉球料理「美榮」(みえ)の女将、古波蔵徳子(こはぐらのりこ)さん。

自分にできること、しなければならないことに、ただひたむきに向き合い続けた徳子さんから、幸せに生きるヒントをもらいました。

※本記事は『HereNow』にて過去に掲載された記事です。

30年間、自分の予定なんていれられなかった。その環境が琉球料理の神髄へと導いてくれた

 県庁や銀行本店、新聞社などが並ぶ沖縄の中心地・久茂地(くもじ)のビル街の中に、白い漆喰(しっくい)の塀に囲まれた一軒家がある。周囲の喧騒をよそに、そこだけが全く別の時間が流れているような風情漂う。ここは、1958年から作家の古波蔵保好(こはぐらほこう)さんが主宰し、妹の登美(とみ)さんが料理の腕をふるった琉球料理の名店「美榮(みえ)」。創業者の亡き後から四半世紀に渡り店を守り続けているのが今回の主役である女将の古波蔵徳子(こはぐらのりこ)さん、御歳63歳。

いつも芭蕉布(ばしょうふ)の上着を身にまとい、すっと姿勢が伸びた立ち姿は、凛とした品格がある美榮の佇まいそのもの。どのような思いで由緒ある店を守り続けてきたのか。その想いを聞きたかった。

「いえ、私ね、怒られるかもしれないんだけど、『料理が自分の生き甲斐』なんて、意気込みがあったわけじゃないのよ。ただ25歳の時に恋愛して嫁いだ先が古波蔵家だった。嫁としてこの家に慣れるために、お手伝いとして料理を始めただけ。それがいつの間にか自分が切り盛りすることになってしまっただけなのよ。」

と、徳子さんは静かな笑みを浮かべる。若い頃はホテルで働いていたこともあったが、仕事に人生をかけるようなタイプではなかったという。そんな専業主婦志望だった彼女を変えたのが、琉球料理と、義父・古波蔵保好さんの存在だった。古波蔵保好さんは、『沖縄物語』や『料理沖縄物語』などの著書をはじめ、エッセイスト、評論家としても有名な文化人。

「社交家の義父がいつ何時、お客さまをお連れになるか分からない。だから私は30年間、自分の予定を自由に入れるなんてことはできませんでした。」

一見、不自由に思える厳しい環境が、徳子さんを料理の神髄へと向かわせた。

ギブアップしたらそこでおしまい。それ以上の喜びを得ることはできない。

「美榮」の料理は、東御盆(どぅんだあぶん=写真上、花イカや昆布巻きなどを盛りつけた御膳)や中身汁(=写真下、豚の内蔵の吸い物)、豚の耳皮さしみ(豚の顔の皮の和え物)など、全て琉球料理の集大成と言える料理ばかり。

「例えば中身汁は、豚の内蔵を小麦粉でしっかり汚れを取り、茹でこぼしを5〜6回繰り返しながら、丸一日かけて柔らかくします。豚の耳皮さしみは、豚の顔を丸ごとひとつ解体して、茹でて洗って、皮と軟骨とにそいで、細切りにして、自家製のピーナッツバターと合えて。ひとつひとつが気の遠くなる作業で、最初はもうイヤだ〜ってウンザリしていましたよ(笑)。」

「逃げ出したくなること、手を抜きたくなることはなかったのか?」と問うと、

「まじめな性格だからかな。できる人間が私しかいないのだから、『やるしかない』というだけだった。それにね、料理の全体がわかるようになると、作業の意味が分かって、苦ではなくなっていったんですよ。」

常に紳士的で優しかった義父の保好さんからは「たまには甘えることも大切だよ」と言われていた。それでも一度だけ厳しい口調で接せられたことがある。それは雑誌で、「尚男爵(最後の琉球国王・尚泰王の四男)のレシピというテーマで撮影をするから、料理を作って」と依頼されたときのこと。自分が食べたこともない宮廷料理を復元するなんて、「無理です。私にはできません」と断ると、保好さんは強い口調でこう言った。

「ギブアップしたらおしまい。それ以上伸びることはない。そして、それ以上の喜びを得ることもない。」

その言葉に押され、徳子さんは仕事を引き受け、ゴーヤーサトーナギ(ゴーヤーの揚げ物)や塩豚(塩漬けした豚を蒸したもの)、月桃(ゲットウ)の葉に包んで蒸した餅などの料理を仕上げた。

「今、思い出しても、あれはとても辛かった。けれど、やればできる。投げ出さなければできるんだということを学びました。」

幸せの秘訣は、忙しさの中でも心の余裕を持つこと。

夫と結婚したというよりは、「美榮」と結婚したような35年間。

「平日は朝から晩まで店にいましたから、休みの日曜日だけは、お気に入りの服を着て、夫婦でホテルランチへ行ったり、ドライブへ行ったり。それが唯一の息抜きであり、夫婦の大切な時間でした。」

そして60歳を過ぎて夫が退職し、店にもスタッフが入った今、ようやく夫婦の時間を持てるようになった。「今は今ですごくいい時間だなあと最近つくづく感じます」と徳子さん。1日の中で、幸せを感じるのは、洗濯物が干されている風景、テレビを見ながら洗濯物をゆっくり畳む時間、寝る前に足を伸ばして泡盛を飲む時間……。

「毎日の中で、ちょっとした休憩を持つようにしています。仕事がどれだけ忙しくても、それはそれで充実していて気持ちのいいもの。忙しさの中でも、心の余裕を持つことが、幸せかそうじゃないかを決めるのではないかと思うの。」

どこまでも謙虚な徳子さんを見ていると、「置かれた場所で咲く」ということがどういうことかを考えさせられる。自分にできること、しなければならないことに、ただひたむきに向き合い続けた。その結果、沖縄でも数少ない、琉球の食文化を今に伝える料理人になっていた。今、徳子さんが咲かせた花が、どれほどの人々に感動を与えていることだろう。

最後に、徳子さんが大事にしている仕事着を見せてもらった。義祖母(創業者ふたりの母)が着ていた芭蕉布の着物を洋服に仕立て直したものだという。修繕を繰り返しながら、100年以上の時を経た芭蕉布は、手に吸い付くようにしっとりと柔らかい。肌になじんだ繊維の1本1本に、琉球料理を愛し守り続けてきた古波蔵家の魂が宿っているかのようだった。

琉球料理 美栄 
住所:
沖縄県那覇市久茂地1丁目8-8
電話番号:098-867-1356
営業時間:18:00〜22:00 日曜日休み、ほか不定休あり
料理は、紅花(9品、7千円)、百合(11品、9千円)、梯梧(13品、1万2千円)の3コース
プロフィール
かいはたみち
かいはたみち

「沖縄の編集工房アコウクロウの空」代表。編集者・ライター。東京での出版社勤務後、雑誌『沖縄スタイル』、地元紙『沖縄タイムス』を経て現職。著書に『ていねいに旅する沖縄の島時間』(アノニマスタジオ)など。

垂見おじぃ健吾
垂見おじぃ健吾 (たるみ おじぃ けんご)

沖縄在住、南方写真師。文芸春秋写真部を経てフリーランスになる。JTA機内誌『Coralway』の写真を担当。 共著本に『タルケンおじぃの沖縄島案内』文・おおいしれいこ(文芸春秋社刊)、『みんなの美ら海水族館』文・かいはたみち (マガジンハウス刊)、『沖縄の世界遺産』文・高良倉吉(JTBパブリッシング刊)など。



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