なりたい自分を、起動しよう。——いつからだってはじめられる、学び直しとリスキリング

「仕事だけがアイデンティティじゃない」相川七瀬が40代からの「学び直し」で出会った新しい自分

「いまさら始めても遅いのではないか」――そんなささやかな不安が、私たちの足枷になることがある。「なりたい自分を、起動しよう。」をテーマにした本連載に登場するのは、年代もステージも異なる、迷いを抱えながら「新しいこと」を始めた人たち。彼らはなぜ、軽やかに一歩を踏み出せたのか。

第3回は、“夢見る少女じゃいられない”でのデビューから30周年を迎えた歌手の相川七瀬さん。大きな節目へと向かっていくタイミングで高卒認定試験を経て國學院大學へ入学し、現在は大学院で民俗学の研究に打ち込んでいる。

「仕事だけが自分のアイデンティティじゃない」。40代を迎え、子育てがひと段落しようとするなかで、ふと自分自身を見つめ直す……誰もが直面する人生の岐路に立ったとき、相川さんが選んだのは「学び直し」という道だった。

1995年のデビューから音楽の道を真っ直ぐに歩み続けてきた彼女。新しいことを始めるとは、これまでの自分を手放すことなのだろうか。相川さんの答えは、その逆だった——。長年続けてきた赤米の伝承活動への向き合い方が、学びによってどう変わったのか? 忙しい日々のなか、どうやって「時間がない」という思い込みを手放したのか? AIなどのテクノロジーと共存していくこれからの時代に、日本HPから登場したAI PCをどんなふうに活用したいかも含めて、じっくりと話を聞いた。

40代で湧き上がった「仕事や子育てだけではない、自分だけの世界」への渇望

—相川さんは2018年に高卒認定試験を受けられ、2020年に國學院大學神道文化学部へ合格。2024年からは大学院へと進みました。歌手デビュー30周年という大きな節目に向かうタイミングで、こうした「学び直し」をしようと思われたきっかけから教えてください。

相川七瀬(以下、相川):40歳を過ぎてから、「仕事だけが自分のアイデンティティじゃないな」ということをすごく意識するようになりました。その一方で、一番上の息子が20歳を迎えるなど、子どもたちが自立していくのを感じるようになって、「あ、親離れ・子離れが近いな」と。そうなった時に、20代からずっとやってきた仕事はあるけれど、それだけだと何か物足りないというか、「違うな」と思っていました。

何か自分だけの時間、自分だけの世界があったほうがいいという漠然とした気持ちがあったなかで、海外に留学していた息子が日本に帰国し、日本の大学受験に向けて「高卒認定を取る」ということになったんです。そこで、同じ目標を持ったら私も一緒に楽しくやれるなと思い、ちょっと試してみようと、高卒認定を取得するための勉強を始めました。

—それが大学進学へとつながっていったのですね。

相川:実はその時、すでに私は國學院大學の科目履修生として社会人向けの授業に通っていたんです。「大学って面白いところだな、興味あることをこんなにたくさん教えてくれるんだ」とずっと思っていました。それで高卒認定を受けるうちに、「これ(高卒認定)をパスしたら、大学受験してもいいのかな」と、だんだんそういう気になってきて。

私はデビューの時に高校を中退して上京しましたから、それまでほとんど勉強をしてこなかった。若い時にやれなかったことをもう1回自分でやり直したいという気持ちと、子供が巣立とうとしているなかで自分自身を見つめ直す時間がほしいという気持ち。そして何より、私は2011年から対馬、種子島、岡山で「赤米(あかごめ)(※)」の伝承活動に関わらせてもらっていて、研究のフィールドや課題をすでに持っていたんです。この3つの要素が掛け合わさって、45歳からの大学進学へとつながりました。

あらためて学び始めてから現在までの6年間は大変なこともありましたが、思い起こせば、それまで以上に自分と深く向き合った、すごくいい時間だったなと思います。

※ 古代米の一つであり、縄文時代に日本に最初に伝わった稲と考えられている。国内3地域(長崎県対馬市、鹿児島県南種子町、岡山県総社市)のみに伝わる神事に欠かせない存在。

「無知の悔しさ」が学びの目的をくれた。相川七瀬が飛び込んだ大学という世界

—先ほど「赤米」の伝承活動のお話がありましたが、そうした「現場」で学ぶだけでなく、あえて大学で神事を学問として習得しようと思われた動機は何だったのでしょうか?

相川:赤米のお祭りの活動をするなかで、自分が無知であることで悔しい思いをしてきたんです。神事に携わっているのに、「なぜこういう組織体なのか」「なぜ特定の家柄に限定されているのか」などわからないことばかりで。もし私がもっと知っていたら、仲間たちと新しい世界を見ることができるのに、役に立てるのに、と。それが大学で神事を学び直す、一番のモチベーションでした。

やみくもに大学へ行きたかったわけではなく、もうこの学部(神道文化学部)しかないと納得して入ったので、不必要な授業なんて一つもありませんでした。

—授業では必ず一番前の席に座られていたそうですね。

相川:はい。毎回アリーナ席です。自分で学費を払っているので、元を取ろうと思って(笑)。そのうち、周りの友達もだんだん前のほうに座るようになりました。最前列にいると先生にわからないことをポンと聞けたりして、コミュニケーションが密になるから得なんですよね。先生も「こういう展示があるから見てきたら役立つよ」と声をかけてくれたりして、学びがすごく有機的になりました。

—40代からの学び直しに、不安や周囲の反対はありませんでしたか?

相川:もちろん不安はありました。勉強の仕方もわからないし、若い学生たちとうまく溶け込めるのかと。でも、大きかったのは科目履修生時代に大学を見学できたこと。私より年上の方もいれば若い子もいて、大学にはいろんな側面があるのだと知りました。そこで私も何とかやれるイメージが湧いて。「年齢の不安もあるけど、まあとりあえずやってなんとかなるだろう」と思えましたね。

周りには猛反対されましたよ。子どもたちからは「体育もあるんだよ。走れるの?」「やめたほうがいいよ」って(笑)。事務所からも「仕事をセーブしてまであり得ない」と言われましたし、一部の人からは「そんな基礎教養からやるなら、すっ飛ばして大学院行けば?」とも。ただ、私はみんながやっている基礎の部分が抜けているから、学部からやらないと意味がないと思っていました。

—最終的には、自分の意思を貫いたと。

相川:周囲には、こう言って説得しました。「これは私の人生だし、50代になった私の責任をみんなが取るわけじゃない。私自身が自分を生きていくためのプロセスだからやらせてほしい」と。最低限の仕事はやりつつ、日中の仕事はセーブするというかたちで、2年ぐらい話し合ってチャレンジさせてもらったんです。いま思えば、当時の私は大学で学ぶことの大変さも何も知らないからこそ飛び込めたんじゃないかと思います。「無知の力」ってすごいですよね。

「時間がない」は思い込み? 時間を支配するマインドと隙間時間の活用

—仕事、子育て、そして学業。時間がいくらあっても足りないように思えますが、どのようにやりくりされていたのでしょうか?

相川:仕事の待ち時間や移動時間はすべて、課題の時間にあてていました。あとは子どもの習い事のお迎えで1時間半くらい空きができた時も、それまでのようにお茶を飲んだり買い物したりするのではなく、全部勉強のために使っていましたね。もちろん、子供が寝静まったあとも。

そうやって隙間の時間でやりくりするようになったら、自分次第で自由に使える時間って、意外なほど多いことに気づきました。よく「時間が足りない」って言ってしまいがちですけど、じつは思い込みだったんだなって。

—隙間時間があると、ついスマホに手を伸ばしてしまう人も多いと思います。

相川:私もそうでしたよ。手元にあるとつい触ってしまうから、勉強中は見えないところにスマホを隠したりもしました。少なくともいまは学びの足枷になるから、いっそのこと解約してしまおうかと思ったくらいです。

現代人はどうしてもスマホに縛られて、どこかでずっと人とつながっていないと不安な感覚がありますよね。私も自分のことよりも「人とつながること」を優先してしまうスパイラルに入っていたみたいで。そこで意識的に端末を遠ざけて「他人の思想に触れない時間」を作ってみたら、心にゆとりが生まれました。すると、やっている仕事の量自体は変わらないのに、「時間がない、時間がない」という強迫観念に追われることがなくなったんです。

自分の意識次第で、時間はマネジメントできる。時間に支配されるのではなく、自分が手綱を握って、時間を支配する。そういうマインドを持つための習慣づくりを、いまも実験しながら一生懸命やっているところです。

—そこまでストイックにできたのは、やはり学びが楽しかったからでしょうか?

相川:楽しかったですね。学部時代の4年間は特に。私はツアーなどで全国を回ることも多かったから、授業で神社が出てきた時も「ああ、あそこね!」となる。そのうえで、「あの場所って、そういう歴史があったんだ」と、自分の実体験と知識がパッと紐付いていくんですよ。それが面白くて。授業で学んだことをレポートにして、さらにYouTubeなどで発信して反復することで知識を定着させていました。

あとは、さまざまな先生方との出会いも大きかったです。渋沢栄一さんのお孫さんの渋沢寿一先生の授業では、あまりにも心に刺さって感動して泣いたこともありました。生徒として感動する気持ちと、自分の子どもと同じ年齢の学生たちを見つめる親世代の視点が織り交ざってしまって。万葉集を教えてくださる上野誠先生の授業も毎回面白かったです。次は何を言い出すんだろうってワクワクしながら聴講していました。

学びは「新しい自分」との出会い。つながり、広がる世界

—その後、大学院(修士課程)へと進まれたのは、どのような目的からだったのでしょうか。

相川:神道は「神様の立場」から祭り事を見る学問ですが、私は祭りを支える「人(組織)」を元気にしたいのだと、学部の4年間で気づきました。祭りを作るのは人であり、人を知るには地域の民俗や文化を知らなければならない。そこで、副専攻で学んでいた民俗学の視点も必要だと感じたことが、大学院で民俗学を志すようになったきっかけです。興味が移ったというより、自分が追求するものが複数の学問を横断していることに気づいたんですね。

—実際、大学院での学びはいかがでしたか? 2025年の30周年ツアーとも時期が重なって大変だったとお聞きしました。

相川:大学院の最初の1年間は、もう忙しすぎて半ばパニックになってしまいました。ご飯を食べる時間もなくて、基本的にずっとパソコンに向かっているような状態でした。

特にしんどかったのは、学会での初めての発表の時ですね。「学会デビュー」の日が、私の歌手としてのデビュー記念日(11月8日)と偶然にも重なってしまったんです。その日は午前中に学会での発表、夕方からライブというスケジュールでした。朝5時まで学会用の資料を作って練習し、3時間だけ仮眠して大学へ。学会発表を終えた直後にタクシーで渋谷公会堂のライブへ向かいました。

—おそろしいスケジュールですね……。

相川:タクシーのなかから渋谷の街を眺めながら、「30年前にこういう自分を想像しただろうか」と思いました。たしかに忙しくはあるけれど、なんて幸せなんだろうと。大学に行ったことで人生が変わったし、知見も広がり、出会う人も増えました。不安でいっぱいだった20代の自分に、「何も心配しなくていいよ」と教えてあげたいくらいです。

—あらためて教えてください。「学び直し」によって、相川さんの人生はどう豊かになりましたか?

相川:学びとは「新しい自分を知ること」だと思っています。学びによってつながる出会い、新しい人間関係のなかに、歌手の私、母親の私だけじゃない自分の姿が浮かび上がってくるんです。それまで自分だと思い込んでいた姿とは、まるで別ものです。

たとえば、2024年にブラジルに行った際、ブラジルの日系社会が継承しているお祭り文化に感銘を受け、以来、何度も現地へ足を運んでいます。私自身、大学院で祭りの研究をしていることもあって、日本とブラジルを文化でつなぐといった、歌だけではない新しい文脈での活動が始まっている。これも以前では考えられなかった、新しい自分です。

いまはそこから発展して、海外の学会にチャレンジしたいという思いも芽生えている。さらにワールドワイドに広がろうとしている自分がいるんです。20代の自分が聞いたらあまりにも無謀なチャレンジなのでしょうけれど、いまはそれを「怖くない」と思えている。

学びが変えた赤米の伝承活動。根拠とテクノロジーで、伝統を未来へつなぐ

—AIが知りたいことを瞬時に教えてくれる時代に、「学ぶ」ことの意義をどうとらえていますか?

相川:おっしゃるとおり、いまはわからないことがあった時、わざわざ学術書にあたらなくてもAIが背景まで詳しく教えてくれます。ただ、だからこそ、私たちは学びのなかに「AIがはじき出せない付加価値」を見出していかなくてはならないと思うんです。

たとえば、私が携わっている赤米の伝承活動でのことです。大学で学ぶ前の私は、どこかノスタルジックな考え方で「昔からのやり方だから失くしてはいけない」と、感覚的に伝統をつなぐことばかりを考えていました。でも、大学で学んだことでアプローチが変わったんです。

私たちが自ら学ぶ意義は、その「残したい」という思いを、たしかな根拠を持って支える力をつけることにあります。その実践として、私は赤米のDNA鑑定を提案しました。門外不出で守られてきたお米だからこそ、DNAを調べれば歴史的な根拠がわかるかもしれないと考えたんです。

いままでの「古いものは残さないとダメ」という思いだけで押し切るのではなく、自ら根拠を探求することでその思いを支え、未来への付加価値を生み出していく。この発想は、大学に行かなければ絶対に出てきませんでした。まさに、学びと実践ががっちりとつながった瞬間でしたね。

ただ、だからといってAIをまったく使わないというわけではなくて。自分にしか生み出せない付加価値に集中するためにも、AIというツールを賢く使いこなすことが、これからの時代の学びには必要なんだと思います。

—相川さんは実際に研究や日常のどんな場面で、AIやテクノロジーを活用されていますか?

相川:文献を探したり、研究のとっかかりの部分、最初の当たりをつけたりする際にAIを使っています。たとえば、膨大な資料をPDFで読み込ませて要約してもらうと、理解がすごく早くなって時間が短縮できます。もちろん確認作業は必須ですが、「ちょっとした助手」として重宝しています。

さすがに、AIを使わないという選択肢はもうないと思います。ただ、テクノロジーに支配されるのではなく、自分が手綱を握る感覚が大事。先ほどの時間のコントロールと同じことですよね。

—日本HPの「OmniBook X」のような、安全かつ快適にAIを動かせるAI PCについてはどう思われますか?

相川:ぜひ使ってみたいですね。しかも「OmniBook X」では、クラウドではなくローカルでAIが搭載されているということで、情報の安全性からその点もとても魅力的に感じます。

世の中がどんどん便利になっていくなかで、その便利さを使い切れていないもどかしさがあります。もっと知っていれば時間が短縮できて、精度のいいものが生まれていたのに、と。自分の限界以上のものにタッチできるツールがあるなら、すごくいいなと思います。

—日本HPでは、「AI PCで自由研究」キャンペーンを実施しています(2026年8月時点)。相川さんが挑戦したい「自由研究」を教えてください。

相川:カメラですね。何年か前にライカを買ったのですが、最近またカメラ熱が高まっていて。実は、娘と一緒に写真教室にも通っているんです。いまどきの子って風景を切り取るセンスがすごくいいじゃないですか。同じものを撮っているのに娘の作品のほうが良くて、悔しいんです(笑)。カメラが上達すれば、研究でいろんな場所に行った時や、お祭りの様子なんかも自分で綺麗に記録できるし、もっと楽しくなると思うんです。

—年齢や忙しさを理由に「学び直し」を躊躇している方へ、背中を押すメッセージをお願いします。

相川:年齢のせいにするのはもったいないです。明日は今日より歳をとっているわけで、いまこの瞬間が一番若いのだから「いまやるしかない」と思っています。

私はよく逆算をして考えるんです。「5年後、10年後どうなっていたいか」「10年後の自分が後悔する選択を、いまの自分はしない」と。いまここで頑張る意味は、誰のためでもなく、未来の自分にバトンを渡すためです。60歳になった自分に「あの時、なぜやらなかった」とガッカリされるのは嫌じゃないですか。

始めてみて、向いてないと思ったら途中で辞めたっていい。やりっぱなしでも誰も責めません。一つひとつ始めることに、いちいち重い責任なんて持たなくていい。やってみて面白いと感じたなら、それは自然と深まっていくだけだから。あんまり堅苦しく考えずに、新しい自分と出会うファーストステップとして、「とりあえずやってみる」のがいいと思います。

———最後に、相川さんにとって「学び直し」とは、これまでの自分を変えて別の道へ進むことなのでしょうか?

相川:自分自身が知らない自分を認識することだと思います。そもそも音楽という帰る場所があるからこそ、研究者として学会で発表するなんて無謀なチャレンジができる。そして学会で得た高揚感を持って音楽のステージに戻ってくると、多少のトラブルには動じない強い自分になっているんです。

新しい世界を持つことは、元いる世界を捨てることではなく、元いる世界の景色をもっと豊かに、濃くすることだと実感しています。

ヘアメイク:RYO
スタイリスト:Ryoko Kishimoto

衣装:ネックレス ¥231.000、イヤカフホワイトゴールド ¥114.400、イヤカフゴールド ¥114.400、右手のホワイトゴールドリング ¥220.000(全てMayuCo. @mayuco_officicial)、アイスグレージャケット、アイスグレーパンツ ¥68200(全てY's ワイズ プレスルーム 、TEL:03-5463-1540)

HPについて
HP Inc.(NYSE: HPQ)は、Future of Workを再定義するグローバルテクノロジーリーダーです。180以上の国と地域で事業を展開し、ビジネス成長とプロフェッショナルとしての充実を支える、革新的でAIを活用したデバイス、ソフトウェア、サービス、サブスクリプションを提供しています。
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プロフィール
相川七瀬 (あいかわ ななせ)

1975年生まれ、大阪府出身。1995年に「夢見る少女じゃいられない」で歌手デビュー。1stアルバム『Red』で女性ロックボーカリスト初のオリコン初登場第1位を獲得する。「恋心」「トラブルメイカー」をはじめ数多くのヒット曲を放ち、2025年にデビュー30周年を迎えた。音楽活動の傍ら、40代から「学び直し」をスタート。高卒認定試験を経て45歳で大学へ入学し、2024年3月の卒業後は同大学院にて民俗学の研究に励んでいる。



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