即興ハードコアから現代アートへの転機点 毛利悠子インタビュー

パタパタと床を移動するハタキ、部屋のあちこちでチーンと鳴る鐘の音、開閉を繰り返すブラインド……。美術館やギャラリー、歴史的建造物まで、展示空間の固有性を読み取り、それを身近な日用品からなる装置や楽器の組み合わせによって観せてきた毛利悠子。彼女も参加するグループ展『スペクトラムーいまを見つめ未来を探す』が、9月26日より表参道・スパイラルで開催される。

昨年は『ヨコハマトリエンナーレ2014』や『札幌国際芸術祭2014』『フェスティバル/トーキョー14』など、国内の大規模な展覧会やイベントに立て続けに参加。活動の場を広げる気鋭のアーティストだが、そのスタイルは一昼夜に築かれたものではない。大学時代の音楽への没頭、コンピュータープログラミングを通したメディアアート的活動を経て、小さな装置たちによる有機的なインスタレーション作品へ。その変遷の中にある、思考と一貫性とは何か。また近年、頻繁に口にされる「都市鉱山」への関心とは? 約半年間におよぶニューヨーク滞在を終えて、帰国したばかりの彼女に訊いた。

学生の頃は自己形成の時代でしたから、もっと面白い音楽を知りたいという思いと並行して、現代アートも自然に入ってきた。

―半年間のニューヨーク滞在帰りでお疲れのところ、ありがとうございます。

毛利:いえいえ、昨日帰国したばかりなんです(笑)。

―今日は、毛利さんの日用品を使った不思議なインスタレーション作品の成り立ちについて、これまでの歩みと共に伺えればと思いますが、大学時代、アート作品を作られる前は音楽活動をされていたんですよね?

毛利:神奈川の藤沢出身なんですが、若い頃は、いわゆる現代アートに触れる機会のない環境で育ったんです。一方、東急ハンズや無印良品の1号店があったり、マニアックな音源を扱うレコード屋が充実していたり、アート以外のカルチャーは身近にありました。それで大学入学後、ブライアン・イーノがプロデュースしたコンピレーションアルバム『No New York』(1978年)に出会って、アート・リンゼイが在籍していたバンド「DNA」に刺激を受けたんです。

毛利悠子
毛利悠子

―『No New York』は、1970年代後半のニューヨークで「ノーウェーブ」という音楽シーンが生まれるきっかけを作ったコンピレーションですね。当時はアートスペースで実験的な音楽を演奏するバンドが多かったとか。

毛利:「DNA」のドラマーのイクエ・モリさんが楽器の素人だったというのも衝撃的で、「だったら、私もやってみよう」と、吹いたこともないトランペットを手にとって、短い曲を演奏する即興ハードコアバンドに参加したんです。今思えば、手練手管のミュージシャンと一緒に、マイルス・デイヴィスかフリージャズミュージシャンかのような気分になって無茶苦茶やらせてもらい、それはそれで楽しい音楽だったのではないかと(笑)。

―10代の女子が、いきなりフリージャズというのもすごいですね(笑)。でも、出会ったばかりの楽器、鳴らされたばかりの音にリアクションするというのは、現在のインスタレーションにも通じているのかもしれませんね。

毛利:そうですね。基本的に鍛錬が苦手な人間なんです(笑)。このバンド活動に限らず、大友良英さんやジム・オルークさんの作品に触れてみたり、ドレッドヘアーだった頃、道に座り込んでジャンベを叩いてみたり、音楽には幅広く関心を持っていました。

―音楽家・アーティストとして活動されている梅田哲也さんや、オシリペンペンズのメンバーとも当時から交流があったそうですね。特に梅田さんはサウンドインスタレーションも手がける作家ですが、音楽に浸かっていた毛利さんがアート作品を作り始めたのは、彼らとの出会いも大きかった?

毛利:大阪芸術大学に通っていた彼らとは、沖縄の自動車免許合宿で知り合いました。そこから交流が始まったのですが、アート作品を作りはじめたのは、大学でメディアアーティストの三上晴子さんのゼミに入ってから。三上さんや、同じく教授の久保田晃弘さんに教えてもらったサウンドインスタレーションという表現に、すごく親近感を持ったんです。

3331 Arts Chiyoda『DOMMUNE University of the Arts -Tokyo Arts Circulation-』毛利悠子 展示風景
3331 Arts Chiyoda『DOMMUNE University of the Arts -Tokyo Arts Circulation-』毛利悠子 展示風景

―当時、2000年代前半は「音楽ではなく、現象としての音を聴く」という視点が一種のムーブメントのように盛り上がった時代だったと記憶しています。音楽家では大友良英さん、論者では佐々木敦さんなどが代表的でした。

毛利:ええ。当時、「noton」というレコードレーベルを運営していたカールステン・ニコライが美術家ともミュージシャンとも分かちがたい領域の作家として展覧会を開いたり、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で『サウンド・アート―音というメディア』という展覧会が開かれたり、そうした動きが同時にボコボコと発生した頃でした。美術の教科書で見ていたアートと違い、サウンドインスタレーションは、授業で学んだことがすぐに自分でも体験できることが大きかった気がします。エリック・サティが1920年に発表した“家具の音楽”のような環境音楽的な視点も、あらためて見直された時期でしたよね。

―そこでバンド活動から、「音」をより原理的に問い直すサウンドインスタレーションへと、興味が移っていったわけですね。

毛利:学生の頃は自己形成の時代でしたから、もっと面白い音楽を知りたいという思いと並行して、コンテンポラリーアートも自然に入ってきたんです。あと1つ大きかったのは、大学3年のときに初めて行ったニューヨークでの体験。美術館や当時台頭していたオルタナティブスペースを観て回って、音楽、アート、ファッションなど、さまざまなジャンルがシームレスにつながっているシーンのあり方に驚いたんです。帰国後、すぐに自分でも作品を作りはじめました。

―どんな作品だったんですか?

毛利:大学のゼミで、アメリカの思想家バックミンスター・フラーが考案した「フラー・ドーム」を作る課題があって、でき上がった2メートルくらいの半球状のドームに、秋葉原で入手したたくさんのスピーカーをバラしてコラージュしました。当時「Max/MSP」というソフトウェアでプログラムを組んで、音をコントロールすることが大流行していて、その使い方を先生に教わりながら、環境音や声をサラウンドのようにスピーカーで流したんです。これが、私の初サウンドインスタレーションでした。

エリック・サティの“ヴェクサシオン”は、同じフレーズを840回繰り返すだけというクレイジーな楽曲。そこにエラーを持ち込むとどうなるんだろう?

―先ほどもエリック・サティの名前が挙がりましたが、その楽曲に着想を得た初期の代表作『ヴェクサシオン』シリーズも、学生時代の作品ですよね?

毛利:最初のドーム作品を作り終えた後、コンセプトもなく、ただ音を鳴らすだけの作品もどうかと感じはじめて、エラーやバグに関心が移ったんです。私のプログラミングは下手だから、完成だと思って実行しても、エラーがたくさん出てしまう。でも、そんなエラーの質感が面白く感じられて、コンセプトにしたのが『ヴェクサシオン』です。サティの同名曲は、同じフレーズを840回繰り返すだけというクレイジーな楽曲ですが、そこにエラーを持ち込むとどうなるんだろう? と思いついて。当時、サティが周囲で流行っていたので、「このアイデアは早くやらないと誰かが先にやってしまう!」という妙な焦りもあり(笑)、六本木の体育館を貸し切って同級生たちと実演しました。アップライトピアノの弦を思いっきり延ばして、押した鍵盤の振動を離れた体育館の壁でキャッチすることで、同じフレーズを演奏しても変化が生まれる作品です。

―その発展版が、いろんな美術館で展示された『ヴェクサシオン−c.i.p.(コンポジション・イン・プログレス)』(2005年)ですね。

毛利:はい。こちらはサティの“ヴェクサシオン”の楽譜を元にピアノで自動演奏を行い、展示室の環境音も含めてレコーディング。録音された音声データから自動的に楽譜を作り出し、それをもう一度ピアノで自動演奏する……を840回繰り返す作品です(笑)。この作品をきっかけに、山口情報芸術センター[YCAM]やICCなど、美術館での展示をさせていただきました。

『ヴェクサシオン−c.i.p.(コンポジション・イン・プログレス)』(2005年) 山口情報芸術センター[YCAM]展示風景

―そうしたコンピューターを軸にした初期のメディアアート作品から、現在の日用品を使ったインスタレーションへの移行には何があったのですか?

毛利:考え方は特に変わっていないのですが、メディアアートは機材にせよ、制作チームにせよ、とにかくお金がかかるんです(笑)。あと、鑑賞者がコンピューターに対して距離感を抱いていると感じたことも大きかった。「コンピューターのことわかりません」「エラーって何? 怖い」みたいな反応が時々あって。私は「機械が間違いを起こすことの愛らしさ」も面白いと思っていたのですが、そこがちゃんと伝えられているのか疑問に感じることがありました。

―そこで身近な材料を使って、手作業でモノを作り上げる方向に向かった。

毛利:そうです。そうやって作った装置類たちで、2010年に3つのノンプロフィット(非営利)のギャラリーや多目的スペースで立て続けに3回の個展を行いました。無名だった私のわがままをスタッフの方々が楽しんでくださったのを、今でも本当に感謝しています。とにかく自分のやりたいこと、思いついたことを全力で詰め込みました。そうしたら、この3つの個展を大友良英さんがすべて観てくださって、水戸芸術館の展覧会『アンサンブルズ2010――共振』に誘ってくれたんです。これは私も含めて10名の作家やエンジニアが集まって、200個以上の装置を空間に音を鳴らす展示。バラバラな装置がランダムに音を発しているにもかかわらず、会場全体が1つのオーケストラ的空間のように共鳴し合っていて非常に新鮮だったし、自分のやりたいことを美術館でできたという意味でも大きかった。2010年は自分にとってのターニングポイントだったと思います。

3つのノンプロフィット(非営利)のギャラリーや多目的スペースで立て続けに3回の個展を行う(2010年)

―一方で毛利さんのように、いわゆる「現象」を扱う作品には、特有の難しさがあるとも感じます。「ハタキがパタパタしている」「鐘がチーンと鳴っている」「ブラインドが開閉している」という出来事を展示しても、観る人によっては「ただそれだけのこと」に映るのではないか、と。

毛利:最近、そのことをすごく意識していて、作品を通して、ある具体的な歴史やストーリーを浮かび上がらせる手法を試したりもしています。たとえば、『札幌国際芸術祭2014』で展示した『サーカスの地中』もそうです。この作品は2会場で展示されたのですが、その1つの「清華亭」は、明治天皇が北海道を訪れた際の休憩所として建てられた歴史的な建造物。その建物が重層的に持つ意味を、インスタレーションを介して観せることで、鑑賞者の空間に対する経験のかたちを変化させようと試みました。重要なのは「清華亭」を資料的に調べるのではなく、鑑賞者それぞれが自分なりの方法で理解することです。ストーリーと作品を紐づけることで、単なる現象や知識以上の体験を感じてもらえるのでは、と思っています。

―過去のインタビューで、「世界を見る視点を作品化している」とおっしゃられていましたが、それは今の話と関係していますか?

毛利:近いと思います。作品とは、ある一般的な問いに対する特殊な解なのだと考えています。たとえば、これは個別具体的すぎるかもしれませんが、地面にお金が落ちているのを見て、「自動販売機の近くだからか」と気づいたり、ゴミの空き缶を眺めていたら発泡酒の缶が多くて、「この地区は日雇い労働者が多いからか」と気づいたり。そういった細かい経験の積み重ねが、意外と私の作品には詰まっているんです。

自然か、人工か、という問い自体、そもそも二項対立ではありえないはず。こういった新しい自然観に、今とても興味があります。

―9月26日から表参道・スパイラルで開催される『スペクトラム―いまを見つめ未来を探す』展では新作展示をされるそうですが、どのような作品になりそうですか?

毛利:私は長いギャラリースペースをまるごと使わせていただけそうなので、そこに使われなくなった街路灯や空き缶を持ち込んで、インスタレーションを作りたいと考えています。最近、私の中で持続したテーマになりつつある「都市鉱山」に沿った作品になりそうです。

『スペクトラム―いまを見つめ未来を探す』展 出展作家:毛利悠子 参考作品『アーバン・マイニング──「春の祭典」のための』(2014)東京芸術劇場ホワイエ Photo:Yohta Kataoka
『スペクトラム―いまを見つめ未来を探す』展 出展作家:毛利悠子 参考作品『アーバン・マイニング──「春の祭典」のための』(2014)東京芸術劇場ホワイエ Photo:Yohta Kataoka

―「都市鉱山」とは、どういったものでしょうか?

毛利:じつは、飲み屋で偶然隣同士になったおじさんが「都市鉱山ビジネス」を経営していて、教えてもらったのがきっかけでした(笑)。(スタジオの素材置き場を案内しつつ)これが大量の空き缶をブロック状に固めたものです。あるいは、いらなくなったケーブルやコンピュータートラッシュの山とか。こういったものを「都市鉱山」と呼んでいます。

空き缶をブロック状に固めたもの
空き缶をブロック状に固めたもの

―毛利さんにとって「都市鉱山」とは、ふだん見過ごしている人工物そのものを具体的に示す言葉なんですね。

毛利:去年、青森に行った際、廃品の集積場になった山と、樹木の生い茂った普通の山の間に挟まれた道を通ったのですが、「自分たちにとっての自然(ネイチャー)とは、どっちなんだろう?」と考えさせられたんです。で、東京に帰ってきて「今、街中の古い街路灯をめちゃくちゃ切っているんです」というおじさんの話を聞いたとき、それはもはや林業みたいなものなんじゃないかと感じたわけです。むしろ、どれだけ伐採しても次から次へと生まれてくる廃品のほうが、今のわれわれにとっては「自然」なんじゃないか、と。

―たしかに資源を伐採しているわけですもんね(笑)。展覧会全体のテーマである「スペクトラム(情報を成分に分解し、一定のルールに従ってグラデーション配列したもの)」についてはいかがですか?

毛利:さっき話していた「ゴミ」と「資源」の境界の曖昧さも、一種のスペクトラムなのかな、と。自然か、人工か、という問い自体、そもそも二項対立ではありえないはずですよね。自然はどこまでも人工的であり、人工物はいつの間にか自然と化している。私はいつも、この二項のあわいの問題に向かってきたつもりです。これはおそらく新しい自然観であって、今とても興味があります。広い展示スペースを与えてもらったので、大きな規模の作品にしたいと思います。

『スペクトラム―いまを見つめ未来を探す』展 出展作家:榊原澄人 参考作品『Solitarium』(2015)イメージドローイング
『スペクトラム―いまを見つめ未来を探す』展 出展作家:榊原澄人 参考作品『Solitarium』(2015)イメージドローイング

ジャーナリストになりたいわけではないですが、さまざまなレイヤーから身のまわりの環境を見ることは大事だと思います。

―都市ということでは、ニューヨークと東京で、どんな違いを感じましたか?

毛利:ニューヨークの面白さはたくさんありますが、その1つはあちこちにインベンション(発明)があること。各部屋の暖房を一元管理するセントラルヒーティングや、それと連動したスチーム用の地下パイプなど、日本にはないシステムがたくさんある。だけど一方で、いまだに木の電信柱は立っているし、道路もボコボコだし、19世紀の建物も残っている。もちろん地震が少ないという「理由」があるんですけど、エレベーターのメンテナンスが行き届いておらず、フロアと少しズレて止まったりするのは、日本人の感覚からすると怖いですよね。詳しくは、「boidマガジン」に連載していたエッセイを読んでいただければ幸いです(笑)。

『スペクトラム―いまを見つめ未来を探す』展 出展作家:高橋匡太 参考作品『ライティングプロジェクション』(2013)豊田市美術館 Photo:Seiji Toyonaga
『スペクトラム―いまを見つめ未来を探す』展 出展作家:高橋匡太 参考作品『ライティングプロジェクション』(2013)豊田市美術館 Photo:Seiji Toyonaga

『スペクトラム―いまを見つめ未来を探す』展 出展作家:栗林隆 参考作品『INVISIBLE』(2013)Chelsea College of Art and Design, London UK
『スペクトラム―いまを見つめ未来を探す』展 出展作家:栗林隆 参考作品『INVISIBLE』(2013)Chelsea College of Art and Design, London UK

―ニューヨークでは機械仕掛けな部分がむき出しになっているんですね。東京でエレベーターに乗っていても、良くも悪くも機械の中にいることはあまり意識されません。その漂白された経験が、ニューヨークでは露出している。

毛利:そうだと思います。たとえば、ゴミの処理技術にしても、日本は非常に高度に発達していると「夢の島」(東京都江東区のゴミ埋め立て地)を見学してわかりました。夢の島の近所の人たちは長年、ゴミ処理場の悪臭に悩まされていたのですが、2001年くらいを境に明らかに臭いが減っているそうです。そういった、大量のゴミを土台として新たに埋め立てられた、いまだに番地も丁目も与えられていないアノニマスな場所が、『東京オリンピック』の会場になるというから驚きです。

―都市の表層だけを見ていたら、無機質な世界で快適に暮らしているようですが、実際には先ほどの都市鉱山の話も含め、膨大な物のサイクルや連鎖で都市が動いている。

毛利:このテーマは掘ろうと思えば、まだまだ掘れると思います。ジャーナリストになりたいわけではないのですが、さまざまなレイヤーから身のまわりの環境を見ることは大事ですよね。今回の展示も、そうした1つの視点を感じてもらえるものになればうれしいです。私も、この作品の可能性を、もっと踏み込んで考えをめぐらせているところです。

―ニューヨークでは展示もされたんですか?

毛利:グループ展に参加しました。街で集めた「モノ」で小さな装置をいくつか作って展示したのですが、面白い反応をたくさんいただけて。向こうの鑑賞者からすれば観たこともない種類の作品だったらしく、「なんでこういうことを思いついたの?」と。基本的に私の作品を肯定的な意味で「ナンセンス」だと思って観てくれたようですが、そういった思わぬ反応が心地良かったりもしました。一方で来年、ニューヨークのギャラリーで展覧会を行う予定なのですが、いつまでも「ナンセンス」と思われていても仕方ないので、作品の基盤にある考えを理解してもらうための文脈を作りなおす必要性も感じました。そう思うに至ったことが、今回の滞在の大きな収穫です。

―それが直近の課題になりそうですね。

毛利:すくすく作品を作っていくためには、ときに覚悟を持って文脈を作り出さないといけない。何年かかるかわかりませんが、これから先、のびのびとやるためにも、責任をとらなければいけない時期なのだと思っています。

イベント情報
スパイラル30周年記念事業展覧会
『スペクトラム―いまを見つめ未来を探す』

2015年9月26日(土)~10月18日(日)
会場:東京都 表参道 スパイラルガーデン
時間:11:00~20:00
出展作家:
栗林隆
榊原澄人
高橋匡太
毛利悠子
料金:無料

プロフィール
毛利悠子 (もうり ゆうこ)

1980年神奈川県生まれ。日用品と機械とを再構成した立体物を環境に寄り添わせ、磁力や重力、光など、目に見えない力を感じ取るインスタレーション作品を制作する。近年の主な展覧会に『ヨコハマトリエンナーレ2014』(横浜美術館、2014年)、『札幌国際芸術祭2014』(清華亭 / チ・カ・ホ、2014年)、『Unseen Existence』(Hong Kong Arts Centre、2014年)、『おろち』(waitingroom、2013年)など国内外多数。2015年春よりアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)の招聘でニューヨークに滞在

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