あらゆる角度から窓を考える「窓学」とは? 五十嵐太郎に訊く

窓学。この聞きなれない学問を提唱する「窓研究所」とは、窓の製造で知られるYKK AP株式会社による、ユニークでインディペンデントな研究機関である。同機関の設立から4年、そして窓学のスタートから10年を迎えた今年。その研究成果を振り返る窓学10周年記念『窓学展―窓から見える世界―』と、『窓学国際会議―窓は文明であり、文化である―』が間もなく開催されることとなった。今後ますます発展していくであろう窓学の世界をおし拡げる、実験的で意義に満ちた催しになるであろう!

……しかし冷静に考えてみれば「窓学ってなに?」というのが一般的な認識でもある。一戸建てにせよ、マンションにせよ、アパートにせよ、建物に住んでいる限り窓のある生活はいたって当たり前すぎて、改めて「窓とは何か?」と考える機会はまれだからだ。

そこで今回、総合監修者として窓学の立ち上げに関わり、今回の『窓学展』にも総合監修として参加する建築史・建築批評家の五十嵐太郎に、改めて窓学と窓について訊いてみることにした。知っているようで知らない窓の世界へいざ!

※この記事は『窓学アーカイブ vol.1 2007-2010』(YKK AP株式会社 窓研究所)と『窓から建築を考える』(彰国社)を参考にしています。

建築と彫刻の違いは「開口部があるかないかだ」。

「窓は文明であり、文化である」。これは、窓学の誕生時に掲げられたステートメントだ。どこにでも当たり前にある窓を、人類全体にかかわる文明、そして文化に結びつける思想は途方もなく壮大だが、しかしけっして的外れとは言えない。五十嵐はこのように語る。

五十嵐:そもそも窓学が立ち上がったのはYKK AP社からの依頼がきっかけで、窓を製造する企業が「窓について考えましょう」という、とってもシンプルなところから始まっています。

でも、実際に窓のことをいろいろ考え始めてみると、これまで建築の勉強をしてきたにもかかわらず、なぜ自分は窓に特化して考えたことがなかったんだろう……と思うぐらい、多面的で深い発見が次々とありました。

フランク・ゲーリー(精緻な構造解析と新素材の使用で、有機的な建築を設計したカナダ出身の建築家)は「建築と彫刻の違いはなんですか?」と問われ「開口部があるかないかだ」と答えたそうです。開口部とは、つまり窓のこと。ひとつの塊、という意味では彫刻も建築も同じカテゴリーに分類できます。ですが、窓の存在は、その物体には内部空間があることを示します。建物の外の表情を決定づけたり、内部空間の存在を暗示するのが窓であり、建築を建築たらしめる本質的な条件のひとつが、ずばり窓なんです。

五十嵐太郎
五十嵐太郎

建築における窓の重要性をふまえ、窓学の参加研究者も、小玉祐一郎、千葉学、塚本由晴、手塚貴晴、原広司ほか、建築の第一線で活躍する顔ぶれが揃った。そして、それぞれの関心ごとに、窓に対する多様なアプローチを始めていった。

五十嵐:例えば、塚本由晴研究室は「窓のふるまい学」をテーマに選びました。窓があることで、その周辺では人はどのように振る舞い、どんなアクティビティーが起こるのか。例えば窓があると、人は思わずその外を眺めたり、窓辺に佇んだりしますよね。そういった身振りからも、窓の文化を考えることができるんです。

塚本由晴は、『窓学アーカイブ vol.1 2007-2010』所収の「窓のふるまい 1」のなかで次のように述べている。

それぞれの地域における気候風土、文化習慣の違いが、窓まわりにどのような違いを生むか、文化人類学的なテーマに関心がありました。まず、窓は技術や建築意匠の問題である前に、それぞれの地域での人々の生活のスキル=「ライフスキル」が形態化した物であるという仮説を立てました。

この仮説のもとに、塚本はヨーロッパ、アジア、アメリカの地域を対象にリサーチを進め、窓や建具の形式が人の振る舞いと相互的な関係を持つという考えに至る。

例えば、スリランカの『ルヌガンガの邸宅』(ジェフリー・バワ設計)に見られるように、トルコやスリランカでは、人は窓に「背を向けて」、大勢が集まって座るように設計されている。あるいは、アメリカの『エクセター図書館』(ルイス・カーン設計)が、パーテーションを組み合わせた個人スペースを窓辺につくっているように、欧米では窓に対して「横を向く」事例が多い。もちろん、それぞれの地域にはそれ以外のバリエーションも多くあるが、土地ごとの文化・宗教・生活習慣に適応するかたちで、窓が配置されている例は非常に多い。

『ルヌガンガの邸宅』(ジェフリー・バワ設計)©東京工業大学 塚本由晴研究室
『ルヌガンガの邸宅』(ジェフリー・バワ設計)©東京工業大学 塚本由晴研究室(サイトを見る

『エクセター図書館』(ルイス・カーン設計)©東京工業大学 塚本由晴研究室
『エクセター図書館』(ルイス・カーン設計)©東京工業大学 塚本由晴研究室

このようなリサーチを積み重ねていくと、人類が築き上げてきた文明や文化の反映として、窓がつくられてきたことがわかる。まさに「窓は文明であり、文化である」のだ。

小さなパーツである窓から、想像と思考が広がっていくことこそが「窓学」の醍醐味

多様な窓リサーチが進むなか、五十嵐自身はどのような研究を選んだのだろうか?

五十嵐:最初に取り組んだのは「窓の歴史学」です。窓の起源はいつなのか、現在につながるガラス製造の技術はどこで生まれたのかなどを年表にまとめていきました。そうすると、例えば紀元前4000年頃のメソポタミアではガラスが使われていたらしいという記述を見つけたり、さらに世界最古の板状ガラスがつくられたのが西暦79年以前のポンペイであったことがわかったりする。ベスビオ火山の噴火に呑み込まれて一夜にして滅んだ、イタリアの古代都市ですね。

このようにして歴史を知ろうとすると、そのままの姿で窓やガラスが現存している例は非常に少ないですから、資料である文献や絵が頼りになります。そして、そこから次のテーマである「窓の表象」へと発展していったのです。

五十嵐太郎

表象とは、おおまかに言えば「イメージ」のこと。オランダの画家ヨハネス・フェルメールの有名な絵画『牛乳を注ぐ女』は、ツボから器へと牛乳を注ぎ替える女性が描かれているが、その左側には格子窓があり、まだ人工照明が発達していない時代だからこそ、自然光によって、ありふれた生活の情景を劇的に変化させている。窓の存在によって、絵画のイメージは特徴付けられているのである。

Johannes Vermeer - De melkmeid 『牛乳を注ぐ女』
Johannes Vermeer - De melkmeid 『牛乳を注ぐ女』

五十嵐:写真や映像がなかった時代の窓を知るために、絵画は有効な歴史資料になります。例えば、16世紀ドイツの画家アルブレヒト・デューラーの銅版画『書斎の聖ヒエロニムス』でも、やはり左側に窓が描かれていますが、ここで設えられているのは「ロンデル窓」です。

ロンデル窓とは、瓶底のような円形のガラスを金属の枠にはめて連結させたもので、大きな一枚ガラスをつくる技術がなかった頃の主要な窓の一つです。『書斎の聖ヒエロニムス』には、ロンデル窓がかたちづくる印象的な影のかたちまでが丁寧に描写されていて、描き手であるデューラーが、美的なものとして窓と影を捉えていたことが察せられます。

アルブレヒト・デューラーの銅版画『書斎の聖ヒエロニムス』を見ながら
アルブレヒト・デューラーの銅版画『書斎の聖ヒエロニムス』を見ながら

4世紀に活躍した神学者ヒエロニムスは、聖書研究に大きな足跡を遺した偉人として知られる。その聖人が、研究に打ち込むなかでインスピレーションを得た瞬間を捉えたかのようなこの銅版画では、光と、光を室内に導き入れる窓は大きな役割を担っている。『書斎の聖ヒエロニムス』は、建築史の貴重な資料としてだけでなく、窓が絵画空間において象徴的な役割を演じていることを教えてくれる。

五十嵐:窓を描いた画家といえば、シュルレアリスムを代表するルネ・マグリットの『田園の鍵』も有名です。割れた窓、その下には粉々になったガラスが散乱していますが、その表面には外の風景が張り付いたままになっています。これはもちろん現実にはありえないシュールな風景ですが、窓と絵画はいずれも室内に異世界をもたらすフレームであることをふまえた批評的な作品になっています。

ルネ・マグリットの『田園の鍵』を見ながら
ルネ・マグリットの『田園の鍵』を見ながら

五十嵐:窓の基本的な機能として、視線を建物の内から外に誘導したり、逆に外から内に誘う役割があります。これをふまえて、室内にいる女性を窓から覗き込む男性のイメージはよく登場します。

あるいはさらに歴史を遡ると、古代ローマの壺に、外で決闘する2人の男と、それを窓の内側から見守る女性像が描かれていたりする。こういった「外 / 内=男 / 女」という関係性は、「窓辺にたたずんで外を眺める女性像」といった定番の主題となって現在まで続いています。これも、窓をめぐる文化史の一つと言えるでしょう。

この他にも、五十嵐は『ドラえもん』『サザエさん』『こちら葛飾区亀有公園前派出所』を研究対象に、漫画における窓の表象も研究している。のび太が二階の窓からタケコプターで出入りする振る舞いは、SF的な想像力によって窓を「出入り口」に読み替えたものであるし、アクション漫画でもある『こち亀』では、破壊される対象として窓を効果的に活用することで物語を突き動かしていく。

このように、なんの変哲もない窓から、さまざまに想像と思考が広がっていくことこそが、「窓学」の醍醐味なのだ。

窓での人の振る舞い、視覚にフォーカスしたインスタレーションの展示

これらの10年間に及ぶ多彩な研究をふまえ、研究者、建築家による研究展示と、現代美術のアーティストらによる作品展示を合わせたものが、『窓学展』である。同展の見どころについて訊ねた。

五十嵐:窓と、それに類する事物に関心を持つアーティストの作品は、やはり大きなポイントですね。金沢21世紀美術館のプールの作品『スイミング・プール』で人気のレアンドロ・エルリッヒさんは、会場である表参道スパイラルの円形の空間に『Window & Ladder』を展示します。

レアンドロ・エルリッヒ〈Window & Ladder - Too Late to Ask for Help〉2008 © Lorenzo Flaschl, Courtesy of Galleria Continua
レアンドロ・エルリッヒ〈Window & Ladder - Too Late to Ask for Help〉2008 © Lorenzo Flaschl, Courtesy of Galleria Continua

五十嵐:何もないところに突然はしごと窓を出現させる同作は彼の代表作ですが、窓の持つフィクショナルで物語的な側面を強く印象付けてくれます。

窓学に参加している建築家の原広司さんは、「窓のものがたり学」というテーマで、グリム童話や宮沢賢治作品などに登場する窓の描写を抽出して、物語のなかで窓がどのような展開、想像力を駆り立てるかを研究し、データベース化していますが、物語には窓から人が出入りするモチーフがしばしば認められ、これはエルリッヒさんの表現とも共鳴しています。

展覧会に先駆けて、エルリッヒさんと原さんの対談を収録したのですが、原さん流のラテンアメリカの文化論やシュルレアリスムの分析を通じた「エルリッヒ論」が展開していて大変面白かったです。その模様を収めた映像も会場で見ることができます。

窓研究所のウェブサイトで「窓と写真」を連載するホンマタカシも出品する一人。2015年より研究者として窓学にも参画し、写真家の目線から、写真史の中でどんなタイプの窓があるのかを類型学的に分析し、研究している。

展示会場である表参道スパイラルの模型を使って、説明する様子
展示会場である表参道スパイラルの模型を使って、説明する様子(『窓学展』のオフィシャルサイトを見る

五十嵐:英語でWindowは、多くの場合「by」「with」「through」といった前置詞とともに使われますが、ホンマさんのリサーチでは、それを基準に写真における窓の表象を分類していました。今回の展示では、ル・コルビュジエのラ・トゥーレット修道院の窓と空間を題材にしたインスタレーションになる予定です。そして、鎌田友介という若手アーティストにも注目です。彼は金属でつくったフレーム、窓を思わせるかたちを用いて、建築的にも興味深い彫刻表現に取り組んでいます。

三名のアーティストの展示に加え、過去10年にわたる窓学の研究成果も展示するという。その一つが、小玉祐一郎による『窓の環境制御学』だ。

五十嵐:近代以降、冷房などの空調装置が発達して、外から外気や風を招き入れるものとしての窓の進化は足踏みしている印象があります。小玉さんは、それを改めてリサーチし、すべて機械に頼るのではないサスティナブルな空間のあり方を提示しています。

建築史家の村松伸さんと建築家の六角美瑠さんは「窓の進化系統学」という大きなテーマを。そして、大阪の国立民族学博物館の佐藤浩司さんは民族学の見地から研究の手法を展示します。彼は建築出身で民族学を展開する異色の研究者です。窓をめぐる、多様な思考・表現に触れていただくことができる展覧会になるのではないかと思います。

五十嵐太郎

五十嵐が驚いた「建築よりも大きい窓」とは?

少し話はずれるが、先日Appleから「iPhone Ⅹ」が発表されて話題を呼んだ。さまざまな新機能が加わって全世界のAppleファンの心は色めき立っていたようだが、個人的に興味深かったのは前面すべてがタッチパネル化されたことだ。

ホームボタンなどのインターフェイスが取り除かれたことで、情報にアクセスするディスプレイ=世界を覗く窓としてのスマートフォンの視覚的・体験的な埋没度は、よりいっそう高まるはずだからだ。パソコンの画面が「Window(窓)」に喩えられるように、人類はいまだかつてないほど無数の窓(的なるもの)に接し、日々を過ごしている。「窓の時代」とも言える2017年以降、建築における窓はどのように変化するのだろうか?

五十嵐:とても面白い例があります。建築家の、増田信吾+大坪克亘が設計した『躯体の窓』は、建築よりも窓の方が大きいんです。

建築よりも大きな窓が、建築物に付随している? どういうことだろう?

五十嵐:もとからあった矩形の建物をリノベーションした作品なのですが、ようするに、もとの建物の前面が巨大な格子窓で覆われているんです。見た目には幾何学的でモダンな建築に見えるけれど、じつはそれは窓である。壮大なギャグのようでもあるけれど「なんだこれは!」とたまげました(笑)。ここ数年で、いちばん驚いた作品です。

『躯体の窓』©高橋マナミ
『躯体の窓』©高橋マナミ(サイトで見る

光や風を招き入れる開口部として機能する、「建築を建築たらしめる本質的な条件」の一つであった窓。その常識を打ち破るかのような、『躯体の窓』の大きな窓は、「窓とは何か?」という窓学が取り組んできた問いに向かって、さらに挑発的な問いを投げかけているかのようにも思える。あるいは、空間の条理をぐにゃりと歪ませてみせたマグリットの絵画的冒険とも響きあうものとも言えるだろうか?

今回のインタビューの後、窓研究所が開発中のVR映像を体験させてもらうことができた。それは、世界の有名建築の窓辺を体感できるVRの第一作として、ル・コルビュジエが両親のためにフランス・レマン湖畔につくった『母の家』の一部を再現したものだ。ヘッドマウントディスプレイを介して覗く仮想空間のなかで、実際に窓を開けることができる体験は、視覚だけでなく、自らの振る舞いと、窓との関係を改めて考えさせてくれるものだった。

今のところ、生活空間における窓は最初から施工されたもので、住人が気軽につくったりすることのできるものではない。だが、こうやって窓の位置や開け閉めの感覚をシミュレーションすることで、自分と窓とのアクティブな関係を考える機会を持つことはできる。その先にあるのは、人と窓との、新しくて心地よい関係なのかもしれない。窓学は、そんな可能性へも開かれているのだ。

イベント情報
窓学10周年記念
『窓学展―窓から見える世界―』

2017年9月28日(木)~10月9日(月・祝)
会場:東京都 表参道 スパイラルガーデン
時間:11:00~20:00
出展作家:
レアンドロ・エルリッヒ
鎌田友介
ホンマタカシ
ほか
料金:無料

プロフィール
五十嵐太郎 (いがらしたろう)

1967年、パリ生まれ。1990年、東京大学工学部建築学科卒業。1992年、東京大学大学院修士課程修了。博士(工学)。現在、東北大学大学院教授。あいちトリエンナーレ2013芸術監督、第11回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展日本館コミッショナーを務める。第64回芸術選奨文部科学大臣新人賞。『被災地を歩きながら考えたこと』(みすず書房)、『窓へ 社会と文化を映しだすもの』(日刊建設通信新聞社)、『窓と建築の格言学』(フィルムアート社)ほか著書多数。



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