画家・仙石裕美の自由な考えを象徴する「独特の遠近法」とは?

「自分が囚われている考え方をいったん捨て、身体を動かしてみたとき、新しい作品が生まれる」。そう語るのは、今回で6回目を迎えたコンクール『FACE2018』でグランプリを受賞した画家の仙石裕美だ。大胆な構図で、ピンク色の人物が縄跳びを跳ぶ瞬間を描いた受賞作には、この言葉にも通じる不思議な開放感がある。現在、同作も含む『FACE展2018』が東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館で開催されている。

「コンクールへの出品は35歳まで」と決めていたという仙石。自身の思考の癖からいかに自由になるかを考え、試行錯誤を続けてきた彼女は、その地道な制作の中で何を考え、どう変化をしてきたのか。そこで信じてきた、絵画特有のものの見え方の表現とは? これまでの歩みを語ってもらった。

自分自身に正直に、変化を受け入れて描こうと思いました。

—『FACE2018』でグランプリを受賞した仙石さんの『それが来るたびに跳ぶ 降り立つ地面は跳ぶ前のそれとは異なっている』。縄跳びのモチーフが印象的ですね。

仙石:制作の過程で、試行錯誤することがあります。考えて考えて、その先に「できた」と思う瞬間がある。でも、制作を続けていると、次に考えるべき課題がまた訪れる。けれど、勇気を出して跳んでみると、だんだんと跳び方がわかってきて次の段階に進めるようになります。その状況が縄跳びのようだと思って、絵のモチーフにしました。私の場合、その乗り越えるべきものは制作ですが、誰もがそうした試練を持っていますよね。

『FACE 2018』でグランプリを受賞した仙石裕美『それが来るたびに跳ぶ 降り立つ地面は跳ぶ前のそれとは異なっている』
『FACE 2018』でグランプリを受賞した仙石裕美『それが来るたびに跳ぶ 降り立つ地面は跳ぶ前のそれとは異なっている』

—跳んでいる人物の顔を描かなかったのには、理由があるのでしょうか?

仙石:絵には、見る人がそれぞれ自分を投影できる余地があった方がいいと思っていて。跳んでいる人物の顔をあえて外して描いていたのは、そのためです。楽しく跳んでいるのかもしれないし、必死なのかもしれない。なるべく広く捉えられるようにしました。

—今回の作品を描く上での「試練」とは?

仙石:この絵は1年くらい前に描いたものですが、ちょうど技法の上でもいろいろ変えたいと思っていた時期でした。いままでは、絵の具をずっしり塗り込む描き方をしていたんです。ただ、もっと絵の具を自由にさせることで、見る人の入り込む余地を残したり、描いている最中に絵が立ち上がる感動を共有できたりしないかなと。

仙石裕美
仙石裕美

—過去の作品と比べると、だいぶ「軽やかさ」のある画面になっていると感じます。

仙石:絵の具のフレッシュな状態を残したいと思ったんです。なので、描きながら考えるというよりは、置いて眺める時間を長く取っていましたね。

仙石裕美『世界の始まる日のサーカス』(2012年)
仙石裕美『世界の始まる日のサーカス』(2012年)

仙石:少し前に、私生活で父が急に亡くなるということがあって。そのことも、この絵を描く上で非常に大きな出来事でした。人生で一番というくらいにショックを受け、いままで通りには絵の具が使えない、絵の具の感触が「重い」と感じるようになったんです。

—お父さんは仙石さんにとってどんな存在だったんですか?

仙石:自分でも普段は意識しないくらい、根本的な支えになっていたのかな。父は文学博物館の学芸員で、家にいろんな画集や図版があったんです。小さいころからそれを見ていた経験もありましたし、私の活動をいつも励ましてくれていました。亡くなったときはこんなにも絵の具への感覚が変わるのかと、びっくりしたんですけど……。

だから、無理をしていままで通りの方法を続けないほうがいいと思って。その変化を受け入れようと思ったことが、今回の作品につながったのではないかと思います。ある意味で初心に帰るような感覚でした。絵の具が平面に置かれて図像ができてくることに改めて感動して、絵画のもつ力にすごく励まされました。絵がなかったら、もっと辛かったのではないかと思います。

仙石裕美

—絵の具の軽やかさの一方で、ピンク色の人物の身体は筋骨隆々で、どこか古典絵画も連想させます。哲学的なタイトルの後押しもあって、日常の瞬間であると同時に、時間を超えた雰囲気もある。不思議なバランスですね。

仙石:それは嬉しいですね。私にとってタイトルは、絵と同じくらい意味があるんです。もともと文学も好きなので、タイトルは言葉も使って表現やコミュニケーションができるツールだと思っていて。また、私はフランスへ留学をしたのですが、動機には古典絵画への関心がありました。とくに滞在中は西洋美術の身体表現にもとても惹かれていました。

私がずっと考えているのは、絵画の根底にあるものなんです。絵画ははるか昔から人が作って来たもので、いろんな場所でいろんなタイプの絵が描かれてきた。ただ、案外根底には、時代や性別を超えた共通する人間の思いがあるのではないかと思うんです。「人間が何を思って生きているのか」に興味がある。それはいつも、制作する上で一番追求したいテーマとしてあるものです。

『FACE展 2018』ポスター
『FACE展 2018』ポスター(サイトを見る

しっかり自分と向き合うと、人にも伝わると感じました。

—仙石さんは「コンクールへの出品は35歳まで」と決めていたそうですね。年齢で区切る発想が面白いと感じたのですが、そう考えたのはなぜだったのでしょうか?

仙石:25歳で学校を卒業してから、1年に1度くらいのペースで個展を開いたり、グループ展や海外のアートショーに参加したりしてきました。その中でコンクールというのは、私にとって社会に出てからの学びの場という思いがあったんです。なので、ある程度期限を区切って、いずれは卒業していくべきものかなと思っていました。

最初は「発表の場がほしい」「賞ももらいたい」という感じで応募し始めたんですけど、やり続けるうちに、他人の評価ではなくて自分で価値を決めていくことが大事と思えるようになった。10年間いろんな賞に応募して、私がコンクールを通して得たかったものは学べてきたと感じます。

たとえ評価が得られなくても、そこでもう一度自分に向き合って、信じることが大切というか。今回はとくに、作品そのものに成果を感じられた。その作品が受賞をできたことは本当に嬉しかったです。

仙石裕美

—その10年の間は、思い通りにいかないことも多かったですか?

仙石:多かったですね(笑)。私はなんと言うか、思い込みが強い方で。たとえば有名な賞があったら、「私もこれをもらうんだろう」くらいに思っていたんです。だから、最初のうちは選ばれないと、「なんでだろう」と落ち込んだり躍起になったりしていて。周りの人たちは、私がすごくコンクールに執着していると感じていたと思うんです(笑)。

—味わい深い話です(笑)。

仙石:もちろん、より良い作品を作りたいというのが大前提ですが、他人からの評価がすごく気になっていたんだな、といまは思えます。だから、周りの人たちも応援してくれる一方で、「あまりにも賞だけを目指すようにならないでね」と助言してくれて。

だけど、20代の真ん中くらいですかね、「自分はこれから社会の中で、作家としてどう制作に向き合っていくのか」と改めて真剣に考えることがありました。そのとき、不思議と初めて人からも良い反応が返ってくる感触があったんです。自分と向き合うと、人にも伝わると感じた経験でした。

自分に良かれと思ってかけたプレッシャーが足かせになることもあるんです。

—そうした自分と向き合ってできたと思う作品は何ですか?

仙石:とくにターニングポイントだと感じた作品が二つあって、ひとつは2010年に描いた『八番目の海』という作品です。これは、学生時代とは意識が変わったと実感できた作品でした。作家として表現していくのは、学校の中の狭い世界で自分がやりたいことをやっていくというのとは、当然だけど違っていて。見る人と絵をどう共有していけるのか。鑑賞する絵画を描く責任感みたいなものを感じた作品でした。

『八番目の海』(2010年)
『八番目の海』(2010年)

もうひとつは2014年に描いた、『林檎は落下するが月は空をまわり続け、そして我々は引き合っている』です。これは、もう一段腹をくくって、自分と作品に向き合っていこうと思った作品で。めずらしく夜遅くまで描いて、仕上がったときは明け方に近かったんですけど、すごく自分が作りたいものが作れた、見たことがないものが絵から出てきたという感じがあったんです。その感覚はすごく印象に残っています。

『林檎は落下するが月は空をまわり続け、そして我々は引き合っている』(2014年)
『林檎は落下するが月は空をまわり続け、そして我々は引き合っている』(2014年)

—『林檎は~』の天地逆さまの構図はこのときはじめて使ったんですか? 今回の縄跳びもそうですが、仙石さんの作品にはよくこうした浮遊感が現れますね。

仙石:そうですね。日常でのものの見え方とは違う、絵画だからこその空間を作ってみようと思いました。自分には、絵の具の使い方や表現の方法でも、「何かに囚われているかもしれない」という感覚があって。熱心に勉強したものほど足かせになることは多くて、「絵の具はこう使うべき」とか、「絵画はこうあるべき」とか……。年齢を設定したこともそうですが、自分に良かれと思ってかけたプレッシャーが足かせになることもあるんです。

いまもそうですが、そこをどう解放できるかをいつも考えます。飛んでいる場面などが多いのは、解放への憧れが大きいのかもしれません。作品が思うようにいかないときは、自分の考え方の癖からくることも多い。そういうときは、制作していても違和感があるんです。

—そうした場面に突き当たったときはどうされるんですか?

仙石:私、よく家で逆立ちをしてみるんですけど……(笑)。

—(笑)。

仙石:すごくすっきりするんです(笑)。昔、新体操をしていたのもあって、さっきの筋肉隆々にも通じるけど、身体と精神をハードとソフトに分けて考えているところがあるんだと思います。

本で得た知識ですが、東洋と西洋の身体観には違いがあって、東洋では身体と精神がリンクすると考えますが、西洋では身体と精神を別ものとして分ける。それは医学や美術にも通底する部分だと思いますが、私は体操をしていたことや留学していたこともあってか、身体が精神と同一視される「身」という概念よりは、物理的な造形物に近い感覚があるんです。

なので、制作をしていても、固まってムシャクシャするとハードである身体を使ってみる。たとえば逆立ちをしてみると、普段生活して見慣れている家の中も、違う場所に見えてくる。その身体感覚を伴った価値観の転換の面白さも、逆さまにして絵を描いてみようと思ったきっかけのひとつでした。

仙石裕美

自分の絵について、人からよく「遠近感が不思議」と言われることがあります。

—制作で悩んだとき、方程式を解くように頭で解決しようとする作家も多いと思いますが、仙石さんは具体的に身体を動かすことから可能性を探ってみるんですね。

仙石:「論理的に絵を作らないといけない」というのも、思い込みが強かったぶん、コンプレックスでした。とくに留学中はそうで、これまでの美術史を受けた回答として、作品を作らなければいけないプレッシャーがすごくあった。

でも、あまり考えすぎると、それがストッパーになっていく感覚があります。論理的に考え続けなければいけないんですけど、ある瞬間、それをいったん投げ捨てる。そして自分で動いてみたときに、いい作品ができる実感があります。

仙石裕美

—裸体と草原を組み合わせるなど、ある意味で非現実的な光景を描いた作品も多いですが、作品のアイデアはどこから得ることが多いのですか?

仙石:普段の生活のたわいのない光景や人の振る舞い、会話が多いです。みんな普通にしているけど、けっこう不思議なことはあるなと思っていて。そこに焦点を当てて描いてみると、現実にある何かを描いたはずなのに、非現実的に見えてくる。人物の裸体も、非現実にも見えるんですけど、こんなに身近なものはないかなと思うんですね。

そしてたとえば、小さな鉢植えを見ているのに、それが自分を取り巻くすごく大きな草原のように思えてくる感覚がある。そこがものの見え方の不思議だと思うんです。自分の絵について、人からよく「遠近感が不思議」と言われることがあって。「遠いのにこんな大きい見え方はしないはずだ」と。でも私は絵で描かれたものが、人間のものの見方の本来のあり方だと思っているんです。

仙石裕美

—それはなぜでしょう?

仙石:たとえば100メートル先にすごく興味があるものがあって、30センチ先にそんなに興味がないものがあるとしたら、私には100メートル先のもののほうがずっと鮮明に大きく見える。それは「心理的な遠近法」と言えるものかもしれないんですけど。絵画というのは写真ではないし製図ではないので、人間の目を通した心理的な解釈の入った遠近感でものが見られる。それについては今後もっと研究したいと思っています。

フレキシブルに、考え方を変えても良いのかなと思います。

—ちなみに仙石さんは作家活動のほかに、何かお仕事はされているんですか?

仙石:ここ4年ほどは絵画教室で教えているんですが、学校を卒業後約3年は主に実用書を作っている編集プロダクションでお手伝いをしていました。

—すぐに作家で大成する人もいれば、ほかの仕事をしながら創作を続ける人もいますよね。仙石さんにとって、ほかの仕事をしながら創作して良かったと思える点は?

仙石:やっぱり、いろんな視点から刺激をもらえたことです。画家同士で話していると、どうしても共通したある考えの中で話していて、ややもすれば世界が狭まってしまうこともある。でも、その会社の方たちは、別の観点からユニークなアイデアをくれたり、私が制作面でいつの間にか思い込んでいたことに対しても、「それって大事?」とあっさり言ってくれたりするのが面白かった。

—仙石さんは「コンクールは35歳まで」ということでしたが、同年代や駆け出しの作家の中には、制作の区切りをいろいろと考えて悩んでいる人もいると思います。

仙石:私、最近は「35歳まで」と言っていたんですけど、じつは以前は「29歳まで」と言っていて、延長したこともあるんです……。

—そうなんですか(笑)。

仙石:もうちょっとやってみたいなと。だから、そこはフレキシブルに、考え方を変えても良いのかなと思います(笑)。そうすると、今回はたまたま賞をいただけたけど、結果のいかんにかかわらず、納得できることがあるのではないかと。自分が納得するまで何かをやってみるのは、すごく価値があることだと思います。

仙石裕美

イベント情報
『FACE展 2018 損保ジャパン日本興亜美術賞展』

2018年2月24日(土)~3月30日(金)
会場:東京都 新宿 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
時間:10:00~18:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜
料金:一般600円 大学生400円
※高校生以下、身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳をお持ちの方と付添の方1名、被爆者健康手帳を提示の方は無料

プロフィール
仙石裕美 (せんごく ひろみ)

武蔵野美術大学油絵学科を卒業後、2年間の大学院在学後、パリ国立美術学校編入、ポスト-ディプロム修了。帰国後、個展やグループ展を中心に発表。現在に至る。主な受賞歴に2004年ホルベインスカラシップ奨学生、2014年シェル美術賞本江邦夫審査員奨励賞、2015年上野の森美術館大賞展賞候補など。



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