前野健太、2018年は『紅白』も出場圏内か?ひと皮むけた男が語る

春の訪れとともに男はやってくる――と書くはずだったが、取材当日の東京は珍しい名残り雪。一筋縄ではいかないこのミュージシャンのキャリアを象徴しているようで、それもまた悪くない。

オリジナルアルバムのリリースは実に4年半ぶりとなる。だがこの間、焦りは見られなかった。映画や演劇、テレビ、ラジオ、エッセイ、小説、CDブック……など、押し寄せる新たな出会いや営みに勤しんできた。いまや『タモリ倶楽部』での前野健太しか知らない「マエケンファン」だって、いるかもしれない。

新曲も次々と生まれた。しかも、これまでにない新しい歌だ。アルバムタイトルは『サクラ』。「機が熟す」という言葉がこれほど相応しい新譜もそうはないだろう。リリース直前の4月22日には、CINRA主催のイベント『CROSSING CARNIVAL』にも出演する。隠れもなき「4月の顔」、前野健太に、たっぷりと話を聞いた。

作詞家がいて、作曲家がいて、歌手がいて、アレンジャーがいて、演奏者がいる、という贅沢さに憧れがあったんです。

―実に4年半ぶりのオリジナルアルバムですね。

前野:長かったですねえ。でも、まあ、映画(『変態だ』 / 2016年)があり、舞台(『なむはむだはむ』 / 2017年)があり、本(『百年後』 / 2017年)も出して……と、いろいろやってましたからね。音楽アルバムも、ライブ盤(『LIVE with SOAPLANDERS』 / 2014年)にサントラ(『映画「変態だ」音楽全集』 / 2016年)、CDブック(『今の時代がいちばんいいよ』 / 2015年)もありましたし。

前野健太
前野健太

―ライブもコンスタントにやっていましたしね。

前野:ええ、だから、新曲もどんどんたまっていて。それを早くまとめないとなっていうのは、ずっとありました。

―具体的に動き出したのは?

前野:昨年3月、群馬の太田市美術館の展示(『未来への狼火』展)で一段落して、「よし、次はアルバムだ」と。夏にさらに新曲を書いて、秋にレコーディングをしました。

―今作には大勢のミュージシャンがクレジットされています。プロデュースとアレンジを担当した方も複数いますね。

前野:アレンジャーを立てることは、最初から決めていました。ずっと自分主導でメンバーを集めてやってきましたけど、今回は編曲家に委ねたいなと。作詞家がいて、作曲家がいて、歌手がいて、アレンジャーがいて、演奏者がいる、という贅沢さに憧れがあったんです。まあ、僕の場合、作詞作曲は自分でしますけど、関わる人が増えるなかで、歌が強くなることもあるんじゃないかなと。実際、僕の好きな歌にもそういうものが多かったんで。

前野健太

4月22日開催の『CROSSING CARNIVAL』のビジュアル。前野健太は、「前野健太+古田たかし(歌とドラムの即興)」として出演4月22日開催の『CROSSING CARNIVAL』のビジュアル。前野健太は、「前野健太+古田たかし(歌とドラムの即興)」として出演(サイトを見る

ceroは昔からの知り合いで、かつてはそれほど遠くない場所にいたんです。

―プロデューサー兼アレンジャーの4人(荒内佑、石橋英子、岡田拓郎、武藤星児)はどう選ばれたんですか?

前野:曲が揃ってきたところで、レーベルのディレクターと話し合って決めました。

―ceroの荒内さん編曲による冒頭の2曲“山に囲まれて”“今の時代がいちばんいいよ”がとても豊穣なサウンドで、「これまでの前野健太とは違うぞ」というのが序盤で早くも印象づけられますね。

前野:ceroは昔からの知り合いで、かつてはそれほど遠くない場所にいたんです。でも、ほとんど一緒にやることもないまま、だんだん離れていって。そんななか、2016年9月にLIQUIDROOMでツーマンをやったら、想像した以上にかっこいいバンドになっていたんですよね。「これは売れるのわかるわ」って。もしかして、彼らなら新時代の星勝(安全地帯や井上陽水を手がけた作曲家・音楽プロデューサー)みたいな仕事をしてくれるんじゃないかと思いました。それで相談したら、それはもう荒内くんがピッタリだと。

レコーディング風景 / 左から:荒内佑(cero)、前野健太
レコーディング風景 / 左から:荒内佑(cero)、前野健太

―荒内さんは、前野さんとのそのツーマンライブで“今の時代がいちばんいいよ”を聴いたときのことを連載コラム(webちくま『宇宙のランチ』)にも書いてましたね。岡田さんは、荒内さんよりもさらに若い世代ですが、バンドの音づくりには定評があります。

前野:ええ、ディレクターが、彼が以前のバンド(森は生きている)でやっていたようなサウンドでマエケンが歌ったら合うんじゃないか、と。彼はすごくストレートに曲のよさを引き出してくれましたね。

レコーディング風景(左から:前野健太、岡田拓郎)
レコーディング風景(左から:前野健太、岡田拓郎)

自分の歌声がずっと嫌いだったんですよ。高くてキンキンして弱っちいなって。

―石橋英子さんは、前野さんのバックバンドでもあるソープランダーズ(Gt.ジム・オルーク、Key.石橋英子、Ba.須藤俊明、Dr.山本達久)の活動も含めて、ここ数年、音楽活動をともにしてきた人でもあります。

前野:それもあるんですけど、石橋さんが昨年プロデュースしたTenkoあらため紺紗実のアルバム(『blossom』)を聴いて、ビビったんです。ニュー歌謡というか、まさに僕がやりたいことをやられてしまってる感じがして。参加しているミュージシャンもほぼソープランダーズだし、しかもみんなメチャクチャ気持ちよく演奏しているし。もう、勘弁してよ! って(笑)。

前野健太

紺紗実『blossom』収録曲(参加ミュージシャン:石橋英子、須藤俊明、山本達久、ジム・オルーク、カフカ)

前野:今回、石橋さんにプロデュースしてもらった“大通りのブルース”や“防波堤”は、ほとんど歌いながらオケも録ってたんですよ。そこはソープランダーズでの蓄積が活きてると思います。

―先日、ソープランダーズの発展版ともいえるビッチ・ボーイズ(Gt.ジム・オルーク、Dr.ジョー・タリア、Ba.伊賀航、Key.石橋英子)をバックに従えた前野さんのライブを観ましたが、ステージングもパワーアップしてますね。

前野:ソープランダーズで石橋さんやジムさんと最初にやってた頃は、僕にとってはほとんど闘いみたいなものでバチバチやってたんですけど、今はもっと身を任せられるようになりましたね。

レコーディング風景(左から:石橋英子、伊賀航)
レコーディング風景(左から:石橋英子、伊賀航)

前野健太『LIVE with SOAPLANDERS 2013-2014』を聴く(Spotifyを開く

―たとえば熱唱する箇所ひとつとっても、今は余裕があって、そのぶんキレも増している。

前野:そうですね。キーがだいぶ落ちたっていうのもありますが。

―歌声はかなり変わりましたよね。

前野:自分の歌声がずっと嫌いだったんですよ。高くてキンキンして弱っちいなって。もっとシンプルに言うと、歌がうまくなりたかった(笑)。荒木一郎やちあきなおみみたいに圧倒的に歌がうまい人たちにあって自分にないもの、それを探る4年半でもありましたね。出せる声の種類もすごく増えました。結果的に、歌が音楽として響くようになればいいなと。

歌謡曲でも、演歌でも、ニューミュージックでもないものを、今の人たちと、新しい音楽で、新しい歌を響かせる。

―J-POPの第一戦で活躍する武藤さんのアレンジも素晴らしいですね。武藤さんは、すでに一度、2014年に“あたらしい朝(Mark 2)”の7インチを「雷音レコード」からリリースした際、アレンジを手がけているんですよね。

前野:あのときは、原曲のボーカルトラックしか使っていないんですよ。それでジェフ・リン(イギリスのシンガーソングライター。Electric Light Orchestraの活動で知られる)みたいなサウンドに仕上げてくれて、これはすごいぞと。しかも、歌の「実」の部分はきちんと残してくれたんです。なので、武藤さんにお願いしたいなというのはずっとありました。

レコーディング風景(左から:武藤星児、前野健太)
レコーディング風景(左から:武藤星児、前野健太)

前野健太『サクラ』収録曲。プロデュースは武藤星児

―それぞれの編曲家に存分に腕を奮ってもらったわけですけど、全体の統一感は保たれていますね。

前野:そこはレコーディングエンジニアの渡辺省二郎さんの力が大きいですね。

―最終的に目指したのは?

前野:今の新しい歌を、ということに尽きます。歌謡曲でも、演歌でも、ニューミュージックでもないものを、今の人たちと、新しい音楽で、新しい歌を響かせる。それも、いい音で。

人を突き動かす力が「いい歌」にはある。

―歌詞もかなり変化したと思います。たとえば、以前なら「ノスタルジック」(“大通りのブルース”)なんて言葉は、どちらかといえば避けていたんじゃないですか?

前野:そうなんですよ。以前だったら同じ「ノスタルジック」という感覚でも、自分ならではの言葉で言おうとしていたと思います。あるいはフレーズのつながりを工夫して、意味をあぶりだしたり。でも、最近は、多くの人に歌を届けるには、思い切ってこういうわかりやすい言葉を投げてみてもいいのかなと思うようになって。

―前野さんの好きな西條八十(詩人、作詞家)のことをちょっと思い出しました。西條は仏文学者であり、詩集も出してますが、童謡や流行歌の作詞をするときは使う言葉がぜんぜん違う。

前野:あるいは野口雨情(詩人、童謡・民謡作詞家)とかもそうですね。この4年半、ああいう詩人でも作詞家でもある人たちの影響はすごく受けました。つまり、詩と歌詞はちょっと違うものなんだと。「ノスタルジック」という単語はまず、音楽的に気持ちいいんです。しかも、歌の幅も出る。歌の主人公が僕の目線じゃなくなるんですよね。

前野が取材に持参した制作メモ
前野が取材に持参した制作メモ

前野:あと、“命のきらめき”という曲の、<どうして何十年も前に別れた人の笑い声を覚えてるの>っていうフレーズも、自分的には成功した気がします。すごく普通の言葉だけど、それを聴いた人が誰かの笑い声を思い出してくれるかもしれない。そうやって人を突き動かす力が「いい歌」にはあると思うので。

―より歌として機能する言葉を選ぶようになった。

前野:そこに詩情を込めるという作業に関しては変わっていないですけどね。ただ、以前は「てにをは」レベルで伝わる意味が変わってしまうような、細かいフレーズの操作を考えていたんです。そこがもうちょっと音寄りになった。言葉自体の持つ響きとか、リズムに対しての置きどころ、今までも無意識にやってたんでしょうけど、そこを考えるようになって、あきらかに歌詞が変わりました。その成果がいちばん出た曲が、最後の“防波堤”ですね。

―具体的にはどのあたりでしょうか。

前野:そこはまだ企業秘密です(笑)。ただ、ほら、今って防波堤とか防潮堤をどんどんつくっているじゃないですか。そのことについて、自然を壊すので反対の立場をとる人もいますよね。でも、おそらくその防潮堤で遊ぶような子どもたちも出てくるだろうし。そうやって、何かが変わっていくことに対する肯定を歌いたかったんです。僕、どちらかというと自分は左翼的な人間だと思ってたんですけど、案外そうでもないんだなって。

前野健太

―むしろ前野健太はコンサバだと認識してる人のほうが多そうですけど(笑)。

前野:ええっ、そうですか!?……いや、自分としては、政治的な怒りみたいなものは歌にはそこまで結びつかないんだな、ということに最近気づいたんですよ。たとえば“コーヒーブルース”の歌詞に<一杯120円のコーヒーブルース>っていうフレーズが出てきますけど、あれも何かに対する直接的な怒りというわけではないんですよね。

―現代的な貧困問題にもの申す歌ではないと。

前野:もちろん政治的なことに対する個人的な苛立ちとかはありますよ。でも、そのエネルギーが歌や演奏には変換されないというか。それが“防波堤”という曲ではもろに出たと思います。

前野健太

言っておきたいのは、ここに出てくるのは、すべて「今」の話なんですよ。

―しかし、競馬(“アマクサマンボ・ブギ”)やストリップ(“マイ・スウィート・リトル・ダンサー”)、ジャズ喫茶(“人生って”)といったことを歌にするシンガーソングライターも、近年はなかなかいないと思いますよ。

前野:まあ、昭和ですよね(笑)。でも、言っておきたいのは、ここに出てくるのは、すべて「今」の話なんですよ。

―“マイ・スウィート・リトル・ダンサー”では、「2017年2月」という具体的な時期を示す言葉をあえて歌詞に残していますね。

前野:あれは絶対言わなきゃなって思ったんです。だって、あの踊り子さんはそういう人だったわけでしょう?

―昨年引退したストリッパーの方のことですね。雑誌『Didion』(エランド・プレス)に寄稿したエッセイで前野さんも書いてましたけど、活動期間は2年半ぐらいでした。まさにストリップ界を駆け抜けていったという感じで。しかも前野さんのファンでもあった。「デラカブ」(ストリップ劇場「新宿DX歌舞伎町劇場」の俗称)という単語が歌詞になったのも、日本芸能史上初でしょうね(笑)。

前野:カラオケに入ったらアツいな。ぜひ歌舞伎町で歌ってほしい(笑)。

―“アマクサマンボ・ブギ”のアマクサマンボだって、数年前の話ですもんね。

前野:東京シティ競馬で実際にあった話ですからね。ジョッキーが落馬したあとも、走るのをやめなかった。“さらばハイセイコー”(1975年)みたいな競馬ファンなら誰でも知っている馬を歌った曲はありますけど、こっちはじゃあ、まったく無名な「アマクサマンボ」を残してやろうと。

もう歌泥棒ですよ(笑)。

―前野さんって、そうやって「いい遊び」をしていますよね。遊びの肥やしが歌になるっていうのは、やはり荒木一郎みたいな人を彷彿とさせる。

前野:もちろん歌ができればいいなと常に思ってはいるんですけど、たとえば女の子と会うときにそういうことを考えても、けっきょくダメなんですよね。流れがないと。

前野健太

前野:たとえば、NHKの『ジドリ』という番組のために曲を提供してほしいと言われてディレクターと打ち合わせして、向こうは「ありものでいいです」っていうのを、僕のほうから「いや、新しい曲を書きますよ」と提案したんです。で、番組のテーマを聞いたら、「人のあがきみたいなものを描けたら」って言うんですよ。でもそんなやりとりをすっかり忘れた頃に、ジャズ喫茶のママが言うわけですよ。「人生ってあがき」って。

―ジャズ喫茶ナルシス(歌舞伎町にある名店のジャズ喫茶)のママが。

前野:そう、キタ! それだ! って。もう歌泥棒ですよ(笑)。あとでママに言われましたもん。「前野さん、聴いたわよ。何あれ! 私がしゃべったまんまじゃない」って。だから、流れなんですよね。歌は意外とこちらを見てますよ。求めてもなかなかやってこないんですけど、「よし、このタイミングならお嫁にいってあげようかな」みたいな。

―そうやって歌と連れ添うわけですね(笑)。『サクラ』というアルバムタイトルについても伺えますか?

前野:候補はいっぱいあったんです。ある人と飲んでるときにそのリストを見せたら、「『サクラ』ってどうですか?」と言われて。そんな名前、リストに書いてないんですよ。そしたら、「だって前野健太は絶対に『サクラ』ってつけないでしょう?」って。たしかにつけないわ、と。でも、家に持ち帰ってあらためて考えてみたら、考えれば考えるほど、しっくりきてしまって。

―どのへんがしっくりきたんですか?

前野:今まではアルバムのタイトルに意味を込めすぎていたんです。でも、伝えるべきメッセージを託すのは曲でいいじゃないかと。で、今作はこの国で歌心を捕まえようとしてつくった曲が並ぶわけですから、「サクラ」で言い表せてる気がしたんですよ。

前野が取材に持参した制作メモ

前野:象徴としての「サクラ」にはさまざまな意味があるし、こういうスーパーメジャーな言葉に身を任せることで開けるものもあるんじゃないかと。もはや、次作以降も『サクラ2』『サクラ3』でいいんじゃないかな(笑)。

最近驚いたのが、みうら(じゅん)さんが、「酒なんか、全然おいしいと思ったことない」って言うんですよ。

―この4年半を振り返ると、映画や演劇、ダンスなど異ジャンルの作家たちとの協業も多くて、それもまた刺激になったんじゃないですか。

前野:それはもうすごくありましたね。作品自体もそうですけど、つくる課程で一緒に時間を共有できたのが大きいです。ボロボロになるまで飲んだりとか。

―また、とことん飲む人たちが多くて(笑)。

前野:もう、ひどいですよ(笑)。最近驚いたのが、みうら(じゅん)さんが、「酒なんか、全然おいしいと思ったことない」って言うんですよ。酔うために飲んでるって。

左から:みうらじゅん、安齋肇
左から:みうらじゅん、安齋肇(インタビュー:初ポルノを撮ったみうらじゅん&安齋肇が、憧れの「変態」を語る / 撮影:豊島望)

―みうらさんが前野さんを気に入ったのも、近年珍しく泥酔するまで飲む若者だったからと聞いています。

前野:酔うために飲んでるのは、僕も一緒ですからね。森山未來さんもムチャクチャ飲む人だし。ああいう普段は緊張感のある人たちが、泥酔してほんの少し緩む瞬間があって、その一瞬に強いつながりを感じたりもしました。

―森山さんと共演した『なむはむだはむ』では、舞台に立っているだけでおかしみのある前野さんの存在感が際立っていましたね。

前野:そこは未來さんに見つけてもらった部分ですよね。最初に誘われたときも、「何も考えなくていい、マエケンは舞台にいるだけで強烈だから。あとは岩井(秀人)さんがテキストを書いて、オレが踊れば大丈夫」と言ってくれて。それであの舞台に限らず、だいぶラクになった部分はありますね。「あ、身を委ねればいいんだ」って。

参考記事:子どもの言葉に悔しがる前野健太、岩井秀人&森山未來と劇に挑む

前野健太

脱いで、亀甲縛りまでされて、僕自身もメタモルフォーゼさせてもらったという意味で、あの映画はターニングポイントでしたね。

―『変態だ』のときは、気を張ってたところもあったんですか?

前野:あのときは、まだ僕もちょっと闘ってしまっていたというか。もちろん、僕が主演の映画だったっていうのもありますけど。

―5年前のインタビュー(誰もがちょっとムキになる男 前野健太インタビュー)で前野健太はM的だという話をしましたけど、『変態だ』の劇中で実際に女王様に縛られてしまったので、笑いましたよ。

前野:あれは予言でしたね(笑)。脱いで、亀甲縛りまでされて、僕自身もメタモルフォーゼさせてもらったという意味で、あの映画はターニングポイントでしたね。ただ、いまだにみんなが僕の何をいいと思ってくれているのか、正直わからないんですよ(笑)。NHKで『オドモTV』って始まりましたけど、収録でみんなゲラゲラ笑ってくれるんです。でも、僕には自分のどういう部分が面白いのかわからない。でも、もうそれでいいやって。

―ようやく前野健太の無意識が商品化されるようになったわけですね(笑)。

前野:いや、ホントそうですよ。他ジャンルの人たちが壊して、見つけてくれましたね。

―「マエケン、お前の面白いところは、お前自身が思っているところではないんだ」と(笑)。『サクラ』のジャケットデザインにも、そのへんの意識が反映されているのを感じました。

前野:ええ、一切をおまかせしました(笑)。フォトグラファーの横浪修さんとスタイリストの小川恭平さん、デザイナーの木村豊さんに委ねたら、素晴らしいディレクションをしてくれましたね。

前野健太

前野健太『サクラ』ジャケット・帯付き
前野健太『サクラ』ジャケット・帯付き(Amazonで見る

―アレンジャーに曲を託したこともそうですし、すべてがつながっていますね。ただ、そうやってさまざまなことを人に託しながらも、それでも前野さん自身がこれは手放せないというものは何ですか。

前野:歌心、でしょうね。歌を捕まえること。そこは完全に僕ひとりの作業であり、誰にもいじることのできない部分ですね。

熊谷守一も、石内都も、いのちへのまなざしがすごく丁寧で、いっぱい歌心をもらった気がしました。

―歌心といえば、以前に新海誠監督の映画『君の名は。』(2016年)の感想で、「新しい時代の歌心を感じた」と言っていましたね。

前野:あの映像のスピード感、アニメの色味、それからRADWIMPSの主題歌(“前前前世”)、あの組み合わせはちょっと感じたことのない歌心でしたね。見終わって映画館を出たあと、新宿の風景が瑞々しく見えましたから。カラッカラだったはずの街が潤ってるんですよ。僕も新宿でずいぶん歌をつくりましたけど、あれはホント驚きでしたね。しかも“前前前世”って、実は僕もすでに同じことを歌っているわけですよ。

―たしかに歌ってますね、“新しい朝”で<おじいさんのおじいさんのおじいさん>って(笑)。

前野:だから、うわっ、やられた! って。僕が「おじいさん」って言っている間に、向こうは「前」の一文字で遠くまで抜き去っていきますからね。スピード感では敵わない。だから、今回のアルバムは、むしろグッとスピードを落として、真逆のアプローチですよ。山の歌から始まって、海の歌で終わるわけですから。カエルやウサギや馬も出てくる。そういえば、先日、東京国立近代美術館で観た熊谷守一展(『没後40年 熊谷守一 生きるよろこび』)にも歌心を感じましたね。

前野健太

―まさに熊谷も、身近な自然や生きものを絵に描いたわけですからね。

前野:面白いのが、キャリアの始めの頃はわりと普通の絵を描いているんですけど、途中から赤い縁取りをするようになったとき、あの人、何か見つけたんだと思うんですよ。そこからどんどん変化して、生き物を描くようになる。晩年は行動範囲も狭まって、そこで有名なネコとかアゲハチョウの絵を描くんですけど、これがまたすごく生きものに自由を感じる絵なんですよ。あと、歌心という意味では、横浜美術館の石内都さんの写真展(『肌理と写真』)もすごかった。

―石内さんの写真を見ると、いつも前野健太の“だれかの”という曲を思い出します。

前野:なるほど。広島の被爆者の方の遺品のワンピースも、まず写真がかっこよくて、その人が生きていたという事実が迫ってくる。フリーダ・カーロのスカーフの写真を見たときは、あまりの美しさに思わず涙が溢れてきました。熊谷守一も、石内都も、いのちへのまなざしがすごく丁寧で、いっぱい歌心をもらった気がしました。

前野健太

―まさに今回のアルバムにも“いのちのきらめき”という曲がありますしね。もともとNHKのドラマ(兵庫発地域ドラマ『あったまるユートピア』 / 2018年)のためにつくった曲ですが、これだけNHKへの貢献度があると、『紅白』出場の可能性が高まってきた気もします。

前野:今回、NHKからの依頼きっかけの歌が3曲(“いのちのきらめき”“アマクサマンボ・ブギ”“人生って”)もありますからね。『オドモTV』も、春からレギュラー放送ですし。

―ここまでくると時間の問題というか、もはや『紅白』への期待をことさらにあおる必要はないかもしれないですね(笑)。粛々と歌を大勢の人に届けていけばよいわけで。

前野:そうですね。何よりも今回は新しい歌をつくれた手応えがあって、それがいちばんですね。早くいろんな人に聴いてもらいたいな。

リリース情報
前野健太
『サクラ』(CD)

2018年4月25日(水)発売
価格:2,700円(税込)
PECF-1150

1. 山に囲まれても
2. 今の時代がいちばんいいよ
3. アマクサマンボ・ブギ
4. 嵐~星での暮らし~
5. 夏が洗い流したらまた
6. マイ・スウィート・リトル・ダンサー
7. 大通りのブルース
8. SHINJUKU AVENUE
9. 虫のようなオッサン
10. 人生って
11. いのちのきらめき
12. ロマンティックにいかせて
13. 防波堤

イベント情報
『前野健太 ニューアルバム 「サクラ」 発売記念ツアー ~開花宣言~』

2018年5月20日(日)
会場:東京都 渋谷 WWW X
出演:前野健太バンド
料金:前売4,000円(ドリンク別)

2018年5月31日(木)
会場:福岡県 福岡 BEAT STATION
出演:
前野健太バンド
ゲスト:ハンバートハンバート
料金:前売3,800円(ドリンク別)

2018年6月1日(金)
会場:広島県 広島CLUB QUATTRO
出演:
前野健太バンド
ゲスト:ハンバートハンバート
料金:前売3,800円(ドリンク別)

2018年6月2日(土)
会場:大阪府 梅田 Shangri-La
出演:
前野健太バンド
ゲスト:シャムキャッツ
料金:前売3,800円(ドリンク別)

2018年6月3日(日)
会場:愛知県 名古屋 JAMMIN'
出演:
前野健太バンド
ゲスト:シャムキャッツ
料金:前売3,800円(ドリンク別)

『前野健太 ニューアルバム 「サクラ」 発売記念ツアー ~開花宣言2~ <ソロ対バン篇>』

2018年6月7日(木)
会場:宮城県 仙台 Rensa
出演:
前野健太
ゲスト:竹原ピストル
料金:前売3,800円(ドリンク別)

2018年6月22日(金)
会場:北海道 札幌 BFHホール
出演:
前野健太
ゲスト:スカート
料金:前売3,500円(ドリンク別)

2018年7月7日(土)
会場:沖縄県 桜坂劇場ホールA
出演:
前野健太
ゲスト:大森靖子
料金:前売3,500円(ドリンク別)

2018年7月12日(木)
会場:京都府 磔磔
出演:
前野健太
ゲスト:吉澤嘉代子
料金:前売3,800円(ドリンク別)

『CROSSING CARNIVAL'18』

2018年4月22日(日)
会場:東京都 渋谷 TSUTAYA O-EAST、TSUTAYA O-WEST、TSUTAYA O-nest、duo MUSIC EXCHANGE
出演:
KOHH
Chara×韻シストBAND
GRAPEVINE(ゲスト:康本雅子)
大森靖子(world's end girlfriendとコラボライブも)
藤井隆
おとぎ話(新作の完全再現ライブ)
前野健太
Awesome City Club feat. Jiro Endo
world's end girlfriend × Have a Nice Day!
THE NOVEMBERS(ゲスト:志磨遼平(ドレスコーズ))
GAGLE(ゲスト:鎮座DOPENESS、KGE THE SHADOWMEN)
DADARAY(ゲスト:藤井隆)
WONK
Tempalay feat. JABBA DA FOOTBALL CLUB
King Gnu × Ryohu
LILI LIMIT(牧野正幸による映像とコラボ)
Emerald(ゲスト:環ROY)
料金:前売6,000円 当日6,500円(共にドリンク別)

プロフィール
前野健太 (まえの けんた)

1979年埼玉県入間市出身。シンガーソングライター。2007年に自ら立ち上げたレーベル「romance records」より『ロマンスカー』をリリースしデビュー。2011年には第14回みうらじゅん賞を受賞。2013年1月、ジム・オルークをプロデューサーに迎え制作された4枚目のアルバム『オレらは肉の歩く朝』を発売。同年7月『FUJI ROCK FESTIVAL'13』へ出演。12月、5枚目のアルバム『ハッピーランチ』を発売。2014年、月刊「すばる」にてエッセイの連載を開始。2015年7月、KAATキッズ・プログラム2015 おいしいおかしいおしばい『わかったさんのクッキー』(台本・演出:岡田利規)の劇中歌を作曲。12月NHK番組『ジドリ』の音楽を担当。雑誌『Number Do』に初小説を寄稿。CDブック『今の時代がいちばんいいよ』を「エランド・プレス」より発売。2016年10月、初のラジオレギュラー番組「前野健太のラジオ100年後」が1422ラジオ日本で放送開始。同年12月、主演映画『変態だ』(みうらじゅん原作、安斎肇監督)が新宿ピカデリーを皮切りに全国公開。2017年2月、初舞台となる『なむはむだはむ』(つくってでる人:岩井秀人、森山未來、前野健太)に参加。東京芸術劇場にて2月18日~3月12日まで上演。同作の滞在制作の模様を密着したドキュメント映像「コドモのひらめき オトナの冒険~“なむはむだはむ”の世界~」がNHKEテレで放映された。同年3月3日初のエッセイ集『百年後』を「STAND!BOOKS」より刊行。2018年4月からNHK Eテレ『オドモTV』にレギュラー出演。

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