『A子さんの恋人』近藤聡乃インタビュー 活動拠点のNYで聞く

アメリカ・ニューヨークへと拠点を移し、作品制作に取り組んでいる近藤聡乃。少女や虫などが登場する幻想的なアニメーションや、油絵などを手がける現代美術作家として知られている。

現在は、日常の出来事や日々の発見を紹介するエッセイ漫画『ニューヨークで考え中』と、恋愛漫画『A子さんの恋人』を同時に連載中。2008年から滞在するニューヨークのことを「自分の活動ペースにとてもあっている」と語る近藤の自宅兼アトリエに伺い、両作品についてお話を伺った。

ニューヨークは思っていたよりものんびりしやすい

—近藤さんは、文化庁による若手芸術家に向けた支援制度「文化庁新進芸術家海外留学制度」の研修員に選ばれたことをきっかけに、ニューヨークへ活動拠点を移されたんですよね。

近藤:2008年11月から最初の1年間は文化庁の制度で留学しました。ISCPというニューヨークでの滞在制作のプログラムに参加して、油絵を描いたり、アニメーション作品の構想に取り組んでいました。その後も継続してニューヨークで活動しているので、今年でちょうど10年ですね。

近藤聡乃『染み込む花園』イラストボードに鉛筆、アクリル絵具 25.7×18.2cm 2003
近藤聡乃『染み込む花園』イラストボードに鉛筆、アクリル絵具 25.7×18.2cm 2003

近藤聡乃『KiyaKiya_painting02』キャンバスに油彩 76×102cm 2011
近藤聡乃『KiyaKiya_painting02』キャンバスに油彩 76×102cm 2011

—作家としてのキャリアのスタートは青林工藝舎の漫画誌『アックス』で漫画作品の発表ですが、その後はイラストレーション、アニメーション、油絵といった様々な形態で作品を発表されています。活動の幅が広くて本当に驚きます。ニューヨークに行こうと思ったきっかけは?

近藤:初めてニューヨークを訪れたのは、大学を出た翌年2004年のグループ展の際でした。その後も何回か展示で来た事があり、ニューヨークの雰囲気はなんとなく知っていたんです。海外で展示する機会が増えるにつれ、英語が話せない不便さを感じるようになりました。アーティストが応募できる奨学金制度もあるし、私が所属しているミヅマアートギャラリーには留学経験のあるアーティストが多かったので、アドバイスが聞けたのも大きかったです。

—ニューヨークでの活動はいかがですか? 日本に戻られない理由はあるのでしょうか。

近藤:こちらはのんびりしやすい気がします。実際は忙しいんですけど(笑)。強制的に入ってくる情報が少ないのがいいのかもしれません。

『A子さんの恋人 5巻』でA君とA子さんの回想シーンに登場するニューヨークのスポット

『A子さんの恋人 5巻』でA君とA子さんの回想シーンに登場するニューヨークのスポット
『A子さんの恋人 5巻』でA君とA子さんの回想シーンに登場するニューヨークのスポット

—私は今回はじめてニューヨークに来たのですが、過去に来たことがある友人達からは「夜はあまり出歩くな」「深夜の地下鉄は危ないから1人で乗るな」「強盗が出るから財布の中身は4つに分けておけ」と渡航前にアドバイスをもらいました。でも実際に歩いてみると、意外と街ゆく人はフレンドリーですね。

近藤:もちろん場所と時間、状況にもよると思いますが、今はそんなに危なくないと思いますよ(笑)。私の知り合いの旅行者はみんな気楽に過ごしていました。

『KiyaKiya』には英語が理解できないという不安が作品に出ていた

—作品内に登場する手書きの文字など、これまでも近藤さんの作品では文字や言葉が印象的に使われていますが、ここ数年の作品では言葉や言語がテーマになるものが多い気がします。やはり海外生活の影響ですか?

近藤:そうだと思います。『ニューヨークで考え中』の第150話も言語に関する話です。

亜紀書房ウェブサイト「あき地」に掲載されている、近藤聡乃『ニューヨークで考え中』より 第150話「あの味わい」
亜紀書房ウェブサイト「あき地」に掲載されている、近藤聡乃『ニューヨークで考え中』より 第150話「あの味わい」(ウェブサイトを見る

—言葉といえば、連載中の漫画『A子さんの恋人』では、アメリカ人で翻訳家のA君が日本語を流暢に話すことができて、さらに単行本5巻からは趣味で漢字の勉強まではじめますよね。

近藤:ニューヨークで制作した『KiyaKiya』というアニメーションでは、作品の中に読むことができない文字を登場させました。完成してから気付いたのですが、言葉を完全には理解できないという不安が作品に反映されていたのだと思います。日本にいる頃は「記憶」「思い出」などをテーマに制作することが多かったのですが、そこに「言語」が加わりました。

9月17日まで森美術館で開催された『MAMスクリーン008:近藤聡乃』でも上映された短編アニメーション(ウェブサイトを見る

—『ニューヨークで考え中』には東日本大震災発生時のエピソードもあります。拠点が移ったことで、日本が置かれている状況に対しての意識に変化はありましたか?

近藤:情報を積極的に集めるようになりました。日本に居ると、未曾有の事態に陥ったとき、身の回りにいる人の声や、自然に入ってくる情報から状況や雰囲気がわかったりしますが、それがほとんどないからでしょうか。

—政治といえば、先日ウェブで公開された『ニューヨークで考え中』第158話「気づいていない」は、日本国内で問題になった差別発言を意識して描かれたものなんですよね。

近藤:はい。日本で起きたことを受けて話を作ることも多いです。

亜紀書房ウェブサイト「あき地」に掲載されている、近藤聡乃『ニューヨークで考え中』より第158話「気づいていない」
亜紀書房ウェブサイト「あき地」に掲載されている、近藤聡乃『ニューヨークで考え中』より第158話「気づいていない」(ウェブサイトを見る

—先ほどから『ニューヨークで考え中』の中でも真面目な部分ばかりを話にあげてしまいましたが、全体的には生活に沿った日常のエピソードが多いですよね。「街なかにゴミ箱がすごく多い」「地下鉄は一律料金だから降りるときはチェックなしで出れる」といった小ネタは、実際に来て体験して「こういうことか!」と興奮しました(笑)。『ニューヨークで考え中』はニューヨーク文化のガイドブックとしてもありだと思います。

近藤:そういっていただけるとありがたいです。

A子さんが悩んで、決断をするまでに1年という時間が必要だったことを描きたい

—近藤さんはこれまでに短編漫画や4コマ漫画を描かれていますが、現在『ハルタ』で連載中の『A子さんの恋人』は、初の長編漫画ですね。私は近藤さんの美術作品から繊細かつ内向的な印象を受けていたので、その印象と作風の違いがすごく意外でした。

近藤:多くの人が気楽に読める王道のラブコメディを描いてみたいと思ったんです。「王道」が何を意味するのかが描くほどにわからなくなって来たのですが(笑)。

『A子さんの恋人』あらすじ(『ニューヨークで考え中』単行本に入れた差込広告より)。29歳のアラサー女性・A子が東京に住む日本人のA太郎と、ニューヨークで出会ったA君の間で悩み続ける恋愛漫画。『ハルタ』で連載中。既刊5巻。
『A子さんの恋人』あらすじ(『ニューヨークで考え中』単行本に入れた差込広告より)。29歳のアラサー女性・A子が東京に住む日本人のA太郎と、ニューヨークで出会ったA君の間で悩み続ける恋愛漫画。『ハルタ』で連載中。既刊5巻。

—『A子さんの恋人』は、A子さんが日本で付き合っていた恋人のA太郎と、A子さんが留学先で出会った、ニューヨークでA子の返事を待っているA君、その3人を中心とした群像劇です。それぞれのキャラクターも魅力ですが、A子さんが結論を出すまでの時間が「1年間」ときっちり決まった状態ではじまっているところも特徴だと思います。登場人物の服装からも移りゆく季節がうかがえますし、2巻の最後で季節が冬から春になって、花見のシーンなどが印象に残りました。

『A子さんの恋人 2巻』第18回「巡り会う女たち」より
『A子さんの恋人 2巻』第18回「巡り会う女たち」より

近藤:アニメーションを作ったり絵を描いたりするときは、「時間」に関することを意識してきました。『A子さんの恋人』にもそれが反映されているのかもしれません。『ニューヨークで考え中』も自分で読み返してみたら、過去と比べたり、10年経ったらこうなっていた、という時間を軸にしたエピソードが多くなってきています。

1年間という期間が決まっているのは、A子さんが悩み、決断をするまでに1年という時間が必要だった、という話を描きたいからです。周りの友人たちにもそれぞれ変化が起きるので、全員が成長していく話でもありますね。

近藤聡乃『A子さんの恋人 1巻』表紙
近藤聡乃『A子さんの恋人 1巻』表紙

—執筆はアシスタントをつけずにお一人でされているんですよね?

近藤:そうです。スクリーントーンを使わないし、ベタ塗りも頼むほどはないので。線画部分はタッチが変わってしまうので自分で描きますね。

近藤さんの制作現場。「黒ひげ危機一発」は『A子さんの恋人』の中にたびたび登場する。
近藤さんの制作現場。「黒ひげ危機一発」は『A子さんの恋人』の中にたびたび登場する。

近藤さんの制作現場

—近藤さんはデジタルでなくアナログで原稿を描かれてますが、ネームはどのように日本とやりとりしているんですか?

近藤:他の漫画家さんはおそらくネームを描く前に担当編集者の方と打ち合わせをすると思うのですが、私はまず文字だけのネームをお送りしています。お芝居の台本のように全てを文章で書いたものです。そこでだいたいの内容を確認してもらったら、それを基にしてコマを割って絵を入れていきます。1話ごとのページ数も決まってないですし、かなり自由に描かせていただいています。

—作中にはA子さんが住む阿佐谷や、A太郎が暮らす谷根千エリアの風景やお店が多く登場しています。台本を書かれたあと、作画のために実際の場所を見に行ったりされるのでしょうか?

近藤: 私が実際に見に行くことはできないので、担当編集者さんに資料写真の撮影をお願いしています。ネームからラフを起こす時に、背景を決めるのですが、その際に撮影のための資料を作ります。「〇〇という場所に行って、〇〇を撮ってください。この地点に立って、このくらいの角度から、横位置と縦位置両方」というように細かくお願いしています。ただ、実際に行ったことがある場所の方が指示が出しやすいので、帰国の際には谷中や阿佐谷を歩くようにしています。

A子さんが住む阿佐ケ谷駅にある「阿佐谷パールセンター商店街」が登場するシーン。(『A子さんの恋人 5巻』第41回「A太郎と怪物」より)
A子さんが住む阿佐ケ谷駅にある「阿佐谷パールセンター商店街」が登場するシーン。(『A子さんの恋人 5巻』第41回「A太郎と怪物」より)

—そういった関係性もあって、ニューヨークでも作品制作ができるんですね。ネームを作るとき、エッセイを書いた経験などは活かされていますか?

近藤:関係あると思います。もともと中学生の頃から文章を書くのが好きで、よく書いていました。さくらももこさんのエッセイが大好きで、よく真似をしたりしていました。

—「真似をする」とは?

近藤:友達にお題を出してもらって、作文を書いたりしていました。

—すごい高度な遊びですね(笑)。そしてそれがネームに活かされていると。

いろいろな事を先延ばしにしているばかりでなかなか選べないA子さん

—私は『A子さんの恋人』をまわりの人におすすめしまくっているのですが(笑)、そのときに「ひとまず3巻まで読んでほしい!」とあわせて伝えています。1、2巻までは「ひねくれた大人の恋愛あるあるネタ」漫画の印象が強いですが、それ以降のエピソードの心理描写と演出が本当に美しくて繊細で……。

悩んでいるA子さんの心理が背景に描写される印象的なシーン。(『A子さんの恋人3巻』第26回「どうしても」より)
悩んでいるA子さんの心理が背景に描写される印象的なシーン。(『A子さんの恋人3巻』第26回「どうしても」より)

近藤:1巻はコメディ色も強いし、おそらくそこで続きを読むのを断念した方もいるんじゃないでしょうか(笑)。4巻からは話が少し複雑になってくるので、作品内で登場人物の心境を説明する言葉なども、より意識して入れています。演出だけで読ませることはできますが、担当編集者の方に「作者はわかっていても、丁寧に描かないと読者には伝わらないことがある」と意見をもらいました。

—1巻までは私もニコニコしながら1人で読んでいたのですが、2巻を読んだら「あれ?」と思って、すぐに友人を10人ぐらい集めて、通称「A子飲み」と呼んでいる読書会を開いたんです。全員がその場で読めるように当時発売されていた単行本をそれぞれ5冊ぐらい買って、回し読みしつつ(笑)。そうしたら、出てくる意見がみんなばらばらで。驚きと発見があるので、その後も新しい単行本が出るたびに開催しています。

近藤:それは予想してなかったので、面白いですね。

—普通、漫画の読書会だとメインキャラクターの話が軸になると思うのですが、共感するキャラクターとエピソードが人によって違って、自分が「A太郎とA君のどっちが好きか」という話題そっちのけで話すんですよね。ほかの人の話を聞いて、はじめて気づくキャラクターの魅力などもあったりします。A子さんについては賛否両論が飛び交いますね。

母親や友人にも責められるA子さん(『A子さんの恋人 2巻』第13回「なんで帰ってきたんだろう?」より)
母親や友人にも責められるA子さん(『A子さんの恋人 2巻』第13回「なんで帰ってきたんだろう?」より)

近藤:いろいろな事を先延ばしにしているばかりでなかなか選べないA子さんは読者から怒られそうな気がしているので、作者としてはA子さんを庇いたいと思っています(笑)。それ以外の登場人物に関しても、A太郎のエピソードが少し多いかなと感じたら、A君のエピソードを増やすなど、ある程度バランスは取るようにしてますね。

—登場人物は悩み続けていますが、物語はもう終盤ですよね。

近藤:当初の予定より延びましたが、おそらく次の巻で完結する予定です。

—最終話までの流れはすでに決まっているのでしょうか?

近藤:結末は決まっています。物語を進める中で、最初に決めていた結論から二転三転しましたが、もう決めました。ただ、その結末が正解なのかは、今こうして作品について話していても、まだ確信を持てていません。描いている最中は自分でもわからないままだと思います。

—読者は、作者が作品の答えを最初から持って描いていると思ってしまうことも多い気がします。

近藤:そうですね、でもそんなことないんですよ。『A子さんの恋人』は、ちょっとずつ積み上げたところから、その中の要素をもう一度使ったり、さらに細かく描いたり、そういうやり方で膨らませてきた作品です。完成して時間がたって、改めて読み返したら、何か違うことも見えてくるかもしれません。

—その変化は読者も感じることができる作品だと思います。今はどんな気持ちで取り組まれていますか?

近藤:現在は、終わりに向けてまとめる段階に入っています。ネームで先のほうを書きながら、本当に終わるんだなと実感しているところです。A子さんをはじめ登場人物のそれぞれと読者が、それぞれの答えを探し出せるような作品になるとよいと思っています。

書籍情報
『A子さんの恋人(5)』

2018年9月15日(土)発売
著者:近藤聡乃
価格:670円(税込)
発行:KADOKAWA

『ニューヨークで考え中(2)』

2018年1月18日(月)発売
著者:近藤聡乃
価格:1,080円(税込)
発行:亜紀書房

プロフィール
近藤聡乃 (こんどう あきの)

1980年千葉県生まれ。漫画家、アーティスト。2000年にマンガ家デビュー。アニメーション、ドローイング、エッセイなど多岐に渡る作品を国内外で発表している。2010年、アニメーション「てんとう虫のおとむらい」ダイジェスト版が「YouTube Play. A Biennial of Creative Video」(グッゲンハイムミュージアム)においてTop25に選出。2011年、個展「KiyaKiya」(ミヅマアートギャラリー)において、アニメーション「KiyaKiya」を発表。コミックスに『はこにわ虫』『いつものはなし』(青林工藝舎)『うさぎのヨシオ』『A子さんの恋人』1~5(以下続刊・KADOKAWA)、『ニューヨークで考え中』1~2(以下続刊・亜紀書房)、作品集『近藤聡乃作品集』(ナナロク社)、エッセイ集『不思議というには地味な話』(ナナロク社)などがある。2008年よりニューヨーク在住。



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