sajiが素顔を見せた理由。曝け出せない心の声を物語に託す歌

phatmans after schoolからsajiへと改名したのが2019年夏のこと。sajiとして初の楽曲となった“ツバサ”を経て、4月1日にミニアルバム『ハロー、エイプリル』がリリースされた。

メンバーの脱退、レコード会社の移籍など複数の分岐点が重なってのリスタートを切ったわけだが、何よりバンドとして最も大きな変化は、物語の体裁をとった歌の中に、ボーカル・ヨシダタクミのパーソナリティーがより色濃く見えるようになったことだ。2000年代のギターロックを軸にしつつ、煌びやかなシンセの音色やストリングスが駆け上がっていくアレンジは、自分自身を曝け出すというよりも物語化していくことへの欲求として聴こえる。しかしその歌自体に見える素顔と表情が、何よりも新たなキックオフを感じさせるのだ。始まりの季節、出会いの季節、別れの季節――「春」をテーマに据えた物語が収められている今作はある種コンセプチュアルである一方、出会えなかったものと始まらなかったものを抱え、それらを曝け出せずに生きてきた自分自身が歌の中で破裂している。phatmans after school時代は素顔を見せず今まで語らなかった3人に、今だから語れる本音を聞いた。

※この取材は東京都の外出自粛要請が発表される前に実施しました。

仮想の誰かを見立てて物語を描いてきたのは、僕は僕が恥ずかしかったからなんだと気づいたんです。(ヨシダ)

―phatmans after schoolからsajiに改名しての本格的なリスタートのタイミングだと思います。

ヨシダ(Vo&Gt):はい、そうですね。

―ただ、音楽的には2000年代初頭のギターロックや1990年代から連なるJ-POPの煌びやかなアレンジが軸で、背骨が大きく変わったわけではないと思うんですね。ご自身では、sajiの音楽をどういうものだと捉えられていますか。

ヨシダ:レーベルを移籍するタイミングでリスタートの意味で改名したけど、言われた通り、音楽の基本的な部分は変わっていないと思います。ただ、昨年saji初のシングルとしてリリースした“ツバサ”はphatmans after school時代からあった曲なので、sajiの実質的なスタートは今回の『ハロー、エイプリル』からになるんですね。そこで唯一変えようと思ったのは、曲を作っている僕自身がミックスに立ち会わないようにしたことなんですよ。

―それはどうして?

ヨシダ:今までは曲を書いている身として、特に聴いてほしい部分があった上で(サウンドの)ジャッジをしてきて。だけど当然のこととして、一般のお客さんはそんな前情報がない状態で曲を聴くんですよね。だとしたら、最もバンドを俯瞰できるディレクターさんにミックスの判断を任せてみようと思ったんです。そうしてみたところ、基本的な音楽の要素は変わらないまま、phatmans after schoolから離れることができたんですよ。わかりやすく言えばギターの分量が減って、柔らかなサウンドになって音の種類と量が増えた。そこが自分でも「J-POP寄りになったな」って思ったところで。

Spotifyでsaji『ハロー、エイプリル』を聴く(Apple Musicはこちら

―逆に伺うと、以前から変わらない軸の部分はどういうものだと思われてるんですか。

ヨシダ:歌の物語性に基軸を置くことに関しては、昔からずっと変わらないですね。歌の中で主人公を立てて、僕を含めて「誰かの話なのかもしれない」って感じられる話を作るのが好きなんですよ。で、この作品を作る時に当初考えたコンセプトは、「高校生の頃の自分に戻ること」だったんです。

―それはどうしてですか。

ヨシダ:僕が音楽を始めてバンドに出会ったのが高校生の頃で、あの頃の自分の感性がいつまでも大事だと思っているんですよ。だからずっと変わらないものとして、自分の原風景をテーマにしたかったんです。たとえば大人になってから新しい音楽に感動しても、自分の人生までは変えてはくれなくて。自分の人生を変えてくれるほどの音楽との出会いは、絶対に10代の頃にある。だけど実際に自分が大人になると、どうしてもズレが出てくるんですよね。

―それはどういう意味でのズレですか。

ヨシダ:今の僕は自分の曲をいいと思っているけど、10代の頃の自分が今の僕の曲を聴いたら果たして感動するだろうか。大人になった僕の曲は、果たして世間の人たちにピントが合ってるんだろうか――そう考えてしまうことによるズレですかね。

10代の自分の気持ちを大事にしたいと言って曲を書いても、結局は大人の自分から見た10代の自分に向けての曲になるだけで、自分の原点に戻ることなんて無理だと理解しちゃったんです。知識も増えて引き出しも増えて、身長が伸びた自分が昔の自分の目線に合わせてあげても、なんにもならないんですよね。

saji(さじ)
ヨシダタクミ(Vo,Gt)、ユタニシンヤ(Gt)、ヤマザキヨシミツ(Ba)からなる、北海道出身の3人組バンド。2010年に結成されたphatmans after schoolが母体となり、2019年にバンド名をsajiに改名。同時にキングレコードへ移籍を果たし、sajiとしてのファーストシングル『ツバサ』を発表。続けて2020年4月1日に『ハロー、エイプリル』をリリース。

―「合わせてあげる」っていう感覚で曲を書いても、むしろ10代の頃の自分に失礼かもしれないですよね。作為的にそうしても、等身大にはならない。

ヨシダ:そうなんです。だから、自分が大人になっていくからこそ書ける素直さや青さをテーマに物語を書いて、曲を全部作り直したのが今回の作品なんですよ。

―今のお話で伺いたいことがふたつあって、曲を物語にするのが好きなことと、ご自身の音楽の原風景の話についてなんですけど。まず、曲を物語にするのが好きなのはどうしてなんだと思います?

ヨシダ:……これは最近気づいたんですけど、歌の中に主人公を立てるのは、僕は自分自身が恥ずかしいからなんです。いわゆるロックバンドって、内面を曝け出して裸で叫ぶものじゃないですか。逆に言えば、普段は言えない言葉があったり葛藤があったりするからロックバンドは自分を叫んできたと思うんですけど。

でも僕は昔から、性格上「自分はこうだ」って言うのが怖いし、なんなら自分を知ってほしくないと思ってきた。だから曲を書き始めた頃から、仮想の誰かを見立てて、その影から自分が覗いているくらいがいいと思ってたんですよ。でも最近までは、自分はそういうのが好きなんだろうなって思うくらいだった。ただ2年くらい前に自己分析をしてみた時に、僕は僕が恥ずかしかったんだと気づいて。

ヨシダタクミ

自分を曝け出すようには歌えないけど、バンドであるというアイデンティティを引き戻したかった。リセットが必要だったんですよね。(ヨシダ)

―その自己分析のキッカケはなんだったんですか。

ヨシダ:2年前、phatmans after schoolのMVを撮影する時に、監督がいきなりイラつき始めたんですよ。「お前らもっと動けよ、もっと激しくエモくやれよ」って(笑)。

―はい(笑)。

ヨシダ:エモく! なんて言われても、その術を持ってなかったし。だから言われれば言われるほど僕もイラついて(笑)。それでなんでイラついたのかなって考えた時に、自分で守っていた部分に触れられたからだと思ったんです。「俺は自分のエモーションを出したくねえんだな」って。

―なるほど。

ヨシダ:そこで、自分を出すことを恥ずかしいと思ってる自分に気づいて。自分の感情を曝け出して真っ向からロックバンドをやっている人たちに勝とうとしても、逆に等身大ではなくなって心に歪みが生まれると思ったんですよ。だったら、自分を出すことを恥ずかしいと思っている人間だからこそできる音楽を追求してみようと。自分がどういう人間かを自覚した上でやってみたらどうなるかにトライしてみたくて、ミックスも全部自分でジャッジするんじゃなく、自分以外の人の視点を入れようと思ったんです。

―腑に落ちる話です。

ヨシダ:それにphatmans時代の僕らは顔も出さずに活動していたし、自分の心境を吐露する機会自体がなかったから。その分、自分がどんな人間かも理解できないまま音楽をやっていたかもしれないですね。まあ、顔を出さず活動していたのは、前の事務所から「顔を出さず、クマのキャラクターだけでやるから」と言われていたからなんですけどね。当時は何もわからないから、そういうもんなんだろうなって思っちゃってた。で、自分も自分を曝け出せる人間ではなかったから、そのまま活動し続けたと思うんですけど。

ユタニ(Gt):まあ、顔を出さないからって言われても、理由がよくわからなかったけどね(笑)。

ユタニシンヤ

ヨシダ:そうだね(笑)。で、多少世の中に認知されたこともあって、顔を出さないまま活動したんですけど。でも、前のレコード会社と契約が切れて、ドラムも脱退して……この機会で顔を隠すのをやめようと思ったんです。自分を曝け出すようには歌えないけど、やっぱりバンドであるというアイデンティティを引き戻したかった。リセットが必要だったんですよね。

―なるほど。ただ、やっぱり自分を曝け出すことの臆病さは根本的に持っているわけじゃないですか。それでも歌っていう表現を求めたり、音楽っていう表現を選んだり、結局は出てくる「自分を見てほしい」という欲求はどんな背景から生まれてきたものなんなんだと思います?

ヨシダ:僕の背景を思い返すと……僕の生まれ育った家は、親戚も含めて僕以外が全員エリートなんですよ。だけど僕だけ高校2年生の時に中退してるんです。そこで一度、人生を脱落してしまった実感があったんですよ。その経験が大きい気がします。

……これ、なんでかは上手く言えないけど、高校2年生のころ、昼から授業に出て、軽音部にだけ顔を出して帰る生活をしてたんですよ。どうしてもクラスの居心地が悪くて。で、そうしてるうちに「あいつ途中からしか来ねえな」っていう目で見られて、さらにクラスの中で浮いていくわけです。

―終わらない居心地の悪さと負のループにハマっていったと。

ヨシダ:しかも当時はチンピラみたいなカッコをしてたから、腫れ物みたいになってたし。当然単位が足りず、高校2年生の時に留年だと言われて。留年なんてカッコ悪いし、もう高校をやめることにして。でも高校をやめてみて初めて気づいたのが、北海道の田舎で「高校をやめた」っていうレッテルを貼られるのってめちゃくちゃキツいんです。高校を中退した事実が、社会のレールから脱落したという社会的なレッテルになる。そうなると、生きていく選択肢がなかったんですよね。周囲からは、まるでゴミを見るような目で見られてたので。

―「ダメ」の烙印を周囲から勝手に押されて、さらに居心地が悪くなって身動きが取りづらくなった。

ヨシダ:そうなんですよ。高校をやめて初めて、さらに身動きがとれないことに気づくんです。そうなった時に、人生を一発で変えるにはどうしたらいいか考えて。『夜王』っていう漫画に、「どんなにキツくても、上にさえ上がっちまえば下克上なんだ」っていうセリフがあって、これだと思ったんです。で、僕が家族の中で唯一負けないのは音楽だった。じゃあやるしかないと思ってバンドを組んだのがその時だったんです。

―人生逆転のために音楽が必要で、音楽をやるためにバンドを欲したということ?

ヨシダ:そうですね。最初は中古のMTRでオリジナル曲を作って、いきなりレコード会社に送ろうとしてたんですけど(笑)。でもよくよく考えると、北海道の田舎育ちの僕の知る限りでは、音楽で世に出る手段が2択だったんですよ。ゆずやサスケみたいな路上上がりのシンガーソングライターか、コンテストで勝ち上がるバンドか。だから音源を郵送するよりも、まずバンドを組まないと世に出られないな、と。それでバンドを組んだんですよ。

求心力を持てなかった経験が裏返って、憧れとして出てきてる。だからこそ、僕が描く主人公は基本後ろ向きなんだけど、最後に絶対希望を入れたいんです。

―高校の先輩であるユタニさんから見て、後輩のヨシダさんはどんな人でしたか。

ユタニ:学校で見ていた当時は、「俺は決めたらこれをやる」って言って周りを気にしないタイプでしたね。でも波長も合ったし、一緒にバンドをやろうとなったのはすごく自然だったんですよ。自分よりも音楽的な知識があったし、一緒にいて面白いヤツではありましたね。いい曲を書くなあって思ったし。

ヤマザキ(Ba):そうだね。僕個人の好みとしては、sajiでやっているタイプの音楽よりもソリッドなロックが好きだったりするんですよ。そんな自分でも素直にいいなと思える曲がヨシダからは出てくるので。音を出していて楽しい曲だなって思うし。そこが不思議だよね。

ヤマザキヨシミツ

ヨシダ:なんなんだろうね? でも、音楽はずっと身近にあったし、ずっと曲を作ってたからなあ。

―気づいた時にはMTRを買って音楽をやろうと思えるくらい、生まれ育った環境に音楽が溢れてたんですか。

ヨシダ:うちの親が音楽好きで、フォーク全盛世代だったのもあって、ギターを弾いて井上陽水さんの曲を歌ってみせてくれたことがあったんですね。だから僕も、歌うことや音楽を聴くことを自然なものとして感じてましたね。で、家には漫画もたくさんあって。漫画から言葉を覚えたし、音楽からポップなものを吸収したし。

遊ぶ時も音楽がすぐそこにあったから、小学校の時にキーボードを買ってもらって。そこに入ってる曲を全部覚えて……そうすると、今度は自分で曲を作りたくなるんですよ。それが自分には普通なことだったんですけど、周りからは「すごい!」って言われる。これはすごいことなんだと自覚すると、これなら勝てるかもしれないっていう気持ちが出てきて。それをずっと続けてるのかもしれないですね。

―話を伺っていても思うんですが、本当に自分を曝け出したくなくて、本当に物語として描きたい人の歌ではないと思うんですよ。大仰なくらい駆け上がっていく展開にしろ、シンセやストリングスの彩の多さにしろ、物語を描くんじゃなく自分を物語にしたくて曲を作っている人だと感じる。それは、<いつも、言葉は届かない / それでも僕は声にする>(“コトバトビト”)っていうラインにも漏れている気がするんですよ。

ヨシダ:ああ……話していて自分でも思いましたけど、たとえば全校集会でスピーチしてくださいとか、クラスの前に立って自己紹介してくださいとか、そういうのは大嫌いなんですよ。でも、学芸会だったら主役に手を挙げたい。こいつはどんなヤツなのかっていう目には怯えるけど、自分を投影できる何かはずっと探してる。理想の自分の姿がずっと僕について回っていて、音楽の中であればその姿を描けるんです。演じてるっていうのとはまた違うんだけど……なんとなく見える理想の誰かを、音楽で見せている感覚。

―理想の姿って、言葉にするとどんなものなんですかね。

ヨシダ:ひと言で言えば、僕と真逆の人間なんでしょうね。人当たりがよくて、人とコンセンサスを取りながらいろんなことができて。堂々と前に立てる人……それは自分がなれなかったもの、とも言えるかもしれない。誰かにとっての求心力を持てなかった経験が裏返って、憧れとして出てきてる。だからこそ、僕が描く主人公は基本後ろ向きなんだけど、最後に絶対希望を入れたいんです。

―そうですよね。今になってクラスの中で浮いていた自分を振り返ると、自分がすごいと思いたくて人から距離をとっていたのか、ただただ居心地が悪かったのか、どうだと思います?

ヨシダ:……高校1年生まではすごく充実してたんですよ。目立ってたし。曲を作れることに関しても「すごい」と言われて、すごく嬉しかった。だけどだんだん、自分は本当にすごいと思い込んで、自尊心を維持するために周囲から距離をとっていたのかもしれない。「自分は違う」って思いたがってたというか。実際、「あいつらはダメだ」って周囲を否定することで自己肯定するようになっていたから。

たとえわかりやすく物語調の歌ではなくても、それでも人の物語がここにあるんですよ。(ヨシダ)

―そういうご自身にとって、バンドはどんな場所になってきたと思います?

ヨシダ:言ってしまえば、ひとりでやろうと思えばいくらでもできるんですよ。楽器も全部できるし、曲も作れる。だけどユタニくんやヤマザキくんはまさにそうなんですけど、楽器が自分よりも上手い人に出会っていくわけです。そういう人と出会うことで、周囲を否定するんじゃなく尊敬することを知ったんですよね。そう思えるようになったのは、バンドのおかげなんです。なんていうか……なりたかった理想の自分を描くと、「人とともに何かをやる」っていうこともそこに含まれてくるんだと思います。

―そうですよね。“ミラーリンク”や“孤独の歌”を聴いていても、「独りにはなりたくない」っていう歌だと思うんですよ。

ヨシダ:間違いないと思います。いわゆる普通の人生からあぶれた経験があるから。居場所がないことが本当に辛いことも、消えたくなるほどの無力感も知ってるんです。だからこそ、人が独りになってしまう瞬間にも寄り添いたいんですよ。今ひとりの人にとって、僕らの音楽や歌が居場所になってくれたらいいなって思う。

ユタニ:まあ、僕にとってはバンドが学校の続きみたいなところがあるけどね。放課後に好きなヤツらと一緒にいて、ワイワイ言いながらつるんでる。年齢もあるし大人にもなるけど、だからこそ無邪気な自分に戻れるからバンドが好きだし、sajiが大事なんですよ。タクミの曲が好きなのも、無邪気に理想と物語を描いてるからなんです。いつでも甘酸っぱい気持ちに戻れるから。

―そういう意味でも“孤独の歌”が今作の肝だと思うんですよ。この曲は、物語の枠を逸脱して、今日話してくれたヨシダさん自身の歌だと感じて。

ヨシダ:ああ、そうですね……僕自身は居場所を見つけることができたから、まだ幸せなほうなんです。だけどつい最近、ある女子高生が自殺したショッキングな事件があって。そのニュースを見たのが、レコーディングの前日だったんです。あの事件を知って、思わずその子のアカウントを見てしまったんですね。そしたら、「死にたい」って呟きながら、「生きたい」とも書いてたんです。誰かが助けてくれたら居場所があったのにな、とか考えて……辛くなって、元々の曲の歌詞を全部書き直したのが“孤独の歌”なんです。消えてしまいたいと思ったことのある自分は、他人事では済ませられなかったんですよ。

―今作の中で異彩を放っているとも言えるし、今日お話を伺ってきたヨシダさん自身の核を表している歌だとも思う。

ヨシダ:バンドを続けてきて、素直に自分を表現できない子が僕らの音楽を求めてくれることも知ってきたんですよ。その中には、ボタンを掛け違えたら一線を超えてしまいそうな子もいて……しかも、今の世の中自体が疲れていて荒んでいるじゃないですか。そうなると、不快感を与えないものが重宝されるようになっていく。だけど、やっぱり現実的で残酷なことが自分の中から出てくることもあって。“孤独の歌”はまさにそういう曲だと思うんです。たとえわかりやすく物語調の歌ではなくても、それでも人の物語がここにあるんですよ。

―そもそも人間って、自分で自分を物語化して生きていくところがあるじゃないですか。それでも周囲の目に監視されるような感覚が増えてしまったり、誰かがすでに極端な答えを用意していたり、答えがないからこそ生まれる「物語化」が難しくなっていく。そんな今、どんなに些細でもいいから、自分の物語を歩いていく感覚を持てるキッカケを自分で作ることがとても大事になってくる気がするんですよね。

ヨシダ:昔はもっと、無邪気に「プロ野球選手になります!」とか「プロのミュージシャンになります!」って言えたし、そこに向かって打ち込めたと思うんです。だけど今は、自分よりすごいヤツがどれだけいるかを知ってしまうキッカケと情報が多すぎて。だけどね、いろんなものを諦めていろんなものに絶望した先で、唯一残ったのが音楽だったんですよ。だから、これを貫いた先で誰と出会えるのか……いろんな人が自分の歌だと思えるような物語を描いていけたらいいですね。

リリース情報
saji
『ハロー、エイプリル』初回限定盤(CD+DVD)

2020年4月1日(水)発売
価格:2,530円(税込)
KICS-93914

1. ミラーリンク
2. シュガーオレンジ
3. 孤独の歌
4. コトバトビト
5. ユートピア
6. YELL MY STORY

DVD収録内容:
“シュガーオレンジ”MUSIC VIDEO
“シュガーオレンジ”MUSIC VIDEO MAKING
『saji 1st Live 2019 ~尾羽打チ枯レズ飛翔ケリ~』Live Document

プロフィール
saji (さじ)

ヨシダタクミ(Vo,Gt)、ユタニシンヤ(Gt)、ヤマザキヨシミツ(Ba)からなる、北海道出身の3人組バンド。2010年に結成されたphatmans after schoolが母体となり、2019年にバンド名をsajiに改名。同時にキングレコードへ移籍を果たし、sajiとしてのファーストシングル『ツバサ』を発表。続けて2020年4月1日に『ハロー、エイプリル』をリリース。



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