「中年の危機」を乗り越えたカール・ハイド、初ソロアルバムでありのままをさらけ出す

昨年開催されたロンドンオリンピックの開会式、スポーツの祭典でありながら、イギリスの音楽シーンの豊饒なる歴史を感じさせる演出の数々に、心躍った音楽ファンも多かったはず。では、あの式典のプロデュースを務めていたのが、お互いの名を世界に広めた『トレインスポッティング』をはじめ、さまざまな作品でコラボレーションを果たしているダニー・ボイル(芸術監督)とUnderworld(音楽監督)だったことはご存知でしょうか? カール・ハイドとリック・スミスによって1987年に結成されたUnderworldは、25年という歳月の中で、常にアーティスティックな姿勢を崩さないまま、巨大なダンスフロアを揺らし続け、国民的なミュージシャンとしてのポジションを築いてきた。

そのUnderworldのカール・ハイドが、55歳にしてキャリア初となるソロアルバム『Edgeland』を完成させた。Underworldの音楽にも内包されているアンビエント〜チルアウト的な側面をクローズアップし、カールがエモーショナルな歌声を聴かせる、実に素晴らしい作品である。カール同様にブライアン・イーノとの交流も深いレオ・アブラハムスとのコラボレートによる制作では即興が重視され、ボーカルはすべてファーストテイクを採用、歌い直し一切なしというのだから驚きだ。また、きらびやかな都会でも、牧歌的な田舎でもなく、その境界(=エッジ)で生活する人々の生活を描いたロードムービー的な歌詞も、本作の陰影の美しさを際立たせている。


しかし、本作の制作中、カール・ハイドは一時期完全に自信を喪失してしまったそうだ。8分半に及ぶ本作のクライマックス“Shadow Boy”の<I've lost my confidence to write these words to you(君に向けてこの言葉を書き綴る自信がなくなってしまったんだ)>という歌詞は、この時期の心境が素直に綴られたものだろう。思えば、2010年に発表されたUnderworldの最新作『Barking』は、ひさびさにアンセミックなチューンを並べた瑞々しいアルバムだったし、さらにオリンピックの音楽監督という大仕事を成し遂げた後とあっては、年齢的に考えて、燃え尽きてしまってもおかしくはなかったはず。しかし、歩みを止めることなくソロアルバムの制作に取り組み、即興を重視した制作を通じて自らをそのままさらけ出すことによって、カールは「中年の危機」とも言うべき困難を見事に乗り越えたのだ。“Shadow Boy”という曲は、影さえもなくした男が再び光を見出していく、感動的な曲なのである。

さて、ここで注目したいのは、コラボレーターのレオ・アブラハムスの存在だ。彼は近年Suedeのブレット・アンダーソンのソロアルバムを手掛けたり、Pulpのリユニオンツアーにギタリストとして参加したりと、90年代に活躍したUKレジェンドの再生工場のような役割を果たしている。レオ自身はまだ35歳と脂の乗った年齢で、この若き才能がカールの再生も後押ししたことは間違いないだろう。ちなみに、彼は元The Libertinesのカール・バラーのソロアルバムも手掛けているが、こっちのカールはまだ若いんだから、老け込まずに頑張ってほしい。

一方、相方のリック・スミスはといえば、最近ダニー・ボイルの新作のサントラを作り終えたところだという。つい先日『トレインスポッティング』の20年後を、まったく同じキャスティングで描いた続編が2016年に公開されるという情報がTwitterなどでも大きな話題を呼んでいたが、これが実現すれば、もちろん音楽を手掛けるのはUnderworldだろう。同じように「中年の危機」を迎えているかもしれないマーク・レントンのバックでかかる、20年後の“Born Slippy”。ぜひとも聴いてみたい。

リリース情報
Karl Hyde
『Edgeland』国内盤(CD+DVD)

2013年4月10日発売
価格:2,800円(税込)
BRC-366X

[DISC1]
1. The Night Slips us Smiling Underneath it's Dress
2. Your Perfume Was The Best Thing
3. Angel Caf ?
4. Cut Clouds
5. The Boy with the Jigsaw Puzzle Fingers
6. Slummin' It For The Weekend
7. Shoulda Been A Painter
8. Shadow Boy
9. Sleepless
10. Cascading Light(Bonus Track for Japan)
11. Out of Darkness(Bonus Track for Japan)
12. Dancing on the Graves of Le Corbusier’s Dreams(Bonus Track)
13. Final Ray of the Sun(Bonus Track)
14. Slummin' It For The Weekend(Bonus Version Mixed by Brian Eno)
15. Cut Clouds(Figures remix)(Bonus Track)
[DISC2]
1. The Outer Edges (A Keran Evens film) 約50分の映像作品DVD(日本語字幕付)

プロフィール
Karl Hyde

1980年から仕事を共にするリック・スミスとカール・ハイドは、1987年にUnderworldを結成。「ダンスフロア向けのアンセム」を世に送り出すのと平行し、より奥の深い音風景としての音楽制作も行っている。ダニー・ボイルやアンソニー・ミンゲラの映画作品のサウンドトラックや、王立国立劇場やスコットランド国立劇場の舞台音楽を手がけ、2012年のロンドンオリンピック開会式では音楽監督を務めた。カール・ハイドはソロ名義で「SónarSound Tokyo 2013」の出演が決定。自身によって厳選されたバンド・メンバーを引き連れ、ソロ・パフォーマンスを本邦初公開する。新曲やアンダーワールドの名曲を再構築したスペシャルなセットを披露する予定。



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