教材はアラーキー。ホンマタカシと一緒に学ぶ、かたくるしくない写真のお勉強

教材はアラーキー。かたくるしくない、「たのしい写真」の手ほどき

先日刊行された雑誌『SWITCH Vol.33 No.2』は、アラーキーの名で愛される写真家・荒木経惟の膨大な作品群を、同じく写真家であるホンマタカシが読み解いていくという特集だ。ホンマがアラーキーに焦点を絞ったのはなぜか? この記事のために行ったメールインタビューで、ホンマは荒木の仕事を「オープンかつコネクティブ」だと述べ、さらに「荒木さんに接触したい、調べたい、という、いてもたってもいられない初期衝動があるんです。それが結局全てで、その熱がどうしようもなくあるんです」と答えた。

荒木経惟によるセルフポートレポート © Nobuyoshi Araki
荒木経惟によるセルフポートレポート © Nobuyoshi Araki

本特集では、東京国立近代美術館主任研究員の保坂健二朗、写真家の佐内正史、編集者の末井昭らの証言を手がかりに、アラーキーの写真に見られる「物量」「反復 / マンネリズム」「エロス」「嘘」などを多角的に再検証し、作家論の枠を越えて「写真とは何か?」を問う大きな写真論へと広がっていく。これまで写真を愛してきた人にも、これから写真に触れる人にもオススメしたい、上質な教科書ともいえる一冊だ。とはいえ、アラーキーが「教材」である以上、眉間にしわを寄せながら読むような雰囲気はナシ。まさしく「たのしい写真」だ。

『SWITCH Vol.33 No.2』表紙
『SWITCH Vol.33 No.2』表紙

幻の一冊、『センチメンタルな旅』で撮影された全カットを見るチャンス

その冒頭、特集タイトルに先んじて掲載されているのが、アラーキー屈指の名作として名高い『センチメンタルな旅』のコンタクトシート全18枚である(コンタクトシートとは、写真フィルムを直接印画紙の上に並べて置き、プリントしたもの。大雑把に言えば、写真屋さんでもらえるインデックスプリントの手作り版)。愛妻・陽子との新婚旅行の道行きを108枚の写真で構成した同写真集は、1971年に限定1000部の私家版として発行された。10年ほど前にドイツの出版社から再販されたものの、なかなか現物を目にするチャンスに恵まれない幻の一冊。1991年に新潮社から刊行された『センチメンタルな旅・冬の旅』は、21枚の再構成版と、1990年にガンで亡くなった陽子との最後の時間をとらえた『冬の旅』を収録しているが、やはり完全とは言いがたい。

荒木経惟『センチメンタルな旅』
荒木経惟『センチメンタルな旅』

その意味でも、オリジナルの『センチメンタルな旅』掲載カットと、選ばれなかったカットの全貌に触れられる『SWITCH Vol.33 No.2』は、写真ファン垂涎の特集なのである。

アラーキーにとって「嘘」とは何か

私はこの特集冒頭と、手元にある『センチメンタルな旅・冬の旅』を見比べながら読み進めてみることにした。21枚に再構成された後者からは、京都~福岡~長崎をめぐる旅情はすっかり影を潜め、男女の親密さと緊張が同居した関係性が浮かび上がる。あまりにも有名な、舟の上で胎児のような姿で横たわる陽子が「生」のメタファーであるとすれば、彼女の「死」とその後の大きな喪失を暗示する『冬の旅』が合わさることで、アラーキーの世界観の柱である「エロス(生)とタナトス(死)」は、この一冊から始まったのだと推し量ることもできる。

次にコンタクトシートに目を移して、オリジナル版の掲載カットを確認してみたい(『SWITCH Vol.33 No.2』の86~87ページでは、掲載順も確認できる)。やはり裸体や性交が軸にはなっているが、その合間に街景や食事が挿し挟まり、旅の軌跡を伝えるものにもなっている。それはつまり、旅の時系列を写真の上でも遵守しているという証明だ。「前略、もう我慢できません」の書き出しで知られるアラーキー直筆の序文には「これはそこいらの嘘写真とはちがいます(中略)新婚旅行のコースをそのまま並べただけ」との記述がある。1970年代当時のファッション写真の氾濫を攻撃し、写真の虚構性を批判するアラーキーの言葉は、『センチメンタルな旅』における写真とコンセプトの言文一致を宣言している。

『センチメンタルな旅』のコンタクトシートの一部
『センチメンタルな旅』のコンタクトシートの一部

だが、その後1980年にまったく嘘の日付を写真に焼き付ける『荒木経惟の偽日記』を発表することになるアラーキーにしてみれば、『センチメンタルな旅』もけっしてバカ正直に真実を写したものではなかったかもしれない。1~9枚目のコンタクトシートでは、多少の前後はあるものの、撮影場所をまたいで掲載順が入れ替わることはない。だが10~18枚目では、屋外で撮影されたヌードのカットを軸にして、大幅な時間のシャッフルが執り行われている。また、11枚目以降は採用されるカットの数も増加している。

おそらく7枚目から始まる福岡の旅館での撮影は、アラーキーにとってとても重要だったに違いない。「荒木経惟」という主体が旅の中で感受した真実は、やはり陽子との関係を中心にして生起するものだったのだろう。だからこそアラーキーは、ささやかな嘘の混ざった写真を、「私小説」としての真実だと、宣言することができたのだ。

写真家の視点を追体験する、「コンタクトシート」という旅

ホンマは、「写真家にとってコンタクトシートとは?」という質問に対して、「視点、撮影の過程を追体験、検証できるもの。かつ、それ自体が作品」と答えている。たしかにこれまで述べてきたのは、写真家の見たもの、感じたことの過程をなぞる作業だった。そして同時に、ある小説を読み通したような深い読後感も覚える。

新婚旅行という少しクラシックに思える旅に出かけた男女の透明な同行者である私は、男の瞳を介して、これからも愛し続ける女のさまざまな表情、姿態に触れようとする。けれども、親密な関係であるはずの女は写真の中でけっして笑顔を見せない。それは、あえてそういう写真を選んだからなのではなく、そういう写真しかなかったからでもあるのだ。笑顔を撮ることを許さない女。しかし、そういう女だったからこそ男は一緒にいることを決めたのだと思う。

ここから約20年後に刊行された『センチメンタルな旅・冬の旅』で、女は男の向けるカメラに柔らかな笑顔を見せている。アラーキーは『センチメンタルな旅』の序文を「私は 日常の単々とすぎさってゆく順序になにかを感じています」と締めくくっている。ある生活の始まりがとらえられたコンタクトシートと、その終わりが収められた写真集のあいだの20年に想いを馳せる。そんな特集の一葉である。

書籍情報
『SWITCH Vol.33 No.2』

2015年1月20日(火)発売
価格:1,080円(税込)
発行:スイッチ・パブリッシング

(メイン画像:©Nobuyoshi Araki)

プロフィール
荒木経惟
荒木経惟 (あらき のぶよし)

1940年東京三ノ輪生まれ。おもな代表作に『センチメンタルな旅』『愛しのチロ』『東京物語』『エロトス』『花曲』『荒木経惟写真全集』(全20巻)『東京ラッキーホール』『人妻エロス』シリーズ、『ARAKI by ARAKI』『花緊縛』『愛のバルコニー』『72才』など、写真集約400冊。東川賞、日本文化デザイン会議賞、織部賞、オーストリア国最高位の科学・芸術勲章、安吾賞、毎日芸術賞特別賞など受賞多数。

ホンマタカシ

写真家。1962年東京生まれ。2011年から2012年にかけて、自身初の美術館での個展『ニュー・ドキュメンタリー』を日本国内3か所の美術館で開催。写真集多数、著書に『たのしい写真 よい子のための写真教室』がある。最新刊に『New Documentary』。現在、東京造形大学大学院 客員教授。



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