総務省も認めた27歳の異能クリエイター・落合陽一「CGに見飽きた現代人を驚かせたい」

CGの世界を現実で具現化する27歳

ものを宙に浮かせる。空中に絵を描く。見えない力で物体をコントロールする……。そんな光景をCGで見て、いまだに驚いている人間はいないだろう。画面は、現実と非現実の世界を根本的に切り離す。そして、現実の世界がこれまでと変わらない常識の上にあるという安心感を、僕たちに与えてくれる。

しかし、CGでしか起こらないような現象が、現実的に目の前で起こったらどうか? 8歳からCG制作に親しみ、画面の中の世界もたっぷり見てきた落合陽一は、それらを物理とコンピューターの力で具現化してきたメディアアーティストだ。

「今までCG上でしか実現できていなかったことが、現実の世界で、五感に届く形で起こったら、原理的な感動を巻き起こせるかもしれない」。そう語る27歳の青年は、世間から「現代の魔法使い」と呼ばれている。総務省による技術者支援制度「異能(Inno)vationプログラム」(情報通信技術の分野において、これからの日本を創る挑戦者を応援するプロジェクト)に採択されたり、東京大学を飛び級したりするなど、その経歴は「天才」を感じさせるエピソードでいっぱいだ。いったいどんな人物なのか? 高級シャンパーニュ「ドン ペリニヨン」の中でも革新的と言える商品(昨年末ローンチの「ドン ペリニヨン P2」)の世界を紹介するイベント『ドン ペリニヨン P2 エクスペリエンス』で、彼がインスタレーションを発表すると聞き、東京・平和島にある東京流通センターの特設会場を訪れた。

音波で物体が空中に浮かび、室内で巨大な稲妻が発生する

単一年に獲られた葡萄のみを用いて造られるドン ペリニヨンは、ひとつのヴィンテージの熟成過程の中で、何度かの「プレ二チュード(熟成のピーク)」を迎える。その1回目、8年以上の歳月を経たものを「P1」と言い、そこからさらに8年の時を重ね、16年以上熟成させて出荷されるドン ペリニヨンを「P2」と呼ぶ。このイベントは、「P1」を経て到達した、自然の働きによってその味がさらに研ぎ澄まされた「P2」の世界を紹介するもので、会場にはいくつもの刺激に満ちたインスタレーションが展示されていた。

入口付近にあるのは、エネルギーを圧縮して10億分の1秒の周期で繰り返し照射する「ナノ秒レーザー」を使い、グラス内のドン ペリニヨンの泡をコントロールするインスタレーション。通常、泡は規則性なく立つが、ここでは繊細な泡が円柱型の束になり、グラスの中を左右前後に自由に移動している。またその奥には、無数の小さなスピーカーに囲まれた箱の中で、粒子化された発泡スチロールの玉を宙に浮かせる作品がある。「音波の一つひとつは小さな力ですが、それを積み重ねて凝縮すると、物を浮かせることもできるんです」と落合。

「ナノ秒レーザー」を使って、泡をコントロールするインスタレーション
「ナノ秒レーザー」を使って、泡をコントロールするインスタレーション

音波によって物体が浮いているインスタレーション
音波によって物体が浮いているインスタレーション

赤外線レーザーにせよ、音波にせよ、もちろん目には見えない。理屈は分かっていても、不可視の力が物体を操作している様には、たしかに魔法に近い驚きを感じてしまう。「自然の力を人間の創造力でもって人為的に凝縮させ、物質に変化を与える。『ドン ペリニヨン P2』を生み出す熟成過程の仕組みも同じことです。それを他のエネルギー、たとえば音や光に置き換えてやってみようというのが今回の発想。CGで見るのではなく、現実の空間で見せられると、どうなっているのだと不思議に思うでしょう。その純粋で原理的な感動が大事だと思っているんです」と落合は話す。

広い会場を先に進むにつれて、扱われるエネルギーは強力になる。部屋の奥では、大きな音を立て天井から流れる滝に映像を投映したインスタレーションが(映像はA4A東市篤憲が制作)。またカーテンで区切られた暗い別室には、乱舞する大量のシャボン玉に点滅する光を当てることで、まるでシャンパンの中に自分が入ったかのような体験ができるインスタレーションが用意されていた。最近の落合の関心は、高精細な空中ディスプレイを作ること。彼によれば、シャボン玉の皮膜は人工物の中でも究極的に薄いものであると言うが、スクリーンや壁ではなく、水滴やシャボン玉のような淡い物質を使って三次元的な映像体験を作り出すこれらのインスタレーションは、「空中に絵を描く」という彼の夢の延長線上にあるものなのだろう。

滝に映像を映し出している様子
滝に映像を映し出している様子

展示室の最奥では、100万ボルト近い電圧をかけることで、人為的に稲妻を発生させる装置が展示されていた。普段は少し離れた空や、映像の中で他人事のように見たりすることの多い稲妻が、耳が痛くなるほどの巨大なノイズと地響きを伴いながら目の前で起きると、恐怖とともに、何か肉体的な喜びも湧いてくるから不思議だった。

高電圧で稲妻を発生させる装置
高電圧で稲妻を発生させる装置

落合陽一の未来予想。感動的な「アート」と「テクノロジー」の融合とは?

会場を巡り終えたあと、あらためて落合に話を聞いた。彼はメディアアーティストを名乗っているが、その作品は、よくある難解で専門的で「解説を読むことありき」のメディアアートの印象とはだいぶ違う。いや、落合作品に高度な技術が使われていることは当然なのだが、その感動の質は、どこか「原理的」なのだ。

「僕はよく『心を動かす計算機を作りたい』と言うんです。それはそのまま僕が考えるメディアアートの定義で、機械やコンピューターによって作られてはいるけれども、人に感動を与えられる作品のこと。普段は映像やCGの中に閉じ込められている我々のイマジネーションを、どうすれば現実の世界で実現できるかをいつも考えています。文脈ありきのメディアアートではなく、文脈から自立した作品を発明という筆によって描きたいんです」

「文脈からの自立」という言葉を聞くと筆者がいつも思い出すのは、マイケル・ジャクソンの「ムーンウォーク」だ。普通には考え難い動きを見せるあのダンスは、ダンスの文脈を知らないどんな人間にも新鮮な驚きを与えるものだろう。かといって、そのステップに仕組みがないわけではない。「重力」という、この世界の前提から自由になった「かのように見える」動きだからこそ、そこに「魔法」を目にしたかのような驚きが生まれるというだけだ。

「僕がやりたいこともそれに近いかもしれませんね。文脈は分からないけれど感動する。原理は分からないけれどすごい。そんなアート作品が増えれば、日常を彩るような新鮮な喜びが、もっと増えると思うんです」

さらに落合は、メディアアートの未来についても語ってくれた。たとえば、多くの人が注目するAppleの新製品発表会。Appleが得意とする先鋭的なプロダクトデザインにも注目が集まるが、それ以上に、新たなテクノロジーやサービスが生み出す体験のワクワク感が話題となる。「ここにはテクノロジーこそ文化、と呼べるような状況がある」と落合は言う。

「つまり、人の心に響くテクノロジーを使った製品やサービスが成功しているんです。感動を与えない製品の価値はなくなり、人の心を動かすことがますます重要になるでしょう。その意味で、世界のあらゆる製品やサービスはメディアアート化していくというのが、僕の未来予想です。そんな中、広義でアートを捉え、AppleやGoogleと同じ土俵に立ち、彼らと同じレベルの驚きや感動を作り出していくことが、いま、僕らアーティストに求められていることだと思います」

パソコン、スマホ、テレビ。人が、かつてなくスクリーンの奥を眺め続ける現代。そんな時代に画面から飛び出し、また狭義のメディアアートからも飛び出し、落合は現実の世界で「魔法」を生み出し続ける。目の前で巨大なノイズと地響きを伴いながら発生する稲妻は、スクリーン上の派手なイリュージョンよりも、想像がつかない未来に繋がっている。

イベント情報
『ドン ペリニヨン P2 エクスペリエンス』

2015年7月28日(火)
会場:東京都 東京流通センター

プロフィール
落合陽一 (おちあい よういち)

1987年生まれの27歳。メディアアーティスト。巷では「現代の魔法使い」と呼ばれている。筑波大でメディア芸術を学んだ後、東京大学を短縮修了(飛び級)して博士号を取得。2015年5月より筑波大学助教・デジタルネイチャー研究室を主宰している。経産省より「未踏スーパークリエータ」、総務省の変な人プロジェクト「異能vation」に選ばれた。国内外の受賞多数。



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