「正しいコミュニケーション」なんて存在しない。心の「もやもや」の保ち方を教えてくれる3冊

「何と言ったらいいのか分からないけど……」の奥にある本心

インタビューをしていて、ここを聞き逃してはならないと慎重になるのは、相手が「はっきり言いますけど」と勢い良く切り出したときではなく、「何と言ったらいいのか分からないけど……」と慎重に話し始めたときだ。自分の引き出しに整理されていたものよりも、枠組みが定まっていない断片をお裾分けしてくれたときのほうが、その人の思考の奥まで辿れるチャンスが広がる。

カウンセラーでもありナンパ師でもあった高石宏輔による『あなたは、なぜ、つながれないのか:ラポールと身体知』(春秋社)は、そのタイトルにシンプルに答えるような本ではないが、むしろ、対人関係のわだかまりに対して明答を提出してこないところに信頼を寄せたくなる。日頃、コミュニケーションは「もやもや」を解き、「理解すること」をゴールに稼働していくけれど、著者は「もやもや」を維持すること、つまり「何と言ったらいいのか分からないけど……」が保たれることを推奨する。

「もやもや」は道程ではなく、立派な「状態」である

「なんだかもやもやする」「いらいらする」という感覚はあらゆる場面で生じる。それらはスッキリ解決しなければならないものとして目の前に現れる。しかし、著者は「何かが詰まっているような感覚のある、そういう『もやもや』などのような身体感覚も含んだ気持ちの表現の中に留まることで、自分が今まで自覚していなかった自分の気持ちや感覚、気になっていたことに気がつくようになる」と記す。つまり、「もやもや」を結果への道程と考えるのではなく、それは立派な「状態」であって、むしろ留まるべきなのだ、と。インタビュー相手に限らず、友人でも恋人でも、話者が葛藤を抱えたまま話し始めたのであれば、その状態に留めておくことをすぐに手放すべきではない。

書店に並ぶタイトルを見渡すだけで分かるが、カウンセリングや自己啓発系の書籍のおおよそは、とにかくこれさえ読めば良き結果を導くことができると、効能を露骨に打ち出してくる。それはとっても乱暴に見える。著者は「悩みを解決しようとするよりも、一緒にその人自身の〝箱の中〟を見ていくという感覚が大切」と書く。最適解を探り当てるのではなく、その人の中に転がっている、形にならないもの、点在している断片を確認するだけで構わないのだ。

ドキュメンタリー映画における「被写体への責任」とは

読書というのは、まったく関連性などないかもしれないのに、自分の読んだタイミングによって引き付け合うから面白い。本書に続けて読んだ2冊の本が、ともに「観察」と「言葉」に軸足を置いていた。

『選挙』『精神』などで知られるドキュメンタリー映画監督・想田和弘は自らの映画手法を「観察映画」と名づけ、台本、ナレーションやBGMを排した映像を制作してきた。新著『カメラを持て、町へ出よう「観察映画」論』(集英社インターナショナル)でも、「観察」の概念について重ねて言及している。台本やナレーションがないのは、決して自然体を担保するための作為ではない。想田はドキュメンタリーとフィクションの違いを「被写体への責任」という言葉で表現する。観察に徹するのは、相手の自然を引っ張り出すためではない。「観察映画の観察は『参与観察』だ」とする。つまり、「記述者・撮影者である自分も含めた世界の観察」なのである。だからこそ想田の作品には、想田自身も登場するし、相手はその参与によって行動を乱される場合もある。気配を消して稀少動物の姿を捉えるのとはワケが違う。彼の作品は、壮大なオチを用意しないが、その意識は、高石が指し示す「状態」に留まらせる意識と近いものを感じる。

感情を失いかけた老人たちを、饒舌に語らせる意味

六車由実の新著『介護民俗学へようこそ!「すまいるほーむ」の物語』(新潮社)は、静岡県沼津市のデイサービス施設で介護士として働く著者が、介護の現場に「聞き書き」を取り組んでいく様子を追った1冊だ。その詳細は前著『驚きの介護民俗学』(医学書院)に詳しいが、介護現場のお年寄りたちの存在を「民俗学の宝庫」とする著者は、その豊穣な人生経験を尋ね、記録し続けてきた。

著者は「老いは厄介なものとしてしかとらえられなくなり、老いにより一人でできないことが増えたお年寄りたちは、一方的に介護され保護されるしかなくなっている」と指摘する。介抱する側がいたずらに優位性を持ちやすい介護現場において、老人たちは、感情を解き放つことが難しくなる。著者が一人ひとりの声を拾い上げるなかで、老人たちの記憶は連鎖するように蘇り、饒舌に、表現力豊かに語り始める。それは「死」との距離を再確認することにも繋がる。老人たちは、語れば語るほど活き活きとしてくる。最初はかならず、もやもやと、断片的に語られる。その欠片を掬い上げる仕事が、失いかけた感情を引っ張り上げていくのだ。

この3冊に通底するのは、人との対話にマニュアルを設けないこと。ノウハウという近道を疑うことは簡単ではない。でも、人と対話する際に、「こうすれば近づける」というマニュアルにすがらないのは、決して相手を理解することから遠ざかる選択ではないのだ。直面する煩悶を身体で感知し、言葉に変換していく。その反復によって自分を断片的に獲得していく。ありきたりの正しいコミュニケーションを信頼しないところが、これらの本が信頼に値する理由である。

書籍情報
『あなたは、なぜ、つながれないのか:ラポールと身体知』

2015年5月18日(月)発売
著者:高石宏輔
価格:1,728円(税込)
発行:春秋社

『カメラを持て、町へ出よう「観察映画」論 』

2015年7月24日(金)発売
著者:想田和弘
価格:1,404円(税込)
発行:集英社インターナショナル

『介護民俗学へようこそ 「すまいるほーむ」の物語』

2015年8月27日(木)発売
著者:六車由実
価格:1,620円(税込)
発行:新潮社

プロフィール
武田砂鉄 (たけだ さてつ)

1982年生まれ。ライター / 編集。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「Yahoo!ニュース個人」「マイナビ」「LITERA」「beatleg」「TRASH-UP!!」で連載を持ち、「週刊金曜日」「AERA」「SPA!」「beatleg」「STRANGE DAYS」などの雑誌でも執筆中。著書に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。



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