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Vampire Weekendを紐解く6つの視点 オロノ、角舘健悟らが綴る

Vampire Weekendを紐解く6つの視点 オロノ、角舘健悟らが綴る

Vampire Weekend『Father Of The Bride』
編集:山元翔一(CINRA.NET編集部)

「人々を団結させるものは何か? 物語だ(ティリオン・ラニスター)」 テキスト:田中宗一郎

優れたポップの役割とは「時代のナラティヴ」を提示することだ。つまり、作品やパフォーマンスを通じて、受け手のすべてが現実の不条理や亀裂を認識し、誰もが解決すべき問題意識を共有できるようなナラティヴ(物語)をオファーすること。そして、未だまどろんでいる世界中の受け手を未来への想像力と行動へと掻き立て、思想や立場の違いを超えた場所でユナイトさせ、作品には書き込まれていない「結末」に向かわせることだ。2010年代後半を席巻したMCU映画(2008年公開の『アイアンマン』からはじまる『マーベル・コミック』を原作としたスーパーヒーローの実写映画化作品群)やHBOドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』といった傑作群の偉大さは、こうした文脈でこそ評価すべきなのは言うまでもない。

そして、この2019年、そうした世界的なポッププロダクトと比べるに値する徹底的な決定打がポップミュージックの世界で産み落とされた。Vampire Weekendの4thアルバム『Father Of The Bride』だ。その真価を、ソングライティング、プロダクション、リリック、曲構成と長さ、アルバム全体の構成ーーあらゆるポイントから書きつくしたい。何故なら、この作品はあらゆるパラメータにおいて破格の傑作だから。だが、字数がない。時間もない。なので、ここでは本作で提示されたナラティヴについて「本作のタイトルの解釈」という一点でのみ書きたい。1時間で書く。5分で読んで下さい。パラノイア全開でいく。よろしくどうぞ。

Vampire Weekend『Father Of The Bride』を聴く(Apple Musicはこちら

この『Father Of The Bride』というタイトルは、1950年に公開されたヴィンセント・ミネリの映画『花嫁の父』からの引用だ。詳しくは実際の映画を見てほしい。だが、まずは想像してもらいたい。花嫁として愛する娘を送り出す際に、父親たちが感じる思いとはどんなものだろうか(筆者の娘はアリアナ・グランデと同い年なのでとても切実な問題だ。いや、ここ、失笑するところ)。

そこには相反する感情が渦巻いているはずだ。大切に育てた自らの分身がさらなる広い世界に羽ばたくという喜ばしき瞬間を、自分の命のある間に見守ることができたという最良の喜び。世界でもっとも大切なものを手放すという惜別の悲しみ。愛する娘が「果たして今よりもさらに幸せになれるのか?」という不安。おそらく、そうしたすべてがないまぜになっているに違いない。

だが、もし彼のなかに、花婿に対する不信や疑心暗鬼があった場合にはどうだろう。もし仮に、その花婿が間違いなく「悪」と呼びうるような存在だったとしたら。にもかかわらず、愛する娘はその男を誰よりも愛しているのだ。どうする? 娘を救わなければならない。父親は激情に駆られる。親族一同をすべて敵にまわしたとしても闘わなければならない。だが、そうなってしまった場合、娘にとって、世界にとって、父親は誰よりも悪魔に近い存在になりうるだろう。

『Father Of The Bride』収録曲

ベルリンの壁崩壊から30年。グローバリゼーションが行き届いた2010年代という時代はあらゆる意味で変化のディケイドだった。テロリズム、移民問題、ブラック・ライヴズ・マター、格差経済、ナショナリズムとファシズムの台頭、文化の内向き化現象、ブレグジット、トランプ政権樹立、ブロック経済、アイデンティティ・ポリティクス革命、多様性という立場を称揚するあまりダーウィンの進化論を否定しようとする自称リベラル、黄色いベスト運動ーーいくつもの社会の膿が吹き出すと同時に、それを是正する過程でさらなる局地的な争いが巻き起こることになった。つまり、『Father Of The Bride』というタイトルは、このディケイドにおいて同時多発的に世界中で巻き起こった局地的な衝突と分断のアナロジーなのだ。

件の世界の変化は、自らの「大切な娘」を守ろうとする「悪魔のような父親」をいたるところで生み出した。世界中の父親たちはこんなふうに考えている。「自分自身の大切な何かが猛烈に脅かされている。私はそれを守るために全力で闘わねばならない」。それぞれの父親たちがどんなイデオロギーや宗教観を持っていて、どんな社会的な立場なのかは重要ではない。ポイントはたったひとつ。彼らが互いに世界のいたるところで争い始めーー改めて本作のアートワークを見てほしいーー「地球という家族」を完全に崩壊させるに至ったということ。愛がゆえに悪魔と化した「花嫁の父親」たち同士のぶつかり合い、それこそが2010年代という時代の正体ではなかったか。

Vampire Weekend『Father Of The Bride』日本盤ジャケット
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そして、今、人類はバラバラになった。我々がもっとも真剣に向き合い、誰もがユナイトするに足る「気候変動」というナラティヴは隅に追いやられることとなった。かつての国境による分断よりもさらに細切れになった。果たして、この「花嫁の父だらけの世界」という混乱の時代を我々は乗り越え、新たな未来というひとつの目的の下、ひとつになることができるのだろうか?ーーそれこそが『Father Of The Bride』が提示するナラティヴにほかならない。

思い出してほしい。MCU映画『インフィニティ・サーガ』やHBOドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』が提示したナラティヴのことを。このふたつのサーガが、どちらも同胞や家族への愛や自らの信念から生まれたいくつもの正義が衝突し合い、互いに争うことで、かつてのコミュニティーがすっかりバラバラになってしまうというプロットを持っていることを。だが、やがて互いの違いを乗り越え、互いの罪を許しあうことで再びひとつになろうとする、そんなナラティヴを提示していたことを。これは偶然だろうか。日本と北朝鮮以外の国の人々の大半がこのふたつの作品に夢中になったこと自体、こうしたナラティヴを世界中の潜在意識が欲していたことの証明なのではないか。

アルバム『Father Of The Bride』は「ラップがポップになった時代へのインディーロックからの回答」と位置づけるだけでは済まされない傑作だ。これは単なる「2019年におけるもっとも優れたポップアルバム」ではない。ジャンル横断的なサウンドと、あらゆる社会属性、文化や立場の異なるクリエイターたちが入れ替わり立ち替わり加わるという集合知を最大限に活かしたプロダクションスタイルそのものが、しかるべき社会やコミュニティーのモデルになっている。60分近い間、過剰にエモーショナルになることなく、肌の温もりのような温度を保ちながら、決してシリアスにもダウナーにもセンチメンタルにもなることなく、穏やかでチアフルなフィーリングを保ち続ける理由は何故か。このアルバムは、この混乱の時代を終わらせようと、次の時代の到来を予告したアリアナ・グランデの『thank u, next』(2019年)のさらなる次の時代の扉を開く作品であり、今年最初の傑作であるソランジュの『When I Get Home』同様、自らの出自に向き合い、これまでのポップミュージックの歴史という血の轍を再訪し、有史以来ずっと続いてきた白人男性中心社会で起こった惨劇や罪の数々に思いを馳せた上で、すべての人々に語りかけようとした作品だ。

この作品は、2020年代というさらなる激動の時代に向けて、世界中の市井の人々が生きる上での指針でさえある。我々はどこの馬の骨ともしれない花婿という他者への「信頼」という受難を受け入れ、もっとも大切な娘を現実という荒海のなかに手放す「勇気」を手に入れることができるだろうか。すべての父親たちはアッセンブルしなければならない。死と戦争だけが抗するに値する敵なのだから。今、目の前に敵が待ちかまえている。2020年代における世界中の父親たちの課題は決して容易ではない。今、愛は試されている。

本稿のそれぞれの書き手が選曲したVampire Weekendの特集プレイリストを聴く(Spotifyを開く

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リリース情報

Vampire Weekend『Father Of The Bride』
Vampire Weekend
『Father Of The Bride』(CD)

2019年5月15日(水)発売
価格:2,592円(税込)
SICP-6117

1. Hold You Now feat. Danielle Haim
2. Harmony Hall
3. Bambina
4. This Life
5. Big Blue
6. How Long?
7. Unbearably White
8. Rich Man
9. Married In A Gold Rush feat. Danielle Haim
10. My Mistake
11. Sympathy
12. Sunflower feat. Steve Lacy
13. Flower Moon feat. Steve Lacy
14. 2021
15. We Belong Together feat. Danielle Haim
16. Stranger
17. Spring Snow
18. Jerusalem, New York, Berlin
19. Houston Dubai(日本盤ボーナストラック)
20. I Don't Think Much About Her No More(日本盤ボーナストラック)
21. Lord Ullin's Daughter feat. Jude Law(日本盤ボーナストラック)

プロフィール

Vampire Weekend(ゔぁんぱいあ うぃーくえんど)

2006年、米NYコロンビア大学在学中に、エズラ・クーニグ(Vo,Gt)、ロスタム・バトマングリ(Key,Vo)、クリス・バイオ(Ba)、クリストファー・トムソン(Dr)の4名で結成。早期から注目を集め、激しい争奪戦の末インディーレーベル「XL Recordings」と契約。2008年にリリースされたデビューアルバム『Vampire Weekend』はデビュー作にして全米・全英チャートいずれもトップ20入りを果たす。2ndアルバム『Contra』(2010年)は全米チャート1位を獲得し、グラミー賞にもノミネート。3作目『Modern Vampires of the City』(2013年)では2作連続となる全米チャート1位を記録し、インディーロックバンド史上初の2作連続全米1位という快挙を達成。同作は『第56回グラミー賞』最優秀オルタナティブ・ミュージック・アルバム賞を受賞。2016年、メンバーのロスタム・バトマングリが脱退を発表。エズラ・クーニグ(Vo,Gt)がソングライター / プロデューサーとして参加したビヨンセ「Hold Up」(アルバム『Lemonade』収録)で、『第59回グラミー賞』ノミネートを獲得。これまで『Summer Sonic』『FUJI ROCK FESTIVAL』への出演を含む計7度来日。2019年、レーベルをコロンビアへ移籍し、6年振り新作『Father Of The Bride』を発売。全米チャート1位を獲得。

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