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過激な表現に潜む、この世への愛情『工藤哲巳回顧展』

過激な表現に潜む、この世への愛情『工藤哲巳回顧展』

内田伸一
撮影:豊島望

眼球や鼻がトランジスタなどの電気回路と共生し、乳母車には大きな脳が鎮座するなど、ちょっと恐ろしくも好奇心をそそる光景の数々。1960年代からパリに渡り、挑発的な表現を繰り広げた前衛アーティスト・工藤哲巳の作品世界は、テクノロジーと人間の暮らし、さらに人と自然との関わりについての示唆に満ちています。それはときにグロテスクな迫力を帯びながら、必ずしも人間・文明批判だけに収まるのではなく、むしろ「逆説的なパラダイス」の風景でもある? 活動の大半をヨーロッパで過ごしたこともあり、いまだ「知られざる巨匠」感もある彼の全貌を紹介する『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』が今、東京国立近代美術館で開かれています。同館研究員の桝田倫広さんを案内役に、今だからこそ見ておきたい「工藤哲巳ワールド」の扉をくぐってみましょう。

(メイン画像:工藤哲巳『人間とトランジスタとの共生』1980-81年 国立国際美術館蔵 撮影:福永一夫 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013)

「反芸術」の旗手にして、孤高の存在感を放つ学生時代

会場に入ると、出迎えてくれるのは、どこか呪術的な雰囲気も漂う絵画・彫刻群の数々。後の代表作によく見られる蛍光色や、テクノロジーを思わせるオブジェはまだ見られず、原始的な印象の作品が並びます。

『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

桝田:工藤の両親は二人とも美術教師で、高校時代には昭和期に活躍した洋画家・小磯良平のアトリエに通って、絵画を習っていました。ただ、そうした背景もあってか、東京藝術大学に入ってからは、今さら基礎練習をやらせられるのが嫌で学校側に反発し、自分なりの表現を探る日々が始まったようです。

在学中から、赤瀬川原平など当時の日本前衛アーティストによる活発な表現の場となっていた『読売アンデパンダン展』にも参加。その動向や、フランスから流入してきた新しい抽象絵画の動向「アンフォルメル」旋風にも影響を受けつつ、独自の作風が形作られていきます。また、美術一辺倒ではなく、最先端の科学の分野にも興味を持ちながら、工藤は挑戦を続けます。

桝田:当時注目された原子物理学に着想したような作品も多く見られます。といっても科学理論を厳密に応用したというより、「増殖」「融合」といった考え方を、自己と作品制作の関係になぞらえるようなアプローチだったように見えます。たとえば、オブジェに無数の釘を打ち付けた作品『増殖性連鎖反応』などは、釘を打つという行為が、次のアクションを誘発し、その連続のプロセスで出来上がっていったかのようです。彼自身、作品は行為の残滓にすぎないと考えていたようですね。

工藤哲巳『X型基本体に於ける増殖性連鎖反応』1960年 東京都現代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
工藤哲巳『X型基本体に於ける増殖性連鎖反応』1960年 東京都現代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

『X型基本体に於ける増殖性連鎖反応』(部分)1960年 東京都現代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『X型基本体に於ける増殖性連鎖反応』(部分)
1960年 東京都現代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

ボクシングペインティングの篠原有司男らと共に注目を集めながらも、衝動的なだけで終わらない緻密な作品

『読売アンデパンダン展』では、後に過激なパフォーマンス「ボクシングペインティング」などで知られる篠原有司男らと共に注目を集めます。この時期の工藤作品も、一見すると衝動渦巻く「暴れん坊アート」的な気配。ただ、同時にどこか思索的で、緻密な一面もありそう。たとえば怪しげな塔を思わせる彫刻も、よく見ると表面には荒縄の結び目が、きっちり同サイズに切られて整然と並べられています。工藤の友人の談話によれば、ある夜訪ねていくと、工藤が奥さんとひたすらその縄素材を作っていたこともあったそうです。

桝田:たしかに、どこか理路整然と作っていた一面も感じますね。『読売アンデパンダン展』などで台頭した当時の前衛作家の作品は、その後、破棄されたり崩壊したりで残っていないものも多い。でも工藤作品は意外なほどしっかり作ってあって、作品を後々まで残そうという意識が垣間見えます。「アンフォルメル」の推進者であるミシェル・タピエに評価され、自ら「世界アンフォルメル絵画選手権者」と名乗ったり、美術評論家の東野芳明にも評価されて「反芸術」の旗手と目されたり、セルフプロデュースの意識も高かったのではないでしょうか。

『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 左:工藤哲巳『融合反応 585B』1955-56年頃 青森県立美術館蔵、中央:工藤哲巳『精神に於ける流動とその凝集性 No.5811』1958年 広島市現代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』展示風景 左:工藤哲巳『融合反応 585B』1955-56年頃 青森県立美術館蔵、中央:工藤哲巳『精神に於ける流動とその凝集性 No.5811』1958年 広島市現代美術館蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

コッペパンや男性器を模したオブジェを部屋中に吊り下げた衝撃的インスタレーションで、注目を浴びる

続いて辿り着いたのは、ちょっと怪しげな(?)小空間。中を覗くと、黒テープでぐるぐる巻きにされた無数のフラッシュバルブ(先端には電球)が壁や天井から垂れ下がり、そこへなぜかコッペパンが加わります。一隅には透明な球体が垂れ下がり、その先に大きな男根を模したオブジェが……。工藤が『第14回読売アンデパンダン展』に出品した『インポ哲学―インポ分布図とその飽和部分に於ける保護ドームの発生』です。今どきの言葉で言えば、インスタレーションでしょうか。

桝田:出品料を払えば誰でも参加できる同展のルールを利用して、工藤は当時の会場、東京都美術館の1部屋分の「壁面出品料」を払い、この作品を展開しました。現在、床面には白い紐が置かれていますが、発表当初はそこにうどんがまき散らされていました。ネットやオブジェは、当時のものを使用しています。タイトルは中々晦渋(かいじゅう)ですが(苦笑)、「不能の哲学」と読み替えれば、単に性的な意味を超えて、色々な示唆があるのではないでしょうか。

工藤哲巳『インポ哲学―インポ分布図とその飽和部分に於ける保護ドームの発生』展示風景 1961-62年 ウォーカー・アート・センター(ミネアポリス)蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
工藤哲巳『インポ哲学―インポ分布図とその飽和部分に於ける保護ドームの発生』展示風景 1961-62年 ウォーカー・アート・センター(ミネアポリス)蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

『インポ哲学―インポ分布図とその飽和部分に於ける保護ドームの発生』(部分)1961-62年 ウォーカー・アート・センター(ミネアポリス)蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013
『インポ哲学―インポ分布図とその飽和部分に於ける保護ドームの発生』(部分)
1961-62年 ウォーカー・アート・センター(ミネアポリス)蔵 ©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2013

名物公募展のルールを逆手にとった展示手法や、その異様な作品光景、また刺激的なタイトルも相まって物議を醸した同作品。美術評論家の瀧口修造はこれを「意味有りげなオブジェを記号性に昇華しようとしている」として注目しました。また後年の工藤自身はこの作品について、当時ヨーロッパから「人間性の回復・解放」という概念が輸入された状況を、反語的な「人間性の喪失」という形で批評したいと考えたとも語っています。

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イベント情報

『あなたの肖像―工藤哲巳回顧展』

2014年2月4日(火)~3月30日(日)
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 1階企画展ギャラリー
時間:10:00~17:00、金曜10:00~20:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜(3月24日は開館)
料金:一般850円 大学生450円

『講演会「工藤哲巳―自動生産の工学」』
2014年3月1日(土)14:00~15:30(開場は開演30分前)
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 地下1階講堂
講師:沢山遼(美術批評)
定員:先着150名(申込不要)
料金:無料

ギャラリートーク
2014年3月14日(金)18:00~19:00
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 1階企画展ギャラリー
講師:桝田倫広(東京国立近代美術館研究員、同展担当者)
料金:無料(要観覧券)
※申込不要

『講演会「工藤哲巳と草間彌生」』
2014年3月15日(土)14:00~15:30(開場は開演30分前)
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館 地下1階講堂
講師:中嶋泉(美術史家、明治学院大学研究員)
料金:無料(要観覧券)
※申込不要

プロフィール

工藤哲巳(くどう てつみ)

1935年大阪生まれ。青森、岡山育ち。東京藝術大学在学中から、『読売アンデパンダン展』を中心に作品の発表を開始。「反芸術」の代表格として注目される。1962年渡仏。以来、1980年代半ばまで、欧州を中心に活躍。1987年には、母校の東京藝術大学の教授に就任。1990年、55歳の若さで他界。2007年にはメゾン・ルージュ(パリ)、2008年にはウォーカー・アート・センター(ミネアポリス)で回顧展が開かれるなど、近年世界的に再評価の機運が高まっている。

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