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「フジワラノリ化」論 第10回 荒川静香と谷亮子 其の二 荒川静香を「美人」と呼ぶのは誰なのか?

「フジワラノリ化」論 第10回 荒川静香と谷亮子 其の二 荒川静香を「美人」と呼ぶのは誰なのか?

武田砂鉄
イラスト:なかおみちお(TOKYOHELLOZ)
2010/01/20

其の二 荒川静香を「美人」と呼ぶのは誰なのか?

「きれいなおねえさんは、好きですか。」というキャッチコピーはすさまじい強度を持っている。普通、あらゆる問いかけは2択以上の選択肢を持っているものだが、この問いかけに限っては、回答が1つしか用意されていない。その回答をわざわざ聞いてくるのだ。男子がやるのは「田中はあの人のこと結構美人って言ってるけど、おれはあんま好みじゃないんだよね。あの人のこと、どう思う?」という問いかけである。それに対して議論が深くなっていく。しかし、「きれいなおねえさん」は好きに決まっているのだ。「きれいになろうとしているおねえさんは、好きですか。」ではケースバイケースとしか答えられない。「きれいになるために努力を惜しまないおねえさんは、好きですか。」では、ちょっと警戒感を持ってしまう。問いかけているのに、問いが決まっている、そりゃあキャッチコピーとして定着するわけである。

だから、そのキャッチコピーを意識したとしか思えない資生堂「TSUBAKI」の「日本の女性は、美しい。」を聞いたとき、何だか断りなく宣言された厚かましさを感じたのだった。答えが1つしかない問いかけに答えさせられる前者に慣れた体は、断定を先んじた後者に投げかける言葉を持てなかった。簡単な分析をしてしまえば、「女性の自立」という言葉が無責任に放射される現在、男性にクエスチョンを投げかける時間は要らないということなのだろうか。美しいか美しくないかと聞いてくれれば、瞬時に、美しいですよと答える準備だって整えているのに、聞いてもくれないのだからと、ヘソを曲げる。この草食的態度に苛立ったカツマーは自転車通勤でそのペンペン草を踏みつぶしていくのかもしれないが、それでもまだウジウジとメンズ共は、一言相談してくれれば良かったのにと、延長戦に持ち込もうとする。だから言ってんでしょ、美しい、って。はいはい、そうですか。何その反抗的な態度は。はいはいはい。んもう。こうして会話すらままならなくなった男女。女が風呂場でTSUBAKIを愛でるころ、残された男は、「本当に、美しいのかよ、日本の女性は」と往生際悪くCMを眺める。そこに映る荒川静香を観て、新たな話し合いの余地を見つけるのだ。チャンス、かもしれない。

「フジワラノリ化」論 第10回 荒川静香と谷亮子

さて簡単なアンケートを20代男子5名ほどにとってみた。荒川静香は美しいかと。答えは、「そうは思わない 4名」であった。1名は「いや結構キレイだと思う」と。アンケートからモノを語るのは慎重になるべきだし、その数値はあくまでも参考にしかならないが、5人中の4人、というのは、「まあ大抵はそう思っている」程度を裏付ける材料にはなる。そう、荒川静香は美しいとは思われていないのである。TSUBAKIのCMを改めて観てみる。自殺の名所になりかねないような断崖絶壁で上半身を反らしながら例のイナバウアーポーズをとる。わざわざこの構図でなければならない理由は見えてこないがとにかく反る。反る時に振り返るようにしてカメラに顔が向けられる。「日本の女性は、」と大きく宣言した所で、画面はスケート場で滑る荒川を捉える。細い顔立ちが反ることでより張り、余分な肉が完全に落とされた顔面が映る。ガイコツのように顔骨が表出するかのようだ。4名のアンケート回答を裏付ける顔である。言葉を選ばなければ、正直、かわいくない、美しくない。逆方向に言葉を選んで進めてしまうと、要は猪木顔なのである。本物の猪木というより、芸人などがアゴを突き出すだけで猪木の物真似としてしまう時の顔にそっくりなのである。白い歯をこぼしながら笑みを浮かべると、この人は猪木になる。しかし、その笑顔が彼女的には決め顔になっているようで、このCMはもとより、雑誌の類いに登場する際の荒川も、この芸人猪木顔が保たれてしまう。もちろん紹介文やナレーションといった、本来、情報の補填を行なう機能は、その猪木っぷりをそのまま放ってしまう。

金メダリストの凄さを感じるのは、何をやっても「よっ、金メダリスト」と賞賛されてしまうところだ。「ジャンクSPORTS」の派生のように、スポーツ選手を招いたバラエティ番組が増えている。年末年始の特番など、オフシーズンのスポーツ選手をいかに捕まえるかに励んだ結果としか思えない番組も目立つ。そのれの場所で、金メダリストは大々的に持ち上げられる。「よっ、金メダリスト」と呼ばれると、もうその人は番組的に仕上がってしまう。仕草、作法、見た目、言動が問われなくなる。メダリストが言うことが全て崇高さを携えてしまう。紅白歌合戦に出場した演歌歌手がその名札だけを持って全国に営業にかけまわる、これと似ている。いや、違うか。とにかく、現在が観察されることがなくなるのである。名札の輝きと、いまそこにある現在がチグハグであっても、その場合は名札が優先される。金メダリストの誰それは、金メダリストだから、色々と大丈夫になるのである。

放任の期間は人それぞれだ。金メダルを獲ろうとも翌シーズンの成績が振るわなければ叩かれるだろうし、そこにニューヒーローの存在がいれば、金の輝きも陰ってしまう。しかし荒川静香は金メダルをとった勢いのまま現役を退いた(プロに転向した)。こうなると、いつまでも金メダリストという名札によって保護区を生きることになる。キレイじゃなくてもキレイだし、知的でなくても知的だし、ユーモラスじゃなくてもユーモラスになる。本当に○○かと矢印が正確に向かわなくなる。荒川静香はその特有の保護区の中で、美しさの安定化を図っている。文句を言えないとか言わないというのではなく、そもそも文句を言う対象としてノミネートしてこないのだ。この場合において、金メダリストという実績は「バリケード」ということになるのかもしれない。向こう岸の活動は金メダルによって隔離培養されていく。高橋尚子のブランドに固められた私服とか、本体、すなわち自分自身に注がれる部分まで守られる。だから荒川静香は美人、というのもグラつかないで機能する。それをTSUBAKI側は、荒川静香は美人ということで通っていると誤認してCMに使ったのかもしれないが、それは誤りだ。美人ということになっているけどそれを誰もジャッジしようとしないだけだったのだ。だから、荒川静香の、このメッセージに併せた登場には首を傾げた。そこで気付いたのだ、違和感に。それでも、金メダリストの壁が、傾げた首をそのまま元に戻してしまった。

荒川静香のホームページにあるフォト日記を読んでいると、自分の顔写真が頻出する。自分か飼い犬か食べ物か、このいずれかである。つまり、そこいらの女優・アイドルのブログと同じ作法で成り立っている。いやそれよりも自分アピールが急発進しているかもしれない。例えば、イチゴにキスをしている写真を載せる。こういうことが起きている。どういうことかを文言化するのはキツくなるので控えよう(そう、これが金メダリストに注いでしまう保護ってヤツだ)。最近ではキャスターに挑戦している。年末にその姿を見た。今年(2009年)は戦国武将に恋する歴女が流行ったというVTR明けに「荒川さんはどんな戦国武将が好みですか?」と問われ、なぜか表情をあまり和らげずに、真顔で「私は織田信成君ですね」と答えた。織田信長の末裔にあたる男子フィギュアスケーターを答え笑いを誘おうとしたのだが、とてもギャグ性の含まれることを言ったテンションではなかったがゆえに、場は白けた。司会者が引きつった笑いで何とか次に繋ごうとしても、彼女自身はしてやったりという顔を崩さない。

金メダルという存在の内側に彼女がいて、金メダル越しにしか外から彼女を見つけられない制作サイドや視聴者がいる。直接銃弾を撃ち込もうとしても金メダルに跳ね返されてしまう。だから、荒川静香を諦めてしまう。諦めて許してしまう。「日本の美人は、美しい。」と体を反りながら荒川静香が登場しても、そのまま通過してしまう。あのCMは最後の方に黒木メイサや相沢紗世といった、ちゃんとした美人が登場する。だからかもしれないが、冒頭のイナバウアーを放任してしまう。しかし、その放任を、本人は承認と勘違いする。その放任と承認の誤差が蓄積され、現在の荒川静香が在る。荒川静香論は勿論これだけでは終わらない。次回、「谷亮子の女らしさとの付き合い方を再考する」と題して谷亮子論を繰り広げながら、次々回に改めて谷亮子論をまぶしながら荒川静香の現在に迫っていく。

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