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今さら人に聞けない、写真再入門 Vol.1 「写真集」とは何ぞや? 僧侶収集家による贅沢レクチャー

今さら人に聞けない、写真再入門 Vol.1 「写真集」とは何ぞや? 僧侶収集家による贅沢レクチャー

内田伸一
撮影:豊島望

写真集コレクションはクセになるだけでなく、写真家の「次」を支える経済的支援にも

次なる写真集は、鈴木清『流れの歌』(1972年)。こちらはおもむきも大きく異なり、写真家本人による自費出版で発行されたものです。今は亡きこの写真家と出会った際に贈られた、大切な1冊だとか。

金子:鈴木さんは出身地である福島・いわきの炭鉱や、沖縄の米軍基地のカーニバル、日本各地を巡る旅一座などを被写体にしました。一方、当時の私は大学卒業後、寺の仕事をしながら写真に関わる何かを模索していたと言うとかっこ良いのですが、要はプータローみたいなもの(笑)。そんな私にとって彼の写真は非日常そのものでしたが、なぜかとても親しみ深く感じたんです。それは写真家と被写体の間にある、近すぎず遠すぎず、という距離感からくるものだと思います。

鈴木清『流れの歌』(1972年)
鈴木清『流れの歌』(1972年)

一見するとドキュメンタリー風の被写体ながら、詩情あふれる写真の数々。後に「早すぎた偉才」とも称されるこの写真家と金子さんの出会いは、ロバート・フランク(20世紀の代表的写真家の一人。1958年の写真集『アメリカ人』は世界中で出版された)写真集の日本版などを発行していた出版社、邑元舎(ゆうげんしゃ)代表・元村和彦さんの紹介がきっかけでした。

金子:鈴木さんとは彼の個展会場で出会い、この写真集にサインもしてくれました。作家本人から写真集を買う経験はこのときが初めてでしたね。もう1つ、後から加わった思い出があって、それは表紙にぐるりとかけられた「オビ」なんです。

じつはこの本は、出版当初は売れ行きがあまり良くなく、別の写真集を出版したときにあわせてオビが作られ、初めて宣伝文句を加えてつけられました。金子さんが一昨年に東京都写真美術館で企画した『日本写真の1968』展(鈴木作品も出展)の際、すでに他界した本人の代わりにご夫人が持ってきてくれたとか。初版本とこのオビを組み合わせるのはコレクションとしては変則的ですが、一緒に大切にしているとのことです。

金子:また、この写真集の中には、正直言って自分には鈴木さんの意図がよくわからなかった写真もありました。古い映画を上映中のスクリーンを撮影する、というコンセプチュアルな写真などです。でもやがてそれも、段々と感じ取れるようになってきた気がします。

鈴木清『流れの歌』(1972年)
鈴木清『流れの歌』(1972年)

『流れの歌』の一枚一枚には、「記録」を超えた多層的な「記憶」が今なお息づくかのよう。そう思うとこのお話も、いっそう興味深く思えます。また、金子さんとこの写真集の付き合いがノスタルジーではなく、現在進行形なのも素敵ですね。

今も新人・故人問わず未知の写真集に果敢にチャレンジし、収集を続ける金子さん。そのエネルギーの源と、写真集収集の意義とは?

金子:収集とは、クセになるもの(笑)。いいモノと出会ったときあの刺激が「また次を……」の気持ちにさせちゃうんですね。でももう1つ、私にとって大事なのは「買うこと」での支援です。ただ、誰かが写真集を買えば、それは写真家の「次」を支える経済的支援になります。これは若い頃、同世代の写真家と付き合う中で実感したこと。今は特定の写真家というより、写真そのもののパトロンになれたら、と思っています。

写真集だからといって、プリントよりも下に見られるのはおかしい

さて、次に金子さんが見せてくれたのは、こちらも20世紀を代表する写真家、アンリ・カルティエ=ブレッソンの代表作『決定的瞬間』(1952年 / フランス版の原題は『逃げ去るイメージ』)。表紙に画家、アンリ・マティスのコラージュを用いた同書は、世界でもっとも有名な写真集とも言えそうです。しかし、金子さんはこの超有名写真家を敬遠していた時期もあったとか。

金子:若い頃にありがちですが、大学生当時は、ブレッソンの写真に対して「ケッ、古い写真だな」と反抗していた面もあって(苦笑)。ただ、自分が30代になってこの写真集を手に入れ、じっくりと目を通すことで、あらためて彼の偉大さ、そして懐の深さを理解できました。

アンリ・カルティエ=ブレッソン『決定的瞬間』(1952年)
アンリ・カルティエ=ブレッソン『決定的瞬間』(1952年)

この写真集は、ブレッソンの活動初期、1930年代からの仕事をまとめたもの。水たまりの上をジャンプする男をとらえた有名な『サン=ラザール駅裏』など、見つめるほどに豊かな世界が現れます。さらにもう1つ、この写真集が考えさせてくれるのは、写真集における「印刷」の意味。同書は、高精細かつ微妙な色合いの再現に適した「グラビア印刷」の美しい仕上がりです。

金子:どのページも切り取って額に入れれば、美術館で展示できそうなほどの印刷クオリティーですよね。プリント写真が「本物」だとすれば、写真集などの印刷物は、価値や品質の下がる「複製」とみなされがち。でも、私はそういう序列が常に正しいわけでもないと思う。たとえば写真史家としての私の研究領域に、「日本のピクトリアリスム(19世紀末~20世紀初頭、絵画のように芸術性を追究した写真。日本でも同じ動きがあった)」があります。その多くはコロタイプという機械印刷で刷られましたが、印刷だから、機械だから価値が低いと決めつけてはもったいない。表現力の豊かな作品も多く、今では再評価されつつあります。

「印刷に興味が出てきたら、虫眼鏡で写真集を見てみるのも一興ですよ」と金子さん。そこで『決定的瞬間』のページをじっくり眺めてみると、印刷特有の「荒れ」や「ドット」が目立つこともなく、細やかな色調による世界が楽しめます。1冊の写真集には、被写体とカメラの関係だけでなく、印刷技術による多彩な「顔」もあるということですね。写真集の道はまだまだ奥が深そうです。

アンリ・カルティエ=ブレッソン『決定的瞬間』(1952年)
アンリ・カルティエ=ブレッソン『決定的瞬間』(1952年)

ちなみに、写真集の個人コレクターになるための素質や条件、もあるのでしょうか?

金子:私が恵まれていたのは、場所と時間、ですかね。実家が寺なので、幸いこういう大判本も含めて収納場所には余裕がありました。また、お経を読む以外の時間は比較的自由なので、古書店巡りにも有利。加えて言えば、家賃不要なので全収入を写真集につぎ込めた。でもこれ、皆さんの参考にはなりませんね(笑)。ただ、出会いを楽しむなら十人十色でいい。私のコレクションも、欧米の収集家のような体系立てた集め方とは違いますしね。世界中の写真集が集まる日本はすごく良い環境ですよ。

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インフォメーション

東京都写真美術館(2016年秋リニューアルオープン予定)

書籍情報

『日本写真集史1956-1986』

2009年10月15日(木)発売
価格:4,104円(税込)
発行:赤々舎

プロフィール

金子隆一(かねこ りゅういち)

1948年生まれ。写真評論家、写真史家、写真集コレクター。本業は僧侶。立正大学文学部卒業。元東京都写真美術館学芸員。武蔵野美術大学非常勤講師。日本写真史、特に日本の芸術写真(ピクトリアリスム)を専門とし、東京都写真美術館の企画展はもちろん、国内の様々な写真展を企画している。主な著書として、写真集を写真撮影してアーカイブした『日本写真集史1956-1986』(2009年、赤々舎)などがある。

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