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『クリエイターのヒミツ基地』Volume32 稲葉卓也(アニメーション作家)

NHK-BSテレビ『ななみちゃん』や多くのCMで、親しみやすいアニメキャラクターを世に生み出しているアニメーション作家・稲葉卓也さん。先日『第17回文化庁メディア芸術祭』アニメーション部門優秀賞を受賞した短編アニメ『ゴールデンタイム』で、その名を知った人も多いのではないでしょうか? 所属する映像制作会社ROBOTの「アニメーション作家集団CAGE」は、日本のアニメーション作家はもちろん、世界中のアニメーション作家たちの憧れの場所。今回はそんな「ROBOT CAGE」のオフィスにお邪魔して、稲葉さんのこれまでをお伺いしました。

テキスト:澤隆志
撮影:古本麻由未

稲葉卓也(いなば たくや)
1976年生まれ。京都精華大学卒業後、2002年より株式会社ロボットに所属。NHK BSのキャラクター「ななみちゃん」のキャラクターデザイン及びアニメーションをはじめとして独自のキャラクターセンスには定評があり、テレビ番組、CM、プロモーションビデオ、絵本など、大人から子供まで楽しめるエンターテイメント作品を多く手がけている。2010年オリジナルアニメーション『KURO』を発表。

稲葉卓也(アニメーション作家)

『まんが道』がバイブルだった双子の小学生。夢は藤子不二雄になること

三重県で生まれ育ったという稲葉さん。じつは双子のお兄さんがいらっしゃるとのことでしたが、幼少の頃はどんなお子さんだったのでしょうか。

稲葉:両親が少し変わっていて、家中のどこに落書きしても怒られなかったんですよ。だから、絵の道具さえあれば、ずっとおとなしく絵を描いているような子どもでした。小学校の頃の夢は漫画家で、藤子不二雄A先生の『まんが道』に強く影響を受け、双子の兄貴と一緒に漫画家になろうと誓っていました。今思えば、漫画家になりたかったというより、二人で藤子不二雄先生になりたかったんでしょうね(笑)。ちゃんとベレー帽もかぶってましたよ。

高校時代は美術部に所属。部長までつとめたそうですが、ある事件をきっかけになんと退部することになってしまったそうです。

稲葉:部の大事なイベントがあったんですけど、友達との約束を優先してしまって、行かなかったんですよ。そしたら、顧問の先生の逆鱗に触れてしまって……。どう考えても僕が悪いんです……子供でした。でも、どうしても美大には進学したかったので、デッサンを学ぶために私塾に通わせてもらうことになりました。

聞けばその私塾の先生は、美術部顧問の先生の知り合いで、その後、顧問の先生との間を取り持ってくれたそうです。受験勉強中は、練習のおかげでデッサンが上手くなっていくことが単純に嬉しかったという稲葉さん。美術部退部という危機を乗り越え、無事に京都精華大学デザイン学科に入学。漫画家になりたかったという夢は、その頃少しずつデザイナーへと変化していきました。

稲葉:Macintoshという最新の機器(笑)と、デザインの世界がすごくカッコ良く見えたんです。でも、実際にやりだすと細かいところが気になり、際限なく作業してしまってどこで終わりにしていいかわからない。これは自分には合わないかも……と思いました。絵はもちろん、映画も音楽も文学も大好きで、バンドをやったり公募展に絵画を出品したりと、いろいろトライしましたが、どれも納得がいくものにはなりませんでした。

稲葉さんの仕事部屋

アルバイトをきっかけに出会った、短編アニメーションの世界

大学生当時、いろんな表現に貪欲にチャレンジしつつも、まだアニメーションには意識が向いていなかった稲葉さん。しかし、たまたまつながりがあった、ROBOTのアニメーション作家の野村辰寿さんから、アニメ制作のアルバイトに誘われることになりました。

稲葉:大学の休み期間に東京に行って、泊まりこみでアニメ制作のお手伝いをしていました。野村さんがフジテレビの深夜番組『STRAY SHEEP』を担当していた1996年頃です。「絵が描けるなら来て!」っていう感じで、僕は背景を担当していました。

野村辰寿さんのもとでアルバイトをしていた頃、ある大きな出会いが訪れました。仕事の合間に観せてもらった、ヤン・シュヴァンクマイエルやブラザーズ・クエイ、ユーリ・ノルシュテインなどの海外短編アニメーション。当時、東京都写真美術館で開催していた日本アニメーション協会による上映会『イントゥ・アニメーション』。それは、稲葉さんに「アニメーション」に対する概念を覆すほどの衝撃を与えました。

稲葉:ものすごく刺激的な体験でした。それまでテレビでは観たこともなかったようなアーティスティックなアニメ作品が、世の中にこんなにたくさん存在していたんだ! って。そのどれもが刺激的な作品ばっかりで、もう一気に魅了されました。特に印象的だったのでは、黒坂圭太さんや、うるまでるびさんの作品。劇場で観たら観客のウケもすごく良くて、「こんな世界があったんだ……」って。

大学卒業を目の前にして、作家性の強いアニメーションの世界にどっぷりはまりこんだ稲葉さん。就職活動は一切せず、そのままバイト生活に突入。アニメーション作家としてやっていきたいという思いはどんどん強くなっていました。

稲葉:普段は京都市内の看板屋さんとジャズ喫茶でアルバイトをしていました。ジャズ喫茶は毎週土曜日だけ働いていて、バイト代は安かったのですが、毎日行ってもツケが利くし、働いている間もどんなに飲んでも良かったんです(笑)。マスターが亡くなられた若松孝二監督の助監督をやられていたこともあって、映画や演劇、音楽関係、文学関係のいろんな面白いお客さんが来ていました。

ジャズ喫茶に集う個性的な面々。そんな環境が稲葉さんを奮い立たせたのかもしれません。アニメーションという表現が、絵画、映画、音楽など、さまざまなジャンルの表現をすべて取りこめる可能性を持った表現だと再認識した稲葉さんは、オリジナル短編アニメーション作品の制作を決意しました。

稲葉:当時、デジタル動画編集という手法もあったと思うのですが、僕はAfterEffectsなどの映像ソフトも持っていなかったので使えませんでした。ただ、幸運なことにジャズ喫茶で知り合った、東映の映画カメラマンの方に16ミリカメラを貸していただき、撮影所で余ったフィルムの切れ端をたくさんいただくことができたんです。それでアルバイトをしていた看板屋さんから工具を借りて、自分の部屋のパイプベッドを解体して机と合体させて撮影台を作り、作画用のライトボックスも自作しました。今でも自宅で作業するときはそのライトボックスを使っています。

4畳半のアパートに自作でアニメスタジオを構えた稲葉さん。アルバイトで制作資金を稼ぎ、夜な夜な自室でアニメ制作に打ち込みながら、2年の月日が経った頃、11分もの短編アニメーション作品が完成しました。作品名は『ハルちゃん』。初めから国際映画祭に出品することを考えて作っていたそうです。

稲葉:すべてアナログでの制作で、音の仕上げまでフィルムでやりました。今から考えるとものすごく手間と時間のかかった作品でした。残念ながら、国際映画祭には招待されなかったのですが、『アート・アニメーションの素晴らしい世界』という、当時国内で話題になったイベントに呼んでもらい、『頭山』を完成させた直後の山村浩二さんや、日本アニメ界の巨匠・岡本忠成さん、『三国志』でも有名な人形アニメーション作家・川本喜八郎さんといった豪華メンバーに混ぜていただいて、初公開となりました。今考えると、16ミリフィルムの短編アニメーション作品というのが、当時すでに珍しかったから呼んでいただけたのかもしれません。

ROBOTの映像作家集団CAGEの誕生秘話

京都での長いアルバイト生活の中で、『ハルちゃん』を完成させた稲葉さんは、その作品を手に上京。大学生時代からアルバイトをしていたROBOT・野村辰寿さんからのサポートもあり、新しい作品制作にとりかかります。

稲葉:僕は本当にいろんな方に助けられています。野村さんのアルバイトをしていた頃に、ベネッセコーポレーションのコンペに提出していた「知育アニメーション」の企画が通過して、監督をやることになりました。ただ、アニメーションは描けるのですが、ずっとフィルムで制作していたので、デジタルツールの使い方が全然わからない。「どうしよう……」と悩んでいた頃、AfterEffectsを使いこなしていた、現ROBOT CAGEメンバーの坂井治くんを野村さんが紹介してくれて、手伝ってもらえることになりました。これまで手間暇かけてやっていた作業が、パソコンを使えば一瞬で終わる様子を初めて見て、ものすごくショックを受けましたね(笑)。

前述の野村辰寿さんや坂井治さん、さらには『つみきのいえ』で『第81回アカデミー賞』短編アニメ賞を受賞した加藤久仁生さんなど、映像制作会社ROBOTの中にありながら、個性的なアニメーション作家が所属することで注目を集めるアニメーションスタジオROBOT CAGE。その結成の経緯もお伺いすることができました。

稲葉:最初は野村さんの仕事をプロジェクトベースでお手伝いするような感じで、僕や坂井くん、加藤久仁生くんといったメンバーが、野村さんのアトリエに集まっていたのですが、それが「ROBOT CAGE」の始まりだったと言えるかもしれません。

その後、手狭となったアトリエの拡大とともに、野村さんが、アニメーション制作工程を自社内で行うことを会社に提案。1年先に入社していた加藤久仁生さんに続いて、稲葉さんと坂井さんが正式にROBOTに入社することになりました。

稲葉:ROBOTに入社してから最初の大きな仕事は、NHK-BS放送のイメージキャラクター『ななみちゃん』のテレビスポットでした。ROBOTの社風なのかもしれませんが、大きな案件をいきなり若い監督に任せてしまうんです。このプロジェクトでは、若い学生の方に手伝ってもらいながら、『ななみちゃん』のキャラクターのデザインや、演出、動画を担当しました。手伝ってくれた学生の中には、その後作家活動を始めた人も沢山います。

「ROBOT CAGE」のメンバーは、クライアントの制作を請け負うだけでなく、それぞれが独立したアーティストでもあり、オリジナル作品も作っています。加藤久仁生の『或る旅人の日記』や『つみきのいえ』はまさにその成功例。世界中の国際映画祭で賞を獲得し、多くの人を楽しませただけでなく、ROBOTの映像制作力を世界に示し、会社のブランディングにも大きくつながりました。『第17回文化庁メディア芸術祭』アニメーション部門優秀賞を受賞した稲葉さんの『ゴールデンタイム』もそうした環境から生まれた作品でした。

稲葉:ずっとやりたかったオリジナル作品制作のチャンスが、やがて僕にもまわってきました。脚本はすでに完成していて、プロデューサーには好印象だったのですが、社長に「なんだか湿っぽいな」と言われてしまい(笑)、それで一から企画を練り直し。結局シナリオに1年、アニメーション制作に1年かかりました。「次は失敗できないな」と追い込まれた自分が、作中ずっとジタバタと右往左往する主人公に投影されているように思います。

「自分に特出した技術はない」と語る稲葉さん。『ゴールデンタイム』に込めたのは、てらいなく、なるべくスタンダードに作ることでした。

稲葉:最近の短篇アニメーションはアート指向の強い作品が多いのですが、僕には芸術的センスも革新的な技術もなにもない。なにもないなりに、シナリオを基本的な三幕構成(物語を設定、対立、解決の三部で構成する手法)で書き、映画のセオリー通りカットを割って、わかりやすいキャラクターで、自分らしいエンターテイメント作品を作りたいというのが、今作での挑戦でした。僕は気持ち悪いくらい自意識過剰で、日頃じたばたと生きているんです。そんな自分の駄目なところをネタにしようと。僕にとっては悲劇であっても、お客さんの目には喜劇のように映ればいいなと。ネタバレなのでここでは言いませんが、それはラストシーンにもつながっています。

稲葉さんの現時点での集大成のような『ゴールデンタイム』は国内だけでなく、『ソウル国際カートゥーン&アニメーション映画祭』観客賞、アジアの光賞の2冠受賞のほか、数々の国際映画祭にも多数ノミネート。デビュー作からの夢だった国際映画祭での受賞を果たした稲葉さん。次回作をたずねると、今作で作り上げた「型」をもとに、発展させたり解体したりして、いくつかの実験を試みたいとのこと。まだまだこれからが楽しみなクリエイターです。

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