ヨコハマトリエンナーレ2011 参加作家インタビュー連載vol.4 誰もがクリエイティビティを持っている カールステン・ニコライインタビュー

カールステン・ニコライはビジュアル・アーティスト、そしてサウンド・アーティストとしてアートと音楽というジャンルを横断しながら国際的に活躍する数少ないアーティストだ。現在開催中の『ヨコハマトリエンナーレ2011』 OUR MAGIC HOUR―世界はどこまで知ることができるか?―』でも作品を公開している。これまでに日本国内でも山口情報芸術センターや森美術館、ワタリウム美術館をはじめ数多くの展示を行ってきているが、その作品に限らず、どこか謎めいた雰囲気を持ったアーティストだと感じている人も多いだろう。しかし、展示準備で来日したカールステン・ニコライに聞くと、意外にも「アートを観るときには深く考えず、感じることが大事」だという。このたび、作品の構想から震災後の日本と世界について、そして彼の創作を刺激する存在としての「日本」など、幅広い話題について伺った。

PROFILE

カールステン・ニコライ(Carsten Nicolai)
アーティスト/ミュージシャン。1965年、ドイツのカール・マルクス・シュタット(現ケムニッツ)生まれ。ベルリンおよびケムニッツ在住。サウンド・アーティストとしては、ノト(noto)、アルバ・ノト(alva noto)の名で活動。1992年にnoton.archiv fr on und nichttonを共同で創立し、1999年に音楽レーベルraster-noton(ラスター・ノトン)を共同創立。池田亮司とのユニットであるCyclo.としての活動や坂本龍一とのコラボレーションも盛んに行い、世界各地でパフォーマンスを行っている。ビジュアル・アーティストとしては、過去にニューヨークのソロモン・R・グッゲンハイム美術館、サンフランシスコ近代美術館、パリのポンピドゥー・センター、ロンドンのテート・モダンなどで展示を行っている。
carsten nicolai

実際には手で触れることができない、という側面にも魅力を感じました

―まず、今回『ヨコハマトリエンナーレ2011』で展示する作品のコンセプトについて教えて頂けますか?

CN:今回は2つの作品を展示しています。1つは『fades(フェーズ)』という作品で、過去に何度か展示したことのある作品です。「プロジェクション(投影)」という非常にシンプルなコンセプトの作品ですよ。ただし投影そのものがテーマではなく、投影することで生まれる光の筋とその形こそが「彫刻」としての意味を持っています。それをより強調するために、靄がかかったような空間を演出し、光の存在感を与えています。

―あなたの作品によく見られる、数学的で物理的なコンセプトを持った作品なのでしょうか?

CN:投影している映像自体は、モノクロのグラデーションを使っていろいろ計算しながら作ったものなので、時にシンプルな模様を見せているかと思えば、より複雑な模様を生み出していたりもします。つまり、この光の筋を生むために数学的なプロセスをたどっているわけですが、実際目にしてみるとオーガニックな表情を見せてくれることもありますよ。

『ヨコハマトリエンナーレ2011』 参加作家インタビュー連載vol.4 誰もがクリエイティビティを持っている カールステン・ニコライインタビュー
Carsten NICOLAI《fades》2006/2011
Installation view for Yokohama Triennale 2011
Courtesy Galerie EIGEN+ART, Leipzig / Berlin and The Pace Gallery
Photo by KIOKU Keizo
Photo Courtesy of Organizing Committee for Yokohama Triennale

―本作の構想はいつからあったんでしょう?

CN:きっかけとなったのは、こんな出来事です。きっと皆さんも同じような経験があると思いますが、せっかく映画館に行ったのに映画自体が面白くなくて、スクリーンでなく映写機の方を見上げてしまうような状態ってありますよね(笑)。

―ありますね…(笑)。

CN:私は子どものころから、そのとき起きている現象にすごく興味があったんです。つまり、映写機から照らし出されている光の筋や、それが音とシンクロしている様子ですね。それから、「光が『彫刻』としてそこに在ったとしても、実際には手で触れることができない」というような側面にも、魅力を感じていたんです。

参加したお客さんたちも「作者」であり、創造する可能性を持っている

―では、今回展示しているもう1つの作品とは?

CN:もう1つの作品は『autoR(オートアール)』と名づけました。「auto」という単語と「R」の組み合わせです。ただ、私の作品といっても実際には会場に来た皆さんが創りあげていくもので、オープンな作品なんです。

―オープンというと?

CN:私はあくまでコンセプトを提供しているだけなんですよ。今回用意したのは数色のステッカーなんですが、これを会場へ来たお客さんの手で、白い壁に貼ってもらうんです。このステッカーはまさに「クリエイティブ・ツール」。ステッカーを並べてシンボルや模様を作ってもいいし、何でもOKです。皆さんのために解放された作品なんですね。

『ヨコハマトリエンナーレ2011』 参加作家インタビュー連載vol.4 誰もがクリエイティビティを持っている カールステン・ニコライインタビュー
Carsten NICOLAI
《autoR》2010/2011(新バージョン)
Installation view for Yokohama Triennale 2011
Courtesy Galerie EIGEN+ART, Leipzig / Berlin and The Pace Gallery
Photo by KIOKU Keizo
Photo Courtesy of Organizing Committee for Yokohama Triennale

―昨年ベルリンでもこの作品を展示されていましたね。

CN:ベルリンにある仮設のアートスペースで同じことをやりました。きっと『ヨコハマトリエンナーレ2011』のお客さんにも楽しんでもらえるはずです。この作品の最も重要なポイントは、タイトルの通り参加したお客さんたちも「作者」であり、創造する可能性を持っている点です。これが、私が最も伝えたいメッセージなんです。

―なるほど。

『ヨコハマトリエンナーレ2011』 参加作家インタビュー連載vol.4 誰もがクリエイティビティを持っている カールステン・ニコライインタビュー
カールステン・ニコライ

CN:人という存在は、皆クリエイティブな可能性を秘めています。アートに対していろいろな反応を持っていますし、クリエイティブに何かを表現してくれないかと頼むと、喜んで引き受けてくれる人が多いんですよ。クリエイティブであること、何かを創ること、オープンな心を持つこと、そして表現するということ―これは人間皆が可能性として、それぞれの人生に秘めているものなんです。


―お話を伺っていると、早速参加したくなってきましたね。

CN:ベルリンで展示したときと今回の横浜で、どのようにできる作品が違ってくるのか、とても興味があるんですよ。今回はステッカーのモチーフも若干変更し、一層抽象的なものとなっています。また、この作品には子どもたちにも多く参加してもらいたいと思っています。ベルリンで展示したときに、子どもたちの反応がとても面白かったんですよ。子どもって、恐れることなく自由でいられるという「自由さ」を持っているから、日本の子どもたちがどんな風に表現するか見てみたいんです。

―大人と違って、ためらうことも無いのでしょうね。

CN:そうですね。大人の場合、ステッカーを1、2枚貼って去って行く人も多かったのですが、子どもは何も恐れず、のびのびと表現していたんです、ハート型を作ってみたり(笑)。子どもたちの様子を見ていて、この作品にある可能性を確認することができました。

―今後どんな風にステッカーが増えていくのか、楽しみにしています。

CN:実は9月に再来日する予定があるので、その時に作品がどう仕上がっているか、見に来るのが楽しみですね。この作品が進化していく様子を記録したいんです。

『ヨコハマトリエンナーレ2011』 参加作家インタビュー連載vol.4 誰もがクリエイティビティを持っている カールステン・ニコライインタビュー
Carsten NICOLAI
《autoR》2010/2011(新バージョン)
Installation view for Yokohama Triennale 2011
Courtesy Galerie EIGEN+ART, Leipzig / Berlin and The Pace Gallery
Photo by KATO Ken
Photo Courtesy of Organizing Committee for Yokohama Triennale

人々が原子力について以前よりも関心を持ち、その意義について考えるようになった

―ところで、今年3月の震災以降も、6月のCyclo.としての来日や、今回も含め頻繁に来日されていますね。

CN:こんなに頻繁に日本に来ているのは今年が初めてですよ(笑)。今秋の来日予定も含めると1年で4回来ていることになります。

―あなたのファンにとっては嬉しいことです。

CN:私は日本が大好きですし、常にインスパイアされています。初めて日本を訪れてから14年ほど経ちますが、これまで数々の素晴らしいプロジェクトに携わることができました。今となっては日本に来るのが習慣になっているんです(笑)。これからも来日し続けますよ!

―震災の影響で、来日する海外アーティストが以前より減っているんですよね。

CN:ドイツ国内ではメディアの力が強力なので、福島についての報道はいろいろと影響を与えているかもしれません。しかし、この報道のおかげで、現在ドイツが脱原発の方向に向かっているとも言えるでしょう。1つの国家がエネルギーシステムの構造そのものを変えようとしているなんて、本当に大きな出来事ですから。人々が原子力について以前よりも関心を持ち、その意義について考えるようになったのは事実で、非常に重要なことです。

―なるほど。

CN:どれだけのエネルギーをこれまで使ってきて、今後生きていく上でどれだけ必要か、日本の人々が再考するようになったはずです。個人レベルにとどまらず、コミュニティとしてそのような意識を持つことが、未来のためにも大切なんです。

―今回の震災はあなた自身やあなたの作品に何か影響を与えていますか?

CN:私は旧東ドイツに生まれたこともあり、これまでの人生で何度か衝撃的な出来事を体験してきました。政治的な事件を含め、本当にさまざまな出来事がありましたよ。そういった出来事は確かに私に影響を与えてきたといえるでしょう。しかし、即座に影響を受けるというわけでも、自動的に起きることでもないんです。

―つまり、どういうことでしょうか?

CN:私の心の中で起きていることが、すぐさま私の作品に反映されるわけではありません。心の中に起きた波から、時には距離を置くことも大切にしているんです。

トラブルを抱えているときや予想もしなかった状況でこそ、最もクリエイティブになれる

―これまで数多く来日し、ミュージシャンとしては坂本龍一や池田亮司といった日本のアーティストとのコラボレーションも実現していますね。日本の文化の中でどのようなものに影響を受けていますか?

CN:私は日本庭園の大ファンなんですよ。10代のころからの憧れでした。旧東ドイツで育ったこともあり、当時日本に行ける可能性は無かったのですが、本当に魅力的な場所でした。今こうして実際に日本に来られるようになりましたが、今でも日本庭園という文化にとても魅了されるんです。それ以外に面白いと思ったのは、日本の美術や文学といったものですね。

―当時、どのように日本庭園の存在を知ったのでしょうか?

CN:書籍ですね。当時の私にとって、唯一の情報源でした。

―日本での展示や日本人アーティストとのコラボレーションを通じて、これまでに特に印象的だったエピソードはありますか?

CN:いろいろありますが、日本にいるときに感じる全体的な雰囲気そのものが最も印象的ですね。それが一体何なのかはいまだに分かりませんが、言葉では表せないものです。でも、私にインスピレーションを与える存在であるというのは分かっていて、ミュージシャンとして前回発表した楽曲は日本での経験が少し込められた内容になっています。

―それは頭で理解するというよりも、体で感じるものなんでしょうか?

CN:そう。空気のようなものといえばいいでしょうか。その正体はいまだに分かりません。

―ところで、毎年数多くの作品を発表されていますが、創作のモチベーションを保ち続けていられる秘訣は何でしょうか?

CN:それは人間全員にあてはまる質問ですね。人はなぜ創るのか? なぜ創造という思想を持っているのか? それはアーティストだけに限られたものではないんです。人間は皆、「フォース(力)」を秘めているんです。スターウォーズのフォースじゃないですよ(笑)。とにかく、何かが私たちを動かしています。時に、多くのトラブルを抱えているときや予想もしなかった状況でこそ、最もクリエイティブになれる場合があります。私自身は、いろいろと問題を抱えている状況でこそアイデアが生まれることを「フリクション(摩擦)」と呼んでいます。

深く考えずに、その作品が好きか嫌いかを感じること

―あなたの作品は数学的で物理的なコンセプトの作品も多く、一見難しそうに見える時があるのですが、今回の作品の鑑賞のポイントは何でしょうか?

CN:自然や自然科学からヒントを得た作品も多くあります。確かに、鑑賞する人が知らないような事象がテーマである場合もあるでしょう。でも、難しく考える必要はありませんよ。

―そうなんですね!

CN:アートを目の前にしたときに、どうやってその作品を読み解くか…一番簡単な方法は作品を見て、深く考えずに好きか嫌いかを感じることなんです。私自身、「理解してほしい」とは思っていないんですよ。どれくらい作品を読み解けるのかは、人によってたどり着く深さが違うものなんです。ビジュアルアートにしても音楽にしても、「この理由でこれが好き」だと全員が言えるわけではありません。私の作品を見るときは、予備知識が無くてもまったく問題ありませんよ。

『ヨコハマトリエンナーレ2011』 参加作家インタビュー連載vol.4 誰もがクリエイティビティを持っている カールステン・ニコライインタビュー

―深く考えるのではなく、そこで感じる…ということでしょうか?

CN:そう、そして一番の例こそ、日本庭園だと思っていますよ! そこにいるだけで美しい庭園を楽しむことができ、時には宇宙的なものを感じることができます。すべてを理解する必要はないし、それはきっと不可能でしょう。

―お話を聞いて安心しました(笑)。ところで、先ほど少し触れていらっしゃいましたが、また来日の予定があるとか?

CN:9月から10月にかけて、私の主宰する音楽レーベルraster-notonのツアーで再び来日する予定です。私の友人でもあるドイツ人シンガーのブリクサ・バーゲルトを連れていきます。東京、札幌、大阪、京都と周る予定です。

―それは楽しみですね。最後に、今後『ヨコハマトリエンナーレ2011』へ訪れる方へメッセージをお願いできますか?

CN:あなたの中にあるクリエイティブ性を大切にしてください。そして、私たち全員がいる環境について、興味を持ち、より深く知ってもらいたいですね。3月の震災以降、これが本当に重要なことだと私も感じています。私たちの創造力を育てながら、私たちが生きる環境を守っていきましょう。

information

『ヨコハマトリエンナーレ2011』 OUR MAGIC HOUR―世界はどこまで知ることができるか?―』

2011年8月6日(土)〜11月6日(日)
会場:神奈川県 横浜美術館、日本郵船海岸通倉庫(BankART Studio NYK)、その他周辺地域
時間:11:00〜18:00(最終入場は17:30まで)
休場日:9月は毎週木曜日、10月13日(木)、10月27日(木)

『ヨコハマトリエンナーレ2011』 OUR MAGIC HOUR−世界はどこまで知ることができるか?−



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