特集 PR

ヨコハマトリエンナーレ2011 参加作家インタビュー連載vol.2 走った軌跡をアートにする、ジュン・グエン=ハツシバの作品

ヨコハマトリエンナーレ2011 参加作家インタビュー連載vol.2 走った軌跡をアートにする、ジュン・グエン=ハツシバの作品

松浦直美
撮影:小林宏彰

震災の知らせを受けて固めた小さな決意から

―新作『Breathing is Free: JAPAN, Hopes & Recovery,1.789km』について伺います。東日本大震災をテーマに制作しているそうですね。

グエン=ハツシバ:3月11日に地震の知らせを聞いたときから、別のプロジェクトを進める傍らで、特に作品にするという構想もなく走り始めました。日々のトレーニングとしてホーチミン市内を走っていたので「今夜は日本のために走ろう」と心の中で小さな決意をしたのです。その日、走り終えたとき、これを継続して何らかの支援にできればいいと思い、桜の花を描くように走り続けました。走るだけですが、被災地へのメッセージのようなものになればと。

―描くのは桜なのですね。

グエン=ハツシバ:たくさんの花をつけた桜の木です。当時、日本では桜が咲きはじめる季節でしたが、日本の皆さんは花見のことを考える余裕がないかもしれないと思いました。私たちは、日本にメッセージを送りたかったのです。皆さんが復興に尽力するそばで、桜もちゃんと咲いていますよと。こうして小さなプロジェクトが生まれました。『ヨコハマトリエンナーレ2011』のスタッフと話し合った結果、もともと考えていた作品よりも、より時宜にかなったこのプロジェクトを出品することになりました。桜を描く過程はホーチミン市と横浜市で進め、両都市の地図を重ね合わせます。そうすることで道路の選択肢が増えますから、どちらかの都市では道がないために走れない、つまり線を描けない部分や細部をも描き出すことができます。

ヨコハマトリエンナーレ2011 参加作家インタビュー連載vol.2
《Breathing is Free 12756.3: JAPAN,Hopes & Recovery,1,789km》 2011
Courtesy Mizuma Art Gallery

―いま横浜でプロジェクトに参加しているランナーはどんな人たちですか。

グエン=ハツシバ:主に横浜を中心とした『ヨコハマトリエンナーレ2011』のサポーター(ボランティア)ですが、遠方から参加してくれる方もいますね。

―被災地の状況を視察する機会はありましたか。また、出来上がった作品を被災地で展示する予定はありますか。

グエン=ハツシバ:日帰りで仙台に行って走りました。作品が出来上がったら、何らかの形で被災地の人々に見てもらえるといいですね。具体的な方法はまだ決めていませんが、制作の過程で私たちが被災地の皆さんのことをずっと考えていたというメッセージが伝わればと思います。

ヨコハマトリエンナーレ2011 参加作家インタビュー連載vol.2
《Breathing is Free 12756.3: JAPAN,Hopes & Recovery,1,789km》 2011
Courtesy Mizuma Art Gallery

―先ほど、『ヨコハマトリエンナーレ2011』には別の作品の出品を考えていたとのお話がありましたが、どのようなものでしたか。

グエン=ハツシバ:広島の原爆と被爆者に対する「メモリアル・プロジェクト」を出品する予定でした。『ヨコハマトリエンナーレ2011』が8月6日、広島の「原爆の日」に開幕することから考えたプロジェクトです。現在制作中の作品に比べれば、規模が大きく、もっと大勢の人が関わって長い距離を走る作品になる予定でした。原爆投下について調べてみると、横浜も候補地になっていたことがわかったのです。それで「もし横浜に原爆が投下されていたら、市民はその歴史とどう向き合うだろう」と問いかけながら、横浜の地図上に大きな菊の花を描きました。高層ビルとしては日本一の高さを誇るランドマークタワーを爆心地とみなして中心に据え、たくさんの花びらを描くことを構想しました。主に横浜市内を走って菊の花のドローイングを完成させる予定でしたが、広島と長崎でも走って花びらを何枚か描き、横浜で描いたドローイングに重ね合わせるつもりでした。

なぜ人は、幸せや安全を求めて故国を去らなければならないのか?

―『Breathing is Free: 12,756.3』はより大きな「メモリアル・プロジェクト」の一環であり、その集大成となるプロジェクトだそうですね。「メモリアル・プロジェクト」の根底にあるものはなんですか。

グエン=ハツシバ:「メモリアル・プロジェクト」の主なテーマは「難民」ですが、中には難民問題以外を取り上げた作品もあります。例えば、今回の出品作品が取り上げるのは「自然災害」です。ただ、地震の被災者たちも家や故郷を離れて生活を再建するという意味では、難民と共通点があります。「メモリアル・プロジェクト」のほとんどの作品が取り上げるのは、政治的理由から住み慣れた土地を離れざるを得なかった人たちです。私は若いころにある疑問を持ち、いまでも同じことを問い続けているのですが、それは「なぜ人は、幸せや安全やより良い生活を求めて故国を去らなければならないのか」というものです。なぜ、それらは母国では手に入らないのか、と。答えなど見つからない問いかもしれませんが、考え続けたいのです。

ヨコハマトリエンナーレ2011 参加作家インタビュー連載vol.2
ジュン・グエン=ハツシバ

―「メモリアル・プロジェクト」の中には、『ホー! ホー! ホー! メリー・クリスマス:イーゼル・ポイントの戦い――メモリアル・プロジェクト沖縄』(2003年)など、本来地上でなされる行為を海の中で撮影した映像作品がありますね。これらの作品では、ダイバーたちの吐く息が泡となって水面へと上っていき、「呼吸」が目に見えるかたちで観る者になにかを問いかけてくるように思います。また『Breathing is Free: 12,756.3』でも、私たちが無意識のうちにする「呼吸」が作品において大きな役割を果たしているようですね。

グエン=ハツシバ:私は「息をすることは自由であるべき」だと思います。しかし、難民について考えてみると、彼らがどこでどう息をするか、自由だとは言えないのです。そこには経済力の問題もあるでしょうし、自由になれないのは彼らの経験した苦難からなのかもしれません。ですから、現実にある状況とメタファー理解とが重なり合っています。確かに、私は「息をすること」に関してこのような問題に注目したいし、人々の注意を喚起したいのかもしれません。「息をすること」は自由であるべきだけれど、万人にとって自由であるわけではないのです。

3/3ページ:日本、米国、ベトナム。3国で過ごした記憶と、作品の関わり

Page 2
前へ 次へ

SPECIAL PR 特集

もっと見る

BACKNUMBER PR 注目のバックナンバー

もっと見る

PICKUP VIDEO 動画これだけは

岩井勇気(ハライチ)『ひねくれとか言われても俺はただ自分が進みたい道を選んでるだけ』

ドリームマッチでの『醤油の魔人 塩の魔人』、ラジオで突如披露した推しキャラケロッピをテーマにしたEDM調楽曲『ダメダメケロッピ』など、音楽的な才能に注目が集まる岩井勇気。今回はミツカン「こなべっち」とタッグを組み、自らがマイクを取ってラップに挑戦。しかもこの動画、岩井がこれまでラジオや書籍の中で言及してきた、珪藻土のバスマットや、海苔、メゾネットタイプの部屋、クラウス・ノミなどのネタが詰まっていて、まさか岩井さんの自宅なのでは……? と隅々まで見てしまう。つぎはぜひ、自作のトラックとリリックによる曲が披露されることを待っています。(川浦)

  1. テイラー・スウィフトと因縁のインディロック 田中宗一郎らが語る 1

    テイラー・スウィフトと因縁のインディロック 田中宗一郎らが語る

  2. 川井憲次に聞く押井守との共同制作。説明不可能な音楽探求の日々 2

    川井憲次に聞く押井守との共同制作。説明不可能な音楽探求の日々

  3. 三浦春馬主演『天外者』ウェブ限定動画「約束編」「決意編」「友情編」公開 3

    三浦春馬主演『天外者』ウェブ限定動画「約束編」「決意編」「友情編」公開

  4. 平手友梨奈が表紙を飾る『装苑』詳細発表 「クラシカルかつ幻想的ムード」 4

    平手友梨奈が表紙を飾る『装苑』詳細発表 「クラシカルかつ幻想的ムード」

  5. 菅田将暉“虹”PVで古川琴音と夫婦役、監督は呉美保 5

    菅田将暉“虹”PVで古川琴音と夫婦役、監督は呉美保

  6. 『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』論評 自立と解放への戦い描く 6

    『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』論評 自立と解放への戦い描く

  7. のんがブルーハーツをカバー マルコメ×『私をくいとめて』コラボ企画始動 7

    のんがブルーハーツをカバー マルコメ×『私をくいとめて』コラボ企画始動

  8. 石崎ひゅーい×森山未來対談 本当の戦いは勝ち負けの物差しの先で 8

    石崎ひゅーい×森山未來対談 本当の戦いは勝ち負けの物差しの先で

  9. 高橋一生が今年のグラコロソングを歌う、マクドナルド新テレビCM 9

    高橋一生が今年のグラコロソングを歌う、マクドナルド新テレビCM

  10. PUNPEEが2つの配信ライブで提示したもの、メール取材も実施 10

    PUNPEEが2つの配信ライブで提示したもの、メール取材も実施