日本で2番目に汚い沼のほとりから ハグレヤギインタビュー

初の全国流通盤EP『ハグレヤギ EP』をリリースした4人組バンド、ハグレヤギ。彼らの鳴らす音には、不思議なほど胸を揺さぶる力が宿っている。美大出身のメンバーが並ぶ編成だが、決してスタイリッシュなセンスで勝負するようなタイプではない。むしろ骨太なアンサンブルと起伏に富んだ曲調、美しいメロディで、内面の熱っぽい感情をリアルに伝えてくるバンドだ。

中心人物の山脇紘資(Vo,Gt)は、バンドと並行して画家としても活動している。国内や海外のギャラリーで個展を開催するなど、その道でも評価を集めている彼の作品の多くは、こちらを真っ直ぐに見つめてくる動物の顔をモチーフにしたもの。そこには、胸がざわつくような、不穏な熱が伝わってくるような、そんな独特の美しさがある。そして、それはハグレヤギの音世界が持つ魅力にも繋がっている。そんな山脇の美意識の原点には、4年間の大学浪人や、日本で2番目に汚い沼など、彼にとってかけがえの無い時間と風景が存在していた。

浪人していた4年間が、表現をする上で土台になった(山脇)

―ハグレヤギの音楽と、山脇さんの絵は、同じ根っ子から生まれている表現だと感じます。ご自身としても、そういう感覚はあります?

山脇:そう言っていただけるのは嬉しいですね。あまり僕のこと知らない人は「結局どっちをやりたいの?」ってよく訊くんですよ。絵描きになりたいのか、バンドをやりたいのかって。でも僕としては、それは絵筆を握るか、ギターを握るかの違いだけしかないと思っています。フォーマットではなくて、「何を伝えるのか」ってことが一番重要だと思う。

―バンドと絵はどちらを先に始めたんですか?

山脇:それは10代の頃に遡る話ですね。大学に行こうとは思ったけど、勉強も嫌いだし何のとりえもなくて。何をしようかなって悩んでいる時に、美術の先生に「絵が向いてるんじゃない?」って言われたんですよ。

キス/ Kiss 2273×1818 oil on canvas
キス/ Kiss 2273×1818 oil on canvas

―その頃すでに絵を描くのが好きだったんですか?

山脇:いや、興味もなかったし、むしろ嫌いだったんです。その当時って、何のカルチャーにも触れていない、カラオケで遊んでるようなどこにでもいるロクでもない高校生だったから(笑)。でも、絵が描けたら芸大っていう有名な大学にいけるんだろうと思って描き始めて、気付いたら4浪してました。

―芸大はなかなか入れないですもんね…。

山脇:でも僕にとって、浪人していた4年間はすごく重要な期間だったんです。それまでは自分のバックグラウンドとか、身近にある物事に興味を示さなかったんですけど、それをイチからきちんと見るようになった。その時期に初めて「見る」っていうことを知ったんだと思います。だから、その4年間の経験が、表現をする上で土台になってるんですよね。

―「見る」ということに関して、特に思い出深い逸話はありますか?

山脇:家の近くに手賀沼という沼があって、18から22という人生の一番華やかなときに、1人で手賀沼にテントを持って泊り込んで、絵を描いたり、詩を書いたりしてました。はたから見りゃ廃人のような感じですけど(笑)。

―ひたすら自分を見つめていた時間だったわけですね。

山脇:そうですね。もう、ひたすら自分を形成する4年間だったと思います。ただ、よく「苦労したね」って言われるんですけど、今振り返れば、苦しかった感覚はないんです。いい感覚しか思い浮かばない。それに、あの4年がなければこの場にも立っていないし。

日本で2番目に汚い沼という存在が、リアリティのある生活のメタファーだった(山脇)

―ちなみにその手賀沼って、何か特別な沼だったりするんですか?

山脇:最近、印旛沼に1位を譲り渡したんですけど、日本で2番目に汚い沼として有名です(笑)。ヘドロが浮いていて、青粉だらけで。変な臭いもする。

手賀沼の風景 撮影:山脇紘資
手賀沼の風景 撮影:山脇紘資

―臭いんだ。

山脇:そうなんです。僕が育った千葉県の我孫子って、古くて趣きのある場所もあれば、集合住宅やマンションも沢山あったり、汚い歓楽街もあるし、きれいに整った図書館みたいな公共施設があったり、いろんなものが混ざっているんですよ。僕にとって、そういう土地からくるインスピレーションは大きかったです。ある意味、僕にとってはプログレッシヴな場所って感じがするというか(笑)。

―それが音楽にも影響を与えているんですね。

山脇:不思議な感じですよね。僕の音楽も、フォークでもあるし、アーシーでもあるし、いろいろなものが混ざっている感覚がある。よく「両極端な音楽をやってるね」って言われるんですけど、僕の中では素直に感じたものを提示してるだけで、それは多分、自分が見て育った場所からの影響なんだと思います。

―ただ、我孫子のように「都会でも田舎でもない、いろんなものが混ざった場所」というのは他にも沢山あると思うんです。そういう意味で、手賀沼っていう場所の、ヘドロが浮いているような汚い沼に惹かれたというのは、インスピレーションの根っ子として特に大きいんじゃないですか?

山脇:そうなんでしょね。日本で2番目に汚い沼っていう存在が、ある種の生活のメタファーのようなものだったのかなって、今は思いますね。ヘドロだって元を辿れば生活排水だったりするわけで、そういうところで、僕は臭いと共にものすごいリアリティを感じたんだと思います。大自然にも大都会にもない、「生活」のリアリティ。その生活を読み解くためにずっと手賀沼に通ったし、どうしてそこに「生きる」というものを自分が感じるのか分からなくて、その理由を模索するために通ったんだと思います。

自分が描くものは、絵が鑑賞者を見ている、という意識の方が強いんです(山脇)

―山脇さんの描く絵についても訊きたいんですけれども。動物の顔をよく描いていますよね。でも、それは単に動物を描いているんじゃなくて、それを通して何かを訴えようとしてる感じがすごく伝わってくる。

山脇:ああ、それはすごく嬉しいですね。まさにおっしゃる通りです。

ウルフ/Wolf 1455×1455 oil on canvas
ウルフ/Wolf 1455×1455 oil on canvas

―それを踏まえて、動物の顔というのは、どういう象徴なんでしょうか?

山脇:10代の頃から一番興味があったのは、自分という個なんです。それから、生活=生きるということ。それから段々と、自分の持ってる感動を露にしたい、理解して欲しい、人に伝えたい、そういう欲求が深まっていったんです。それで最初は人間の顔を描いたんですけど、すごい違和感があったんです。

―どういう部分が違ったんですか?

山脇:描くことで、その絵に自分を投影したかったと思うんですが、人の顔には自己投影できなかった。直接的過ぎたんですよ。でも、動物の顔を描いたら、特にその目に自分を投影できたっていうのが大きかった。

―自己投影ということは、描き終えた後に、自分が何を描きたかったのか気付くようなことも多いのですか?

山脇:それはありますね。普通の場合、絵っていうのは鑑賞者が見るものですよね。でも自分が描くものは、絵が鑑賞者を見ている、という意識の方が強いんです。そうやって、絵と自分がコミュニケーションをしていく中で自分の内面に気が付くっていうのは、たとえば人と話している中で気付くこと、理解することがあるっていうのに似ているのかもしれないです。ライブもそうですね。スタジオで練習してきたことをそのまま提示するんじゃなくて、バンと音を掻き鳴らしたときに生まれる何かを、お客さんが受け取ってくれて、また返してくれる。そういうキャッチボールが生まれるライブが素晴らしいライブだと思うので。

ハグレヤギのライブ写真

―僕の印象では、山脇さんの絵とハグレヤギの音楽に、共通している感覚がひとつあると思っているんです。

山脇:どんなところですか?

―言葉にするのは難しいんですが、なんかね、穴が開いている感じがするんですよ。

山脇:穴が開いている?

―たとえば、山脇さんの絵は目がすごく印象的なんですよね。その目に、まるで空洞のような感じがある。空洞を覗き込んでいる、で、同時に空洞から覗き込まれているような感覚がある。で、ハグレヤギの音楽にもそういうことを思うんです。共感しやすいメッセージを提示されるわけではないんだけれど、どこか欠けている部分に惹かれる感じがある。そういう感覚がすごく共通している気がします。

山脇:その空洞っていうのは、言葉を変えると人が入り込める空間ってことなんですかね? 僕の理解が合ってるか分からないですけど、僕自身も、いいなと思う作品って、未完に近い作品だったりすることが多々あるんです。なぜかっていうと、完璧にパッケージングされてる作品って、1から100まで説明がきちんとされているわけじゃないですか。それを受け取って楽しむという。それはそれで素晴らしいものだなと思うんですけど、ある意味未完に近い作品って、人が入り込める隙間がある。そこにアートがあるような気がするんですよね。商業とアートの違いがそこにあるというか。

―そうですね。聴いている側が「これ何だろう?」って思うようなもの。

山脇:The Velvet Undergroundの3rdアルバムを聴いたときもそんな感覚がありました。サイケデリックとかポストパンクとか、そういうことよりも、さっき言った空洞みたいなのを僕はすごく感じるんです。理解して物事をやっているんじゃなくて、自分でも何がなんだかわからない未知の領域を突き進んでいる。そこに僕は美を感じる。空洞の中を突き進んでいる。それって、素晴らしいことなんじゃないかなって思うんです。

みんな、ちょっと心に隙間があるやつらなんじゃないかな(小泉)

―たとえば、“ピクニック”のように起伏に富んだ曲調がハグレヤギというバンドのひとつの魅力になっていますよね。それも、理屈じゃなくできるものなんでしょうか?

山脇:そうですね。“ピクニック”を作ったのは3〜4年ぐらい前ですけど、あの時も、ただ単に突き進んだというか、曲のあるべき姿を辿っていったらああなった感じですね。自分が美味しいと思うツボを素直に押してあげたらああいう展開になりました。

―お話を伺っていると、山脇さんは「自分の表現」というものをしっかり持っていらっしゃると思うんですが、そうであるならば、シンガーソングライターとしての音楽活動もあり得たと思うんです。でも、そこでバンドという方法論をとった理由は?

山脇:それは単純に、まず楽しかったっていうのがありますね。でもとりわけ重要なのは、この4人でやっているということ。自分の表現に対して、バンドの力が加わることでパワーも4倍になる。そこの駆け引きが楽しいんでしょうね。

ハグレヤギのライブ写真

―じゃあ、これはギターの小泉さんに訊こうと思いますが、山脇さんが作ってくる曲の原形は、どうやってバンドで完成形に至るんでしょう?

小泉:基本的にはこいつが原曲を持ってきて、それをバンドで合わせることでベースができますね。真ん中にこいつが表現したいことがあって、それを各々の表現力とか個性を足して具現化していくっていう。

―そういうバンドマジックとかグルーヴって、人と人との呼吸だったり、相性だったり、そういうものから生まれるものでもあるじゃないですか。そういった相性の良さを感じますか?

小泉:そうですね。長い付き合いなんですけど、音の好き/嫌いとかそういうことじゃなくて、人間的な空気感が合うというところはあると思います。

ハグレヤギのライブ写真

―ハグレヤギの4人に共通している人間性ってどういうものだと思いますか?

山脇:多分、共通してるものは沢山あると思うんですけど、何かひとつと言われたら、同じものに向かっているという意識でしょうね。同じものを見てるから、曲を具現化できる。

小泉:俺が思うには、結構みんなシャイだったりします(笑)。その名の通り、ハグレヤギなんですよ。だからハグレヤギって付けたわけじゃないんですけど。みんな楽器をやりたくて集まってるんじゃなくて、何かしら言いたいこと、やりたいことがあって、それがたまたま楽器だったという。なんというか、みんな、ちょっと心に隙間があるやつらなんじゃないかなっていう風に俺は勝手に思ってます。

ハグレヤギのライブ写真

自分の肉を引きちぎってそれをどんどん固めていって作品にするような感覚に近い(山脇)

―リードトラックとして“海がくる”という曲がありますよね。これは自分たちの中では、どういう位置にある曲ですか?

山脇:この曲は、ライブをしていく中で代表曲みたいになっていった曲なんですけど、最初は全然そんなつもりはなかったんです。でも、何故かみんなに「いいね!」って言われるようになって。たぶん、考えて作った曲じゃないから良かったんでしょうね。言葉も、メロディも、構成も全部シンプルで、そういうシンプルでありがちなフォーマットになってしまうのは嫌いなんですけれど、自分の意図していないところでそうなったから、強いのかなって。

―この曲って「海がくる」って歌われていますよね。でも、海っていうものが何を象徴しているのかは何ひとつ提示されていない。「何だろう、海って? 何がくるんだろう?」みたいな、そういう曲。そういう意味で、さっき言った「空洞」が一番わかりやすくある曲だと思うんです。

山脇:そうですね。難しい言葉は使ってないし、シンプルな言葉なんだけど、具体的な何かを言うのは回避されてる。逆に2曲目に入っている“おいぼれ鬼”のような曲はすごく説明的な物語の歌詞で、僕はどっちも好きなんですけれど。“海がくる”には説明されてない分、奥行きがあるのかもしれないです。

―ちなみにこの曲は、砂浜で縄に繋がれて目隠ししたメンバーが歩くというミュージックビデオが制作されていますけれども。あのアイディアは自分たちから出てきたもの?

山脇:いや、すべて監督にお願いしました。あの曲に関しては一切のアイディアもないし、才能のあるいい監督が作ってくれるんだったら構わないし、結果すごくよかったと思います。絵と音楽はやっていますけれど、別に全部を自分で作るは必要ないですからね。

―ちなみにジャケットに関してはどういう案から?

山脇:あれはもう完全に僕のエゴです。「俺の顔を表紙にしてくれ」ってとこから始まっていて(笑)。もともとは自分の絵でジャケットを作ろうと思っていたんです。自分で絵を描いてるし、それが自然だろうと。でも、ジャケットのために絵を描こうとしても、全然うまくいかなかった。

ハグレヤギ『ハグレヤギ EP』ジャケット
ハグレヤギ『ハグレヤギ EP』ジャケット

―何故ジャケットのための絵が描けなかったんでしょう?

山脇:そもそも僕が描いている絵っていうのは、何かのために描くっていうよりも、描かざるを得ないから描くっていうものなので。クライアントのために表現するというような才能は欠如しているんだと思います。

―では、この先についてはどう考えています? たとえばこうやってCDをリリースしていく中で、レーベルやファンからの要求に応えなければならない時も来るかもしれません。

山脇:それは僕もすごく考えてますね。今までの僕の絵や曲の作り方は、自分の肉を引きちぎって、それをどんどん固めていって作品にするような感覚に近くて。それは確かにリアリティのあるものができるし、人に伝わるものができるんですけど、身を削ってく作業なので、コンスタントにできることじゃないっていう。

―そうですよね。

山脇:だから、これからの課題としては、もちろん身を削って作るスタンスっていうのは変えたくないし変えないんですけど、いい意味でもっと楽できるように、もっと素直に、余裕を持ってやっていきたい。ライブのパフォーマンスでもそうです。今は必死だし、切実だし、溢れ出ちゃうような形でしか初期衝動っていうものを表現できないけれど、自分なりにそれを再解釈して提示することができたら、もうひとつ先のステップに行けるんじゃないかと思っています。

イベント情報
ハグレヤギ EP リリースパーティ
『風がふく』

2012年7月15日(日)OPEN 18:00 / START 18:30
会場:東京都 下北沢 GARAGE
出演:
ハグレヤギ
o'valencia!
indigo la End
それ以染に
料金:前売2,000円 当日2,300円

『ASR RECORDS presents Crimson Ballroom』

2012年7月3日(火)OPEN 17:30 / START 18:00
会場:大阪府 大阪 天王寺 Fireloop
出演:
ハグレヤギ
the crickets
Ain Figremin
Koila
Lambda
タヲロヲトロ
and more
料金:前売1,800円 当日2,300円

壊れかけのテープレコーダーズ 3rd Album『ハレルヤ』レコ発自主企画『摩天楼の下、叫べ、ハレルヤ』

2012年7月23日(月)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:東京都 新宿LOFT
出演:
ハグレヤギ(オープニングアクト)
壊れかけのテープレコーダーズ
ズボンズ
おとぎ話
料金:前売2,300円 当日2,800円

リリース情報
ハグレヤギ
『ハグレヤギ EP』

2012年6月13日発売
価格:1,600円(税込)
PORTRAIT / PONYCANYON ARTISTS / PORT2001

1. 風がふく
2. 海がくる
3. おいぼれ鬼
4. 飛行船
5. ピクニック
6. デンデラノ

プロフィール
ハグレヤギ

山脇紘資(Vo,G)と小泉慶太(G)が、高校時代に、千葉・手賀沼のほとりにある山脇宅ベッドルームで音楽制作をスタートする。2008年、山脇は美大に進学、飯塚拓野と出会い前身のバンド、チキンホテルを結成。2009年、小泉を手賀沼から呼び出しハグレヤギを結成。都内ライブハウスを中心に活動をつづける。ドラマー脱退に伴い、 2011年に小杉侑以(Dr)が加入。2012年、ポニーキャニオンアーティスツ内に自らのレーベル「ポートレイト」を設立。レーベル設立第1弾『ハグレヤギ EP』を6月にリリースする。ハグレヤギの詞曲はすべて山脇のペンによるもの。山脇はハグレヤギの音楽活動と並行して、国内や海外のギャラリーで展覧会を行っている。



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