童心に回帰したメディアアーティスト近森基(plaplax)の挑戦

「メディアアート」というと、暗闇にノイズと閃光が妖しく溢れる電子世界、的なイメージを持つ人もいるかもしれませんが(そしてそういう作品も素敵ですが!)、実際にはより幅広い表現がそこにあります。そう、たとえばスプーンやフォークの影がひとりでに動き出すユーモラスなテーブルや、石ころを入れるとその特徴を宿した不思議な虫が生まれる魔法(?)の引き出しを作るアーティストもいるのです。それが、メディアアートユニット、plaplaxのメンバーでもある近森基さん。あの『文化庁メディア芸術祭』における第1回目のデジタルアート「インタラクティブ部門」大賞作品をはじめとして、常に親しみやすく、新鮮な発見をくれるメディアアートを発信し続けています。plaplaxは現在、個展『イマジネイチャー 〜石ころの記憶〜』(SKIPシティ 彩の国ビジュアルプラザ 映像ミュージアム)ほか、参加展覧会が3つも同時開催中という活躍ぶり。そこで彼らのアトリエを訪ね、近森さんにその発想の源や、いまこだわっているキーワードの1つ、「イマジネイチャー(imagination+nature)」について聞きました。

作品をきっかけに成立するコミュニティーに感動しました。

―まず近森さんの活動について簡単に教えてください。近森さんといえばまずは『文化庁メディア芸術祭』の記念すべき第1回で、デジタルアート「インタラクティブ部門」大賞となった名作『KAGE』の作り手として知られていますね。

近森:はい。その後、久納鏡子とのユニット、minim++(ミニムプラプラ。後に「近森基++久納鏡子」となる)を結成、さらに近年はplaplaxとして活動しています。plaplaxは僕と久納に加え、理工・工学ベースの筧康明と、映像・アニメーション系の小原藍が加わった4人組のメディアアートユニットです。それぞれ得意分野はあるけれど、必要に応じて筧くんが絵を描いたり、小原さんが図面を引いたりもします。そういう有機的な連携の中で、思考や表現を広げていくユニットですね。

近森基(plaplax)
近森基(plaplax)

―オフィシャルサイトを見るとわかるように、plaplaxという名前は「++x」と算術記号でも表せるもので、まさに多領域の足し算・掛け算的コラボレーションということですね。

近森:それと、plaplaxはメディアアートユニットであると同時に、同名の会社組織(株式会社プラプラックス)として公共空間や商業施設などのコンセプト作りからデザイン、実制作の仕事もしています。

―その両面において意識の違いはあるんですか?

近森:そうですね……クライアントの有無はあっても、実は意識的にはあまり違いがないのかな。というのも、「関係性をデザインする」点では、アートもデザインも一緒だからです。インタラクティブアートも、そもそも対象と環境とのインタフェースから広がっていくもの。会社としては、たとえば福祉施設のための共有スペース作りでインタラクティブな仕掛けを求められることもあるけれど、目的に叶っているかどうかを一番大切にして、方法を考えます。クライアントの話をよく聞いた結果、「そこはアート作品よりこういうテーブルを1つ用意するほうが、豊かなコミュニケーションが生まれる」と思えば、はっきりそう提案して進めます。

近森基(plaplax)

―テーブルと言えば、先ほど話した近森さんの1997年の作品『KAGE』のバリエーション『KAGE-table』も、四角いテーブルにあるオブジェクトを人々がさわることから始まる作品ですね。

近森:はい。オブジェにさわるとその「影」だけがひとりでに動き出すというものです。モノ自体よりもその影を表現することで、より強く「存在」を証明し得るという関係性に狙いがありました。

―近森さんの手がける作品は、その体験がくれる驚きはもちろん、いつの間にか人々が集まり、みんな一緒に体験する光景が生まれるのも魅力的です。海外のデジタルアートフェスでも、そうした反応を自然と呼び起こしていますね。

近森:あの光景は、僕も『KAGE』を公開して初めて得た発見でした。複数人が同時にさわって体験できる作品だと、彼らの間にもコミュニケーションが生まれるんです。僕はそうした、作品をきっかけに成立するコミュニティーに感動しました。特に欧米のみなさんは作品体験に積極的で、奥さんが旦那さんに「ほらアンタ、ちょっとそっち側からもさわってみなさいよ」とか(笑)。それを見ていると、堅苦しいコンセプトなんて吹っ飛んでしまうくらい面白かったんです。

宮沢賢治が『春と修羅』で実践した「心象スケッチ」がヒントになりました。「あ、これは自分たちのやりたいことに近いな」と思って。

―plaplaxの作品は、テクノロジーを活用しつつ、インタラクティブな映像表現に動物たちのシルエットが現れたり、空間の香りを感知して色とりどりの映像の花を咲かせたりと、自然界をモチーフにすることも多いですね。これには理由がありますか?

近森:最初は単に作品の制作上、扱いやすかったから、という気がします。また、硬質でピキーンとした感じのメディアアートもかっこいいなと思う一方で、僕たちとしてはもう少し物語性のあるものを作りたい気持ちもありますね。

―plaplaxの最新個展『イマジネイチャー 〜石ころの記憶〜』では、一見メディアアートとはかなり縁遠そうな「石ころ」が主役になっています。そのきっかけと狙いとは?

近森:最初のきっかけは、plaplaxが2年前に富山県の「朝日町立ふるさと美術館」で個展のお誘いを受けたことです。視察で最初に現地の駅に着いたときは、正直、戸惑いました。なんというか、あまりに自然に溢れていて……。

―そんな大自然の中でメディアアートユニットが一体何をやればいいのか、と?(笑)

近森:そうですね(苦笑)。それでまずは地域のことを聞かせてもらったんですが、出てくる話がどれも『もののけ姫』の世界みたいで、引き込まれてしまったんです。あそこは猿が石を投げてくるとか、イノシシが走ってくるとか、ときどき熊もやってくるとか。どこか、おとぎ話みたいでしょう?

近森基(plaplax)

―そこで不安がやる気に変わった?

近森:夏休み時期だし、リフレッシュを兼ねた長期滞在で何か生み出せないかとリサーチを始めました。たとえば、翡翠がとれる「ヒスイ海岸」というのが近くにあるというので浜に行ってみると、実際におじいちゃんやおばあちゃんが一生懸命探している。でも僕らは、翡翠よりも、宝石じゃないからと投げ捨てられている名もなき玉砂利のほうに惹かれました。そこから、今回の映像ミュージアムにもバージョンアップして出展した『イシムシの標本』が生まれたんです。

玉砂利

『イシムシの標本〈リク / ウミ / ソラ〉』
『イシムシの標本〈リク / ウミ / ソラ〉』

―この作品は、大小の石ころからお気に入りを選んで引き出しに入れると、モニターにその石の特徴を宿した不思議な生き物が現れるインスタレーションですね。その「イシムシ」たちの映像は、やがてモニターから飛び出し、壁面を自由に動き回り始めます。1匹ずつユーモラスな名前が授けられるのも面白いですね。

近森:ありがとうございます。それで、これを最初に発表した、その富山の個展のタイトルが『イマジネイチャー -夢みる自然のかけら-』だったんです。

―「イマジネイチャー=imagination+nature」の造語でしょうか。自然への / 自然からの想像力?

近森:そうですね。このときは、石の他にも流木など、自然界にインスピレーションをもらった作品を現地で作ったんです。それまで僕らの展覧会は、与えられたテーマや空間にフィットする最適解を出す、いわば建築的なアプローチが中心でした。でもこのときは「そういえば、こんな感覚ってあったな」という童心的なものを引き出すことを主眼にしたんです。それは大きな違いでしたね。

―今回の映像ミュージアムでの個展は、その発展系でもあるのですね。他にも、床に散らばる石をひっくり返すと、隠れていた虫やカニやトカゲの「影」があわてて逃げ去っていく『隠れたファンタズム』が印象的でした。川遊び・磯遊びで体験したあの驚きがよみがえるというか。同館には地元埼玉の小中学生も授業の一環で定期的に訪れるようで、彼らにも大人気のようでした。

『隠れたファンタズム』
『隠れたファンタズム』

近森:「自然とアート」って、いってみれば歴史上ずっと続いている関係でもありますよね。その上で僕らは「ネイチャー」をキーワードに一体何がやれるのか。今回は、そういう経緯で自分たち自身の表現をより掘り下げた展示をやってみたい、と考えていた時期ともちょうど重なりました。「イマジネイチャー」というキーワードから目指すべき方向性も、展示を重ねるごとに、より明確に見えてきた感じはあります。

―今回「イマジネイチャー」をさらに掘り下げる上で、ヒントになったものはありますか?

近森:宮沢賢治が『春と修羅』で実践した「心象スケッチ」のアプローチがヒントになりました。彼はある書簡で「わたくしはあとで勉強するときの支度にとそれぞれの心もちをそのとほり科学的に記載してきました」と綴っていて、「あ、これは自分たちのやりたいことに近いな」と思いました。作家の恣意的な創作以前にそこにある自然に対し、感じたままの「心象スケッチ」を作品につなげられないか。賢治が言葉で行ったことを、僕らなりのやり方で取り組めたらと思ったんです。

―具体的にはどんな流れの作品づくりになるのでしょう?

近森:石ころについて、辞書で引いた解説文や、その成分を調べて説明できることもある。でもそれとは別に、個人にとっての「石ころ」とはどういうものか? ということもありますよね。石を持ち上げて虫を探した思い出や、さらさらすべすべした手ざわりとか。それは個人的な記憶でありつつ、共有できる部分も持っていると思うんです。

―そのあたりは、今回の個展に佐々木正人氏(東京大学大学院教授 / 生態心理学)が寄せたテキストともつながりそうです。「石ころは、きっとヒトに何かをさせてあげたいのです」という言葉がありました。それこそ童話の一節のようにも響きますが、実は彼の研究領域であるアフォーダンス研究でも「ある環境においてどんな存在が動物の行動に可能性を与えるのか」という考察が重要なんですよね。

近森:そうですね。思わずひっくり返したくなる石、そっとにぎってみたくなる石、放り投げてみたくなる石……。より感覚的にうったえる概念を探る意味でも、それをインタラクティブな方法を用いてやる意味があると思ったんです。

なぜ感動したのか? ということを自分の中でフィードバックして考えることが大切なんです。

―ちなみに、制作にあたって「石ころ」の記憶をあぶり出す作業は、メンバーが複数人いることで互いに議論できる強みもありました?

近森:大人4人で集まって、石ころにまつわる思い出を夜な夜な話しましたね(笑)。たとえば石を水面に投げて遠くまでバウンドさせる遊び「水切り」をモチーフにした新作『軌道飛行』は、筧くんがその記憶にこだわった。「あれは投げるとき石が回転してるのが大切で、そこだけはゆずれない!」とか(笑)。

『軌道飛行』
『軌道飛行』

―近森さんからはどんな記憶を?

近森:僕は、子どもの頃に石ころを割ってみたら、たまたま中に巻貝みたいな化石が入っていて驚いた思い出とかですね。ほかにも、川をはだしで歩くときの小石の感覚や、神社の玉砂利が鳴らすじゃりじゃりした音とかがみんなから出て……どれも、言葉以上にみなさんの感覚に結びつくものがあるんじゃないでしょうか。

石ころ

―個人的なものであっても、みんなと何かしら共有できる記憶に注目したということ?

近森:4人で話し合う中で、全員が「わかるわかる!」と共有できるものを、作品アイデアの素として採用するという感じでした。もちろん、多くの人が共感するものであっても、それぞれにとっての意味はまったく同じというわけでもない。そこもまた面白かったですね。

―制作のお話を聞いてきましたが、今回『イマジネイチャー 〜石ころの記憶〜』展が形になってから、改めて感じたことはありますか?

近森:会場でまだ話せないくらいの小さい子がしきりと作品と対話していて、そこにいた僕にも何かを説明しようとするんです。何かが自分のなかにコネクトすると、その発見を誰かに伝えたくなる。これは大人でも一緒で、僕らplaplaxの一番のモチベーションも「発見すること」だと思うんです。新しい体験、試みをどう作りだすか? 再発見も含めて、いかにそれを体験しやすい形に持ち込めるかを大切にしています。

―そこではどんな工夫がなされるのでしょう。

近森:たとえば「なんて綺麗な夕日だ!」と写真を撮っても、伝わらないことがありますよね。なぜ感動したのか? ということを自分の中でフィードバックして考えることが大切なんです。真っ赤な陽射しがポイントだったのか、実はその場でみんなが同じ方向を向いている状況が重要だったのかとか、感動の根底を分析する感じです。

―先ほど宮沢賢治の話が出ましたが、彼の童話『やまなし』から着想を得て制作された『クラムボンはわらった』などもありますね。清流を切り取ったようなシリンダーの水底から、円石(まるいし)を通して小さなつぶつぶ泡が上がっていきます。実はあの童話の一節「クラムボンはわらったよ。クラムボンはかぷかぷわらったよ」の発話を思わせるタイミングで、気泡が次々と出るようになっているとか。

『クラムボンはわらった』
『クラムボンはわらった』

近森:ほかに、民俗学やアニミズム的信仰などにもヒントを得た作品もあります。それも、特定の文化に収まらない広がりを持つものは、僕らの日常にも結びつくのではと思うからです。

―作品体験を通してそうした発見を誘うことには、どんな狙いがありますか?

近森:物語性や見立てから「想像力の広がり」を喚起したいのが1つ。加えて、自分たちも含め「感覚をより豊かにできたら」という思いがあります。視覚で理解していたつもりの物事に、作品を通して触覚的な感覚が加わるといったことができたら、それも嬉しいですね。実は今回、映像ミュージアムと同時期に2つ展示があって、その1つ、ポーラ ミュージアム アネックスでの個展では香水などを使って、嗅覚が他の感覚とつながることで生まれる新しい体験作りを目指しています。匂いは鼻で嗅ぐものですが、香道では「香りを聞く」と言うそうですし、音に色を感じるなどの「共感覚」も興味深いですね。

―自分たちの発見や驚きが作品に直結し、見た人の中でまた発見が生まれる。そういえば今回、壁面の1つをいっぱいに使って投影される映像『石が動く理由』の前で、面白い光景を見ました。

近森:というと?

―この映像作品は、やはり日常風景の中のありふれた石ころたちの姿に、それらが勝手に動き出す(かもしれない)原因をファンタジー的な描写で重ねていくものですよね。たとえば、水たまりの石ころが動いているのは、そこを小人が乗ったボートが通り過ぎてできたさざ波のせいだ、というような。

近森:そうですね。

―それで、これはいわゆるインタラクティブアートではないわけですが、前述の小学生たちは映像のまん前に立ち、自分たちの影を画面上の石ころに重ねるようにして、勝手にインタラクティブ体験をこさえていたんです(笑)。デジタルネイティブ世代のイマジネイチャー能力、あなどりがたし、という感じで。

『石が動く理由』
『石が動く理由』

近森:それは嬉しいですね(笑)。発見や驚きのための手法は、必ずしも最新技術だけではないという良い例でしょう。僕らもいま3Dプリンタでの造形をしながら、陶器作りも始めたりしています。

―近森さんたちの創造の現場を覗けたら、それもまた刺激的そうですね。

近森:それなら、同時期開催の残る1つ、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]での展示にぜひ。約1年間の長期展示への参加で、ここでは「心象自然研究所」という部屋を作り、僕らの制作過程やアイデアの素を紹介する空間にしました。会期中にも何度かテーマを変えて、展示物を入れ替える予定です。せっかくなので3つの展覧会でスタンプを集めるとプレゼントがもらえるなどの特典がある、3施設連動のキャンペーン「plaplax3つの展覧会」も用意しました。各展示の内容的なつながりも、ぜひ楽しんでもらえたら嬉しいですね。

近森基(plaplax)

―ちなみに「心象自然研究所」での最初のテーマはなんでしょう?

近森:ずばり「イシ」と「ハナ」です(笑)。

―なるほど(笑)、たしかにつながっているんですね。「イマジネイチャー」の展開や、心象スケッチ的アプローチが今後どんな新展開を見せるのかにも注目したいです。今日はありがとうございました!

イベント情報
『イマジネイチャー 〜石ころの記憶〜』

2013年6月1日(土)〜9月1日(日)
会場:埼玉県 川口 SKIPシティ 彩の国ビジュアルプラザ 映像ミュージアム
時間:9:30〜17:00(入場は16:30まで)
出展作家:plaplax(近森基、久納鏡子、筧康明、小原藍)
休館日:月曜(祝日の場合は翌平日、7月15日は開館)
料金:大人500円 小中学生250円
※『SKIPシティ国際Dシネマ映画祭』開催期間中(7月12日〜7月21日)は映画祭の半券チケットで入館無料

夏休み特別ミニギャラリートーク+ワークショップ
『石ころを動かそう!!』

2013年8月17日(土)14:00〜16:00
会場:埼玉県 川口 SKIPシティ 彩の国ビジュアルプラザ 映像ミュージアム
講師:plaplax
対象年齢:小学生以上
定員:30名(要事前申し込み、先着順)
料金:無料(映像ミュージアム入館料が必要)
※申し込み方法詳細はこちら

プロフィール
plaplax(ぷらぷらっくす)

近森基、久納鏡子、筧康明、小原藍のメンバーで活動。主にインタラクティブアート分野における作品制作を手がける一方、公共空間、商業スペースやイベント等での空間演出や展示造形、企業や大学との共同技術開発など幅広く行う。Ars Electronica(オーストリア)、SIGGRAPH(アメリカ)、ポンピドゥセンター(フランス)、文化庁メディア芸術祭(日本)など、国内外で数多く作品を発表。



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