さよならだけが答えじゃない 椎名もたインタビュー

椎名もたのセカンドアルバム『アルターワー・セツナポップ』が素晴らしい。現在18歳の椎名は、これまでの取材で自分の音楽の原点がボカロにあるという意味で、「ボカロネイティブ」という言葉を度々口にしていたが、若年層のカラオケランキングで上位をボカロ曲が占めるなど、ニコ動の一般化によって、これから「ボカロネイティブ」が増え続けることは間違いない。しかし、音楽ファン全体で見れば、「非ボカロネイティブ」の割合が多いのが現状なわけで、そこに対してどうボカロ曲を届けるかというのは、椎名以外も含めたボカロクリエイター共通のテーマだと思うが、『アルターワー・セツナポップ』はその課題を十分にクリアし得るアルバムだと言えるだろう。 あくまでキャッチーであることにこだわったソングライティングや、バンドサウンドと打ち込みを並列に用いた挑戦的なサウンドメイキングといった音楽作品としてのクオリティーの高さに加え、本作においては何より作り手のエモーションが伝わってくることが大きい。「アルターワー」つまりは「変革期」と題されているように、この1年半で椎名はさまざまな出会いと別れを経験した。そして、そんな出会いと別れに真正面から向き合い、制作をしたからこそのエモーションが、このアルバムからははっきりと感じられるのだ。「ボカロネイティブ」も「非ボカロネイティブ」も関係なく、このアルバムを聴けば誰もが少しメランコリックな気持ちになって、でも最後の“Vanilla flavor piece”を聴き終えたときには、前を向いてこれからの日々を過ごしていこうと思えるだろう。椎名もたの旋律をひとり聴いたせいです、こんな心。

変革期っていうのが、体感としてものすごく長かったような気がしてたんですけど、今思うととても刹那な、一瞬だったなって。

―『アルターワー・セツナポップ』って、このアルバムをすごくよく表してるタイトルだなって思いました。所属事務所が変わり、楽曲のクオリティーも上がり、実際この1年半っていうのはすごい変革期だったんだと思うし、一方で今回のアルバムは「別れ」をテーマにした曲が多くて、せつなさもすごく感じられるなって。

椎名:「セツナポップ」の「セツナ」って、その「せつない」っていう意味もあるんですけど、時間を意味する「刹那」ってあるじゃないですか? 変革期っていうのが、体感としてものすごく長かったような気がしてたんですけど、今思うととても刹那な、一瞬だったなって思えて、そのふたつの意味でつけたタイトルなんです。

―なるほどね。前回取材をさせてもらったのが2月20日で、ちょうど7か月前だったんだけど、3月に18歳になったんだよね? 何か変わりました?

椎名:深夜に徘徊ができるようになりました(笑)。

―前回の取材では(18歳になったら)「夜中にカラオケに入りたい」って言ってたけど。

椎名:行きました。料金の高さにびっくりしました(笑)。

―(笑)。もたくん、カラオケで何歌うの?

椎名:自分の好きなボカロとか、いろいろです。

―サカナクションは?

椎名:サカナクションはカラオケだと音がしょぼいから歌わないかな。

―最近よくネットで、「若者のカラオケランキングの上位はボカロばっかり」みたいな記事って出るでしょ? ああいうのって、もたくんからすると「まあ、そうだよね」っていう感じなのか、「ええ、そうなんだ!」って感じなのか、どっちが近いですか?

椎名:妙なことになってるなあとは思いますね。

―それって、いい意味で、よくない意味で?

椎名:両方ですかね……でも、いい意味の方が大きい気がします。一般的に認知されてきてるっていうのは、いいことなんじゃないかなって。

椎名もた
椎名もた

―では、「変革期」っていうことについて聞いていくと、まず所属事務所の移籍がありました。U/M/A/AはDECO*27やsasakure.UKも所属する屈指のボカロレーベルでもあるわけだけど、移籍して何が一番変わりましたか?

椎名:会社に行ったら、まず「お飲み物は何にされますか?」って聞かれて、それにすごくびっくりしました。レッドブルがタダで飲めるっていう(笑)。

―(笑)。移籍すること自体に迷いはなかったですか?

椎名:すぐに賛成しました。U/M/A/Aって結構憧れのレーベルだったんで。

―まあ、GINGAっていうレーベルごと移籍したわけで、そこの関係性はこれまでと変わってないわけだもんね。U/M/A/Aの所属アーティストとの交流とかって結構あるんですか?

椎名:sasakure.UKさんとかDECO*27さんとかkousさんとかと接することで、インプットは増えた感じがします。「Logic Pro Xがいいんだよー」みたいな話をしてくれるので、そういう意味でも、すごくいい環境に来たなって思いますね。

嘘をテーマにしてるんですけど、わりと正直な曲が多くて……なんか、矛盾してますよね(笑)。嘘について正直になってみたというか。

―事務所の移籍以外では、この1年半で何が一番変わりましたか?

椎名:上京して、一人暮らしを始めたんですよ。

―あ、それは大きいね。東京での生活には慣れてきました?

椎名:今朝、お風呂の排水溝が詰まっちゃって、どうしたらいいかわかんなくて、今放置してます(笑)。パイプウォッシュ買わなきゃ。

―ちゃんと生活できてるか心配だなあ(笑)。制作への影響はどうですか?

椎名:だいぶ変わったと思います。精神衛生的によくなったと思うし、実家にいた頃よりは出歩くようになりました。まあ、活気が出たというか。

―でも、一方では人ごみが嫌だったりもしない?

椎名:それももちろんあって、都会の喧騒にもまれて物思うことがあり、1曲作ってみたり。

―どの曲ですか?

椎名:“かげふみさんは言う”っていう曲です。<笑う人は今日も携帯片手に>とか<寝てる人は今日もダンボールのした>とか、自分にとっての都会の情景を浮かべてるんですけど、その中に<うたうひとは今日もペンでうそをつく>って、自分のことを投影してるんですよね。

―この「うそをつく」っていうのはどんな意味合いがあるんですか?

椎名:『夢のまにまに』(2012年3月にリリースされたデビュー作)を作り終わった頃から、ひとつテーマになってたんです。曲を作る、歌を歌う、詞を書くっていう人は、結局もとをただすと嘘をついてることになるんじゃないかと。その嘘について少し迫ってみようと思って。自分のやってきたこと、自分の姿を映しこんだりしながら、嘘に迫ってみたっていうのが今回のアルバムなんです。

椎名もた

―創作活動っていうのは、ある意味嘘をつくことと一緒だと。

椎名:漫画の引用なんです。とある漫画で「漫画家は嘘をつく職業だ」って言い回しがあって、それって作曲家も同じことだよなって思って。まあ、裏テーマっていう感じです。

―でもね、“ツギハギ”っていう曲なんかは、「自分の音楽は結局いろんなもののツギハギなんじゃないか?」っていう、もたくんの曲作りの苦悩がストレートに投影されているようにも思ったんだけど。

椎名:そうですね。嘘をテーマにしてるんですけど、わりと正直な曲が多くて……なんか、矛盾してますよね(笑)。嘘について正直になってみたというか。

―例えば、意図的に嘘をついてる曲とかってあるのかな?

椎名:……結構どれもホントのことを歌ってますね(笑)。「嘘をつくのをやめてみました」って感じなのかな。

―最初にも言ったように、今回のアルバムって「別れ」をテーマにした曲が多いでしょ? その理由ってもたくんの中ではっきりしてる?

椎名:まあ……いろんな出会いと別れがあったんですよ(笑)。

―それがそのまま反映されてる?

椎名:はい、恥ずかしながら。

―そっか。でもね、だからこそ“かげふみさんは言う”の最後で、<さよならだけが答えじゃないそうだ 泣き止んだ日まで また明日>っていう歌詞が出てくるのが、すごくグッとくるポイントで。

椎名:ありがとうございます。

―つまりは、いろんな出会いと別れがあって、それが大きな山を越えたときに生まれたのがこの曲だっていうことなのかな?

椎名:そうです、まさしく。すっごい退廃的な気分で作り始めたんですけど、歌詞を書くうちに、自分で答えを見出していった曲というか、この曲ができて、「見出せたな」って、自分でも感じることができたんですよね。

「じゃあ、若さを盾じゃなくて矛にして使ってやろう」って、今はそう思ってます。

―音楽的な面で言うと、『夢のまにまに』に続いて、今回もバンドサウンドにチャレンジしてますよね。2回目だから慣れてきた部分もあるかとは思うんだけど、今回の制作はどうでしたか?

椎名:ミックスが難しい!(笑)

―あはは(笑)。やっぱりPCで作るのとは全然違うよね。

椎名:EQで音を削るポイントとか、コンプの設定とか、生音を使ってみるとまったくわかんなくて。最終的には益子(樹)さんのアシストを受けて、きれいになってくれたと思うんですけど。

―レコーディングもバンドメンバーと話し合いながら進めていったんですか?

椎名:曽根さん(椎名もたのディレクター / マネージャー)とヨウちゃん(恒松遥生 / 元PaperBagLunchbox)が何度も家に来て、「ここはこうしたらいいんじゃない?」って、展開や構成について話し合ったので、三人で作っていった感じですね。

―例えば、もたくん以外の誰かの意見で曲が大きく変わったりとかもありました?

椎名:“かげふみさんは言う”は『ぽわぽわーくす』っていうCDに元々入ってたんですけど、あのCDだと1サビが結構盛り上がってたんですね。でも、そこを落とすことで、ラスサビの盛り上がりをもっと演出することができるんじゃないかって提案を聞いたときは、「なるほどな」って思いました。

椎名もた

―“かげふみさんは言う”は楽曲的にも7分を越す大作だし、さっき話したように想い入れの面も含めて、間違いなくアルバムのハイライトだと思うんだけど、でもこの曲が最後の曲じゃなくて、その後に2曲続くのがまたいいなって思ったんだよね。

椎名:最初は“かげふみさんは言う”を最後にしようと思ってたんです。それは、『夢のまにまに』の後引きがあったからで、あのアルバムの最後に“それは、真昼の彗星”っていう曲があって、そういう立ち位置になってほしいなと思って、最後に置いたつもりだったんですけど、でも今回はちょっと違うなって、マスタリングの前々日ぐらいに思って。

―それはなぜそう思ったの?

椎名:なんか、悲しいなあと思って。感傷に浸れるわけじゃなく、ただただ悲しいなあと思ったから。

―そっか。でも、最後が“Vanilla flavor piece”っていうのは、僕もすごくいいと思う。ポップスとしてすごくいい曲だし、またここから続いていく感じがするっていうか。

椎名:はい、救われた感じがしました。

―ちなみに、他にもたくん的な一押し曲とかってある?

椎名:“ツギハギ”ですかね。リズムがいいんですよ、ワキワキしてて(笑)。

―「ワキワキ」ってあんまり聴いたことない(笑)。

椎名:踊りたくなるんで、気に入ってます。

―あと、PVのことも聞かせてもらうと、イラストレーターの金子開発さんってまだ中学生なんだよね?

椎名:はい、びっくりですよね。下手したら2000年代生まれですからね、怖いっすよ(笑)。でも、今回新しい世代をフィーチャーできたのは、とてもいいことだと思います。

―ちょっと前までは、もたくん自身が「若い」って言われてたのにね。

椎名:ビビりますよね……今後立ち位置が危うい(笑)。

―(笑)。でもさ、昔は「若さ」ばっかりで語られることが嫌で、匿名で活動してみたりもしたことがあるわけじゃない? 今18歳になって、自分の年齢についてどう思ってますか?

椎名:確かに、昔は「若いのにすごい」って言われて、「じゃあ、若くなかったらどうなんだ?」って思うこともありましたけど、でも実力を買ってくれたGINGAっていう存在もあったし、「じゃあ、若さを盾じゃなくて矛にして使ってやろう」って、今はそう思ってます。

―もたくん、変わってきたなあ。やっぱり、この1年半っていうのは大きかったんだろうね。

椎名:前まで目標を聞かれたときに、「かっこいいスタジオが欲しいです」って言ってたんですね。

―ああ、最初に僕が取材させてもらったときもそう言ってた。

椎名:最近は「柴犬を室内で飼える家が欲しい」って思い始めました(笑)。ちょっと目標がでかくなりましたね。

リリース情報
椎名もた
『アルターワー・セツナポップ』初回限定盤(CD+DVD)

2013年10月9日発売
価格:3,000円(税込)
UMA-9026/9027

[CD]
1. ピッコーン!!
2. MOSAIC
3. パレットには君がいっぱい
4. Q
5. ウソナキツクリワライ
6. forgot me not
7. シティライツ
8. Halo
9. ツギハギ
10. 嘘ップ
11. かげふみさんは言う
12. LIVEWELL
13. vanilla flavor piece
[DVD]
1. ストロボライト
2. 夢のまにまに
3. MOSAIC
※ブリキ缶ケース仕様

椎名もた
『アルターワー・セツナポップ』通常盤(CD)

2013年10月9日発売
価格:2,700円(税込)
UMA-1026

1. ピッコーン!!
2. MOSAIC
3. パレットには君がいっぱい
4. Q
5. ウソナキツクリワライ
6. forgot me not
7. シティライツ
8. Halo
9. ツギハギ
10. 嘘ップ
11. かげふみさんは言う
12. LIVEWELL
13. vanilla flavor piece

プロフィール
椎名もた(しいな もた)

幼少の頃よりギター、ドラム、エレクトーンなどの楽器を嗜んでおり、中学2年(14歳)の時よりDTMを始める。その後、「ぽわぽわP」としてVOCALOIDを使用した楽曲の投稿を始め、開始後より人気を博し、ストロボラストをはじめとしたストロボシリーズによりその地位を確固たるものへとする。そんな人気の中、2011年初頭、突然の活動休止。半年後、GINGAとの邂逅により活動を再開し、2012年3月デビューアルバム「夢のまにまに」を発表し賛否両論の話題を呼ぶ。その後、TVなどのメディア出演やライブ活動、南波志帆への楽曲提供や渋谷慶一郎のリミックスなどニュースは絶えない。ある一定のイメージを与える作風ではなく、どんな状況でもちょっぴり以上良くする類まれなるサウンドメイキングと、天性のグルーブ感、心の隙間にスルッと侵入するどこか人懐っこい詩世界を合わせ持つ。VOCALOIDシーンから生まれ、電子音楽シーンに舞い降りた、弱冠18歳の驚異である。



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