渋滞学に学ぶこれからの世界 東大教授・西成活裕インタビュー

高速道路で渋滞に巻き込まれ、時間だけが過ぎる状況にウンザリした経験は誰にだってあるはずだけど、そもそも「渋滞」ってどうして起こるんだろう? そんな渋滞について独自に研究し新しい学問「渋滞学」を提唱するのが、『講談社科学出版賞』を受賞した『渋滞学』(新潮選書)をはじめ、多くの著書を刊行し注目を浴びている東京大学先端科学技術研究センター・西成活裕教授だ。「渋滞」のメカニズムとその回避方法を知ることで、新しい視野が広がり、車の渋滞だけに留まらない、様々な世界の流れが見えてくる。ユーモア溢れる語り口が魅力の「渋滞学」西成教授に話を伺った。

実はアリのほうが人間よりも全体を考えて行動していて、人間よりも渋滞が少ないことが研究で分かってきているんです。

―西成教授が研究されている「渋滞学」とは、そもそもどのような学問なんでしょうか?

西成:文字通り渋滞について調査・研究し、その解消方法を探る学問なんですが、一言で渋滞と言っても車の流れが滞る渋滞だけではありません。歩く人の流れにも渋滞はありますし、動物や魚の群れにも渋滞はある。インターネットで回線が遅くなるのも一種の渋滞ですよね。

―流れの停滞という根本的な意味合いで、渋滞を扱われているんですね。

西成:流れの停滞を統一的に扱うのが私の渋滞学なんです。商品が売れ残ることは、物流の観点からすると在庫の渋滞。体内で血液や栄養分が停滞することも一種の渋滞ですね。また、実際に目に見えるものだけではなく、話し合いや会議でなかなか物事が決まらないことも、意思決定の渋滞です。渋滞というキーワードで、目に見えるものと見えないもの、色々なものを見ていくと新しい世界がひらけてくるんです。

西成活裕
西成活裕

―車の渋滞にしても人間の意思が大きく関わっている気がします。

西成:そうなんですよ。渋滞学は数学をベースに、心理学など様々な学問の融合で成り立っているんです。車の渋滞でも「減速したくなる気持ち」「車線変更したくなる気持ち」は人の心の動きを知らないと分からないわけです。

―他には、どのような学問を参照されているんですか?

西成:生物学ですね。渋滞学は自然界を最も参考にしているんです。とくにアリは、しっかり観測すると秘密を持っているんですよ。我々人類は400万年ぐらいしか生きていないんですが、アリは2億年も生きている。やっぱり長く続いて来た生物には知恵があるんですね。

―人間よりもアリのほうが賢い部分もある?

西成:実はアリのほうが人間よりも全体を考えて行動していて、人間よりも渋滞が少ないことが研究で分かってきているんです。不思議なことにアリの行列って、ある程度混んできたら前に詰めなくなるんですよ。アリの巣というのは、他人同士ではなく人間でいえば家族みたいなものなんです。アリ同士がすれ違うときによく観察していると、お互いの体を舐めて、体にまとわりついている化学物質が同じ種類かどうかを確認しているんですよ。あの膨大なアリの群れは1つの大家族で、お互いを思い合っているんですよね。だから詰めないし渋滞が起きないのではないかと思います。

―人間は親しい相手に対しては譲り合いますけど、大勢の他人に対しては「自分だけ早く行きたい」とか「自分だけいい思いしたい」とか結構よこしまで、自己の利益や欲望を優先しがちですよね。

西成:そうでしょう。だけど他の生物でも、そういった環境では詰め合ったりしないというのが分かってきました。現在メダカの研究を友人と進めているんですが、これも結構深いんですよ。混んでいるときに尾ひれを動かして先を譲るような動きをするメダカがいるんです。イワシ10万匹の群れも凄いですよね。あれだけの大勢で渋滞せずに海の中を移動する。人間には絶対真似できませんよね。他の生物には、そういう渋滞回避の知恵がたくさんあるようなので、学ぼうと思っているんです。

現代社会では、つながりがどんどん失われている。そうなると渋滞はもっと酷くなるんじゃないかと私は思っています。そういう意味で人のつながりって大事なんですよ。

―よく聞かれることかもしれませんが、渋滞の先頭ってどうなっているんでしょうか?

西成活裕

西成:みなさん渋滞にハマると「先頭は何やってんだ!」って怒りますよね。でも、渋滞から出るときはスーっと出ますから「今の渋滞は何だったんだ?」ってなる。高速道路で最も渋滞が起きやすい場所は登り坂なんです。登り坂でアクセルをそのままにしていると自然に減速しちゃいますよね。そのとき、後ろの車が詰めて走っていると「前の車、遅くなったな」とブレーキを踏んだりアクセルから足を離す。そうするとさらに後ろの車が詰めて連鎖反応が起こります。このように車間距離が詰まった部分が何らかのはずみでできると、それがどんどんエスカレートしながら、アコーディオンのように後方に廻ってくるんですよ。だから渋滞の先頭は次々と後続車に入れ替わっていくのです。

―渋滞の原因を生んだ本人からしてみれば、そんなつもりのないただの減速や車線変更などが、結局渋滞発生につながっているんですね。渋滞を避けるため、どんな心がけで運転すればいいのでしょうか?

西成:簡単に言えば、周りのことを考えようってことですね。自分だけが先に行きたいからといって、後ろの車に影響を与えるような運転はしないこと。混んでいるときは自分を含めて全員が損をシェアする。周りの状況を俯瞰的に考えて運転し、車間距離を常にあけておくというのが1番大事なところです。前に詰めようとして動いたり止まったりすると、それが後ろに伝わって渋滞を悪化させることにつながりますから。なるべく自分は一定の距離をとって安定走行し、後ろに迷惑をかけない。これをみんなでやることができれば渋滞はなくなります。

―利他的な精神ですね。

西成:「情けは人のためならず」って言葉がありますよね。結局廻り回って、跳ね返って戻ってくるんです。車線変更でも合流でもそうですよ。お互いが「どうぞ」と譲りあったほうがスムーズに行けるというのは証明されているんですね。誰かが車線に食い込むと「じゃあ俺も」って間をあけずに行こうとする。これをやると渋滞が増えるんです。現代社会では、つながりがどんどん失われている。そうなると渋滞はもっと酷くなるんじゃないかと私は思っています。そういう意味で人のつながりって大事なんですよ。

―そういった心がけに加えて、環境を変えることで渋滞の対処ができたりはしないんでしょうか?

西成:もちろん、そういう研究もしています。たとえば劇場のような大勢の人々がいる場所で、1つの狭い出口を使って外に出てもらう実験をしたことがあります。当然狭い出口に人々が殺到して混んでしまうわけなんですが(笑)、そこで出口の前に障害物の棒を1本だけ立てるんです。そうするとみんな殺到できなくなって結果早くなるんですよ。50人で実験をやってみたら4秒ぐらい早くなりました。

―たったそれだけで!

西成:これを環境インセンティブといいます。ちょっと逆説的で面白いですよね。

―環境インセンティブって、日本で具体的な導入はされてるんですか?

西成:実はあるところに持っていったんですが、「先生、これ非常にいいんですけど消防法違反なんだよね」と言われて終わりました(笑)。サウジアラビアなんかでは、メッカ巡礼の季節に300万人が集まって死者が出たりする場所があるのですが、そこの混雑する橋のところに棒を立てようという話を聞きました。イタリアのミラノでもサッカー場に立てようという計画があって、地元警察と動いてます。

世の中に流れていないものなんてないんですよ。流れが滞るということは、すなわち死を意味しているわけです。流れと停滞という視点で世界を見ると、全てが新しく見直せる。

―数学を研究されてきた教授が、これほど渋滞に興味を持たれて、独自の学問にまでしてしまったきっかけは何だったんでしょうか?

西成:やっぱり子どものときから混雑とか渋滞がものすごく苦手だったんです。小学生のときに初めて東京に来まして、あまりに人が多いせいでフラフラっと街中で倒れちゃったんですけど、誰も助けてくれず、どんどん突き飛ばされちゃって。「俺ってただの石ころじゃねえか」と思いましたね(笑)。だから、こういう状況は何とか解決できないだろうかと、ずっと思っていたんです。一方、大学では数理物理学といって、水とか空気の流れを研究していたんですけれど、こういった研究はもう200年以上続いているものなんです。だから研究され尽くされていることが多くて、やっていても面白くないんですよ(笑)。

―そんな数理物理学の研究と渋滞の解決策が結びついた?

西成:水や空気は連続的な物質の流れなのですが、あるとき非連続的な粒状の流れも研究してみようと思ったんですね。たとえばパチンコ玉が釘に当ってどっちに飛ぶかっていうのは、水や空気の流れと同じで、同じパターンがないんですよ。これを数学で「カオス」と言います。そうやって研究していたら、どうもパチンコ玉が人のように見えてきた(笑)。そこで、今までの自分の研究を人や車の流れに応用すれば、幼少期から嫌いだった渋滞を解消できるんじゃないか? これが元々自分がやりたかったことなんじゃないか? って気がついたんです。

西成活裕

―パチンコも渋滞学の研究対象になるんですね(笑)。そう伺うと、世の中の物事すべてが流れでできているのではと思えてきます。

西成:そうなんです。世の中に流れていないものなんてないんですよ。車も電車も動いていますし、我々には時間も流れてますよね。流れが滞るということは、すなわち死を意味しているわけです。流れと停滞という視点で世界を見ると、全てが新しく見直せる。そんな閃きがあって、私はこの渋滞学をやっていこうと決めたんです。

―今の世の中で利他的な精神の実践というのは、なかなか難しいことだと思うのですが、いつか渋滞がなくなる日は訪れるのでしょうか?

西成:20年前に私が渋滞学を提唱し始めたときに比べれば、ガラッと変わったと思います。エスカレーターの右側をあけるのって今、みんなやってますよね。あれ20年前にはなかったんですよ。法律で定められたわけでもないのに、みんながストレスがなくなるように行動していたら、社会システムとしていつの間にか自然にできあがっていったわけです。そういう感じで渋滞も自然になくなっていくんじゃないかと私は期待しているんです。

―最初のアリや動物の話でいえば、人間自体にそういう本能が備わっている可能性もあり得ますよね。

西成:一昨日までロシアに行って来たんですけど、ロシア人って車間距離をガンガン詰めるんですよ(笑)。ロシアだけでなく外国って大体そんなイメージですよね。で、講演したんですね。「車間距離あけたり、譲り合ったほうが早いですよ」って。そしたらみんな目からウロコで。「きっとそうじゃないかとみんな思っていたけれど、実証したビデオを見たのは初めてだ」と言われて。ロシア語で「静かに行ったほうが遠くまで行ける」みたいな諺があるらしいんですけど、その諺を思い出させてくれたと市役所の関係者が言ってくれました。だからたぶん民族や文化に関わらず、人間にはそういう傾向が昔からあるんでしょうね。

―これからは渋滞学をどのように広めていきたいと思っていますか?

西成:実は小学校中学校での講演が多いんですよ。いただいた話はほとんど断らずにやっています。子供は素直ですから正しいことはすぐ分かるんですよね。で、家に帰ってお父さんに言うわけです。助手席に子供が乗って「お父さん、詰めちゃだめだよ! 車間距離とってね」とかね(笑)。子供たちにちゃんと伝えておけば、15年後の社会が変わりますから。

―渋滞1つでこんなに奥が深かったんだ……と驚きました。

西成:長期的視野、全体的視野を失いかけていると渋滞が起こるんですよ。だから渋滞は「神様からの警告」のようなものだと思っているんです。たぶん、神様は上から眺めて「あそこで詰めちゃ駄目だろう(笑)」とか言ってますよ。「お前たちはあまりに短期的な視野、部分的な視野で行動している」と。だから「渋滞起こしちゃえ」って神様が渋滞を起こしているのかもしれませんね。

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書籍情報
『渋滞学』

2006年9月発売
著者:西成活裕
価格:1,260円(税込)
256ページ
発行:新潮社

プロフィール
西成活裕(にしなり かつひろ)

1967年東京都足立区生まれ。数理物理学者。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了、山形大学工学部機械システム工学科、龍谷大学理工学部数理情報学科助教授、ケルン大学理論物理学研究所客員教授、東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻准教授、同教授を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター教授(2009〜)。専門は数理物理学、および渋滞学。著書の『渋滞学』は、講談社科学出版賞と日経BPビズテック図書賞を受賞。趣味はオペラ鑑賞とアリアを歌うこと。



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