J-POPを経験したエミ・マイヤーが「里帰り」を語る

昨年は「エミ・マイヤーと永井聖一」名義で全編日本語詞のJ-POPアルバムを発表し、今年に入ってからは富田ラボ feat.Emi Meyer名義で坂本真綾のトリビュートアルバムに参加、さらには話題の映画『ビリギャル』で劇中歌を担当と、ますます多面的な活躍を見せるエミ・マイヤー。そんな彼女の新作は、往年の名曲のカバーを中心としたジャズスタンダード集『モノクローム』だ。

スモーキーな歌声や初期作の印象から、彼女に「ジャズ」のイメージを持っている人は少なくないと思うが、実は彼女は「ジャズシンガー」という枠に違和感を覚えていたという。しかし、作品ごとにコラボレーターを迎え、一期一会の旅を続けながら自らの音楽を形にしてきた彼女は、今回改めて「ジャズシンガー」としての自分と向き合う決心をした。この作品に収められているのは、歴史にリスペクトを捧げつつ、あくまで今を見つめようとする、エミならではのスタンダードナンバーたち。世代を超えて響く歌が、ここにある。

いっぱいオリジナルを出してきて、ようやく他の人の言葉とかメロディーでも、自分の納得いくようなアルバムができるんじゃないかと思いました。

―今回のジャズスタンダード集をエミさんご自身は「里帰りアルバム」と呼んでいらっしゃいますが、デビュー当時に「ジャズシンガー」と見なされたことには違和感があったそうですね。

エミ:ジャズシンガーには「ジャズだけに集中したい」っていうイメージが個人的にあるんですけど、私はポップスも好きだし、ジャズにそれほど詳しいわけではないので、「ジャズシンガー」って言われることにコンプレックスがあったんです。それよりも、自分のオリジナルな音楽を認めてもらいたい、シンガーソングライターになりたいってずっと思っていました。

―実際シンガーソングライターとして作品を数枚出したことによって、やっと今回ジャズシンガーとしての自分と向き合うことができた?

エミ:そうですね。いっぱいオリジナルを出してきて、ようやく他の人の言葉とかメロディーでも、自分の納得いくようなアルバムができるんじゃないかと思いました。あと、前回は永井聖一さんとJ-POPのアルバムを作って、私にとっては完全に未知の世界で、すごく面白い経験だったんですが、自分の軸からはすごい遠いところまで行ってのチャレンジでもあったんですね。だから今回は、自分の一番身近なルーツに戻るのがいいと思ったんです。

エミ・マイヤー
エミ・マイヤー

―一番遠くまで行って、もう1回戻ってきたことによって、ジャズの魅力を再発見したりもしましたか?

エミ:シンプルで奥深いジャズの世界で、自分をどこまで表現できるか、素のままの自分をどこまで見せられるかというのは、挑戦であり、新鮮な経験でした。

―ジャズは「音楽自身に全てを語らせることができる」ともコメントされていますね。

エミ:私は歌い始めて1年ぐらいで1stアルバムを出したんですけど、そのときは歌がどういうものなのか何もわからなくて、派手にしてみたり、迫力を出してみたり、いろんな歌い方を試したんです。でもジャズはすごくシンプルで、その中でどこまでエモーションを届けられるかが大事なんですよね。

―ジャズは素直でシンプル。だからこそ、歌もよりダイレクトな表現になると。

エミ:そうですね。レコーディングのプロセスでも、ポップスはすごくエディットできるじゃないですか? レイヤーを限りなく重ねられるし、あとからボーカルも調整できる。そうやって「作り込む」のはポップスの面白い部分でもあるけど、ジャズにはみんなで一緒に演奏することで生まれる「ライブ」な魅力がある。だから今回は一発録りをして、その中で一つひとつの楽器をどこまでカラフルにできるか、各プレイヤーの個性を表せるか、挑戦しました。

―ボーカルもオケと一緒に録ったそうで、それは自分の歌に自信がないとできないことでもありますよね。

エミ:一緒に録るのって、ホントに怖いんですよ。あとから何度も録り直せるならリラックスしてできるんですけど、今回はすごく集中力を使って、他のことは何も考えずに録音しました。それはすごくいい経験でしたね。

ジャズとポップスの境界線がもっとグレイになったら面白いんじゃないかって考えています。

―エミさんは作品ごとに様々なミュージシャンとコラボレーションされていますが、今回はエリック・レニーニ(1970年ベルギー生まれのジャズピアニスト)を迎えて、パリで録音されたそうですね。

エミ:以前エリックさんのアルバムに参加したことがあるんですけど、彼のバンドがホントに素晴らしくて、いつか一緒にアルバムを録音したいと思っていました。彼はジャズミュージシャンなのに、私の日本語の曲をアレンジしてくれたこともあるし、どんな曲調でもできるんですよ。

―ジャズスタンダードのカバーなんだけど、あくまでも今の時代の音楽として仕上げたかった?

エミ:そうですね。ジャズだからって、お店のBGMっぽい感じにも、ジャズファンのためだけのジャズアルバムにもしたくなくて、そのためにはミュージシャンを選ぶことがすごく重要だと思いました。エリックさんはすごく独特なピアノの弾き方をする人だし、上から目線で「こうやって歌って」って言うこともない。そういう保守的じゃない人と一緒に作りたかったんですよね。

―ごく一般的に言えば、「ジャズのスタンダードを録音するならアメリカ」っていうのがパッと浮かびそうですけど、最初から頭にはなかったわけですね。

エミ:考えもしなかった(笑)。小さい頃にアメリカでよくジャズキャンプに行ってたから、周りには「ジャズが命」みたいな子もいっぱいいて、彼らが守りたい伝統もよくわかるんですけど、私はそれより今の時代のジャズに興味があるんです。当然ジャズには長い歴史があって、その音楽がどうやって生まれ、その人たちがどんな経験をしてきたのか、その歴史を尊重することは大事ですよね。ただ、例えば「日本の文化を知るために茶道を習う」とかって、それも大事だけど、茶道から「今の日本」を知るのは難しいじゃないですか。ジャズスタンダードをやるからといって、過去だけを見るのではなく、今のジャズがどうなっているのかを考えることもすごく大事だし、そうしないと、私と同世代の人には届かないと思いました。

エミ・マイヤー

―今の日本人がみんな着物を着てお茶をたててるわけではないですもんね。

エミ:そうそう。でも、私は過去にジャズの歴史を習った経験があるからそう思うのかもしれない。子どもの頃そういう環境にいなかったら、今それがコンプレックスになって、「勉強しなきゃ」って思ったかも。

―あらかじめ歴史を学んでいるからこそ、今にフォーカスできると。でもそういうスタンスこそが、音楽をアップデートしていくことに繋がるわけですもんね。

エミ:そうですよね。別に私はジャズのシーンに入りたいっていう気持ちもないし、むしろジャズとポップスの境界線がもっとグレーになったら面白いんじゃないかって考えています。アメリカにはジャズから派生した現在進行形の音楽がたくさんあるけど、日本はイージーリスニングとして扱われているものが多いから、もっとポップスと面白い化学反応が起きて、フレッシュなものができればいいなって思うんですよね。

スタンダードとして残ってる曲って、アダルトなテーマなんだけど、それを男女も世代も問わずに歌うことができるのが素敵。

―今ってトレンドのサイクルがすごく速くて、スタンダードが生まれにくい時代だと思うんですね。

エミ:わかる! サイクルホント速いですよね(笑)。

―たくさんのスタンダードをカバーしてみて、何かスタンダードの条件を発見したりしましたか?

エミ:やっぱり「歌詞」だと思います。内容は普遍的なんだけど、ちょっとした言葉遊びとかで、「これって何のことを歌ってるんだろう?」って考えさせる部分があるんですよね。それは“Moon River”も“マイ・ファニー・ヴァレンタイン”もそうだし、“Cheek To Cheek”もちょっと暗いユーモアが入ってたりする。きっとそういう歌詞は、どんな時代でも共感できるんですよね。

―解釈に幅があって、いろんな受け取り方ができるからこそ、時代に合わせて楽しめると。

エミ:あと面白いのが、私は他の人の歌詞を覚えるのがすごい苦手で、何度も何度もノートに書いて覚えたんですね。そのうち自分の曲の歌詞も忘れそうになっちゃって(笑)、自分の歌詞もノートに書いてたんですけど、ジャズスタンダードの歌詞ってホントに短いんです。私の歌詞とは大違い(笑)。普遍的なテーマを、どう少ない単語で、なおかつパンチが効いた形で表すかが大事なのかなって。

―日本のスタンダードとしてすぐに思い浮かぶのって“上を向いて歩こう”かなって思うんですけど、あれも歌詞短いですもんね。

エミ:若い子が若い世代に向けて作っている曲と比べると、スタンダードは大人の人がいろんな人生経験を重ねた上で作ってるから、matureな(円熟した)テーマが入ってる。アダルトなテーマなんだけど、それを男女も世代も問わずに歌うことができる。それって素敵だなって思いますね。

―“ムーン・リバー”についてエミさんが、「夢を追って都会に出てきた女の子の相反する気持ちを歌っていると感じた」とコメントされていたのも面白いなと思いました。

エミ:私はそう解釈したんですけど、例えばエリック・クラプトンのバージョンを聴くと、彼はまた違ったことを思いながら歌ってるんだろうなって感じるんです。でもそうやって、クラプトンも私も歌えて、でも違和感はない。そういうのがスタンダードだと思いますね。

Twitterとかで流行りを探すよりも、友達に「今何聴いてるの?」って聞いた方が面白い。

―エミさんのオリジナル曲である“If I Think Of You”にしても、恋愛のことを歌った曲のようにも取れるけど、実際はもう会えなくなった親友について歌った曲だそうですね。エミさんは何より人との出会いを大事に音楽活動をされていると思うので、大きな出来事だったのではないかと思います。

エミ:そうですね。私の音楽って、そのときの身近な人、大事な人にすごく刺激されるんです。大きなトレンドとかよりも、今私の大事な人は何が好きなのかとか、そういうことに影響されます。

―トレンドに対してアンテナを張ることも大事だとは思うけど、それに流されてしまう危険性もある。そうじゃなくて、近しい関係性を大事にするっていうのは、今とても重要なことのように思います。

エミ:さっき話にも出たように、今はサイクルがホントに速くて、トレンドを追ってても切りがないから、家族や親友がフィルターになってくれるんですよね。Twitterとかで流行りを探すよりも、友達に「今何聴いてるの?」って聞いた方が面白い。

―サイクルの速さって、日本とアメリカでも違ったりしますか?

エミ:あんまり違わないと思います。私はどちらかというとアメリカのTwitterをフォローしてるから、日本のことはそんなにわからないんですけど、アメリカだとすぐインターネット上でケンカになって、次の日には忘れられて、違う人たちがケンカしてたりする。そういうのって日本でもありますか?

―あります、あります(笑)。

エミ:で、結局決着がつかないままみんな忘れちゃう。日本も同じなんだ(笑)。

―アメリカでも、音楽のトレンドはどんどん移り変わってますか?

エミ:うん。例えば新曲のビデオが公開されて、その日のうちに300万再生とかになるんだけど、次の週には忘れられて、次のビデオで盛り上がってたりする。ああいうのってすごく悲しいんだけど、私も同じことをしてたりするんですよね。だからアーティストとしては、そういうプラットフォームで活動をしたいのか、したくないのかっていうのを、はっきり自分の中でわかってる方が気持ちいいと思う。

エミ・マイヤー

―もちろん、そういうツールを使って広く届けることも可能なわけで、それ自体が悪というわけではない。ただ、そのツールとどう向き合うかを明確にした方がいいと。

エミ:私は、そういうツールを使って、いろんな国の人と親密なコミュニケーションが取れればいいなって思うんです。ひとつの国の大勢の人じゃなくても、メキシコのファンの人、イギリスのファンの人とか、各国でちょっとずつ応援してくれる人の数が増えてきたら、それが私のキャリアの進め方に一番合ってるなって。例えば、私が日本にいるときでも、アメリカのテレビで曲が流れると、たくさんメッセージが来るんですね。実際本人がその国にいなくてもキャリアが作れるっていうのは……面白い時代だなって思いますね。

今まで撒いた種を育てるような感じで、もうちょっとゆっくりとしたペースで、次に何をするか考えたいですね。

―12月にはサックスの田中邦和さんとピアノの林正樹さんによるダブルトーラスを迎えて、クアトロツアーが予定されていますね。

エミ:アルバムではオリジナルを大事にしたかったので、メロディーはそこまで崩してないんですけど、ツアーではピアノとサックスとボーカルだけなので、即興的な部分も楽しめると思います。アルバムはいつ聴いても満足できるものを作りたいと思うんですけど、ライブではその日の気持ちを込めて歌って、挑戦して、たとえ何か失敗してしまったとしても、また次の日違うアレンジに挑戦できるのが面白いですね。

―「ライブの時代」ということも長く言われていますし、音源は音源としての完成度を追求しつつ、ライブはライブならではの表現が重要だと。

エミ:私はステージに立つよりも曲を作ってる方が好きなので、ライブは昔からずっとチャレンジなんです(笑)。でも、ホントに好きなミュージシャンと一緒にステージに立てば、心地よく歌えますね。ジャズは振付けを考える必要もないし(笑)、音楽の勝負だから、そこが嬉しいです。

エミ・マイヤー

―途中でSNSの話もありましたが、お客さんと直接コミュニケーションできる場としても、やはりライブは大きいですよね。

エミ:直にファンの人と会うのって、普通のことと言えば普通のことですけど、今はインターネットだけでつながってる人も増えたから、そういう方たちの顔を見れるのは嬉しいですね。今は「ライブの時代」ってよく言われますけど、それはビジネス面の話だけじゃなくて、SNSではなくて直接人と人が会える場という意味でも、ますます重要になってきたと思います。

―では最後に、今後について訊かせてください。前作で自分から一番離れたところまで行って、今回里帰りを果たしたことで、ここからまたどこにでも行ける状態になったと思うんですね。気の早い質問ですが、次のビジョンは今どの程度見えていますか?

エミ:今まで毎年オリジナルアルバムを作ってきて、すごいペースで自分の魂を絞ってきたなって感じがするんですよね。でも、今はもうあんまり焦ってなくて、もっと一つひとつの作品に力を込めて、それを届けたいっていう気持ちが強くなってるんです。今まで撒いた種を育てるような感じで、もうちょっとゆっくりとしたペースで、次に何をするか考えたいですね。

―確かに、ずっと1年に1枚のペースで作品を発表してきたわけですもんね。

エミ:それが私には合ってたんだと思うんです。もし作品を出してなかったら、「今年の私は何だったんだ?」って、不安になってたと思う。でも、今はいろんな経験をしてきて、満足して、拠点に戻ってきたから、今までやってきたいろんなジャンルをもう一度見直した上で、また次の作品に向かいたいと思います。

リリース情報
エミ・マイヤー
『モノクローム』(CD)

2015年9月2日(水)発売
価格:2,700円(税込)
VITO-125

1 .Fly Me To The Moon
2. Moon River
3. I'd Rather Go Blind
4. If I Think Of You
5. Cheek To Cheek
6. Smile
7. Moonlight Serenade
8. My Funny Valentine
9. Monochrome
10. Home
11. What A Wonderful World

イベント情報
『エミ・マイヤー「モノクローム」~ジャズ・スタンダードのひと時』

2015年12月15日(火)
会場:大阪府 梅田CLUB QUATTRO

2015年12月16日(水)
会場:愛知県 名古屋CLUB QUATTRO

2015年12月17日(木)
会場:東京都 渋谷CLUB QUATTRO

料金:各公演 前売4,500円 当日5,000円

プロフィール
エミ・マイヤー

日米を拠点に活動するシンガー・ソングライター。日本人の母親とアメリカ人の父親の間に京都で生まれ、1才になる前にアメリカのシアトルに移住。2009年にリリースされたデビューアルバム『キュリアス・クリーチャー』はiTunes Storeや多くのCDショップのJAZZ チャートで首位を獲得。2012年のミニアルバム『LOL』は収録曲“オン・ザ・ロード”がTOYOTAプリウスのCMでオンエアされ、スマッシュヒットとなった。またJazztronik、ケン・イシイ、大橋トリオ、Def Tech、さかいゆう、永井聖一らとの共作曲でも幅広い層に支持されている。2015年は冨田ラボ feat.Emi Meyer名義で坂本真綾20th記念トリビュートアルバム『REQUEST』に参加、映画『ビリギャル』でも劇中歌3曲を歌っている。



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