
究極の響きを知ってる? 音楽家・林正樹と建築家・青木淳に訊く
- インタビュー・テキスト
- 黒田隆憲
- 撮影:中村ナリコ
菊地成孔や椎名林檎、小野リサなど様々なジャンルのミュージシャンから愛されるピアノスト・林正樹が、ソロアルバム『Pendulum(ペンデュラム)』をリリースする。本作では、クラシックやジャズ、アンビエント、ワールドミュージックといったエッセンスをたっぷりと内包しながら、どこまでも静謐で風通しのいいサウンドスケープを展開している。それは、彼が最近結成した生音でコンサートを行うプロジェクト「間を奏でる」における、空間の響きを意識した活動が大きく影響を与えた結果かもしれない。
今回、そんな林が「1度お会いしたかった」という青木淳との対談をお届けする。青木といえば、青森県立美術館や大宮前体育館といった公共建築から、ルイ・ヴィトンのような商業施設、あるいは一般住宅まで、「面白いことなら何でも」手がけるエネルギッシュな建築家。楽器の響き方にとにかくこだわって建てられた、ピアニストたちに愛される音楽ホール・sonoriumを設計した人物としても知られている。「間」を意識した作品作り、という点でとても似た世界観を持つ二人。「音楽家」と「建築家」のそれぞれの立場から、心地よさの本質とは、そして究極の響きとは何かを教えてもらう対談となった。
「モダニズム建築」は、ヨーロッパやアメリカで、それまでの建築に対するアンチテーゼとして出てきたものです。ただ、それをそのまま日本に輸入しても、借りものにしかなりません。(青木)
―お二人がお会いするのは、今日が初めてなんですよね。
林:そうなんです。異業種でありながら、共通のテーマを話せるのではないかと思って、僕の方からお話してみたいと申し出ました。「こんな大先生にお願いしていいんだろうか」と思ったんですけど、快く引き受けてくださって。
青木:全然、大先生ではありません(笑)。今回、林さんと対談させていただくことになり、過去の音源『Crossmodal』(2011年リリース、「林正樹 STEWMAHN」名義のアルバム)も聴いてみました。新しいアルバムも、こちらも、どちらもよかったですが、中でも“Zephyr”という曲が、まるで日本のお祭りみたいな感じがして、印象的でした。
林:ありがとうございます。おそらく、主旋律が5音階だからですね。
青木:『Crossmodal』は、アルバム全体としても、日本やアジアを感じさせるものでしたが、それは意識的なことだったのでしょうか?
林:おっしゃる通りで、ある時期、「どういうふうに日本人らしさを出せばいいのか?」を考えていたんですね。“Zephyr”もその頃に書いた1曲で、「日本人が世界に発信するジャズ」というコンセプトで作ったものでした。でも、今はそういった要素を意識的には入れてないですね。
青木:だから最新作の『Pendulum』は、それとは随分違うんですね。
―ピアノ自体が、もともとはヨーロッパで生まれた楽器ですから、ピアノでジャズを奏でる際に「日本人らしさを出す」という試みは難しそうですね。
林:そうなんです。例えば尺八とか三味線のような和楽器には、音色の中にすごく細かい「雑音成分」が混じっていて、それがその楽器の個性を出している。1音の存在感がとても大きいから、5音階で演奏しても飽きさせないんです。一方でピアノの音は洗練されているというか、そういう要素が少ないんですよね。
青木:ニュートラルということですね?
林:ああ、そうですね。その分、ピアノにはいろんなスタイルの音楽に順応する力があると思うんですけど。
―「日本人らしさ」を追求したいという気持ちが芽生えたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
林:18歳の時に、伊藤多喜雄さん(民謡歌手)のバンドに加入して南米ツアーに連れて行ってもらったことがあって、それ以来、純粋な日本の音楽だけじゃなく、いろんな音楽を受け入れる和楽器奏者たちとの共演をたくさんさせてもらったんです。そうした経験をする中で、「日本人がジャズをやる意味」を悩むことがあって。でも、最近はそんなことはあまり考えなくていいんだなって思えるようになりました。国籍とかジャンルとかを意識しなくても、自分のカラーというものが、少しずつ出てきたのかもしれないですね。
―建築の場合も、西洋の様式を日本建築に取り入れていく中で葛藤などはあったのでしょうか。
青木:日本の伝統音楽に尺八があったりするように、建築の場合も、例えば神社仏閣のような、日本古来の建築物があるわけです。でも、現代人の僕らにとっては、いつの間にか、20世紀以降のいわゆる「モダニズム建築」がもっとも身近な建築になっています。この「モダニズム建築」は、ヨーロッパやアメリカで、それまでの建築に対するアンチテーゼとして出てきたものです。ただ、それをそのまま日本に輸入しても、借りものにしかなりません。そこで、日本でも、それまでの日本の封建的社会の建築を否定し、それを乗り越えた先に、本物の「モダニズム建築」を生み出すことができるのではないか、ではそれはどういう建築なのか、といった議論が、ずっと続いてきました。
―音楽の世界と同じですね。
青木:おそらく僕の世代くらいから、あまりそういうことを考えなくなったのも、音楽の世界と似ていることかもしれません。日本だからどうとか、日本人だからどうとかいうのではなくて、「思ったようにやればいい」と。それは、ある意味でモダニズムが身体化された結果なのかもしれませんね。
リリース情報

- 林正樹
『Pendulum』(CD) -
2015年9月2日(水)発売
価格:3,100円(税込)
SPIRAL RECORDS / XQAW-11081. Flying Leaves
2. Bluegray Road
3. Initiate
4. Kobold
5. Teal
6. Shadowgraph
7. Paisiello St.
8. Ripple
9. Thirteenth Night
10. Butt
11. Jasper
12. Pendulum
イベント情報
- SPIRAL RECORDS presents
『Special Showcase Live 2015「touch to silence」』 -
2015年9月23日(水・祝)OPEN 16:00 / START 17:00
会場:東京都 表参道 スパイラルホール
出演:
丈青(Pf)with 秋田ゴールドマン(Ba)、Fuyu(Dr)
林正樹(Pf)with Fumitake Tamura a.k.a Bun(Electronics)、Antonio Loureiro(Vib,Vo)
藤本一馬(Gt)with 林正樹(Pf)、橋爪亮督(Sax)
Lounge DJ:
柳樂光隆
山本勇樹
出店:
TOKYO FAMILY RESTAURANT
HMV
料金:前売4,800円
プロフィール
- 林正樹(はやし まさき)
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1978年東京生まれ。少年期より独学で音楽理論を学び、その後、佐藤允彦、大徳俊幸、国府弘子らに師事。ジャズピアノや作編曲などを習得。大学在学中の1997年12月に、伊藤多喜雄&TakioBandの南米ツアーに参加。音楽家としてのキャリアをスタートさせる。現在は自作曲を中心とするソロでの演奏や、生音でのアンサンブルをコンセプトとした「間を奏でる」、田中信正とのピアノ連弾「のぶまさき」などの自己のプロジェクトの他に、「渡辺貞夫カルテット」、「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」、「Blue Note Tokyo All Star Jazz Orchestra」など多数のユニットに在籍。演奏家としては、長谷川きよし、小野リサ、椎名林檎、古澤巌、小松亮太、中西俊博、伊藤君子をはじめ、多方面のアーティストと共演。
- 青木淳(あおき じゅん)
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1956年神奈川県横浜市生まれ。東京大学大学院修士課程(建築学)を修了後、磯崎新アトリエに勤務。「面白いことなら何でも」しようと、1991年に青木淳建築計画事務所を設立。その通り、これまでの作品は住宅、公共建築、一連のルイ・ヴィトンの店舗に代表される商業施設など多岐に渡る。プール施設「遊水館」(1993年)は、その後のプロジェクトにつながるテーマを引き出し、『日本建築学会作品賞』を受賞した「潟博物館」(1997年)、そして「青森県立美術館」(2006年)へと続く。主著には2004年10月、初の作品集として刊行された『青木淳 Jun Aoki Complete Works |1|』(INAX出版)及び文章をまとめた『原っぱと遊園地』(王国社)など。2004年度芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。