北川一成が1枚の図で示したデザイン発想法 論理と感性の輪とは?

北川一成の名を知らない人も、どこかでそのデザイン&プリンティングの名仕事に出会っているのではないだろうか。アートファンなら、タカ・イシイギャラリーのあのロゴや、森山大道らの写真集。お酒好きなら「富久錦」「月の桂」などの斬新なパッケージ改革……。

傾きかけた実家の印刷会社を受け継ぎ、変幻自在のデザイン力と「印刷業界の駆け込み寺」と称される技術力を融合した仕事師集団「GRAPH」として再生。洗練された抽象形態から、異色レイアウトまで縦横無尽に生み出し、数々の成果を挙げてきた。その発想源・発想法とは? GRAPHの名を冠した展覧会『GRAPH展』を前に、本人にその疑問をぶつけてみた。

ロジックの世界と感性の世界、この両極がつながりながら広げられるほど、いろんな表現が可能になる。

どこかにこんな不思議なフォントやシンボルをふだん使いする並行世界があるのでは? と思わせる世界観。一見すると感性重視で生まれた奔放なデザインに見えて、実際は考えつくされたカタチやレイアウト。北川のグラフィックデザインには、謎が多い。その発想法を聞くと、彼は1枚の図を取り出した。

北川:図の左側は、「意識」「脳」「わかる」「概念」、要は理屈の世界です。対して右側は、「無意識」「身体」「できる」「感性」、つまり直感の世界。僕はいつも、この両方でものを見るようにしています。この両極が輪ゴムのようにつながりながら、右にも左にも伸びるイメージです。その輪を広げられるほど、いろんな表現が可能になる。すると、無駄な手間をかけずにいいアイデアが見つかるよ、という僕なりの合理的な考えなんです。

北川一成「創造の源泉」図
北川一成「創造の源泉」図

北川はまず「自分がどう思うか」「人はどう感じるか」を徹底して考える。ただし「都市で働きながら暮らす30代の女性」というマーケティング的な考え方を、北川はとらない。本人の言葉を正確に拾えば「いったんはそれも見るけど、同時に『いま外で鳴いてるセミはどう思うかな……』とか考える」らしい。

これを俯瞰していくと、「生物種としてのホモ・サピエンスはどう思うか? 隣の山田さんはこうで、犬のポチはこう?」といった思考にもなり、自然と視野は広がるという。

北川:そう考えることで逆に、今回はこんな感じ、と考えが絞られてくる。人間はチンパンジーとDNAが98%以上同じで、バナナと人間のDNAも70%同じという話があります。そう知るとバナナって、結構イケてるでしょ(笑)。だから、「みんな違って当たり前」という地点から出発して、「違うけど同じ」「同じだけど違う」を行ったり来たりしながら考えます。

北川一成
北川一成

「シード」ブランディング
「シード」ブランディング

「違う」と「同じ」の抽象的思考は人間ならではだが、北川のそれは、時代や領域を超えたスケールでなされる。彼は毎日、本を5冊ほど持ち歩くという読書家だ。そのジャンルはあらゆる領域に及ぶ。そこから得た知識や気づきも、彼のこうした信条を形作っている。

北川:たとえば、ノーベル経済学賞をとったダニエル・カーネマン(アメリカの行動経済学者、1934年~)は、それまでの経済学が合理主義、つまり「人間は自分に不利益なことはしないはず」との前提で考えられてきたのを、「実際は不合理なこともしちゃうよね」と主張し、「行動経済学」を確立しました。ある意味当たり前だけど、合理主義、民主主義とかも最近100年くらいの話で、それ以前はまた違うし、今後どうなるかもわからないところはありますよね。

そんな彼の時間感覚からすると、琳派の名作、尾形光琳(画家、1658~1716年)の『燕子花図』も「現代アートのようなもの」となる。「日本のデザインの原点」と言うより「たった数百年前の表現」なのだ。

『GRAPH展』ポスター
『GRAPH展』ポスター(イベント情報はこちら

さらに北川は、直感や無意識の力にも重きを置く。アイデアは起き抜けの時間帯や移動中のふとした瞬間に生まれ、実際はそこから言葉で伝えられるコンセプトを「後付け」することが多いと言う。

北川:時速150kmを出せるピッチャーの球は、キャッチャーに0.4秒で届きます。ヒトの視覚野でそれを認識するには0.5秒かかると言われている。つまり0.1秒足りないですよね。「よくボール見てけよ!」と言われても無理(笑)。ではなぜ打てるかと言うと、脳の中に「上丘」という領域があり、映像化はできないけどボールを0.2秒で直感的に捉えられる。だから打てるんです。もちろん経験や鍛錬あってのことだけど、そういうことはデザインにも何かしらあるんじゃないかと思う。

「月の桂」ロゴマーク
「月の桂」ロゴマーク

なお、かつて北川は不慮の事故で左目を失明し、手術で前よりも視力は上がったが、自信を持っていた「絶対色感」ともいうべき力を一時失った。独自のリハビリを経て回復したが、この経験で「自分が感覚的に見えていると思ったものも、実は自分の脳の解釈だった」と考えるようになったという。そんな身体的経験も、彼の「意識」「無意識」を往復する発想法を支えているのかもしれない。

芸術家になることを許さない父親に、「商業」のデザイナーは金持ちになれると話したら、許可がもらえた(笑)。

北川の表現のルーツは、彼の幼少時代にまで遡ることができる。父方の家系が続けてきた印刷会社によく出入りする、図工好きの少年として成長した。

北川:爺ちゃんが興した会社で、親戚の同世代では唯一、印刷工場が好きな子どもでした。あの独特の匂いも好きですし、情報を大量に複製する印刷所の仕事は、自分から見たら版画みたいな「表現」に思えたんですね。それで工場の職人さんにいろいろと教わったり、小中高、大学と休みには手伝ったりしてきました。

同時に、当初はミケランジェロやダ・ヴィンチの写実力に魅せられ、小学生ながら遠近法や二点透視図を真似て、好きなものを描いていたという。

北川:描くのはウルトラマンとかサンダーバードなんだけど(笑)、「ごっつ上手いな」って友達も褒めてくれましたね。でもそのうち、近所の夕焼けとか、感動したシーンを絵で描きたいと思って写生を始めると、横を通るおばちゃんや友達に「めっちゃ綺麗やんこの夕焼け!」とか言っても、まったく伝わらない。「同じものを見ても人によって違うのか」と気づいたのはこの頃ですね。

北川一成

そして5歳のとき、大阪万博で岡本太郎の『太陽の塔』に衝撃を受ける。写実とは違う抽象表現の中に、自分が写生では伝えられなかった感動があると感じたそうだ。

北川:『太陽の塔』は、あんなものが実際にあったわけじゃなく、岡本太郎が「感じたもの」を解釈して生まれた抽象的表現だった。「これや」と思いました。俺が夕焼けに感動したものも、風景そのものより、そのとき感じた何かだったのかと。それでパウル・クレー(スイスの画家、1879~1940年)とかシャガール(フランスの画家、1887~1985年)とか独特のスタイルに惹かれ始めて、さらにThe Velvet Undergroundとかを知ると、「音楽もそうだな」と思いました。

北川のデザインから感じられる、「古い」「新しい」の基準では測れない不思議なカタチは、こうした早熟な体験にも源流があるのかもしれない。一方で、「人はみな違う」を出発点にするデザイン哲学には、同じく子ども時代からの苦労もあった。

北川:学校の勉強では、先生が求める答えを出せない子どもでした。「100-70=30」ならすぐ腑に落ちるけど、「たかし君が100円持って70円の大根を買いに行きました。お釣りはいくら?」とか聞かれるともうダメで。「途中でお菓子を買っちゃったら大根買えんな、でも八百屋のオジさんに事情を打ち明けたら、『わかるわ~』と大根くれるかも知れないし、そしたらお釣りは……?」とか、わけわからなくなる(苦笑)。「お前、割り切れや」と言う友達もいたけど、「やってみなくちゃわからない」って子どもだったんです。

「富久錦」ロゴマーク
「富久錦」ロゴマーク

そんな性格が災いして、小学校ではずっと問題児扱いだった。宿題のプリントはすべて白紙のまま、その裏を絵だけで埋めていた。卒業式の夜、その分厚い束を見つけた母が泣いたのを見て、考え方を改めたと言う。かつて北川が空にかかった虹を見て「虹を取ってくる」と裏山に向かうのを引きとめ、「これに入れておいで」とビニール袋を渡してくれた、そんな母の涙だった。

北川:この仕事をするようになってから「『わかる』と『できる』は違うんや」とよく言うんですけど、当時は勉強する上で「わかる」以上のアウトプットに意味がないと思っていて。でも、自由で誰にも迷惑かけてないつもりだったのが、母親の涙でそうじゃないとわかり、それからテストは回答を全部書いてから、裏に絵を描くことにしました(笑)。

北川一成

すると中学でトップクラスの成績になり、高校も進学校のエリートクラスに。しかし、ここでも学校の都合で名門大学に進まされるような雰囲気に反発し、一時は就職クラスに移されるほど偏差値を落とすが、最終的には現役で筑波大学芸術学群に入学。そこからデザイナーへの道を進んでいった。

北川:北川家の家訓で、芸術家になるのはご法度でした。高3の夏休みに、数学者だった叔父を訪ねてフランスに行ったのが、デザイナーになる将来を考えるきっかけです。向こうの文化に触れたり、叔父を訪ねてくる文化人たちと将来の話をしたりするうちに、自分はデザインには興味あるな、と思って。

星一徹みたいな職人気質の父は大反対でしたが「親父、『商業デザイン』というのがあるんや」と話したら「商業? それ儲かるんか」と聞いてきて、「横尾忠則(グラフィックデザイナー、美術家、1936年~)とか、永井一正(グラフィックデザイナー、1929年~)とかいう人が活躍してて、絶対金持ちやで」と話したら、許可がもらえた(笑)。

「ユーハイム」ツール
「ユーハイム」ツール

以降、北川は大学在学中からグラフィックデザインのコンペで数々の賞を受賞し、将来を期待される存在になる。しかし卒業後、実家の印刷工場の経営不振を受け、その再生のために入社。社名をGRAPHに改め、請負仕事中心だった会社を、独自のセンスによるデザインと高い技術の印刷技術までを一貫して提供する仕事師集団として再生させた。

デザインというのは普段、出来上がったものしか見られないけれど、誰がどう作っているかに触れるのも重要だと思う。

GRAPHのヘッドデザイナーとして同社を牽引した北川は、2000年に代表取締役に就任。以来10数年、GRAPHはそのスローガン「Design×Printing=GRAPH」を継承しつつ、「人の役に立つことならなんでも考える、何でも屋さん」となった。

「supaliv」パッケージ
「supaliv」パッケージ

そして2017年秋、GRAPHの最新展覧会が、銀座の「クリエイションギャラリーG8」で開催される。この展覧会も彼らならではの、一風変わったデザイン展になるようだ。まず、「展示物がそのまま買えるデザインマルシェ」が出現する。

北川:お酒やお菓子のパッケージデザインを展示するというのは普通だけど、今回はそれらを来場者が買って帰れるようにしようと思います。さらにブランドのポスターなども、デザインの途中過程やプレゼンシートも含めて展示し、どれも欲しい人は買って帰れる。

買ってもらえるようにするのは、儲けを考えてではなくて(笑)、デザインは本来、日常のものだと思うからです。芸術もファッションも「いいな」と思ったら購入するでしょう? だからデザインも、自分のものにしてもらえたらと思うんです。

北川一成

また、北川が実際にこれまで読んできた本を並べた書棚を展示する。これも1冊単位で買えるとのこと。さらに、会場の一角に北川の部屋を作り「北川一成が滞在制作するデザインの現場」として公開する。

北川:ちょっと動物園みたいでもありますが、会期中、僕が定期的にそこで仕事をします。打ち合わせではクライアントにも来ていただいて……。デザインというのは普通、出来上がったものしか見られません。でも「これ、どないして考えてんねん」「どんな人が作ってるの?」ということに、実際に触れるのもデザインを知ることだから。そこに僕というオッサンがいて「こいつが作ったんか」と話を聞くと、また別の角度でそのデザインを知ってもらえるかなと。打ち合わせ中に話しかけられても「ちょっと後でね」とか言うかもしれませんけど(苦笑)。

「平等院」ロール付箋紙
「平等院」ロール付箋紙

ほか、今回は実現しなかったが、当初は「スナック」運営の案もあったとか。GRAPHは実際に「スナックGRAPH」なる飲食とカラオケ、演奏イベントを度々、自主企画している。そこには、常に「違う考え」に触れたい北川の思いもあるのかもしれない。

北川:展覧会とかをすると特にそうなりがちですけど、下手に「先生」扱いされるのは嫌なんです。自分の意見が褒められ、認められるのはもちろん嬉しい。でも、自分と「違う意見」を聞くのもめちゃめちゃ面白いんです。いろんな人に会いに行ったり、本読んだりするのもそれがあるから。そこで対話ができると言うのかな。だから新入社員を入れるときも、僕と違う人を重視します。「違い」って、宝の山ですから。

北川一成

取材が終わる頃、GRAPHのスタッフが北川のもとに、できたての展覧会ポスターを運んできた。彼らのコーポレートカラーである蛍光イエローは、印刷環境によっても再現が難しく、高度な技が試される色だ。北川は「常に包丁を研いでおくみたいな気持ちもあって、この色にしています」と語る。そして、意表を突くような大きな余白を中央に配したレイアウト。「『スイスあたりのデザイナーかと思わせるお洒落なポスターです』とか書いてくれます?」と北川は笑ったが、その無地のスペースは「まだまだ面白いこと、できますよ」というGRAPHからの所信表明のようにも感じられた。

GRAPHのオリジナル封筒。色は、彼らのコーポレートカラーである蛍光イエロー。
GRAPHのオリジナル封筒。色は、彼らのコーポレートカラーである蛍光イエロー。

イベント情報
『GRAPH展』

2017年10月24日(火)~11月22日(水)
会場:東京都 銀座 クリエイションギャラリーG8
時間:11:00~19:00
休館日:日曜・祝日
料金:無料

プロフィール
北川一成 (きたがわ いっせい)

1965年兵庫県加西市生まれ。1987年筑波大学卒業。1989年GRAPH(旧:北川紙器印刷株式会社)入社。「捨てられない印刷物」を目指す技術の追求と、経営者とデザイナー双方の視点に立った「経営資源としてのデザインの在り方」の提案により、地域の中小企業から海外の著名高級ブランドまで多くのクライアントから支持を得る。著作に『変わる価値』(発行:ボーンデジタル)、関連書籍に『ブランドは根性_世界が駆け込むデザイン印刷工場GRAPHのビジネス』(発行:日経BP社)がある。



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