野田秀樹はなぜ英語劇に取り組むのか。言語が違う演劇の魅力とは

野田秀樹が作・演出・出演を手掛ける『“One Green Bottle”~表に出ろいっ!English version~』が11月1日より東京芸術劇場シアターイーストで上演される。本作は野田が2010年に上演した『表に出ろいっ!』を基にして作られた英語版最新作だ。臨月を迎えた飼い犬に付き添うための留守番を逃れようと牽制し合う母、父、娘。観客は爆笑の果てにやがてパニックに陥る家族の衝撃的な結末を目にすることになる。

野田にとって9年ぶり4作目の英語劇となる今作では、気鋭のイギリス人脚本家と俳優を迎え、野田本人は初演と同じく母を演じる。そして本編と同時進行する、大竹しのぶと阿部サダヲによる日本語吹替えのボイスオーバーが話題だ。このインタビューでは、初演と今作の違いから導き出される、彼の英語劇に取り組む考えについて語ってもらった。

世界中どこへ行っても、役者や演劇の「良いものを作ろう」という姿勢に違いなんてない。

―野田さんにとって、日本語の戯曲を英語劇で上演する面白さは、どんなところにあるのでしょうか?

野田:台詞が日本語から英語になった時点で、戯曲は全く違うものになるんです。日本語なら自分も役者としてある程度は操る自信があるけど、英語だと不自由さを抱えたままで台詞に向き合うから、むしろ日本語のときよりも丁寧に言葉を扱う自分がいます。その不自由な段階から徐々に自由が利くようになっていく過程が楽しいし、この面白さを一度知ったら、もうやめられないですね。

野田秀樹
野田秀樹

『THE BEE English Version』(2012年)東京公演の様子 撮影:谷古宇正彦
『THE BEE English Version』(2012年)東京公演の様子 撮影:谷古宇正彦

―野田さんは夢の遊眠社解散後、1992年から93年にかけてロンドンへ演劇留学をして、帰国後、現在のNODA・MAPを設立しました。以降、取り組み続けている英語劇を通じて、イギリスの演劇文化に対する意識に変化はあったのでしょうか?

野田:理解が深まる一方で、イギリスの演劇の奥行きがあらためて分かった部分もあります。イギリスへ渡った最初の頃は、向こうの日本人関係者やプロデューサーの連中から、「すごく大変だよ」とよく脅されたんですよ。

しかし、もちろん細かな違いはあるけれど、実際にはイギリスだろうが日本だろうがそう変わらないんだよね。世界中どこへ行っても、役者や演劇の「良いものを作ろう」という姿勢に違いなんてない。これはイギリスだけではなくて、私がアジアで仕事したタイの役者でも韓国の役者でも同じように感じます。

初演の『表に出ろいっ!』の終盤では、体力が限界で本当に立ち上がれなくなっていた(笑)。

―今回の原典である初演の『表に出ろいっ!』は、日本人らしい価値観が多分に描かれている戯曲でした。

野田:日本人ってパニックを起こさない限りは、とても良い人種だと思います。過ごしやすい国だし、人当たりもかなり良い方でしょ? ただ、パニックになると判断を誤ったり残酷な面が現れたりするんですよね。

そういう特徴に気付けたのは、海外の人間と深く仕事をしたからかもしれない。深く仕事をすればピンチも迎えることもあるんだけど、イギリスの劇場の人間はそういうときに強さを発揮する。ばたばたしないし、おろおろしないんですよ。

『表に出ろいっ!』(2010年) 撮影:篠山紀信
『表に出ろいっ!』(2010年) 撮影:篠山紀信

―反面、そういうときの日本人の弱さに野田さんは興味をそそられるようですね。

野田:そうですね(笑)。鎖に繋がれてパニックになるとか、水や食べ物が無くなったときのパニックに対するアプローチが、日本人である僕と外国人俳優では、それぞれ違うのが面白いところです。

僕が日本人的に慌てふためこうとするのに対して、彼らはおそらく「どこかに出口はないのか?」と目を配ると思う。そこが背丈も肌の色も違う者同士が同じ舞台に上がることの楽しさですね。

いろんな役者がいるとはいえ、日本の役者同士だと考え方もどこか同質な部分がありますよね。やっぱり、異なる価値観と出会うには海外に出るのが最も手っ取り早いんじゃないかな。

―野田さんは以前、『表に出ろいっ!』の初演を振り返って「(運動量の多さから)くたくたになるんだけど、舞台上の3人にしか分からないグルーヴの共有がある」と語っていましたね。

野田:終盤は物語の演出として、役者は立ち上がらないんだけど、体力が限界で本当に立ち上がれなくなってました(笑)。特に初演時に共演した中村勘三郎とは同い年で、舞台で1時間以上を共に駆け回ったもの同士だからこそ分かち合えるグルーヴもあったね(笑)。

『表に出ろいっ!』(2010年)で共演する中村勘三郎と野田秀樹 撮影:篠山紀信
『表に出ろいっ!』(2010年)で共演する中村勘三郎と野田秀樹 撮影:篠山紀信

僕が死んだら、それを誰かが受け継いでくれればいい。それが「文化」というものだから。

―その中村勘三郎さんへのオマージュとして書き下ろした、今年1月の『足跡姫 時代錯誤冬幽霊』にはじまって、八月納涼歌舞伎『野田版 桜の森の満開の下』、そして11月は勘三郎さんと共演した『表に出ろいっ!』の英語劇と、野田さんにとって今年は「勘三郎イヤー」と言える1年となりそうですね。

野田:歌舞伎は2年前から計画していたので、実は去年やろうと思っていたのが、結局着地してみたら今年になったんです。これもなにかの因縁かもしれないですね。

NODA・MAP第21回公演『足跡姫~時代錯誤冬幽霊~』 撮影:篠山紀信
NODA・MAP第21回公演『足跡姫~時代錯誤冬幽霊~』 撮影:篠山紀信

―勘三郎さんが惜しくも旅立ってから12月で5年が経ちます。いまの野田さんのなかで勘三郎さんとはどういう存在でしょうか?

野田:彼と密に仕事をしたのは実質10年ほどですが、それは濃密な時間でした。たまたま同い年で、『表に出ろいっ!』や『野田版 研辰の討たれ』、『野田版 鼠小僧』で共にして、舞台の楽しさもリスクも分かち合った仲です。どちらかと言えば向こうが俺に無理難題を持ちかけてくることのほうが多かったけど(笑)、お互いに話しやすい存在だったみたいだね。

野田秀樹

野田:彼は亡くなってしまったけど、彼と過ごした10年から得たものは、自分の心の底で船の錨のように沈んでいて、もう自分はそこからそう遠くへは行かないだろうと思っています。仮に僕が長生きしたとしても、あと30年かそこらでしょ? 勘三郎との10年は、その程度の時間で朽ちて無くなるような錨じゃない。

いま生きているからには、自分にもなにか役割があるのだと思っています。だから彼がずっとやろうとしていた新しい歌舞伎についても、自分がやれることは今後もやっていきたいですね。そして僕が死んだら、それを誰かが受け継いでくれればいい。それが「文化」というものだから。

初演と大して変わらないのは僕の役の見た目くらい(笑)。とにかく全く違うものが観られることは間違いないです。

―この英語劇の要となる翻訳のウィル・シャープさんについて聞かせて下さい。彼は映画『Black Pond』やテレビドラマ『Flowers』で脚光を浴びている新進気鋭の脚本家ですね。

野田:ウィルはインテリで、俳優もやっていて、言葉も日本の文化もよく知っていて、台本も書ける。ものすごい人材を発見した気分でした(笑)。翻訳は彼とやりとりしながら落ち着くべき場所に落ち着くのが一番良いと思っています。設定と話の流れこそ変わらないけど、台詞が全く違うんです。我ながら読めば読むほど全く別の作品になったと感じています。

ウィル・シャープ
ウィル・シャープ

―観客は新作という心構えで足を運んだほうがよいということでしょうか?

野田:初演と大して変わらないのは僕の役の見た目くらい(笑)。とにかく2010年の初演とは全く違うものが観られることは間違いないです。ウィルが上げてきた最初の翻訳は、話の流れ自体も変わりそうなぐらい手が加えられていたので、元の脚本寄りに戻すよう修正をかけたぐらい。

―ちなみにウィルさんはどういった箇所に手を加えてきたのですか?

野田:イギリス人の傾向として、話が飛躍する箇所が分かり辛いみたいです。例えば娘が毒薬を飲むくだりとか。ほかの出演者も「なぜ日本人はここまで遊園地に固執するのか? どういう育ち方をしたらこういう人間像に到達するのか?」と理解に苦しんでいました(笑)。

―今年の5月末から6月初旬にかけて、ロンドンのナショナル・シアターのスタジオで現地の演劇、劇場関係者を招待してプレ稽古を行ったそうですね。2010年の初演との言語の違いはいかがでしたか?

野田:英語で演じる時点で、日本語による芝居とは面白さが全く異なるので、日本語でボイスオーバーする上では難しいことが多いですね。日本語は英語に比べると長いので、そのまま訳すとボイスオーバーの日本語が英語の台詞に追いつかなくなってしまうんです。だからどのくらい短くするかが肝になります。

あとは単純な訳だと言葉が堅苦しくなるので、そこも手を加えないといけない。その段階で、また更に初演とは異なるものへと変化していくと思いますね。

野田秀樹

―今回のボイスオーバーの導入は野田さんの発案だそうですね。

野田:字幕はどうしても客席の位置によっては読み辛い場合があります。イヤフォンも最初の5分ぐらいは鬱陶しいかもしれないけど、慣れてしまったら確実に字幕よりも理解し易いはずなんです。

―ボイスオーバーに大竹しのぶさんと阿部サダヲさんというキャスティングは豪華ですね。

野田:上手い人にちゃんとやってもらいたかったんです。ただ二人があまり「演技」をしないように演出しなければとは思っていて。二人とも声も品も良い役者さんだから、ちょっと抑制して演じても十分に伝わると思っています。

―ボイスオーバーがあることで英語と日本語の解釈の妙も楽しめそうですね。

野田:英語をある程度話せる人でも高を括らず、絶対にイヤフォンを着けて観てほしいですね。ネイティヴな方はともかく、今回は相当英語を勉強した人でも日本語で聞いた方がまず分かり易いと思います。

なまじ日本語をかじっているもんだから、台詞に「このクソジジイ!」とかちょいちょい入れてくるんですよ(笑)。

―今回は女性であるキャサリン・ハンターさんが父を、男性であるグリン・プリチャードさんが娘を、そして野田さんが初演と同じく母を演じます。共演のお二人についても聞かせて下さい。まずはキャサリン・ハンターさんから。

野田:彼女はイギリスの正統派俳優です。RADA(英国王立演劇アカデミー)で学んだことを忘れず、常になんらかの形で基本を踏襲してから役に向かう。基本というのは、学生のようにきちんと発声も滑舌も練習して、集中する時間もしっかりと設けて芝居に臨むということです。

あれほどのキャリアを積んで、それでもなお基本に忠実であり続けるという姿勢はすごいですね。尊敬すべき役者です。今回は喜劇性を孕んだ物語だけど、僕の方から彼女に喜劇性を要求するつもりはないので、むしろ彼女がその役をどう掘り下げてくるのかが楽しみです。

キャサリン・ハンター
キャサリン・ハンター

―グリン・プリチャードさんについてはいかがですか?

野田:彼には20歳くらいの女の子を演じてもらいます。ワークショップのとき、彼は髭面のまま参加していたのに、20歳ぐらいの女性が持つ面倒臭さやナイーヴさを見事に表現していました。あれはイギリスの役者なら誰でもできるってもんじゃない、特殊な演技を得意とする資質だと思います。

―演技力以外の部分では、お二人はどういう印象ですか?

野田:彼らは他者に寛容な役者ですね。だから稽古がとてもスムーズに進むし、相手がなにをやるか、どう出るのかをお互いに考え合うので、アイデアがどんどん飛び出してくるんです。

グリン・プリチャード
グリン・プリチャード

―最後に『“One Green Bottle”~表に出ろいっ!English version~』を観に来るお客さんに向けて、メッセージをいただけますか。

野田:ウィルがなまじ日本語をかじっているもんだから、英語の台詞の合間に「このクソジジイ!」とか日本語をちょいちょい入れてくるんですよ(笑)。いまどきは「クソジジイ」なんてなかなか言わないから、ちょっと恥ずかしいですよね。

普段の舞台ではまず意識しないけど、今回多くのお客さんは日本人である僕を媒介にして舞台を観ることになると思うので、お客さんにとって入口となる台詞になるのなら、もう居直って演じてやろうかと(笑)。今回初めての人はもちろん、2010年の『表に出ろいっ!』を観たお客さんも、新たな面白さに触れるつもりで劇場にいらしていただけたら嬉しいですね。

イベント情報
『“One Green Bottle”~「表に出ろいっ!」English version~』

作・演出:野田秀樹
英語翻案:ウィル・シャープ
出演:
キャサリン・ハンター
グリン・プリチャード
野田秀樹
演奏:田中傳左衛門
日本語吹替え:大竹しのぶ、阿部サダヲ、野田秀樹

プレビュー公演
2017年10月29日(日)、10月31日(火)全2公演
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 シアターイースト
料金:一般5,000円 65歳以上4,000円 25歳以下2,500円
※英語上演・イヤホンガイド(日本語吹替え)付

東京公演
2017年11月1日(水)~11月19日(日)全22公演
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 シアターイースト
料金:一般6,000円 65歳以上5,000円 25歳以下3,000円 高校生割引1,000円
※英語上演・イヤホンガイド(日本語吹替え)付

ソウル公演
2017年11月23日(木・祝)~11月26日(日)
会場:韓国 ソウル 明洞芸術劇場

プロフィール
野田秀樹 (のだ ひでき)

1955年長崎県生まれ。劇作家・演出家・役者。2009年より、東京芸術劇場芸術監督に就任。多摩美術大学教授。東京大学在学中に劇団夢の遊眠社を結成。解散後、ロンドンに留学。帰国後、NODA・MAPを設立し、『キル』『オイル』『THE BEE』『エッグ』『足跡姫~時代錯誤冬幽霊~』などを発表し高い評価を得る。海外での創作活動や、歌舞伎を手掛ける。2015年より『東京キャラバン』の総監修を務め、「人と人が交わるところに文化が生まれる」をコンセプトとした文化サーカスを日本各地で展開。コンセプトに賛同する多種多様な表現者らと、文化「混流」による独自のパフォーマンスを創作、発表し多くの観客を魅了した。2017年、八月納涼歌舞伎『野田版 桜の森の満開の下』を上演。表現のジャンル、国境を超え、精力的に創作活動を行う。



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