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世界で評価を高める韓国の「単色画」。キュレーターが魅力を語る

世界で評価を高める韓国の「単色画」。キュレーターが魅力を語る

『単色のリズム 韓国の抽象』
インタビュー・テキスト
杉原環樹
撮影:鈴木渉 編集:宮原朋之

野村しのぶ

彼らは「人間とはなにか」という問いを超えた境地を目指していた面があると思います。

―一方で気になるのは、さきほど「満足に制作できなかった」とあったように、韓国ではどの世代にも共通の背景として、厳しい社会状況があったということです。そのなかで、彼らが一見、社会や政治とは無縁に思える表現をしたのはなぜだったのでしょう?

野村:想像するに余りある、過酷な状況だったと思います。今回、展覧会の開幕にあたり出品作家のパク・ソボが来日して下さったのですが、思い通りにならない状況のなか、政治に感じていた憤りでどうにかなりそうな自分を壊すために絵を描いていたと語っていました。はっきり言って具象絵画では収まらなかったと。

実際に、韓国は長いあいだ軍事政権下にあったため、先進的な思想を持つ画家たちは苦しい立場を生きなければいけませんでした。また、「民衆芸術」という、具体的に社会的なモチーフを描く政治色の強いアートの伝統があって、抽象画家たちは彼らからあまりにも政治性がないと批判されもした。二重の批判を受けていたんです。

野村しのぶ

―その厳しい環境下で、なぜ彼らは抽象絵画を描き続けたんでしょうか?

野村:すこし踏み込んだ言い方をすれば、政治云々や、「人間とはなにか」という問いを超えた境地を目指していた面があると思います。反復による修練を通して、表現の作為性から解放されたり、自分を素材と一体化させたり、なににも囚われない「無」の状態。チョン・チャンソプは自筆のノートに、「描かずとも描かれ、作らずとも作られるもの――すなわち、それが私の願望である」と書いていますが、この言葉は韓国の抽象を考える上で重要だと思います。

生き抜くために必死に描いた抽象絵画。その画面には、身体に訴えかける微細な運動性や洗練が詰まっています。

―彼らの作品は、1970年代当時、どのように日本に紹介され、受け止められたのでしょうか?

野村:当時の日本の反応で面白いのは、静謐な画面にもかかわらず、非常に生々しいものに見えた、との評があることです。それをいま、どう解釈するかと考えると、たとえばチョン・チャンソプの韓紙の作品などは、たしかにとても「生」な状態に感じられたと思います。当時は日本でも、もの派などで作為性の問題が扱われていましたが、韓国の抽象はその作為性のあまりの無さによって、驚きを与えたのではと考えられます。

韓国の抽象を「モノクローム」の概念で捉えた『韓国・五人の作家、五つの〈白〉(ヒンセク)』(1975年、東京画廊)図録
韓国の抽象を「モノクローム」の概念で捉えた『韓国・五人の作家、五つの〈白〉(ヒンセク)』(1975年、東京画廊)図録

―そうした接触が、その後の日本の美術に与えた影響という点はどうですか?

野村:多くの機会によって韓国の現代美術が紹介されていたにもかかわらず、単色画の動向は2000年代までほとんど意識されていなかった。もちろん個別の影響は無数にあったでしょうが、当時、彼らを集合的なインパクトとして見ることはあまりなかったと思います。実際、いまもこうして、欧米から再輸入されるかたちで見ているわけですが、だからこそ、まとめて見られる今回の展示は貴重とも言えます。

―いま、韓国の抽象を見直すことは、戦後の日本の美術史を振り返る機会にもなるかもしれないですね。最後に、この領域に馴染みのない観客は、どんな視点から展示を見るといいでしょう?

野村:抽象絵画というと、多くの人にとって、どう見ていいかわからない、尻込みしがちなジャンルだと思います。しかし、今回来てくださるお客様は、顔を画面に近づけて細部を見て、全体を見て、と繰り返しながら、見ることをとても楽しんでいらっしゃるようです。素材感や、日常の延長にある反復のかたちを入口にして、拒絶感のない抽象として見てもらえると思います。

それから、写真での再現がほとんど不可能なジャンルでもあります。いまは実物を目にしなくても、情報だけで作品体験が済むような時代になっていますが、私自身、今回実物を見ることの楽しさや喜びをすごく感じているんです。

本展のフライヤーにも使用されているリ・ウファン(李禹煥)の作品の前で
本展のフライヤーにも使用されているリ・ウファン(李禹煥)の作品の前で

野村:韓国の作家たちが、生き抜くために必死に描いた抽象絵画。その静かな画面は、身体に訴えかける微細な運動性や洗練が詰まっていて、じつはとても饒舌です。実物を通して、それを多くの方に感じていただければと思います。

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イベント情報

『単色のリズム 韓国の抽象』

2017年10月14日(土)~12月24日(日)
会場:東京都 初台 東京オペラシティ アートギャラリー
時間:11:00~19:00(金、土曜は20:00まで、入場は閉館の30分前まで)
出品作家:
キム・ファンギ
カク・インシク
イ・セドク
クォン・ヨンウ
チョン・チャンソプ
ユン・ヒョングン
ソ・セオク
パク・ソボ
チョン・サンファ
ハ・チョンヒュン
リ・ウファン
チェ・ミョンヨン
ソ・スンウォン
イ・ジョンジ
イ・ガンソ
キム・テホ
チェ・ウンギョン
イ・インヒョン
ユン・ヒチャン
休館日:月曜
料金:一般1,200円 大学・高校生800円
※中学生以下無料

プロフィール

野村しのぶ(のむら しのぶ)

自由学園、東京造形大学卒業後、展覧会企画会社を経て2004年より東京オペラシティ アートギャラリーに勤務。担当した主な展覧会に『アートと話す/アートを話す』(2006)、『伊東豊雄|建築 新しいリアル』(2006)、『都市へ仕掛ける建築 ディーナー&ディーナーの試み』(2009)、『エレメント 構造デザイナー セシル・バルモンドの世界』(2010)、『さわ ひらき Under the Box, Beyond the Bounds』(2014)、『ザハ・ハディド』(2014)、『サイモン・フジワラ ホワイトデー』(2016)。

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