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『ふじのくに⇄せかい演劇祭』宮城聰が語る、今芸術が必要な理由

『ふじのくに⇄せかい演劇祭』宮城聰が語る、今芸術が必要な理由

『ふじのくに⇄せかい演劇祭 2018』
インタビュー・テキスト
島貫泰介
撮影:今井正由己 編集:宮原朋之

「現実にそぐわない理想なんて捨ててしまえ!」という論調が力を増している中、『民衆の敵』は「本当に理想はいらないのか?」と私たちに問いかけている。

孤独といかに向き合うか。それは、今回の『ふじのくに⇄せかい演劇祭』の全体にも通じている。『寿歌』に続いて上演されるヨーロッパ発の作品も、それぞれが多様な孤独のありようを示しているからだ。

近代演劇の父、ヘンリック・イプセンが100年前に書いた戯曲をトーマス・オスターマイアーが演出した『民衆の敵』は、田舎町の観光資源をめぐる汚染問題と、それに対する反対の声をあげた医師が黙殺されていく様子を描いている。

宮城:イプセンの戯曲どおり、主人公は誰からも受け入れられず敗北していきます。でも、その直前に観客が参加するシーンが用意されていて、観客は、ある熟考を求められるんですね。そのときみなさんは、自分で考えるだけでなく、周囲にいる他の人の反応を気にすることになるかもしれません。

ここで問われるのはある「正しさ」についてです。第二次世界大戦が終わった後にもたらされた「正しさ」は、絶対的な価値を持っていたはずです。日本であれば、戦争を永遠に放棄すると誓った日本国憲法が、時代の「正しさ」を象徴するものでした。それは、「純粋な結晶」のようなもので、複雑な国際情勢のなかでは、それを実現することはまず不可能な理想でしかありません。でも、だからこそ大事にしておきたいと、戦後の多くの日本人は思ってきた。

トーマス・オスターマイアー演出『民衆の敵』© Arno DECLAIR
トーマス・オスターマイアー演出『民衆の敵』© Arno DECLAIR

宮城:ところが、この数十年の時代の変化のなかで「現実にそぐわない理想なんて捨ててしまえ!」という論調が力を増してきた。イギリスのEU離脱やトランプ米政権の台頭など、この2年で事態はさらに加速しています。そういった時代に、『民衆の敵』は「本当に理想はいらないのか?」と私たちに問いかけている。同作の観客が参加するシーンは、ひとまず歩みを止め、熟考してみる時間を私たちにもたらしているんです。

『民衆の敵』とは対照的な静寂を有しているのが、舞台芸術公園の「楕円堂」で上演されるクロード・レジの『夢と錯乱』だ。しかし、27歳の若さで命を絶ったオーストリアの詩人のテキストに基づく同作も、やはり別のあり方で「孤独」と「世界」に向き合っている。

宮城:ちょっと前は「Japan as No.1」と言っていたのに、現在の日本人の多くが、「いまや中国やインドにも追い抜かれて、自分たちは取り残されてしまった」「日本は気づかないうちに世界で周回遅れになってしまった」という強迫観念を背負っているように僕は思います。そういった、「自分たちだけがうまくやることができない焦り」は、やがて「自分とは真逆に、うまくやっている人がいるらしい」という羨望の気持ちを生みます。

そうすると、個人も、国も、会社組織も、うまいことやっている対象を見習おうとする。そこで目に入るのが、例えばSNSで目立っている発信上手の人。彼ら / 彼女らにならうことが、この境遇を抜け出す唯一の方法だと思うようになってしまうんです。

クロード・レジ『夢と錯乱』© Pascal VICTOR
クロード・レジ『夢と錯乱』© Pascal VICTOR

この指摘は多くの人にとって耳の痛い話かもしれない。ライターを生業とする筆者にしても、ただ書いているだけではダメで、もっと自分をキャラ化して、発信力のあるインフルエンサーとして振舞わないと生き延びていけないのではないか……と、不安に思うことがある。人工知能の発達で仕事がなくなるだとか、英語を喋れない人間はビジネスチャンスに恵まれないだとか、そういった不安は、自分ではない誰かとの相対的な違いによって増していく。

宮城:多くの公立の劇場や施設も、よく「うちは発信が苦手で……」と言います(苦笑)。では、上手にやるってどういうことなんでしょう? 僕が思うに、その上手さっていうのは「人の話に耳を傾けず、ただ自分の意見を出しっぱなしにしている」ってことなのではないかと思うんです。だとすれば、自分のことを「遅れている」と思う人は「他人の話に耳を傾けている」から、遅れてしまっているのかもしれません。

宮城聰

宮城:今回の演劇祭に招聘したアーティストやカンパニーは、たどたどしい言葉でしか話すことができないとしても、なんとか自分の話を聞いてほしいと思っている人たちばかりです。ある意味では、のろまで不器用な人々とも言えるでしょう。でも考えてみれば、人類は何千年も答えが出ないような矛盾や不条理に向き合って、宙ぶらりんであることに耐えてきたはずなんです。そして芸術には、そのための訓練の技術や知恵が少しずつ蓄積されている。

例えばドストエフスキーの小説を読んで、「人間がわかる」ことはありません。むしろ読めば読むほどわからなくなる。でも、わからないってことに耐える力を、少しだけ獲得できるんです。『寿歌』もまさにそうで、宙ぶらりんに耐える精神を垣間見せようとしています。

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イベント情報

『ふじのくに⇄せかい演劇祭 2018』
『ふじのくに⇄せかい演劇祭 2018』

2018年4月28日(土)~5月6日(日) 会場:静岡県 静岡芸術劇場、舞台芸術公園、駿府城公園、レストラン フランセ

上演作品:
『寿歌』(演出:宮城聰、作:北村想)
『民衆の敵』(演出:トーマス・オスターマイアー、作:ヘンリック・イプセン)
『夢と錯乱』(演出:クロード・レジ、作:ゲオルク・トラークル)
『リチャード三世 ~道化たちの醒めない悪夢~』(演出・出演:ジャン・ランベール=ヴィルドほか、原作:ウィリアム・シェイクスピア)
『マハーバーラタ ~ナラ王の冒険~』(演出:宮城聰、台本:久保田梓美)
『シミュレイクラム/私の幻影』(演出・振付:アラン・ルシアン・オイエン)
『ジャック・チャールズ vs 王冠』(演出:レイチェル・マザ、作:ジャック・チャールズ、ジョン・ロメリル)
『大女優になるのに必要なのは偉大な台本と成功する意志だけ』(演出・作:ダミアン・セルバンテス)
料金:一般4,100円 全演目パスポート16,000円
※障害者割引2,800円(要障害者手帳、付添1名無料)

プロフィール

宮城聰(みやぎ さとし)

1959年東京生まれ。演出家。SPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督。東京大学で小田島雄志・渡辺守章・日高八郎各師から演劇論を学び、90年ク・ナウカ旗揚げ。国際的な公演活動を展開し、同時代的テキスト解釈とアジア演劇の身体技法や様式性を融合させた演出で国内外から高い評価を得る。2007年4月SPAC芸術総監督に就任。自作の上演と並行して世界各地から現代社会を鋭く切り取った作品を次々と招聘、「世界を見る窓」としての劇場づくりに力を注いでいる。14年7月アヴィニョン演劇祭から招聘された『マハーバーラタ』の成功を受け、17年『アンティゴネ』を同演劇祭のオープニング作品として法王庁中庭で上演、アジアの演劇がオープニングに選ばれたのは同演劇祭史上初めてのことであり、その作品世界は大きな反響を呼んだ。他の代表作に『王女メデイア』『ペール・ギュント』など。04年第3回朝日舞台芸術賞受賞。05年第2回アサヒビール芸術賞受賞。平成29年度(第68回)芸術選奨文部科学大臣賞(演劇部門)受賞。

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