ライゾマ齋藤精一が訴える「東京にはボブ・マーリーが必要だ」

「東京にはボブ・マーリーが必要だ」。

そう謎めいた言葉を語るのは、ライゾマティクス・アーキテクチャー代表の齋藤精一。これまで『六本木アートナイト』など数多くのアートイベントに携わる「都市デザイン」の第一人者だ。彼が総合ディレクターを務めるイベント『GYOEN NIGHT ART WALK 新宿御苑 夜歩』が、10月12日に開催される。都心にある大きな自然公園として、国内外から多くの利用客が訪れる新宿御苑。普段は日中のみ入園可能で、滅多にお披露目されたことのなかった夜の御苑を、光と音のインスタレーションに彩られた一夜限りのウォーキングスポットに変貌させる。

かねてから齋藤は、人々が住みよいまちづくりのためには「都市のメディア化」が必要だと訴えてきた。2020年の『東京オリンピック・パラリンピック競技大会』に向けて、着々と進む東京の再開発。それは、私たちの暮らしをより良いものにしてくれるのだろうか。再来年以降の東京に必要な都市デザインについて、語ってもらった。

僕の仕事の本質は、「大人の事情を取り払うこと」です。

—まずは、齋藤さんがこれまでに手掛けたまちづくり、都市デザインの事例を教えていただけますか?

齋藤:実はまだ世に出ていない、かなり前から仕込んでいる都市開発がいくつかあって。たとえば、とある町のエリアデザイン。全体のコンセプトから商業施設のあり方、エリアマネージメントのやり方までプロデュースしています。以前から僕は「都市のメディア化」をテーマに掲げていて、どうやったらそれを実現できるかを考えているんですよね。

齋藤精一(ライゾマティクス)

—「都市のメディア化」とは、具体的にどのようなことなのでしょうか。

齋藤:最近、「まちづくりにおけるコミュニティーの重要性」とよく言われます。でも、本当にコミュニティーを形成するためにはその場所がメディア化されていないと難しいと思うんです。メディア化といっても、ただ単に道路を封鎖してイベントを仕掛けるとか、イベントができる場所を作るとか、そういう大掛かりなことを言っているのではなくて。もう少し身近なところで、いろんな体験ができないかなと思っているんですよね。

たとえば、その街で「どういう暮らし方をしたいのか」「どんなお買い物をしたいのか」「どういう働き方をしたいのか」、ちゃんとデザインされた形でシェアできるようにする。それも、いままでの方程式をすべて取っ払って考えるというのが、大きな意味での「メディア化」だと思っています。

—「いままでの方程式」というのは、慣例や常識のようなものですよね?

齋藤:日本ってなかなか自由にやらせてくれないんですよ。道路交通法や条例、景観上の規制があったりして。そういうのをなんとかできないかなと。僕の仕事の本質は、「大人の事情を取り除くこと」です。たとえば公園で、なぜボール遊びをしてはいけないのか? 公園って公共のスペースなのに、全然自由がないのはおかしいじゃないですか。

—確かにそう思います。

齋藤:ユーザーの立場ではいくらでも文句が言えるけど、僕が興味あるのはそれをどうやって「解決」へ結びつけるか。となると法律を知らなければならない。「国家戦略特区とはなにか?」とか、ちゃんと分かった状態で考えると、また見え方も変わってくるわけです。

—齋藤さんは元々建築業界にいて、そこが窮屈でメディアの世界に飛び込んだのに、巡り巡って再び建築に関わらざるを得なくなっているんですかね?

齋藤:ただ、僕のルールとして「建築はやらない」と決めています。口出しはするんですけどね(笑)。ひとつをミクロで見ると、マクロで見られなくなるんですよ。アーティストかクリエイターかというと、僕はクリエイター寄りで考えていて。それ以外は各分野のプロにお任せしたほうが、化学反応が起きやすい。いま、2020年の『ドバイ国際博覧会』に関わっているのですが、建築は永山祐子さんに決まりましたし、各分野の精鋭を集めています。

「ガードマンが日本を面白くなくしている説」というものがあるんです。

—ライゾマが仕掛ける「都市のメディア化」というのは、キュレーションに近いのですかね? 街を定義し直すというか。

齋藤:そうかもしれないですね。ただ、つなげていくときに溝や足りない部分があれば、そこを埋めていくのも僕らの仕事です。たとえば、建築を海外にプロモーションしたいけど、その手段がわからないという相談があったとき、ライゾマで映像を作ったりしてつなげていく。

—キュレートしつつ、クリエイティブも行うと。先ほど、「日本ではなかなか自由にできない」とおっしゃいましたが、海外との違いはやはり感じますか?

齋藤:海外のほうが「ゆるい」んですよね。安心、安全を優先しているからでしょうが、日本はすごくしっかりしている。前に行政の人と話していたのは、「ガードマンが日本を面白くなくしている説」というもの。ガードマンはルールを守る仕事ですから、「この線から外に出た人は注意すること」というルールがあれば、それを厳格に守ります。ところが海外だと、「これは別に放っておいても大丈夫だな」と判断したら、ガードマンが注意せずにコーヒー飲んで雑談してる光景ってよく見るんです(笑)。ああいう状態を、意図的に作れないかなと思っていて。

—つまり、全体として超えてはいけないラインはもちろんあるにせよ、それ以外は個人の意思や、やりたいことを尊重するということですね。

齋藤:もちろん、これは単なる一例ですが、海外はどちらかというと「放任民主主義」みたいなところがある気がします。日本だと「忖度」なんて言葉が流行りましたが、「これはダメだと思うからダメ」みたいなことが増えている気がするんです。「海外がすべて良い」と言っているわけでは当然なくて、良いところは取り入れ、日本人らしい方法でアレンジできたら良いなと思っています。

僕は「東京にはボブ・マーリーが必要だ」と言っているんです。

—そうした「都市のメディア化」を、2020年の『東京オリンピック・パラリンピック競技大会』(以下、『東京五輪』)を目処に考えているところはありますか?

齋藤:2020年の『東京五輪』は結果論で、僕が「建築に戻っても良いな」と思ったのは、みなさんが同じものを建てようとするからなんです。有識者会議に呼んでいただくと、びっくりするくらい、みんな同じことを言ってるんですよ。「このまま進むとマズいぞ」と思ってしまった。

—どんなことが言われているんですか?

齋藤:端的に言えば、「グローバル化したい」ということ。要するに商業施設があって、レジデンス、オフィスがあって、坪単価はいくらにしたいと(笑)。そこまで一緒、みんな言うんです。未だに古い方程式を使おうとしてる。違う方法だってあるのに誰もやらない。それは「前例がないから」。もちろん、大きな失敗もしていないから前例に従っているのですが、このままいくと街は均一化されてしまいます。

僕は神奈川県民なので、関係ないといえば関係ないんだけど(笑)、でも気になるじゃないですか。どこもかしこも一緒になったら東京がつまらなくなってしまう。そう思っていたところ、ライゾマがプロジェクションマッピングなどで扱う領域が建築と近くなったこともあって相談を持ちかけられることが多くなってきたんですよね。「やるならもっと、中長期的にプランを練りましょう」みたいに応じていたら、気づけばあれよあれよという間に計画や開発に携わっていたんです。不思議なものですよね(笑)。

—2020年、『東京五輪』が終わったあとの東京まで見据えたとき、どういった都市が必要になりますか?

齋藤:『東京五輪』が終わって一旦は経済が下火になると思うのですが、そのときに街がその状態でちゃんとワークするのか。新宿はどういう街になって、品川はどうでっていう風に特性が分けられているのか、それともカオス状態になっているのか。みんな沈んでいくのか、ひとり勝ちになるのか……。

僕としては、「勝った負けた」ではなく、「六本木はこれが得意だったんだから、それをもっと強くしたら良いんじゃないか」のように、それぞれの街の特性をマッピングしていくのが良いと思うんです。

—以前、ほかのインタビューでおっしゃっていた「街にランドマークを作る」ということですね。

齋藤:そうです。その点は、経済系の有識者も、ものづくり・デザイン系のクリエイターもみんなアグリーなのですが、でもなかなか情報が共有されないんですよね。なので、僕は「東京にはボブ・マーリーが必要だ」と言っているんです。

—ボブ・マーリー(ジャマイカ出身のレゲエミュージシャン。1981年に亡くなった後も、カリスマ的人気を誇る)ですか!

齋藤:生前のボブ・マーリーが、ジンバブエで敵対するリーダー2人(マイケル・マンリーとエドワード・シアガ)をコンサートのステージに上げて握手させたように、政治の力で動かないところを、表現の力で動かしていく。そういうことができると街がひとつになるというか、それぞれの街がランドマーク化できるんじゃないかと思うんです。だからボブ・マーリーやデヴィッド・ボウイが必要なんですよ(1987年、ボウイはベルリンの壁を背にコンサートを催し、その2年後にベルリンの壁が崩壊した)。

ボブ・マーリー & ザ・ウェイラーズ『One Love』(Spotifyで聴く

国としては、「遊休資産をどれだけ有効活用していくか?」というのが大きな課題なんです。

—それこそ今回の「新宿御苑 OPEN PARK プロジェクト」のひとつとしてライゾマティクス・アーキテクチャーとカルチャー・ヴィジョン・ジャパンが主催するイベント『GYOEN NIGHT ART WALK 新宿御苑 夜歩』は、さまざまな分野の人たちをつなげる場にもなるし、市民へのデモンストレーションにもなりますよね?

齋藤:そうですね。まず今回の『GYOEN NIGHT ART WALK 新宿御苑 夜歩』というのが、そもそも開いていなかった夜の新宿御苑(以下、御苑)を無料で開放するというもので。通常は昼間だけ有料で入れるところを、「自由に使って良い」と。

そういった機会を『東京五輪』に向けた調査事業としていただけたのは、国としても「遊休資産をどれだけ有効活用していくか?」というのが大きな課題だからなんですね。僕もそれは絶対にやったほうが良いと思っていましたし、2020年につなげる「ハレ」のデモンストレーションになれば良いなと思っています。

『GYOEN NIGHT ART WALK 新宿御苑 夜歩』イメージ画像

—どんなコンセプトにしようと思っていますか?

齋藤:「運動機会の創出」にしたいですね。『ロンドンオリンピック』のときに市長が目的として挙げていたのが、ロンドン市民の運動機会向上だったんです。要は「みんなで健康になろう」と。それって素晴らしいなと僕は思っていて。

ただ、最初にも話したように日本では「夜は音を出してはいけない」「公園でボール遊びをしてはいけない」となるわけです。せっかく2020年が来るなら、運動機会を公園であげたいと思っていて。そのタイミングに御苑のお話をいただいたんですよ。

ものすごく広い場所なので、せっかくならインスタレーションの中を歩いてもらおうと計画しています。いままで運動なんて興味もなかった人まで歩きたくなるようなエンターテイメントを作るのが今回のミッション。そのために、御苑近くにある新宿西口の摩天楼が望める素晴らしいランドスケープを演出しようと思っています。

『GYOEN NIGHT ART WALK 新宿御苑 夜歩』では、園内の一部で若手アーティストの作品が展示される。本作は、後藤映則による作品。

—具体的にはどんなことを考えていますか?

齋藤:夜なので光を使うんですけど、僕がいま考えているのは「ライトの中を通る」「ライトと並走する」「ライトに向かって歩く」の3つ。あと、せっかく森があるので、森の中にレーザーで演出をしたり、指向性の高いムービングライトで「光の束」の演出をしたり。深い森なのでミストを炊いて、朝靄のような幻想的な雰囲気を作ったり、ブラックライトだけの空間を作ったりしようと考えています。

—楽しそうですね!

齋藤:やってみて、みなさんの反応を知りたいですね。これで走ってみたくなったり、「歩くって気持ち良いな」って思ってもらえたりするものを作りたいんです。

『GYOEN NIGHT ART WALK 新宿御苑 夜歩』では、園内の一部で若手アーティストの作品が展示される。本作は、藤元翔平による作品。

—私たちとしても、ライゾマさんの演出を「鑑賞」することはあっても、その中に「埋没」するという体験はないから、とてもエキサイティングだなって思います。なにかインタラクティブな演出もありますか?

齋藤:一部あるのですが、それはお楽しみということで(笑)。一つひとつを切り取ると、そんなに難しいことはやってないんです。でも、これだけの真っ暗な、だだっ広い都会のど真ん中の空間を演出する機会はなかなかないので、そこがとても魅力的なんですよね。

—これまでに、このようなイベントはやったことありましたか?

齋藤:2003年の『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』では、光る風船を道路に3000個ぐらい灯籠流しのように置いた作品があったんですけど、こんな風にいろんな種類のライトを使って演出するのはやったことがないですね。そこはチャレンジングですし、うまくいけば「あ、こういうことも都心でできそうだな」とか、「郊外に出てウルトラマラソンのようなイベントも演出できそうだな」とか、さまざまな可能性が開ける気がします。

少数のクレームを恐れてすべて規制していけば、どんどん窮屈になってしまいます。

—お話を聞いていて思ったのは、こちら側の意識も変えていかなければいけないということです。最初におっしゃっていた公園の話ですが、僕もなぜ公園でボール遊びができないのか疑問ですし、犬を入れちゃいけないというのも納得できなくて。もちろん、マナーの悪い利用者が多かったために、止むを得ず取られた措置なのでしょうけど、もう少し寛容になれたら良いのになと思います。

齋藤:そうですね。誤解を恐れずに言えば、少数のクレームを恐れてすべて規制したら、どんどん窮屈になってしまいますからね。

—都市をメディア化する時代に向けて、私たちの意識も問われるように思います。

齋藤:おっしゃる通りで、自由というのは、なんでも自由なわけではなくて。公園で焚き火されたら困りますけど、倫理観と自由の中のルールをしっかりと自分たちの「自治」として作っていかないとダメですよね。

僕は横須賀に住んでいて、うみかぜ公園というところにBMXとモトクロスとスケートボードの練習場があるんです。あの辺りはベースキャンプがあるので、そういう文化が当たり前のようにあって。もしかしたら、そこからオリンピック選手が生まれそうなほど活発なんです。そういう効果もあるわけですよね。

オリンピック選手が生まれたら偉いということではなく、運動機会があったことで、そういう子たちが育った。それって大事だと思うんです。もちろん、どこもかしこもそうしろというわけではなく、その街の特性を活かした施設を作っていけたら良いなと。

—御苑も今後、定期的にイベントができるようになると良いですね。新たなランドマークになります。

齋藤:御苑の新しい表情に触れる機会がもっとできればと思っています。以前、観光庁さんが夜に鳴く虫を観察するイベント『夜の森たんけん』をやられていて。そういうの、もっとやれば良いのにと思います。都会の子たちが、近くでカブトムシが飛んでいるのを見る機会ができたら素晴らしいじゃないですか。

今回、御苑という歴史ある場所の中でインスタレーションをやって、しかも「運動機会の創出」ができれば、針の穴3つくらい一気に糸を通したような手応えがあると思いますし、僕自身もすごく興奮しています。

イベント情報
『GYOEN NIGHT ART WALK 新宿御苑 夜歩』

2018年10月12日(金)
会場:東京都 新宿御苑
主催:新宿御苑・OPEN PARKプロジェクト実行委員会
(一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパン/株式会社ライゾマティクス)
特別協力:新宿御苑管理事務所
夜の新宿御苑を歩きながら、光と音によるさまざまなインスタレーションを体験できるイベント

プロフィール
齋藤精一 (さいとう せいいち)

1975年神奈川生まれ。Rhizomatiks Architecture主宰。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からNYで活動を開始。その後ArnellGroupにてクリエティブとして活動し、2003年の越後妻有トリエンナーレでアーティストに選出されたのをきっかけに帰国。その後フリーランスのクリエイティブとして活躍後、2006年にライゾマティクスを設立。建築で培ったロジカルな思考を基に、アート・コマーシャルの領域で立体・インタラクティブの作品を多数作り続けている。2009年-2014年国内外の広告賞にて多数受賞。現在、株式会社ライゾマティクス代表取締役、東京理科大学理工学部建築学科非常勤講師。2013年D&AD Digital Design部門審査員、2014年カンヌ国際広告賞Branded Content and Entertainment部門審査員。2015年ミラノエキスポ日本館シアターコンテンツディレクター、六本木アートナイトにてメディアアートディレクター。



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