
佐野史郎×林海象が語るカルチャー蘇生術 過去の作品を甦らせる
Kickstarter- インタビュー・テキスト
- 轟夕起夫
- 撮影:豊島望 編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)
いまも愛され続ける過去の名作。それらを鮮やかに甦らせるのが、絵画の修復や、映画や音楽のリマスター作業だ。
そうしたかつての文化遺産を生まれ変わらせる作業に監督自ら取り組んでいる作品が、『夢みるように眠りたい』。監督は林海象で、佐野史郎の初めての映画出演作にして初主演作。公開されたのは1980年代の中頃だった。すでにカラー作品ばかりであった時代にモノクロ、字幕で物語を進めるサイレント風のスタイルで、しかし音楽や効果音、弁士の声などはしっかり入っている、実に不思議な肌ざわりの、まさに「夢みるような」モーションピクチャー。
その『夢みるように眠りたい』のオリジナルフィルム修復プロジェクトをめぐって、2人がクロストーク。「過去の遺産を現代に甦らせること」「リマスタリング」「映画の未来」等々、話は多岐にわたった。
僕が映画に撮ると、不思議とその風景がなくなっていったんだ。(林)
─『夢みるように眠りたい』(以下、『夢みる~』)は1986年5月に初公開されました。当時は佐野さんも林監督もまだ、駆け出しの頃だったと思うのですが、いきなりスポットを浴びた感じですよね。
佐野:ええ。いまはなき映画館、シネセゾン渋谷がオープンしたばかりで、洋画が並ぶ中で初めて選ばれた日本映画だったんですよ。それで8月には正式出品され、『ヴェネチア国際映画祭』に招待されて。忘れられないのはイタリアの、市井のおばあさんが観てくれたあと、感動して涙を流してくれたことですね。
林:上映後、サインを求められ、通訳を通してお話をしたら、「昔、若い頃に観た映画を思い出した」ってね。
─タイトルは最初から、『夢みるように眠りたい』だったのですか?
林:当初は「長いお別れ」の予定でした。「夢みるように眠りたい」というのは副題でね。「長いお別れ」はご存知、私立探偵フィリップ・マーロウが主人公の名作ハードボイルド小説の邦題で、ミュージシャンのあがた森魚さんが言ってくれたのかな、「夢みる~」のほうがいいんじゃないかって。
佐野:それ、初めて聞いた! なるほど、レイモンド・チャンドラーの『ロング・グッドバイ』からだったんだ。
林:いま、急に思い出した。同じようなストーリーなんですよね、要約すれば『夢みる~』もある人物が亡くなって、長いお別れをする話で。
─佐野さん演じる私立探偵が老女の月島桜から、「誘拐された娘を探してほしい」と依頼を受け、事件を調査する……というのが映画の骨子ですが、モノクロ、サイレント風味、それに舞台の浅草と、ノスタルジックな魅力をたたえていますね。
佐野:「昭和レトロ」みたいな言葉はまだなかったけれど、1980年代の半ばぐらいから音楽で言えばパンクムーブメント、さらにテクノポップやニューウェイブの隆盛がひと段落ついた頃で、その反動というか、時代の変わり目ではあったのかな。それにしても、どうして舞台を浅草にしたんですか?
林:映画を撮る前はアルバイトばかりしていて、めちゃくちゃ孤独でね。でも浅草へ行くと、楽しかったんですよ。やたら歩き回っていたんだけど、「ここで映画を撮れたらいいな」と思わせるような、そういう街でした。のちの『私立探偵 濱マイク』シリーズ(1993~1996年)の舞台、横浜の黄金町もそうでしたが、浅草の街自体がロケセットに見え、僕のために作ってあるみたいな感じがしたんです(笑)。
佐野:当時の浅草は、少し忘れられていた街で、いまより観光客もずっと少なかった。僕がやっていたアコースティックなロックバンド、タイムスリップは写真家の飯村昭彦さんにジャケット写真を撮ってもらったのですが、飯村さんは六本木の再開発で廃業した銭湯の煙突に登って、魚眼レンズで自撮りをした衝撃的な写真で知られるようになりました。赤瀬川原平さんたちの路上観察学会のメンバーですね。音楽も街も「世の中から失われていくものを慈しむまなざし」が再評価された時期だったと思います。『夢みる~』にも共通していますよね。
林:うん。僕が映画に撮ると、不思議とその風景がなくなっていったんです。『夢みる~』は特に顕著で、仁丹塔(関東大震災で倒壊した浅草のシンボル、凌雲閣を模して建てられた広告塔)も九段にあった探偵事務所の外観の蜂谷ビルも、撮っておいて本当によかったなあって思う。
佐野:仁丹塔は、映画の公開中に壊されたんですよね。
─劇中の螺旋階段を登るシーンは、仁丹塔の実際の内部ですか?
林:そうです。ほとんど誰も登ったことはないんじゃないかなあ。僕は怖くて登らなかった。
佐野:怖かったですよ、僕と助手役の大竹浩二くんと。鉄梯子もかなり老朽化していて、けっこう腐っていましたからね。
林:危なかったけれども、とてもいい画になりました。
佐野:階段を登って行くときに「1回振り返って」と演出をされたのをよく覚えています。美術の木村威夫さん、撮影の長田勇市さん、照明の長田達也さんが作り出したあのシルエットの効いた構図は実に素晴らしいですね。
この30数年間、何度か『夢みる~』を見返しているんですが、先日、久しぶりに観て、改めて感じるものがありました。とりわけ終盤、『永遠の謎』という未完の映画のラストシーンを探偵は探していくんだけども、その余韻がすごくて、それは35mmニュープリントだったっていうのも大きかったかもしれないですね。
プロジェクト情報

- 「Remastering JPN cult film "Sleep to Dream"『夢みるように眠りたい』フィルム修復」
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『私立探偵 濱マイク』シリーズ等を手がける林監督の幻のデビュー作『夢みるように眠りたい』フィルム修復のためのクラウドファンディング・プロジェクト。奇跡的に発見されたオリジナル・16mmネガフィルムを林監督が自らデジタル修復を監修し新たに蘇らせる支援を行う。
プロフィール
- 佐野史郎(さの しろう)
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1975年に劇団シェイクスピア・シアターの創立メンバーとして初舞台を踏む。1980年入団の状況劇場を経て、1986年映画「夢みるように眠りたい」で映画初主演。ドラマでは1992年TBS「ずっとあなたが好きだった」での冬彦役の演技が話題に。その後も、フジテレビ「沙粧妙子・最後の事件」のほか、2018年にはテレビ東京「限界団地」で連続ドラマ初主演。また、映画「ゴジラ2000ミレニアム」に宮坂博士役で出演。NHK「音で怪獣を描いた男 ~ゴジラVS伊福部昭~」などのドキュメンタリーにも出演している。第30回ゴールデンアロー話題賞、第30回ギャラクシー賞を受賞。
- 林海象(はやし かいぞう)
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1957年7月生まれ。京都府京都市生まれ。映画監督、映画プロデューサー、脚本家。京都造形芸術大学術学部映画学科教授・学科長。永瀬正敏主演「私立探偵 濱マイク」シリーズや、「探偵事務所5」「THE CODE/暗号」他、作品多数。