
中村佳穂と大塚国際美術館へ。命を削り描かれた数々の名画を前に
大塚国際美術館- インタビュー・テキスト
- 柴那典
- 撮影:岩元崇 編集:山元翔一、石澤萌(CINRA.NET編集部)
世界で類をみない陶板名画美術館として知られる、徳島県・鳴門市の大塚国際美術館。館内には世界26か国の美術館が所蔵する1000余点の絵画が、陶板画としてオリジナルの原寸大で再現されている。展示スペースは地下3階から地上2階までにおよび、鑑賞ルートは約4kmと日本最大級の規模を誇る美術館だ。バチカン市国のシスティーナ礼拝堂を再現し、米津玄師が昨年末の『NHK紅白歌合戦』に出演した際に生中継の舞台となったことでも話題を呼んだ『システィーナ・ホール』や、クロード・モネの代表作『大睡蓮』を屋外に再現した展示など、名画の世界を環境や空間ごと体感できる数々の展示も大きな魅力となっている。
そんな大塚国際美術館を、京都出身のミュージシャン・中村佳穂とともに訪れた。昨年にリリースした『AINOU』が各方面で評価を集める彼女は、もともと美術と音楽の両方を志して育った経歴の持ち主。アートに真剣に向き合ってきた彼女独特の視点から見た大塚国際美術館の魅力、そして芸術への考え方を語ってもらった。
ここは、自分にピンとくるものを直感的に探しやすい空間。
—大塚国際美術館を駆け足で観て回ってきましたが、古代から現代まで並んだ様々な複製画を観た印象はいかがでしたか?
中村:すごい早足でいろんなものを観て、いろんな曲のイントロだけ流して聴いているみたいな感じだなと思いました。この美術館に所蔵されているものは全部原寸大で、作品が持つ雰囲気やスケール感、エネルギー感が一発でわかるから、自分の興味にあう音楽をイントロだけ聴いて探すみたいな感覚で絵画に出会える。それに、世界各地の美術館にあるトップクラスの作品が揃っているし、いろんな年代のものが一挙に集められているので、歴史とか時間の大きな流れを感じることができますよね。自分にピンとくるものを直感的に探しやすい空間で、そこがすごくいいなと思いました。

中村佳穂(なかむら かほ)
19歳まで絵を学び、進学先の京都精華大学で音楽活動をスタート。数々のイベント、フェスの出演を経て、その歌声、音楽そのものの様な彼女の存在がウワサを呼ぶ。ソロ、デュオ、バンド、様々な形態で、その音楽性を拡張させ続けている。ひとつとして同じ演奏はない、見るたびに新しい発見がある。2018年11月、2ndアルバム『AINOU』をリリース。6月30日(日)には、京都府・紫明会館で『うたのげんざいち 2019 夏 in 京都』を、7月13日(土)には東京都・恵比寿で『LIQUIDROOM 15th ANNIVERSARY 中村佳穂』を開催。
—エドヴァルト・ムンク『叫び』、ジョン・エヴァレット・ミレイ『オフィーリア』など、いくつか作品を事前にピックアップしていただきましたが、それらをご覧になった感想はどうでしょう?
中村:いい意味で、自分が歳をとったんだなと感じました。ティーンエイジャーの頃、よく絵に接していたんですけれど、そのときは「自分に才能があるかどうか」「この絵に見合うだけの感性があるか」と天秤にかけるような気持ちをどこかしら抱えていたんです。1枚の絵と向き合わなきゃいけない、その人の感動をわかちあえなければ、自分には才能がないと思うくらい焦っていた。
でも、今は肩の力を抜いて観られるというか、早足で美術館を回れるようになっていたことに気づきました。作品に対して自分が介在しなくなっている感じがある。だからこそ「いいな」と思える部分、気になる部分がたくさんあって。そういうふうに自分が変わったと感じました。
—かつてのような絵画との向き合い方を意識するようになったのは、具体的にはいつ頃からですか?
中村:幼稚園の頃から、絵の道には進まないと決めた19歳ぐらいの頃までです。意識して作品を観るようになったのは中学生になったくらいからですけど、それ以前から絵は身近なものでしたし、自分は絵か音楽の道に進むんだろうと思っていたので。
—自分の半生を振り返って、そういう自分の感性を最初に形作ったものってどういうものだったんでしょう。なにかのきっかけがあったんでしょうか?
中村:いや、もう無意識でした。小さい頃からお気に入りのものをすべて首にかけて歩いていたような人間だったので。オカリナと色鉛筆セットと『ポケットピカチュウ』とビーズのネックレスを首から下げて、スケッチブックを持って鼻歌を歌ってる、みたいな幼少期を過ごしてました(笑)。
—気がついたらそうなっていたと。
中村:そうですね。なので、自分から溢れ出てくるものを意識もしていたし、自分は才があるとも当時は強く信じていました。だから、絵か音楽か、それ以外の道はないだろうなあと思っていました。
「作品」というものは、自分の精神を削って初めて完成させられるものだと思う。
—高校のときも美術部と吹奏楽部をかけ持ちしながら美大を目指していたと『AINOU』リリース時の取材でおっしゃっていましたよね(参考記事:中村佳穂という「歌」の探求者。魂の震えに従う音楽家の半生)。そのときに出会った先生の影響も大きかったそうですが。
中村:そうですね。衝撃的な先生でした。
—その出会いは中村さんをどう変えたんでしょう?
中村:絵を描くということは自分の時間を相当削る作業ですけど、絵に限らず「作品」というものは、時間だけじゃなく、自分の考えや意識、精神を削って初めて完成させられるものだと思うんです。だけど一方で、手癖だけでできるというか、時間だけを削って作品を完成させるようなパターンもあって。だからこそ、その人は自分の理論を持っているか、精神や考え方を作品に落とし込めているかを意識するように伝え続けてくれました。

ムンクの諸作に見入る中村。早くに母、姉を亡くし、精神病を患った妹を持つなど、悲劇的な人生を歩んだムンクに対して中村は、「活動初期に、病気の女の子の横でお母さんがぐったりしている絵(『病める子』)を描くじゃないですか。そういうところに、『自分には絵しかないって思ってる』であろう意思を感じる」と語った
中村:当時はひたすら、「中村、なんでこの絵はこうやって描いたんだ」「いやぁ、こういう理由で」「今の考え方は甘すぎるから、それをちゃんと文章化して俺に見せなさい」みたいなやりとりを放課後にさせられていました。でも、そのおかげで、精神を削って、真摯に作品に向き合うようになったんだと思います。そうじゃなく、ただ時間を過ごすだけでも人生は生きられるんだっていうことも理解した。そういう意識は自分の人生観の大事な部分を形作っていますね。
—そういう価値観を持つと、きっと絵を観る視点も変わりますね。つまり、美術史や絵画の様式的な位置づけじゃなくて、なぜ自分がその作品が好きなのか、その作品を観てどう感じたかを重視するようになるんじゃないでしょうか。
中村:そうですね。だから今回も、以前に自分が気にしていた絵を観させていただいたんです。今でもその作品や作家が持つ背景を知らないですし、それは音楽に対しても同じで。「自分がこの絵に対してどう感じているのか」を意識して作品に向き合うような感じですね。
美術館情報
- 『大塚国際美術館』
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「大塚国際美術館」は、徳島県鳴門市に位置する日本最大級の「陶板名画美術館」です。至宝の西洋名画1,000余点をオリジナル作品と同じ大きさに陶板で再現しています。四国や近畿からはもちろん、東京からも日帰りでお楽しみいただけます。
開館時間(休館日):9:30~17:00(入館券の販売は~16:00)まで
※休館日は月曜日(祝日の場合は翌日)、1月は連続休館あり、その他特別休館あり、8月無休
(※増税により変更する場合がございます)入館料:
一般 3,240円
大学生 2,160円
小・中・高生 540円
イベント情報
- 『中村佳穂 うたのげんざいち 2019 夏 in 京都』
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2019年6月30日(日)
会場:京都府 紫明会館
出演:中村佳穂+friends
料金:前売4,000円 当日4,500円(共にドリンク別)
※高校生以下は身分証明書提示で1,000円キャッシュバック、未就学児無料
- 『LIQUIDROOM 15th ANNIVERSARY 中村佳穂』
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2019年7月13日(土)
会場:東京都 恵比寿 LIQUIDROOM
出演:中村佳穂BAND+special guest
料金:前売4,000円 当日4,500円(共にドリンク別)
※高校生以下は身分証明書提示で1,000円キャッシュバック、未就学児無料
プロフィール

- 中村佳穂(なかむら かほ)
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「彼女が自由に歌うとき、この世界は輝き始める。」数々のイベント、フェスの出演を経て、その歌声、音楽そのものの様な彼女の存在がウワサを呼ぶ京都出身のミュージシャン、中村佳穂。ソロ、デュオ、バンド、様々な形態で、その音楽性を拡張させ続けている。ひとつとして同じ演奏はない、見るたびに新しい発見がある。今後も国内外問わず、共鳴の輪を広げ活動していく。2016年、『FUJI ROCK FESTIVAL』に出演。2017年、tofubeats『FANTASY CLUB』、imai(group_inou)『PSEP』、ペトロールズ『WHERE, WHO, WHAT IS PETROLZ?? -EP』に参加。2018年11月、2ndアルバム『AINOU』をリリース。2019年、『FUJI ROCK FESTIVAL』を含む全国各地の音楽フェスに出演予定。