鈴木康広と巡る台北『Very Fun Park』 日常にアートはなぜ必要?

近年、さまざまな雑誌やメディアで特集が組まれるなど、身近な旅先として注目を集めている台湾。その首都である台北で、2001年より街中にアート作品を展開してきたのが、富邦藝術基金会が主催するイベント『Very Fun Park』だ。「壁のない美術館」を掲げるこの取り組みでは、親しみあるアート作品との接点を増やすことで、台湾の人たちの「美」に対する感覚を刺激することが目指されている。

今回はそんな『Very Fun Park 2019』を、新鮮な感覚に満ちた作品で、国内外の展覧会や芸術祭に参加してきたアーティスト、鈴木康広とともに巡った。近いようで遠くもある台湾の地で行われているアートの試みは、鈴木の目にどう映るのか? 富邦藝術基金会のディレクターで、イベントを率いてきたヴィヴィアンこと熊傳慧との対話からは、アジアにおいてその土地らしいアートの姿を模索する、台湾と日本の共通点も見えてきた。

『VERY FUN PARK』は、観光に力点が置かれがちな日本の芸術祭とは、だいぶ違いますね。(鈴木)

—この対談に先駆けて、鈴木さんと『VERY FUN PARK』(以下、『VFP』)の会場を回らせていただきました。鈴木さんは今回で台湾を訪れるのが3度目とのことですが、ひさしぶりの台北の街はいかがでしたか?

鈴木:前回台湾を訪れたときから、さらに新しい建物が増えていて、いろんな時代の風景が混ざり合っていますよね。複数の時間が錯綜している都市にいる感じで、街を歩くこと自体をすごく楽しみました。

鈴木康広(すずき やすひろ)
1979年静岡県浜松市生まれ。日常のふとした発見をモチーフに記憶を呼び起こし共感を生み出す作品を制作。国内外の展覧会をはじめ、パブリックスペースでのコミッションワーク、大学の研究機関や企業とのコラボレーションにも取り組んでいる。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科准教授、東京大学先端科学技術研究センター中邑研究室客員研究員。

ヴィヴィアン:まさに台北では、この10年間ほど、都市をリフォームするという政策を進めてきたんです。当初は建物の外見だけを新しくして、内部は古いままという改修をしていたのですが、これは市民に不評でした。

最近は古い外観を活かしながら、内部を現代の生活に合わせる建物が増えています。富邦藝術基金会(以下、富邦)が運営するここ「Folioホテル大安」もそのひとつ。台北では、そんな「新しさ」と「古さ」の絡み合う経験があちこちで起きているんです。

鈴木:それはすごく感じました。街を歩いていると、自分の視点をどの時代に合わせればいいのかわからなくなるような感覚があって、ワクワクしましたね。

左から:鈴木康広、ヴィヴィアン(熊傳慧)。Folioホテル大安にて

—そんななか、『VFP』は信義区という、オフィスやショッピングモールが集まるエリアで展開されていました。東京でいえば丸の内に近い雰囲気ですね。

鈴木:日本のアートイベントの多くは、お祭り的な賑わいそのものを見せる傾向が強いと思うのですが、『VFP』の会場を回って感じたのは、あくまで日常のなかに作品を置いているということ。たとえば、オフィス街で働く人たちが昼食に出たとき、何気なくアート作品と出会ってしまう。そうした作りになっていましたね。

ヴィヴィアン:作品との偶然な出会いは、まさに我々が目指すものです。台湾はとても若い国で、アートの多様性はまだそれほどありません。アートとは、堅苦しい美術館でスポットライトを浴びているもの、というイメージがまだ強い。そのなかで、私たち富邦は2001年より『VFP』を開始して、アートを街中に出す試みをしてきました。

ヴィヴィアン(熊傳慧)

ヴィヴィアン:人がアートに会いに行くのではなく、アートが人に会いに行く。『VFP』は、よく芸術祭のひとつだと誤解されるのですが、そうではありません。これは、台北に暮らす人々に捧げたプレゼントのようなイベントなんです。アートとの距離を身近にすることで、台北の人たちの美に対するセンスを高めてほしい。それが私たちの願いなんです。

鈴木:外からの集客や観光に力点が置かれがちな日本の芸術祭とは、だいぶ違いますね。実際、『VFP』では場所と人の関係をあらためて媒介するような作品が多く選ばれていると感じました。

たとえば游文富さんの『微風・微風』や、エマニュエル・ムホーさんの『100 colors』のように、都市のなかに流れる風や空気を反映して、それを可視化する作品が印象に残りました。

エマニュエル・ムホー『100 colors』
游文富『微風・微風 / Breeze・Breeze』 写真提供:富邦藝術基金會

ヴィヴィアン:今回の『VFP』のテーマは「席、息相關」です。これは、「息がぴったり」という意味の「息息相關」をもじったもの。「息」と「席」は台湾では同じ発音をするんですね。さきほどの2つの風にまつわる作品はこの「息」から来たものですが、会場にはもうひとつの「席」という言葉に沿って、椅子をモチーフにした作品も多く並んでいます。

—実際に、游さんやムホーさんの風を可視化する作品には、道ゆく人たちがふと足を止めて、その動きを見ていました。それは、椅子の作品と同じように、慌ただしい都市空間のなかに一種のブランクを作り出しますね。ヴィヴィアンさんはこうしたアート作品に、どんな期待を持ってらっしゃるのですか?

ヴィヴィアン:私は、アートは広告よりも強い力を持っていると思うんです。富邦は台湾を代表する企業として、人々の美意識の向上のために強い責任感をもって活動をしてきました。ただ、企業がいくら広告で理想を提示しても、反応する人は少ないですよね。そうしたなかでアートには、押し付けがましい指導ではない、自然なかたちで何か大切なことを気づかせ、考えさせる力があると考えているんです。

常識の表と裏がひっくり返るような体験を、大勢が共有できるかたちで示す。それがパブリックアートの意味だと感じます。(鈴木)

—見る人から、何かを感じたり考えたりすることを自然に引き出す。これは鈴木さんの作品にも通じる感覚ですね。

鈴木:僕自身も作品を作ることを通して、場所や物事のあり方を再発見しているんです。たとえば『遊具の透視法』という作品では、夜のジャングルジムに、昼間遊んでいる子どもたちの姿を投影しました。元々これは、回転するジャングルジムに残像を映すというアイデアから生まれたのですが、この遊具が日本の公園からどんどん姿を消しているという状況と、映像が本質的にもつ「不在感」がリンクして観る人の記憶を喚起しました。

『遊具の透視法』(2001年) / 撮影:川内倫子

鈴木:こうした作品は都市の中で失われた記憶や過剰な安全基準で遊具が撤去されてしまう状況に対して、人の思考を促す媒介物でもあります。作品を見た人が、普段は考えないようなことも、作品を通してはじめて真剣に考えられるのかなと思います。

ヴィヴィアン:おっしゃる通り、アーティストは、自分のいる場所を再発見する視点を与えてくれる存在ですよね。富邦では、世界中からアーティストを招いて滞在制作をしてもらっているのですが、ある韓国人作家は、台湾の看板に画像が多く使われていることに驚いていました。外からの視点は、私たちにとっても刺激的ですね。

鈴木:同じものを見ても、人によってはまるで違うものを見ている。それは当たり前のことですが、その微妙な違いを話す場は生まれにくい。そんなときアーティストという異質な人がやってきて、常識の表と裏がひっくり返るような体験を、大勢が共有できるかたちで示す。それがパブリックアートの意味だと感じます。

台湾の人々は、いろんなカルチャーショックを受けながら、自分たちの向かう先を考えなければいけない。(ヴィヴィアン)

—『VFP』の会場では、イェッペ・ハインさんのユニークなベンチの作品などで楽しむ人の姿が見られました。鈴木さんも、『VFP』に訪れる前に台北の路上で人型の風船を飛ばす『空気の人』を実演して、通行人を惹きつけていましたね。お2人は公共空間における、作品への興味の入口の作り方をどう考えますか?

鈴木:自分の作品に人がすぐに反応できるのは、それが、いままで見たことがないものでありながら、一度は思ったことがあるものや、形態として自身との近さを感じやすいものだからだと思います。公共空間では、「アートだ」と思わせて逆に距離が生まれてしまうこともあり、なかなか作品を見てもらえない。入り口をどう作るのかが大事ですよね。

イェッペ・ハイン『與藝術互動—改良式社交椅 / Interact With Art - Modified Social Benches』 / 急な傾斜でなかなか自然には座れないベンチ

ヴィヴィアン:『VFP』は「壁のない美術館」というコンセプトを掲げていますが、「なぜこれがアートなのか」という説明に苦労してきました。アートはいまや、絵画や彫刻だけに限らないわけですが、多くの台湾の人々の考え方は昔のままです。

イェッペ・ハイン『與藝術互動—改良式社交椅 / Interact With Art - Modified Social Benches』 / 座面が円を描いているため、座っているというよりは囲まれてしまうベンチ

—とくに『VFP』は、まだ台湾に現代アートが根付く前から開催されていたわけで、苦労もたくさんされたでしょうね。

ヴィヴィアン:すごく難しかったですよ。とくに屋外作品の場合、ターゲットを限定することも、見る人が何を思うかもコントロールできません。作品設置にあたっては、行政機関の不理解に難儀することもあります。

解決策は、やり続けることだと思います。次の世代には、もっとアートへの理解が進むことを願っています。台湾の学校教育では、アートはこれまで古典的な学習内容が中心でした。これからは、もっと日常に根ざした美的センスを高めることが大事だと考えています。

鈴木自身の作品『空気の人』とともに、台北の街中を巡った
台北の街を行く人も『空気の人』には興味津々

—なぜそれほど人々の美意識を高めることが重要なのでしょうか?

ヴィヴィアン:台湾社会は複雑で、1945年(台湾が日本から中華民国に返還された年)の後に中国から来た人もいれば、元々台湾に住んでいた人もいます。多様な文化が混じった社会なので、我々は誰かという統一された意識がないですし、美に対する観念もバラバラです。『VFP』の多様な作品に触れる機会を増やすことで、自分たちの感覚を見つけてほしいのです。

鈴木:共感できるものでも、異質に感じられるものでも、とにかく何かに触れる機会がなければ、「自分らしさ」について考えることもできないということですね。そうした試みが生まれる台湾の状況は、僕には可能性の宝庫にも見えます。

ホン・イーの作品『拉長狗 B / Dog Elongate B』の前で

鈴木:日本では明治以来、アートのあり方を多く西洋に学んできた。でも、それが足かせになって、日本に本来あるべきアートのあり方を見失い続けてきた感覚があるんです。その視点から見ると、台湾には日本が向かうべきアートの姿が温存されていると感じました。

ヴィヴィアン:面白い話ですね。日本が欧米に憧れたころ、台湾はちょうど日本統治時代でした。台湾人は昔から楽観的でフレンドリーで、あらゆる文化を受け入れて生きてきた。

けれど、台湾の内部には、文化と価値観の衝突もあります。中国から来た人と台湾に元々いる人のそれぞれの文化、さらに日本文化の影響も混じって、料理で例えるとオードブルのような社会です。そんななかで、台湾の人々は、いろんなカルチャーショックを受けながら、自分たちの向かう先を考えなければいけません。

アジアはアートの新しい主流になれると思う。クラフトアートにそのヒントがあると考えています。(ヴィヴィアン)

—お2人の話を聞くと、現代アートの本場である西洋の外側にいる台湾と日本は、それぞれの土地にふさわしいアートの姿を、いま共通して考えていることが見えてきます。

ヴィヴィアン:私はこれからのアートは、虚構を追求するものと、リアリティを追求するものの、2つに極端に分かれると考えています。前者の虚構というのは、いわゆるデジタル時代の表現で、どの国でも同じ情報が得られるデジタル環境を土台にした表現です。いっぽう、リアリティを追求するのは鈴木さんのような方の表現で、自分の五感で感じたものを最大限に拡大し、観客に追体験させることで、私たちがいまいる環境のことを考えさせてくれます。

鈴木:僕は、まさにそうした視点を持ちたいと思っています。たとえば、台湾に来て強く感じるのは、やっぱりこの湿度なんですね。湿度は、建築の視点で見ると結露を発生させるもので、それはどうしても生まれてしまうものです。

同じように、いくら情報化や合理化が進んでも、異質な存在としてのアーティストの周辺には、そのギャップとして必ず「結露」が起こるんですよね。その結果、環境の湿度や気温、匂いにも似たローカリティーが新鮮なかたちで浮かび上がってくる。アーティストは、情報化できない状況に反応できる感覚や、それを表現する技術を、今後もっと探求していかないといけないと思います。

ヴィヴィアン:欧米が政治的に強い時代は、欧米のアートが主流で正統派とされてきました。でも、いろんな分野でこれからはアジアの時代と言われますね。台湾も日本も、ほかのアジアの国々でも、それぞれの歴史や文化から自然発生的に生まれるものが一番大事です。

とくに大切なのは、自分のことをよく知って、自分らしさを認めること。その土地の人々や街の様子を知って、自分なりのアートを作る。そうすれば、アジアにいろいろな風貌の作品がたくさん集まって、新しい主流になれると思う。私はクラフトアートのなかにそのヒントがあると考えています。

—クラフトでは、自ずとその土地のローカルな素材や技術が大切になりますからね。

鈴木:クラフトのローカルなものに、今後のもの作りのヒントがあるというのはその通りだと思います。これまで、日本では美術に限らず、極まった技術が芽生えました。『ファスナーの船』という作品をきっかけに知り合った、ファスナーの世界的な企業であるYKKの方から聞いたのですが、YKKのファスナーはあまりに開閉がなめらかで完璧なために、そのすごさになかなか気づいてもらえないそうです。インドではむしろゴリゴリと手ごたえのあるファスナーが好まれるとも聞きました。

『ファスナーの船』(2004年) / 『瀬戸内国際芸術祭2010』に出展

鈴木:何かの引っかかり、先ほどの言葉でいう「結露」のようなものがないと、人はものを考えはじめない。逆にローカルな「結露」と向き合い、それをどう受け入れたらいいのかを考えることで、アジアの人たちはアートとの新しい関わり方を見つけられるのではないかと思います。

ヴィヴィアン:似たようなエピソードがあります。このホテルは古い建物をリノベーションしたものですが、いまいるロビーの天井を抜いて吹き抜けにしたんです。でも、あまりに自然で誰も改装したことに気付かない。そこで、ある作家が吹き抜けの下にシャンデリアのオブジェを吊るして、上から来る自然光に人々の意識を向けさせたんです。

鈴木:(上を見て)本当だ! これは素晴らしいアイデアですね。

ヴィヴィアン:アーティストはそんな風に、自分のささやかな発見を、ユーモアのある物語に落とし込んでシェアしてくれます。作品のコンセプトをいくら言葉で説明しても、なかなか記憶に残らないけれど、物語があるとその体験は忘れられないものになる。そうした驚きを与えてくれるから、私もこの仕事が大好きなんです。

—交通手段の発達によって、台湾と日本の距離はますます近づいています。実際に僕たちも今回、朝の便で東京を発ち、午前中にはもう台北の街を歩いていました。日本のアートファンがまるで日本の地方に行くのと同じように、気軽に台湾を訪れる時代が来ていると思いますが、最後にそんな台湾を訪れる未来の旅行者に一言いただけますか?

ヴィヴィアン:台湾の現代アートシーンはまだ未熟ですが、この10年間、行政も民間もアートにすごく力を入れていて、いろんな場所にスペースやイベントが生まれています。『VFP』以外にも、若手や世界の人気作家が参加する展示やイベントが頻繁に開催されていて、もしアートを目当てに台湾を訪れるなら、飽きることのないいろんな体験ができるはずです。ご飯も美味しいですし、人もフレンドリーですし、ぜひ多くの人に台湾を訪れてほしいと思いますね。

鈴木:台湾は僕にとっても、来るたびにもう一度来たいと感じさせる場所です。とくに日本人にとっては、普段の日常と地続きの感じもありつつ、日本とは異なる風景や匂い、味を楽しむことができる。感覚がいつもより喜ぶ場所だと思うんです。

アートについていえば、欧米に倣ったものではない、街に住む人たちに寄り添った作品が模索されていたことが印象的でした。台湾は日本人にとって、アートって何だろうと真剣に考えさせてくれる場所でもあると思います。

イベント情報
『Very Fun Park 2019』

2019年3月19日~5月19日
会場:台湾 台北 信義エリア

プロフィール
鈴木康広 (すずき やすひろ)

1979年静岡県浜松市生まれ。2001年東京造形大学デザイン学科卒業。日常のふとした発見をモチーフに記憶を呼び起こし共感を生み出す作品を制作。国内外の展覧会をはじめ、パブリックスペースでのコミッションワーク、大学の研究機関や企業とのコラボレーションにも取り組んでいる。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科准教授、東京大学先端科学技術研究センター中邑研究室客員研究員。

ヴィヴィアン / 熊 傳慧 (しょう でんけい)

富邦藝術基金會Fubonartに2000年に入り、現在は統括ディレクターをつとめている。アートの存在する日常と現代アートの可能性を『Very Fun Park』を通して追求している。2012年、富邦藝術基金會は、台湾の芸術への貢献から台北文化賞を受賞。『Very Fun Park』に関連した、台湾のメディアへの出演やトークイベント、講座への登壇多数。

富邦藝術基金會Fubonart (ふーぼんあーと)

金融や通信を手掛ける台湾企業「富邦集団」が運営する現代アートを支援 / 展開する財団。「アートを生活に、生活をアートに」をテーマに、アートにまつわるイべント、講座、展覧会などを多数開催している。



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