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内藤礼×茂木健一郎 認識できないものがある世界、そこにいる幸福

内藤礼×茂木健一郎 認識できないものがある世界、そこにいる幸福

金沢21世紀美術館『内藤礼 うつしあう創造』
インタビュー・テキスト
杉原環樹
撮影:奥祐司 編集:宮原朋之(CINRA.NET編集部)

コロナ時代に長く過ごす場所をいかに美しく捉えるかが求められているけど、内藤さんはそれをずっとやっている。(茂木)

茂木:内藤さんの作品が持つ批評性は、その「徹底してありきたりな素材」にもあります。多くの美術作品は、どれだけ日常に溶け込んでいるようなものでも、じつは特殊な素材や高価な素材が使われている。しかし、内藤さんはビーズやガラスや紐など、初期から一貫して、本当にわれわれが身近で揃えられる「普通」の素材を使い続けている。

内藤:できるだけそうしたいと思っています。というのも、作品と呼んでいるもののなかで起きることは、自分の部屋のなかでも起きていると思うからです。アートというのは特別なものを使って、特別な技術で作られるもののことを言うとは思えないんです。

茂木:僕が今回、とくに惹かれた作品のひとつが、『光庭』という中庭で、垂れた2本の紐が交差する作品でした。あれも非常に普通の素材から作られているわけですが、そこには一種のカオス状態というか、紐同士がタッチするかしないかの微妙な関係がある。

茂木健一郎

内藤:あの懸垂曲線の作品は、動機としては、作為を離れるというところからきています。人はきっかけを作るところまで。重力や風が作るほんとうに美しいものを見たいと。あのリボンの動きを見ていて私が思うのは、部分と全体は分けられないんだなということ。そして、リボンと風と光もまた分けられない。

コンロの熱でその上にある紐が動く作品もそうだけど、人間にはまねができない動きだと思う。人間の心のなかにはあんな柔らかさもゆるやかさもない。だからこそ、人はそれを見るんだと思う。

2本だと、1本よりも予測できないことが起きます。風によるその動きを見ていると、人間はこうはなれないという憧れが芽生える。同時に落胆もする。なれないから、自然や動物を見るんだと思います。

内藤礼『精霊』2020年 / 『内藤礼 うつしあう創造』展示風景 金沢21世紀美術館 2020年 撮影:畠山直哉
内藤礼『精霊』2020年 / 『内藤礼 うつしあう創造』展示風景 金沢21世紀美術館 2020年 撮影:畠山直哉

内藤:作品って、「これで何かがわかります」ということではなく、いくつものことがそこにあるんですよ。それは時間を経て気づくこともあるし、これが何であると言えるものではなくて、見る人それぞれに私とは違うものが見えているんだと思う。

茂木:僕はあの作品が本当に好きで、今日は20分くらい見ていましたけど、2~3時間はいられますよ。(学芸員に向かって)あれはぜひ常設にしてください(笑)。

内藤:私も大好きで、じつは自宅のバルコニーにもリボンを吊っています。仕事をしながらそれが見えると、すごく落ち着く。そこでリボンと風と光が、ずっとなるようになっているから。

茂木:以前、内藤さんのスタジオで仕事ぶりを拝見したんですけど、わかりやすくしてしまうと、いまのステイホーム時代のアートを、コロナ禍よりずっと前から実践しているのが内藤さんですよね。アトリエのなかでいかに充実した生活をするのか。コロナ時代に長く過ごす場所をいかに美しく捉えるかが求められているけど、それをずっとやっている。

内藤:そんなに部屋を美しくしているわけじゃないけど……(苦笑)。

茂木:でも、あの紐の長さの選択とか、絶妙ですよ。子供も大人も飽きない。人間はなかなかああなれないとおっしゃったけれど、深い哲学的な思索に駆られます。

いまの言葉で言えばマインドフルネスですね。そして繰り返せば、もっとも純粋で美しい意味での日本の作品という感じがする。『枕草子』で、這っている稚児がホコリをつまんで大人に見せるのが可愛いという場面があるけど、あれはもう内藤礼じゃないですか。

内藤:たしかに、そうやって部屋で見つけたものを、作品として整えて会場に持ってきているだけかもしれない。

茂木:内藤さんの作品にある感性って、子供のころはみんながこころのなかに持っているものだと思うんです。寝ていて、ホコリを綺麗だなと思うとか、あるでしょう。

内藤:生や生気。そういうものの発見や回復ということはずっと考えています。人は、自分が本当に生きていることに対する心からの実感を持ちたいと思っているんだけど、そのことにも気がつかない場合が多いんじゃないか。絶対あるだろうに、蓋をしている。それは私自身もそうで、それを解放する時間を持ちたいから作品を作ったり見たりしているんだと思います。

茂木健一郎
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イベント情報

金沢21世紀美術館『内藤礼 うつしあう創造』
金沢21世紀美術館
『内藤礼 うつしあう創造』

2020年6月27日(土)~8月23日(日)

プロフィール

茂木健一郎(もぎ けんいちろう)

1962年東京都生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。〈クオリア〉をキーワードとして、脳と心の関係を探究している。著書に『脳と仮想』『東京藝大物語』『クオリアと人工意識』など。『IKIGAI―日本人だけの長く幸せな人生を送る秘訣―』は、著者が英語で執筆した最初の書籍となる。

内藤礼(ないとう れい)

美術家。1961年広島県生まれ、東京在住。1985年、武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。1991年、佐賀町エキジビット・スペースで発表した「地上にひとつの場所を」で注目を集め、1997年には第47回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展の日本館にて同作品を展示。主な個展に「みごとに晴れて訪れるを待て」(国立国際美術館、大阪、1995年)、「Being Called」(フランクフルト近代美術館企画、カルメル会修道院、フランクフルト、1997年)、「すべて動物は、世界の内にちょうど水のなかに水があるように存在している」(神奈川県立近代美術館 鎌倉、2009年)、「信の感情」(東京都庭園美術館、2014年)、「émotions de croire(信の感情)」(パリ日本文化会館、2017年)、「Two Lives」(テルアビブ美術館、2017年)、「明るい地上には あなたの姿が見える」(水戸芸術館現代美術ギャラリー、2018年)。パーマネント作品に《このことを》家プロジェクト「きんざ」(ベネッセアートサイト直島、2001年)、《母型》(豊島美術館、2010年)。

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