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山崎まどかが解説 ソフィア・コッポラの新作に見る「脱少女宣言」

山崎まどかが解説 ソフィア・コッポラの新作に見る「脱少女宣言」

『オン・ザ・ロック』
インタビュー・テキスト
松井友里
編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)

「誰かここから私を連れ出して欲しい。ソフィア・コッポラの描く少女たちは、閉ざされた空間の中でいつもそう訴えてきた」

コラムニストの山崎まどかは、映画『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』(2017年)に寄せて、ソフィア・コッポラ作品に登場する女性たちについて、そのように書いた。どんなに恵まれていても、どこにも行けず、一人ぼっちで甘く重たい蜜のような空気を胸いっぱいに溜めて、窒息しそうになっていた女性たち。では本作においては、どうだろうか?

ソフィア・コッポラが監督・脚本を務め、Apple Original FilmsとA24が製作を手掛けた新作『オン・ザ・ロック』。夫(マーロン・ウェイアンズ)の浮気を疑った妻のローラ(ラシダ・ジョーンズ)が、プレイボーイの父フェリックス(ビル・マーレイ)とともに、真っ赤なフィアットに乗って、ときにキャビアをかじりながら、魅惑的なニューヨークの街を舞台に、夫の浮気調査を行うという筋立ての本作は、ソフィア作品において繰り返されてきた「父と娘」のモチーフの変奏であるとともに、幸福と地獄が表裏一体の空間に置き去られてきた過去の少女たちを解き放つような作品にもなっている。山崎まどかに、本作、そしてソフィア・コッポラという作家の魅力について、たっぷり語ってもらった。

(メイン画像:『オン・ザ・ロック』 ©2020 SCIC Intl Photo Courtesy of Apple)

もう少女的な危うい感覚じゃない、ソフィアの「中年宣言」とも言える『オン・ザ・ロック』

―いろいろな見どころのある作品だと思いますが、山崎さんはどうご覧になりましたか?

山崎:過去のソフィアの作品とまったく違っていて、これまでソフィアの作品が好きじゃなかった人も、好きになれる作品だと思いました。まず、こんなに登場人物がお喋りする映画は、これまでのソフィアの作品になかったですよね。ソフィア自身もスクリューボールコメディを意識したそうですが、ニューヨークっぽい会話劇をやっていることがまず新しい。ソフィアはものすごくウィットの効いたセリフを書くっていうタイプではないですけど、俳優陣がコメディの上手な人たちだから、みんなが話しているのを聞いていて楽しいですよね。しかも、これはソフィア本人も言っていることですけど、ロマンティックコメディじゃなく、父と娘の話として描くところがソフィアっぽくて。

山崎まどか(やまさき まどか)<br>15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般 / アメリカのユースカルチャーをテーマにさまざまな分野についてのコラムを執筆。著書に『優雅な読書が最高の復讐である』『映画の感傷 山崎まどか映画エッセイ集』(DUブックス)、『ランジェリー・イン・シネマ』(リアルサウンドブック)等。
山崎まどか(やまさき まどか)
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般 / アメリカのユースカルチャーをテーマにさまざまな分野についてのコラムを執筆。著書に『優雅な読書が最高の復讐である』『映画の感傷 山崎まどか映画エッセイ集』(DUブックス)、『ランジェリー・イン・シネマ』(リアルサウンドブック)等。

―「父と娘」というのはソフィア・コッポラ作品でたびたび描かれてきたテーマですが、今回の作品における父と娘の関係性の描き方についてはどのように思われましたか。

山崎:ソフィア本人もそれについては意識したと思いますが、父親であるフランシス・フォード・コッポラとの関係が彼女の映画の原点になっていることを、あらためて考えさせられました。映画におけるソフィアの脚本家としてのデビュー作は、『ニューヨーク・ストーリー』(1989年)というフランシス・フォード・コッポラと、ウディ・アレンと、マーティン・スコセッシによるオムニバス映画の中の、『ゾイのいない人生』(フランシス・フォード・コッポラ監督作)という作品なのですが、これはニューヨークのホテルに住んでいる女の子の話なんです。

実は『エロイーズ』という有名な絵本があって、これもまさに忙しい母親を持つ女の子がプラザホテルに住んでいるという話なのですが、フランシス・フォード・コッポラは『エロイーズ』の版権を作者のケイ・トンプソンから買おうとして失敗しているんですよね。それで、代わりによく似た話をソフィアに書かせた。だから『ゾイのいない人生』って、ほとんど『エロイーズ』なんです。それ以降も「ホテルと父と娘」というのが、ソフィア自身の作品世界でも響いていて、『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年)にはパーク ハイアット 東京が出てきたし、『SOMEWHERE』(2010年)も父と娘の話で、ロサンゼルスのホテル、シャトー・マーモントが舞台。今回も途中でメキシコのリゾートホテルに行くシーンがありましたよね。だから今回の作品は、彼女にとっての「父と娘とホテル」完結編と言えるんじゃないでしょうか。

『オン・ザ・ロック』 ©2020 SCIC Intl Photo Courtesy of Apple<br>あらすじ:ニューヨークを舞台にしたコメディー作品。結婚生活に疑いを持つローラ(ラシダ・ジョーンズ)が稀代のプレイボーイである自分の父親フェリックス(ビル・マーレイ)と共に夫ディーン(マーロン・ウェイアンズ)を尾行することになり、2人はやがて自分たち父娘の関係についてある発見をすることになる。
『オン・ザ・ロック』 ©2020 SCIC Intl Photo Courtesy of Apple
あらすじ:ニューヨークを舞台にしたコメディー作品。結婚生活に疑いを持つローラ(ラシダ・ジョーンズ)が稀代のプレイボーイである自分の父親フェリックス(ビル・マーレイ)と共に夫ディーン(マーロン・ウェイアンズ)を尾行することになり、2人はやがて自分たち父娘の関係についてある発見をすることになる。

―「完結編」とおっしゃるのはなぜですか?

山崎:これまでソフィアが描いてきた父と娘の関係というと娘の側が少女なんですけど、それが今回は大人の女性だというのが大きいと思います。彼女は今まで、父親や夫といった男たちに置いてきぼりにされる話を書いてきましたが、今回は置いてきぼりにされる女の子じゃなくて、自ら動く女性を描いています。かつて自分を孤独に追いやった父親と冒険して、娘が父親ときちんと対峙しますよね。

私は『オン・ザ・ロック』って、ソフィアのこれまでの映画よりも、ノア・バームバック(2012年『フランシス・ハ』などで知られるアメリカの映画監督)が中年期になってから撮った、『マイヤーウィッツ家の人々』(2017年)や『ヤング・アダルト・ニューヨーク』(2014年)に近いように感じるんです。この作品は、ソフィアの「中年宣言」だなって。これからは少女的な危うい感覚じゃないところで、ものを作っていくという意識が表れている感じがします。

―中年という、人生の新しい季節に差し掛かっていくことと、どのように折り合いをつけていくかという要素も含まれていましたね。

山崎:大人になるのって、20代、30代といろんな段階がありますよね。ローラは「私は39歳までまだ数か月ある」と言っていましたが、40代はまた一つ大人になっていく年齢だし、その先にある大人の豊かさを見せていくような感覚がありました。

―ローラはもう少女ではないけれども、現在の父や夫との関係においても、かつて少女であった頃が39歳を目前にした現在にも響いていて、そんな少女期にケリをつける話であるように思えましたが、そうしたヒロインはソフィア作品において新しいなと思いました。

山崎:主演のラシダ・ジョーンズの存在も大きい。『ロスト・イン・トランスレーション』で脚本を初めて演劇学校の学生たちに読んでもらったとき、ヒロイン役を演じたのがラシダだったという話です。その頃から、ソフィアはラシダをヒロインに起用したかったんだと思います。それが今回実現したわけですけど、やっぱり、ラシダ・ジョーンズもクインシー・ジョーンズ(アメリカのジャズミュージシャン、音楽プロデューサー)の娘で、ソフィアと同じく「偉大な父の娘」なんですよね。

今回ビル・マーレイが演じるお父さんはプレイボーイですけど、これってフランシス・フォード・コッポラにはあまりない要素で、むしろクインシー・ジョーンズの影を感じるんです。ラシダは2018年にクインシーのドキュメンタリーを自分で監督していて、きっと彼女との間に個人的なことも色々あったと思うけれども、音楽に身を捧げていくプロとして父親を描いています。「父を描く娘」ということでも、すごく響き合っているなと思いました。

ラシダ・ジョーンズ(中央)とビル・マーレイ(右)に演出をするソフィア・コッポラ(左) / 『オン・ザ・ロック』 ©2020 SCIC Intl Photo Courtesy of Apple
ラシダ・ジョーンズ(中央)とビル・マーレイ(右)に演出をするソフィア・コッポラ(左) / 『オン・ザ・ロック』 ©2020 SCIC Intl Photo Courtesy of Apple
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作品情報

『オン・ザ・ロック』
『オン・ザ・ロック』

2020年10月2日(金)から全国公開、10月23日(金)からApple TV+で配信

監督・脚本:ソフィア・コッポラ
出演:
ビル・マーレイ
ラシダ・ジョーンズ
マーロン・ウェイアンズ
上映時間:97分
配給:東北新社、STAR CHANNEL MOVIES

プロフィール

山崎まどか
山崎まどか(やまさき まどか)

15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般 / アメリカのユースカルチャーをテーマにさまざまな分野についてのコラムを執筆。著書に『優雅な読書が最高の復讐である』『映画の感傷 山崎まどか映画エッセイ集』(DUブックス)、『ランジェリー・イン・シネマ』(リアルサウンドブック)、共著に『ヤングアダルトU.S.A.』(DUブックス)、翻訳書にレナ・ダナム『ありがちな女じゃない』(河出書房新社)等。

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