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山崎まどかが解説 ソフィア・コッポラの新作に見る「脱少女宣言」

山崎まどかが解説 ソフィア・コッポラの新作に見る「脱少女宣言」

『オン・ザ・ロック』
インタビュー・テキスト
松井友里
編集:久野剛士(CINRA.NET編集部)

どんなに美意識や財力があっても、女の人たちが好むものって、「表現」として真剣に受け取られないところがありました。

―今回山崎さんの中で特に印象に残っているのはどのシーンですか?

山崎:ビル・マーレイの役はアートディーラーという設定でしたが、象徴的だと思ったのが、彼がサイ・トゥオンブリー(アメリカの画家、彫刻家、2011年に逝去)の絵が欲しくて、アッパーイーストにあると思われるお金持ちの顧客の家のパーティーに娘と行くシーンです。ビル・マーレイがラシダを連れて、そのお家の廊下の奥に飾ってあるモネの絵をこっそり見せる場面に、凄味を感じました。そのモネも綺麗に撮られているんじゃなくて、比較的薄暗い自然光で撮られていて、飾られている壁の色ともマッチしているし、嘘じゃない上流階級の感じがする。クレジットを見たら、あのモネは個人所蔵のようなので、もしかしたらロケで使われたお家に本当に飾られているものかもしれません。

あのシーンは、父親の美意識を物語っていますよね。彼には彼の世界がある。それを娘に見せて、分かち合いたいと思っているんです。あれがなかったら、彼はただのプレイボーイで嫌な奴に見えるかもしれない。同時に、アメリカにおいて印象派がどのように受容されたかについても、すごく考えさられせるシーンでした。アメリカであれだけ印象派が広がったのは、メアリー・カサット(アメリカの画家、版画家)のような女性画家の存在もあるんですけど、ああいうお金持ちの人たちが好んで部屋に飾るために買ったんですよね。

―なるほど。

山崎:新しくて美しいものが好きな女の人たちが、印象派の絵を買って家に飾って見せることによって、印象派に対する人々の意識がちょっとずつ変わっていったんです。ただ一方で、どんなにセンスや財力があっても、女の人たちが好んで選ぶ作品って、真剣に受け取られず、過小評価されるところがあったと思うんですよ。彼女たちの表現や美意識の発露としては認められなかった。言ってみれば、ソフィアもそうあってもおかしくなかった女性で。彼女も恵まれたお嬢さんだし、センスがよくて、文化資産に恵まれていて、ちょっと写真を撮ったり、服のデザインをかじったりしていても、みんな最初は彼女のことをアーティストとしてそんなに真剣に扱っていない雰囲気があったと思うんです。でも、あのシーンに象徴されるような場所に留まらず、彼女は自分にしか撮れない映画を撮ってきた。そういうソフィア自身とのつながりを感じさせるシーンだったと思います。

ローラ(ラシダ・ジョーンズ)と、夫ディーン(マーロン・ウェイアンズ)/ 『オン・ザ・ロック』 ©2020 SCIC Intl Photo Courtesy of Apple
ローラ(ラシダ・ジョーンズ)と、夫ディーン(マーロン・ウェイアンズ)/ 『オン・ザ・ロック』 ©2020 SCIC Intl Photo Courtesy of Apple

もっと綺麗な街はほかにもあるけれど、どんな監督が撮ってもニューヨークは街が主役になるんです。

―映画の監督作としては、ソフィア・コッポラがニューヨークを舞台にするのは初めてでしたが、ニューヨークを舞台にした映画としてはどのようにご覧になりましたか?

山崎:私はニューヨークが舞台だと、それだけで点が甘くなるところがあるんですよね。

―映画の舞台としてのニューヨークに、山崎さんが惹かれるのはどうしてでしょう。

山崎:ニューヨークという街自体が好きだし、なおかつ、あそこはコンパクトなので、今回ソフィアが撮っていた場所も、観ればどこかがすぐにわかるんです。そういうこじんまりした部分が魅力だと思うし、レナ・ダナム(2010年『タイニー・ファニチャー』などで知られるアメリカの女優、映画監督)も言っていたんですけど、こんなに映画映えする都市はほかにないと思うんです。荒んだニューヨークも、ソフィアが描いたような豊かな世界も、どう撮っても絵になって、『オン・ザ・ロック』も、父と娘の映画であり、ソフィア・コッポラの映画でありながらも、やっぱりニューヨークの映画なんですよ。もっと綺麗な街はほかにもあるけれど、どんな監督が撮っても街が主役になる。そこがすごく不思議だし、面白いなと思います。

―本作でも象徴的な場所がたくさん映されていました。

山崎:時期が時期なので、いろいろなことを考えさせられるところもあって。クラシカルで豊かなニューヨークがいっぱい出てきますが、そういうものがコロナの影響で失われたタイミングで、この映画は公開されることになったんですよね。ニューヨークはこれまでの歴史でも、いろんなことがあるたびに蘇ってきたけれど、そのたびに同じ街ではいられなくて。パンデミックによって、この数か月で世界が変わってしまって、ソフィアがこのとき撮ったニューヨークはこのままの形では残っていないということを、すごく感じました。だから余計にノスタルジックできらきらして見えるんです。でもそれこそがとてもニューヨーク的だと感じます。

―常になにかが損なわれて変わっていくことが、ニューヨークらしさであると。

山崎:フィッツジェラルドの有名なエッセイで、車を飛ばしているときにふと、たった今が頂点で、この先これ以上幸せになることはないと感じた瞬間について書かれた文章がありますが、そうした只中にいながら失っていく感覚を、あの映画のニューヨークにもすごく感じるんです。

父と娘が赤いフィアットのオープンカーに乗って、探偵ごっこを楽しむシーンがありますけど、警官に呼び止められたときに、ビル・マーレイが「君のお父さんを知っているよ」と仲よくなって見逃してもらいますよね。いまの時点だと、警官とのこうした関係についても、すごく複雑な思いを持つ人が大勢いると思うんです。ああいう場面でジョークを言うことが今は許されなくなっていると思うから、あんな描かれ方はもうしないと思います。

映画『オン・ザ・ロック』予告

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作品情報

『オン・ザ・ロック』
『オン・ザ・ロック』

2020年10月2日(金)から全国公開、10月23日(金)からApple TV+で配信

監督・脚本:ソフィア・コッポラ
出演:
ビル・マーレイ
ラシダ・ジョーンズ
マーロン・ウェイアンズ
上映時間:97分
配給:東北新社、STAR CHANNEL MOVIES

プロフィール

山崎まどか
山崎まどか(やまさき まどか)

15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般 / アメリカのユースカルチャーをテーマにさまざまな分野についてのコラムを執筆。著書に『優雅な読書が最高の復讐である』『映画の感傷 山崎まどか映画エッセイ集』(DUブックス)、『ランジェリー・イン・シネマ』(リアルサウンドブック)、共著に『ヤングアダルトU.S.A.』(DUブックス)、翻訳書にレナ・ダナム『ありがちな女じゃない』(河出書房新社)等。

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