
柄本明×松井周 「わかる」より「わからない」ほうがずっといい
Sky presents『てにあまる』- インタビュー・テキスト
- 島貫泰介
- 撮影:池野詩織 編集:川浦慧(CINRA.NET編集部)
主演・藤原竜也、そして柄本が演出と出演を担い、松井周が劇作する『てにあまる』は、いびつで奇妙な父子の共同生活と、そこから生じる複雑な人間関係を描く期待の作品だ。
まもなく稽古が始まる同作を前に(本インタビューは11月上旬に実施)、柄本と松井の対談に立ち会う機会を得て作られたのがこの記事だが、読み進めていただければわかるように、なんとも不思議で軽妙洒脱なやりとりが交わされている。キーワードは「わからないこと」と「本当と嘘」。それらは、虚構をあたかも現実のように演じる演劇の本質に触れる言葉のようでもあるが、例えばフェイクニュースやポストトゥルースといった言葉に象徴される現代社会を暗示するものでもあるだろう。
いまはかつてなく多くの人たちが迷い、困惑する時代だ。そんな時代に行われた、約1時間の対話をお届けする。
「わかる」ってことはないんだよ。この本も、どんな本も。(柄本)
―今日、はじめての台本の読み合わせをされたと聞きました。キャストのみなさんで集まってみていかがでしたか? 声に出してみることでわかることもあるのではないかと。
柄本:いやあ、わからないですよ。自分はどの仕事でもわりと同じスタンスなんだけど、わからないです。でも、それは「わかる」よりもずっといい。むしろわかったらちょっと困ってしまうっていう感じかな。
―わからないほうがいい……?
柄本:すみませんね。こんな言い方でね。
松井:柄本さんの「わからない」っていう言葉が本当に面白いと僕は思うんですよ。今日の、俳優のみなさんが読んだときの困惑した感じは、たぶん迷路の入り口に立ったようなもので、それって戯曲を書いた側からするときもちのいいものなんですよ。「どうぞゆっくり味わってください」という嬉しさがある(笑)。
―ひと足先に台本を読ませていただいたんですけど、物語の底を流れる後ろめたいグルーヴ感に打たれました。それは自分も男だからかもしれないですけど。
柄本:「男だから」っていうのは?
―これは父親と息子の話ですよね。2人はとある事情で反目しあっているけれど、共通の暴力的な感覚を持っているらしく、そこから逃れ難いところがある。その暴力の重力みたいなものが、ちょっとわかってしまうんですよね。
松井:舞台の上にあらわれる物語とは別に、隆彦(柄本が演じる父親)が象徴してる野蛮さに、僕は例えばトランプ米大統領的なものを重ねて発想してるところがあるんです。本音で言ってしまったら「人間も動物も豚も虫も全部一緒だよ」みたいな感覚の持ち主と、それでもリベラル的な冷静な視点で話をしようとする人たちとの溝。
その絶対に溶け合わない、混ざらない様子は、現実を反映していると思う。だから、この感覚が男である自分のなかにもちょっとある、っていう話にハッとさせられますね。
―ということは、書いてるうちに今みたいなかたちが出来上がっていったのでしょうか?
松井:そうですね。最初はもっとマイルドに書いてたんですけど、柄本さんと話を重ねているなかで「もっといっちゃっていいんじゃない? リアリティーって言葉に囚われて、ブレーキをかけないで書いて欲しい」と言われたんです。そこからですね。きちんと「悪」である人物を描こうと。

松井周(まつい しゅう)
1972年生、東京都出身。劇作家・演出家・小説家・俳優。2007年に劇団「サンプル」を旗揚げする。2017年『ブリッジ』(作・演出)をもって解体し、2018年より個人ユニット・サンプルとして再始動。2010年には蜷川幸雄率いるさいたまゴールド・シアターにて、『聖地』を書下し、同年『自慢の息子』(2010)で「第55回岸田國士戯曲賞」を受賞。2018年に同作品でフェスティバル・ドートンヌ・パリに参加した。近年の作品に『レインマン』(2018年 / 作・演出)、『ビビを見た!』(2019年 / 上演台本・演出)、inseparable『変半身(かわりみ)』(2019年 / 共同原案:村田沙耶香作・演出)など。
柄本:そんなこと言ったかなあ。わからないなあ。
松井:「これって全部嘘かもしれないよ」って話もありました。真実の告白、なんて台詞があったとしても、それは全部嘘である可能性だってあるでしょう、って。
柄本:(突然の真顔)嘘だから「これ、本当の話ですよ?」って、言えるんだよ……人間ってやつはさ、そういうことを普通にするしね。(さらに真顔)「いや、これ、言っちゃだめよ、絶対に言わないでね……あのね?」とかさ。嘘だから話せてるんだよ。
―(沈黙)
柄本:……つまり人間がそもそも持ってるなにかだよ。聞いてる側も人間だから、思わず「うん」なんて相槌打ってしまうけど、どこかでそれが嘘だともわかってる。潜在的に。つまりさ、本当か嘘かってことが問題じゃなくて、もっと別のところに本質的な問題があるんだよ。人間ってさ。

柄本明(えもと あきら)
1948年11月3日東京都生まれ。「自由劇場」を経て1976年に劇団「東京乾電池」を結成し、座長を務める。近年の出演作品には『ある船頭の話』、(2019年 / オダギリジョー監督)、自身が演出を務めた舞台『ゴドーを待ちながら』の稽古場を記録したドキュメンタリー『柄本家のゴドー』(2019年 / 山崎裕演出)。2011年「紫綬褒章」、2019年「旭日章」受勲。2011年「芸術選奨文部科学大臣賞」、2015年「第41回放送文化基金賞」番組部門「演技賞」受賞。
松井:演技ってものこそがじつは人間の本質なんだ、ってことなんでしょうね。嘘をつきたくなくても嘘ついちゃうのが人間の感覚かもしれないと僕も思います。
柄本:流れのなかで嘘をつく羽目になっちゃったりね。言わなきゃいいのにさ。例えば、失敗した人に向かって「大丈夫だよ、俺なんかさあ」とか言っちゃうじゃない。そんな経験したこともないのにさ。
松井:そうそうそう! まったく同じ経験なんてありえないのに、なにを比べてんだ、ってときありますよね。
柄本:だから「わかる」ってことはないんだよ。この本も、どんな本も。そして演劇ってもの自体もわりと、「わかる」ってことではないことでできてるんじゃないか、って気がしますねえ。
イベント情報

- Sky presents『てにあまる』
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脚本:松井周
演出:柄本明
出演:
藤原竜也
高杉真宙
佐久間由衣
柄本明東京公演
2020年12月19日(土)~2021年1月9日(土)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 プレイハウス佐賀公演
2021年1月16日(土)、1月17日(日)
会場:佐賀県 鳥栖市民文化会館 大ホール大阪公演
2021年1月19日(火)~1月24日(日)
会場:大阪府 新歌舞伎座愛知公演
2021年1月26日(火)、1月27日(水)
会場:愛知県 刈谷市総合文化センター大ホール三島公演
2021年1月30日(土)、1月31日(日)
会場:静岡県 三島市民文化会館・大ホール
プロフィール
- 柄本明(えもと あきら)
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1948年11月3日東京都生まれ。「自由劇場」を経て1976年に劇団「東京乾電池」を結成し、座長を務める。近年の出演作品には『ある船頭の話』(主演)、(2019年 / オダギリジョー監督)、自身が演出を務めた舞台『ゴドーを待ちながら』の稽古場を記録したドキュメンタリー『柄本家のゴドー』(2019年 / 山崎裕演出)。2011年「紫綬褒章」、2019年「旭日章」受勲。2011年「芸術選奨文部科学大臣賞」、2015年「第41回放送文化基金賞」番組部門「演技賞」受賞。
- 松井周(まつい しゅう)
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1972年生、東京都出身。劇作家・演出家・小説家・俳優。2007年に劇団「サンプル」を旗揚げする。2017年『ブリッジ』(作・演出)をもって解体し、2018年より個人ユニット・サンプルとして再始動。2010年には蜷川幸雄率いるさいたまゴールド・シアターにて、『聖地』を書下し、同年『自慢の息子』(2010)で「第55回岸田國士戯曲賞」を受賞。2018年に同作品でフェスティバル・ドートンヌ・パリに参加した。近年の作品に『レインマン』(2018年 / 作・演出)、『ビビを見た!』(2019年 / 上演台本・演出)、inseparable『変半身(かわりみ)』(2019年 / 共同原案:村田沙耶香作・演出)など。