
毛利悠子が思う「創造パンデミック」緊急時こそクリエイティブに
Ginza Sony Park- インタビュー・テキスト
- 島貫泰介
- 編集:石澤萌(CINRA.NET編集部)
銀座の地下に広がる「Ginza Sony Park」は、これまでにもバラエティ豊かなイベントやプロジェクトを行ってきた、都市のオルタナティブスペースだ。しかしながら、今年はじめからのコロナ禍で同所もクローズ状態に突入し、長い空白の時間を経験することになった。
そんな中で突然開催が発表されたのが『SP. by yuko mohri』というプロジェクト。現代美術家の毛利悠子が、この場所を期間限定のスタジオとして活用し、作品制作のための実験場としてGinza Sony Parkを再活性化させようというのだ。プロジェクトは8月26日で終了したが、約1か月の期間中、山本精一、鈴木昭男、大友良英ら音楽家とのセッションなど、さまざまな試みが行われた。
同プロジェクトを終えた毛利は、その経験から何を発見し、何を得たのだろうか?
※この取材は、2020年9月上旬にオンライン上で実施しました。
公園でダンスの練習をする感じで、Ginza Sony Parkを制作スタジオとして使わせてもらおうと思ったわけです。
―Ginza Sony Parkでのプロジェクト『SP. by yuko mohri』(以下、『SP.』)のステートメントに印象的な一節があります。「今まで組み上げてきた大きな構造も、枠組みも、すべて液状化した。……というか液体になった」。これは明らかにコロナ禍を受けての言葉ですが、毛利さんはこの1年をどんな風に過ごしてきたのでしょう。
毛利:本来であれば、今年の予定は人生の中で一番過密なはずだったんです。自分にとって大切な企画が世界中にあって、できれば自分が3人ぐらいいてほしい……というぐらいだったんだけど、その全部がコロナで中止になるか延期するかで、ぽっかりと時間が空いてしまった。正直に言えば、それにほっとしたところもあったりもしました。
そんなタイミングでGinza Sony Parkでのイベントを企画している方から『SP.』の発端になる1本の電話を5月頃にもらったんです。それがけっこう不思議な電話で(笑)。

毛利悠子(もうり ゆうこ)
美術家。磁力や重力、風や光など、目に見えず、触れることもできない力と、日常のありふれた素材との出会いが生む表情にフォーカスしたインスタレーションを制作。偶然性や想定外のエラーといった、制作者の意図を超える要素を積極的に取り込む作品は、展示環境全体の情報を観察、計測する自律的な回路を備えた独自の生態系にも喩えられる。

『SP. by yuko mohri』は多くの来場者を誘致する展覧会でも、公開制作でもありません。ここで生まれた作品は、後日何らかの形でご覧いただくことを予定しております。
(『SP. by yuko mohri』公式サイトの注釈より)
―どんな不思議が?
毛利:コロナの影響でGinza Sony Parkも夏以降の予定がまったく見えていないと。でも何かしらアクションをしたいと探っていて「(毛利さんは今の世の中を)どう思う?」っていう、お悩み相談的な電話。「何で私に?」って感じなんだけど、これってけっこう大きな質問だなと受け止めて、何ができるか、何を一緒にできるかを真剣に考え始めたんです。
―企業にしてもスペースにしても、コロナにどうリアクションするか、というのは大きい問いですよね。
毛利:そう、それは私にとっても同じで。この数年間ずっと制作やプロジェクトに突っ走ってきたから、この突然ストップした時間の中でまずはこれまでの作品の手直しや検討をしたいと思いました。
例えば2018年の十和田市現代美術館での個展で作った回転スピーカーの作品は、5か月間回し続けた結果、機械が磨耗してしまって耐久性がないことが分かっていたから作り直さなきゃ、とか。
毛利:そういう点検や検証の場として、Ginza Sony Parkを使わせてもらおうと思ったわけです。つまり制作スタジオとして。中国だと公園(パーク)でダンスの練習をしたり、習字の練習をする人っているじゃないですか。そんな感じで。
―中国圏の人は、公園を自分の庭、スタジオのように使ってますよね。
毛利:もう一つ、この時期の個人的な課題としてあったのが、社会や生活様式の変化に対して、私が普段やっているようなある種インタラクティブな作品作り、体験性を重視したインスタレーション制作はしばらく不可能になるだろうということでした。
私自身のこれまでの方法論は、展示する場所を何度も下見して、そこで得たインスピレーションからリサーチや制作を始めるというものだったけど、パンデミックによってこれまでのようにどこへでもひょいひょい行けるような状況ではなくなるだろうから、新しいメソッドを見つけることが重要になってきます。
―たしかに、異なる文化圏との関わり合いの中で活動しているアーティストにとっては、コロナによる移動の困難は死活問題ですね。
毛利:ちょうど2、3月頃、コロナが拡大していく過程で、サンパウロ、ミラノ、ロンドンを経由して東京に戻ってきたんだけど、その経験も大きかったです。いまやブラジルは大変なことになっているけれど、そのときはまさか海を越えて南米大陸にウイルスがやってくるとは誰も思ってなくて、みんな陽気でした。キス&ハグの濃厚接触も普通にあって(苦笑)。
そのあとにイタリアに飛ぶと、日に日にアジア人への目線が厳しくなっていって、イタリア語はぜんぜん分からないけど、朝のニュースでとにかく「COVID-19、COVID-19」と放送してる。美術館や博物館も次々とクローズしてしまうし。それで予定を切り上げてロンドンに向かったら、今度は「マスクしてるんだ? 何で?」と、のんびりした感じ。
―たしかに、今年の初めはそんなのんびりした空気がありましたね。もはや遠い昔のようです……。
毛利:そういう国ごとの変化も肌で感じたからこそ、Ginza Sony Parkが与えてくれた、じっくり腰を据えて1か月間制作できる機会はとてもありがたかったんです。
イベント情報
- 『SP. by yuko mohri』
-
2020年7月20日(月)~8月26日(水)
会場:Ginza Sony Park
プロフィール
- 毛利悠子(もうり ゆうこ)
-
美術家。磁力や重力、風や光など、目に見えず、触れることもできない力と、日常のありふれた素材との出会いが生む表情にフォーカスしたインスタレーションを制作。偶然性や想定外のエラーといった、制作者の意図を超える要素を積極的に取り込む作品は、展示環境全体の情報を観察、計測する自律的な回路を備えた独自の生態系にも喩えられる。主な個展に、「ただし抵抗はあるものとする」十和田市現代美術館(2018年)、「Voluta」カムデン・アーツ・センター(ロンドン、2018年)ほか、「現在地:未来の地図を描くために」金沢21世紀美術館(2020年)、「100年の編み手たち-流動する日本の近現代美術」東京都現代美術館(2019年)、「Japanorama: New Vision on Art Since 1970」ポンピドゥ・センター = メッス(フランス、2017年)など、グループ展への参加多数。また、「ウラル・インダストリアル・ビエンナーレ」(ロシア、2019年)、「アジア・パシフィック・トライアニュアル」(オーストラリア、2018年)、「リヨン・ビエンナーレ」(フランス、2017年)、「コーチ = ムジリス・ビエンナーレ」(インド、2016年)など、国際展への参加多数。