インタビュー

美術の現場から研究者に訊く ハラスメントのない組織運営の実践

美術の現場から研究者に訊く ハラスメントのない組織運営の実践

インタビュー・テキスト
杉原環樹
撮影:豊島望 編集:宮原朋之、後藤美波(CINRA.NET編集部)

大阪のクリエイティブセンター大阪で、言葉に溢れた現代における「沈黙」をテーマとした企画展『沈黙のカテゴリー』が3月28日まで開催されている。

本展の大きな特徴は、特設サイトや広報物のデザイン、あるいは入場券として配布される冊子「ブループリント」に掲載された論考や詩、解説まで、通常は展覧会の「周縁」に位置付けられるあらゆる要素を、会場の展示作品と同じように扱っている点だ。背景には、昨今の美術業界における組織運営やハラスメントの問題に対する、布施琳太郎の危機意識がある。

そこで今回は、布施とともに、大妻女子大学の田中東子を訪問。メディア文化論やフェミニズムを専門とし、インターネットと女性たちの文化実践との関係にも詳しい田中に、布施が本展を機にめぐらせたさまざまな疑問や思考をぶつけた。二人の対話は、アートや文化にかぎらず、組織運営に関わるすべての人たちにいくつもの視座を与えてくれる。

SNSにおいて進む「言葉の単純化」への危惧や、「個」を確立することの難しさ

布施:いま、大阪で『沈黙のカテゴリー』という企画展を開催しています。この展覧会の準備期間に美術業界でさまざまなハラスメント問題が露わになったことを受け、作品の枠組みや組織運営に関わる実験を行うことになりました。それと並行してこの一年ほど、フェミニズムに関して少しずつですが勉強をしました。今日は同展についてというより、その準備のなかで考えたいろいろな疑問を、著書を通して知った田中さんにぶつけ、学びたいと思っています。

最初に、とても基本的なことなのですが、「男女」と「ジェンダー」という言葉にはどのような違いがあるのでしょうか? たとえば、『あいちトリエンナーレ2019』では、出品作家の「ジェンダー平等」の取り組みが話題になりました。ここでは「ジェンダー」という言葉が使われていましたが、実際のデータを見ると「男女」のバランスを取る試みに思えます。この試みの重要性はもちろん理解しているのですが、あらためて、両者の違いについて確認したいと思いました。

布施琳太郎(ふせ りんたろう)<br>アーティスト。1994年生まれ。2017年東京藝術大学美術学部絵画科(油画専攻)卒業。現在は同大学大学院映像研究科後期博士課程(映像メディア学)に在籍。iPhoneの発売以降の都市において可能な「新しい孤独」を、情報技術や文学、そして洞窟壁画をはじめとした先史美術についての思索に基づいた作品制作、展覧会企画、テキストの執筆などを通じて模索、発表している。主な展覧会企画に『iphone mural(iPhoneの洞窟壁画)』(BLOCK HOUSE、2016)、『The Walking Eye』(横浜赤レンガ倉庫、2019)、『余白/Marginalia』(SNOW Contemporary、2020)、『隔離式濃厚接触室』(ウェブページ、2020)など。『美術手帖』や『現代詩手帖』、各種ウェブメディアに寄稿多数。
布施琳太郎(ふせ りんたろう)
アーティスト。1994年生まれ。2017年東京藝術大学美術学部絵画科(油画専攻)卒業。現在は同大学大学院映像研究科後期博士課程(映像メディア学)に在籍。iPhoneの発売以降の都市において可能な「新しい孤独」を、情報技術や文学、そして洞窟壁画をはじめとした先史美術についての思索に基づいた作品制作、展覧会企画、テキストの執筆などを通じて模索、発表している。主な展覧会企画に『iphone mural(iPhoneの洞窟壁画)』(BLOCK HOUSE、2016)、『The Walking Eye』(横浜赤レンガ倉庫、2019)、『余白/Marginalia』(SNOW Contemporary、2020)、『隔離式濃厚接触室』(ウェブページ、2020)など。『美術手帖』や『現代詩手帖』、各種ウェブメディアに寄稿多数。

田中:「男女」というと、性別は二つに限られてしまいますが、「ジェンダー」というのはもともとそうした二種類の性別しかないという認識を壊し、批判的に考えるために導入された言葉です。なので、本来は「ジェンダー」というときは、「女」と「男」だけに限られないそのほかさまざまな性を含みます。さらに、「ジェンダー」は、社会的・文化的に構築された性や性的関係のことを示す言葉でもあります。ただ、言葉は使われるうちに単純化され、本来の意味を失ってしまうことがあるんですよね。

たとえば、いまジェンダーの問題というと、女性や性的マイノリティの問題であるかのように受け取られる傾向がありますが、実際は男性も含めてすべての性に関わる問題です。この言葉を使うときは、きちんと個別の文脈を深掘りし、性の二元論に陥らないようにすることが重要になると思います。

田中東子(たなか とうこ)<br>1972年横浜市生まれ。博士(政治学)。大妻女子大学文学部教授。専門分野はメディア文化論、ジェンダー研究、カルチュラル・スタディーズ。第三波フェミニズムやポピュラー・フェミニズムの観点から、メディア文化における女性たちの実践について調査と研究を進めている。著書に『メディア文化とジェンダーの政治学-第三波フェミニズムの視点から』(世界思想社、2012年)、編著や共著に『出来事から学ぶカルチュラル・スタディーズ』(共編著、ナカニシヤ出版、2017年)、『私たちの「戦う姫、働く少女」』(共著、堀之内出版、2019年)、翻訳に『ユニオンジャックに黒はない――人種と国民をめぐる文化政治』(ポール・ギルロイ著、共訳、月曜社、2017年)などがある。
田中東子(たなか とうこ)
1972年横浜市生まれ。博士(政治学)。大妻女子大学文学部教授。専門分野はメディア文化論、ジェンダー研究、カルチュラル・スタディーズ。第三波フェミニズムやポピュラー・フェミニズムの観点から、メディア文化における女性たちの実践について調査と研究を進めている。著書に『メディア文化とジェンダーの政治学-第三波フェミニズムの視点から』(世界思想社、2012年)、編著や共著に『出来事から学ぶカルチュラル・スタディーズ』(共編著、ナカニシヤ出版、2017年)、『私たちの「戦う姫、働く少女」』(共著、堀之内出版、2019年)、翻訳に『ユニオンジャックに黒はない――人種と国民をめぐる文化政治』(ポール・ギルロイ著、共訳、月曜社、2017年)などがある。

布施:もちろん、これまで不当な扱いを受けてきた女性作家をピックアップする試みには価値があると思います。一方、言葉がもつコンテキストが消去されることで、また何かべつのものが抑圧されることもあるのかなと感じました。

「言葉の単純化」は、とくにSNSにおいて過剰に進むと思うんですね。しかし田中さんはご著書で、SNSについて、小さな声に力を与えてくれるメディアであるとも書かれてきました。最近の現状についてはどのようにご覧になっていますか?

田中:いわゆるSNSに限らず、コロナ禍で利用機会が増えたZoomなども含め、オンラインのメディアには良い部分もあると思っています。たとえば、フェミニズム関係の対面式イベントの場合、どうしても都心で、夜間での開催が多くなり、子育て中の女性は参加しづらくなる。でも、オンラインだと子育て中の母親や地方で孤立する学生、障がいのある方なども参加しやすくなります。

他方で、やはりメッセージの単純化や、「いいね!」の数だけを評価する傾向など、手放しでほめられない部分も多々ある。誰にでも制限なく開かれているオンライン空間では、女性を攻撃したいという目的のためだけに、そうした場を訪れる人も現れます。それに、そもそも人間には、実空間でガッと群れになることで凝縮されて生まれるパワーもある。オンライン化が進むことで、そうした力が削がれてしまうかもしれないという危惧は感じますね。

左から:布施琳太郎、田中東子

布施:少し抽象的になってしまうのですが、SNSは本質的に「私たち」を作るのにはすごく向いてると思うんです。共同体やパーティー、連帯感を作るのには長けてる。同時に、そこでは「私」を確立することがすごく難しい印象があって。「私」と「私たち」がうまく両立できないというのは、SNSだけではなく、フェミニズムにも関わる問題ですか?

田中:そうですね。おそらくフェミニズムにも一枚岩で連帯して戦うことがもっとも有効であると考えられた時代がありました。でも現在、女性を抑圧する条件や機構は、日常生活や労働の場で細分化していますし、女性の生き方やキャリアも分岐しています。また、ジェンダーの問題は、人種やセクシュアリティ、階級や格差、世代や住んでいる地域などとクロスさせて考えなくてはならないというときに、簡単に「私たち女性は」と言えない状況になるんだと思います。こうした一括りにすることの困難さから「第三波フェミニズム」のムーブメントが生まれました。

その担い手たちは、それこそ「個」として状況にどう切り込むかを考えていました。このとき重要な手段となったのが、アートや音楽や小説といった表現文化です。しかし、近年起きている問題は、カルチャーがどんどん商業化されてしまっていること。あらゆる文化が経済的価値に変換され、飲み込まれてしまうようになった現在、文化による抵抗がもはや力を持ちえなくなっているのではないか、文化にはもはやカウンター的な要素はないのでは? という厳しい意見も出てきています。

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イベント情報

『沈黙のカテゴリー|Silent Category』

2021年3月14日(日)~3月28日(日)
会場:大阪府 クリエイティブセンター大阪
時間:13:00~20:00
休館日:月、火曜
ステートメント:肥高茉実
デザイン:八木幣二郎
特設ページ:山形一生
展示:小松千倫、鈴木雄大、高見澤峻介、都築拓磨、中村葵、布施琳太郎、三枝愛、宮坂直樹、山形一生
寄稿:井岡詩子、黒嵜想、水沢なお
論考:石原吉郎
映像記録:佐藤友理
写真撮影:竹久直樹
運送:奥祐司
キュレーション:布施琳太郎
料金:500円(ブループリント付属)

プロフィール

布施琳太郎(ふせ りんたろう)

アーティスト。1994年生まれ。2017年東京藝術大学美術学部絵画科(油画専攻)卒業。現在は同大学大学院映像研究科後期博士課程(映像メディア学)に在籍。iPhoneの発売以降の都市において可能な「新しい孤独」を、情報技術や文学、そして洞窟壁画をはじめとした先史美術についての思索に基づいた作品制作、展覧会企画、テキストの執筆などを通じて模索、発表している。主な展覧会企画に『iphone mural(iPhoneの洞窟壁画)』(BLOCK HOUSE、2016)、『The Walking Eye』(横浜赤レンガ倉庫、2019)、『余白/Marginalia』(SNOW Contemporary、2020)、『隔離式濃厚接触室』(ウェブページ、2020)など。「美術手帖」や「現代詩手帖」、各種ウェブメディアに寄稿多数。

田中東子(たなか とうこ)

1972年横浜市生まれ。博士(政治学)。大妻女子大学文学部教授。専門分野はメディア文化論、ジェンダー研究、カルチュラル・スタディーズ。第三波フェミニズムやポピュラー・フェミニズムの観点から、メディア文化における女性たちの実践について調査と研究を進めている。著書に『メディア文化とジェンダーの政治学-第三波フェミニズムの視点から』(世界思想社、2012年)、編著や共著に『出来事から学ぶカルチュラル・スタディーズ』(共編著、ナカニシヤ出版、2017年)、『私たちの「戦う姫、働く少女」』(共著、堀之内出版、2019年)、翻訳に『ユニオンジャックに黒はない――人種と国民をめぐる文化政治』(ポール・ギルロイ著、共訳、月曜社、2017年)などがある。

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