インタビュー

カンヌ4冠『ドライブ・マイ・カー』の誠実さ 濱口竜介に訊く

カンヌ4冠『ドライブ・マイ・カー』の誠実さ 濱口竜介に訊く

インタビュー・テキスト・編集
井戸沼紀美(CINRA.NET編集部)
撮影:山口こすも

言葉を投げかけ、受け取ることや、同じ空間を共有すること、セックスをすること……そうした行為をいくら重ねても、他人の心をそっくり覗き込むことはできない。けれど、自分自身の心についてなら、どこまでも探究することができる。村上春樹の短編小説『ドライブ・マイ・カー』を読んで受け取った一つの大きなメッセージは、そのようなものだった。

一方で、濱口竜介が実写映画化した『ドライブ・マイ・カー』からは、「人の気持ちを完全に理解することはできない。しかし、わかろうとすることを諦めない」という、ひたむきな姿勢と、強い意志が感じられる。濱口と大江崇允が執筆し、結果的に『カンヌ国際映画祭』で脚本賞を受賞することとなった映画版のストーリーを、村上も文書を通じて快諾したのだそうだ。

突き詰めると自分以外には「他者」しか存在しないこの世界で、人々が共生していくことはできるのだろうか? 映画『ドライブ・マイ・カー』を観ていると、そんな途方もない問いにも少しずつ向き合えるような感覚が、ゆっくりと、しかし確かに、身体のなかに湧きあがる。

監督に撮影時の話を訊くと、この映画自体がどこまでも誠実なコミュニケーションのうえに成り立っているからこそ、そのような実感が観客にまで伝わってきたのだという納得感が溢れた。取材時に教わった、人と関係性を築くうえでの大切な姿勢を、襟元を正して共有いたします。

ベッドシーン撮影における俳優との信頼の築き方

濱口竜介(はまぐち りゅうすけ)<br>1978年⽣まれ。2008年、東京藝術⼤学⼤学院修了制作の『PASSION』が国内外の映画祭に選出され、監督としてのキャリアを本格スタートさせる。2015年に317分の⻑編映画『ハッピーアワー』が数多くの映画祭で主要賞を受賞。2018年、商業映画デビュー作『寝ても覚めても』で『カンヌ国際映画祭』コンペティションに選出され、世界30か国で劇場公開された。2019年からはニューヨーク、パリ、ソウル、トロント等、世界中の都市で特集上映も開催されている。
濱口竜介(はまぐち りゅうすけ)
1978年⽣まれ。2008年、東京藝術⼤学⼤学院修了制作の『PASSION』が国内外の映画祭に選出され、監督としてのキャリアを本格スタートさせる。2015年に317分の⻑編映画『ハッピーアワー』が数多くの映画祭で主要賞を受賞。2018年、商業映画デビュー作『寝ても覚めても』で『カンヌ国際映画祭』コンペティションに選出され、世界30か国で劇場公開された。2019年からはニューヨーク、パリ、ソウル、トロント等、世界中の都市で特集上映も開催されている。

―映画『ドライブ・マイ・カー』は、霧島れいかが演じる音(おと)と西島秀俊の演じる家福(かふく)が裸でベッドにいるシーンから幕を開けます。劇中のベッドシーンはどれも、過剰に身体を映さず、女性が受け身にばかりなっていない点が印象的でした。撮影にあたり、監督が留意された点はありますか?

濱口:役者が少しでも嫌がっていれば、身体に現れるのがどれだけ些細な兆候であってもカメラはそれを捉えます。そして、それを映画から見て取る注意深い観客も必ず出てきます。ですからまずは役者と脚本の相性をキャスティングの段階で考慮しました。霧島さんがこの役を受けてくれたのはとても幸運だったと思います。

カメラの前で肌を見せて、映像として記録に残るということには、基本的にとても高いリスクがあります。ですから脚本には「この程度の演技や表現が必要になる役です」ということを最初から明記して、その条件を前提に役を受けてもらいました。

ベッドシーンをきちんと撮るのはぼくにとっても初めての経験だったので、普段は描かない絵コンテを描いたり、過去の映画のワンシーンを見せたりして、「このように撮ります」とできるだけ具体的にお伝えしました。事前に着衣の状態で、動きをリハーサルもしました。役者さんに明確にイメージを持ってもらうだけでなく、これ以上の演技は必要がないのだと知ってもらい、その点では安心してもらうためです。

映画『ドライブ・マイ・カー』予告編

―実際の撮影現場ではいかがでしたか?

濱口:「あれもこれも」と追加の要望をしないようにしました。ベッドシーンに限らず、お願いしていた前提を現場で崩さない人だと思ってもらうことは、役者さんとの信頼関係においてすごく大事なことです。

加えて、ベッドシーンは基本的にあまり人に見られたくないものだと想像できるので、撮影は各部署、できうる限り女性スタッフのみで、必要最低限の人数で行ないました。

「もし少しでも嫌だと思えば、言ってくだされば撮影を止めます」ということは、ご本人にお伝えして、全体にも共有しました。ちなみに同様のことは西島さんにもお伝えしました。男性はそういうシーンを恥ずかしがらない、というわけでもないと思ったし、ベッドシーンを演じるのがどれだけ怖いかということは、現場に行ってみないとわからないと想像したので。そういう段取りの結果、役者さんが演技に集中できるようになればと考えていました。

濱口竜介

―近年では性別に関わらず、身体を露出するシーンなどで役者をケアする「インティマシーコーディネーター」という職業も注目されています。同作ではそのような選択肢について検討されていたのでしょうか?

濱口:検討しました。ただ、予算や手続きの点で不明な点も多く、実現しませんでした。撮影を始めた2020年3月ごろは、「インティマシーコーディネーター」という職業が日本で紹介されて、本当に間もない頃だったことも大きいと思います。だからこそ、いままで言ったような、考えつく限りの対策は取ったうえで役者さんとコミュニケーションを重ねて、慎重に進めていきました。

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作品情報

『ドライブ・マイ・カー』
『ドライブ・マイ・カー』

2021年8月20日(金)からTOHOシネマズ日比谷ほか全国で公開

監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介、大江崇允
音楽:石橋英子
原作:村上春樹『ドライブ・マイ・カー』(文春文庫『女のいない男たち』所収)
出演:
西島秀俊
三浦透子
霧島れいか
パク・ユリム
ジン・デヨン
ソニア・ユアン
ペリー・ディゾン
アン・フィテ
安部聡子
岡田将生
上映時間:179分
配給:ビターズ・エンド

プロフィール

濱口竜介(はまぐち りゅうすけ)

1978年⽣まれ。2008年、東京藝術⼤学⼤学院修了制作の『PASSION』が国内外の映画祭に選出され、監督としてのキャリアを本格スタートさせる。2015年に317分の⻑編映画『ハッピーアワー』が数多くの映画祭で主要賞を受賞。2018年、商業映画デビュー作『寝ても覚めても』で『カンヌ国際映画祭』コンペティションに選出され、世界30か国で劇場公開された。2019年からはニューヨーク、パリ、ソウル、トロント等、世界中の都市で特集上映も開催されている。

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